結合商標検索とは、複数の語からなる商標を分けて組み合わせ直し、類似の可能性を探る調査のことです。
商標調査の入口で、依頼者から複数のブランド案がまとめて届く場面は珍しくありません。1件ずつ手で語を分けて検索する作業を、AIに任せられる範囲はどこまでか。本記事では、TM-RoBoを導入したみなとみらい特許事務所の公開事例を材料に、弁理士事務所が一次スクリーニングの工程を見直す際の判断軸を7つに整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、製品の内容は提供会社の公開資料で確認しています。なお、みなとみらい特許事務所の事例ページは、インタビュー日が2021年12月21日と記載されており、最近の発表ではありません(出典:IP-robo みなとみらい特許事務所導入事例)。
公開事例から確認できること 一次スクリーニングの位置づけ
まず、事例ページに書かれている事実を整理します。同事務所は、AI商標検索ツールの動向を追う中でTM-RoBoのベータ版の段階から注目し、2020年ごろから、補助担当者の商標調査業務を改善する手段を探していたと説明されています。担当の弁理士は、TM-RoBoの特徴として、結合商標検索を行うツールとして他と異なる点を挙げています。従来は、複合商標の構成要素を担当者が手作業で取り出して調べていた工程を、AIが分割と再結合まで担う点が評価の中心でした(出典:IP-robo みなとみらい特許事務所導入事例)。
事例には、調査の質を2つの面で捉える考え方が示されています。1つは、多数の商標の中から見落としを防ぐこと。もう1つは、案件ごとに専門的な判断が必要になる部分です。前者の網羅性をAIに支える役割を持たせ、弁理士は後者の判断に集中する、という役割分担が語られています。複数のブランド案がまとめて持ち込まれる場合は、類似の指標に基づく優先順位を付けた一括のスクリーニングによって、専門家が見る前の絞り込みが進むと説明されています。
製品側の公開資料では、称呼検索と、語を分けて組み合わせを調べるAI商標検索、商標の候補を生成する機能が挙げられています。提供会社は、商標調査にかかる時間が平均で68%減ったと案内し、3語の結合商標の検索は平均4分と示しています(出典:IP-robo TM-RoBo)。これらは提供会社が公表した数値であり、算出の条件は資料の範囲では確認できません。自事務所で同じ効果が出るとは限らないため、導入の判断材料としては、実測で確かめる前提で扱います。
一次スクリーニングとは何かを分解して考える
弁理士事務所の商標調査は、大きく分けて、候補の洗い出し、類否の検討、依頼者への報告の3つの工程で進むことが一般的です。AIが役立つのは、最初の洗い出しの部分です。
洗い出しの工程では、まず依頼者のブランド案を、語の単位に分けます。次に、分けた語を単独と組み合わせで検索し、類似する可能性のある先行の登録商標を拾います。最後に、拾った結果を、類似の可能性が高い順に並べて、次の工程に渡します。結合商標の場合、語の組み合わせの数は語数とともに増えるため、手作業では見落としが生じやすい工程です。
一方、類否の検討は、専門的な判断そのものです。商標法第4条は、商標登録を受けることができない商標を列挙しており、他人の登録商標又はこれに類似する商標などが含まれます。個々の商標がこれらにどう当てはまるかは、指定商品や役務、取引の実情を踏まえた弁理士の判断で、AIが出す指標は、その判断の材料に留まります。本記事でも、当てはめの判断は行いません。
この線引きは、事例にある役割分担の考え方と重なります。AIは網羅性を支える安全装置として置き、専門的な判断は弁理士が担う。事務所の手順書には、この線をどこに引くかを、工程ごとに書いておく運用が考えられます。
一次スクリーニングを組み替える5つの手順
以下は、弁理士と補助担当者を合わせて数名規模の事務所が、商標調査の入口を見直す場面を想定した運用例です。
第1に、現在の調査の流れを書き出します。依頼を受けてから報告書を出すまでの工程を、担当者ごとに整理し、最も時間がかかっている箇所を特定します。時間の実測は、過去の数件の案件で行います。
第2に、AIに任せる範囲を決めます。洗い出しと並べ替えまでをAIに任せ、類否の検討は弁理士が行う、という線が例として考えられます。範囲を書面にして、担当者全員で共有します。
第3に、検証用の案件で試します。過去に終結した案件のうち、依頼者が特定できないよう情報を抽象化したものか、公開情報だけで作った架空の案件を使い、従来の調査結果とAIの出力を比べます。AIが拾った候補と、従来の調査で拾った候補の差を、一覧にします。
第4に、差の原因を分類します。AIだけが拾った候補、従来の調査だけが拾った候補、両方が拾った候補に分けて、見落としの傾向を把握します。この分析が、AIを安全装置として使う際の信頼度の見立てになります。
第5に、本番の手順に組み込みます。AIの出力は下書きであり、弁理士が最終の確認を行う工程を、手順書に明記します。確認の記録を、案件のファイルに残す運用も考えられます。
AIツールとは別に、依頼者への説明や社内の確認には、生成AIを補助として使えます。プロンプトの例を2本示します。どちらも架空の設定で、実在の依頼者の情報は入力しません。
あなたは弁理士事務所の商標調査の補助です。
以下は架空のブランド案です。実在の依頼者の情報は含まれていません。
ブランド案: 「サンプルブルーム」「ブルームサンプル」「サンプル・ブルーム」
各案について、語の分け方の候補を挙げ、調査で検索すべき語の組み合わせを一覧にしてください。
類似かどうかの結論は書かず、担当の弁理士が調査ツールで検索するための語の候補だけを出力してください。
あなたは弁理士事務所の業務改善担当の補助です。
商標調査の一次スクリーニングを、ツールで自動化する場合の検証計画を作ってください。
- 比較する対象: 従来の手作業の調査と、ツールの出力
- 記録する項目: 所要時間、拾った候補の数、片方だけが拾った候補の数、確認に要した時間
- 対象は架空のD特許事務所で、検証用の案件は公開情報から作った架空のものとします
検証の手順を番号付きで示し、各手順で弁理士が確認するポイントも併記してください。
断定的な効果の予測は書かないでください。
守秘義務・規程上の論点 依頼者のブランド案を外部サービスに入力する前に
商標調査の依頼には、公開前の新商品の名称や事業計画が含まれます。ブランド案の段階では、依頼者にとって秘密性の高い情報であることが多く、外部のサービスに入力する際の整理が欠かせません。
弁理士法第30条は、弁理士又は弁理士であった者は、正当な理由がなく、その業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならないと定めています。この条文を、外部のクラウドサービスへの入力にどう当てはめるかは、サービスの契約や設計によって異なり、本記事では判断しません。
事務所として確認しておく項目を挙げます。1つ目は、入力した商標や指定商品のデータが、どこに保管され、どのくらいの期間残るかです。提供会社の公開資料には、AWSの東京リージョンでの運用、通信の暗号化、ISO/IEC 27001の認証取得が記載されています(出典:IP-robo TM-RoBo)。ただし、入力データを提供会社がどう扱うかや、ログの保存期間は、この資料の範囲では確認できないため、契約書と利用規約で確かめる項目です(要確認)。
2つ目は、複数の依頼者のデータが同じ環境で扱われる場合の分離です。3つ目は、担当者の退職や契約の終了時に、データが削除される手順です。
個人情報が含まれる場合は、個人情報保護法第27条が、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないと定めています(例外が列挙されています)。依頼者が個人の場合や、個人名を含む商標の調査では、この点の整理が必要になります。
依頼者への説明としては、調査の一部にAIを使った検索ツールを使うこと、入力するデータの範囲、最終判断は弁理士が行うことを、委任の際の説明資料に書いておく方法があります。日本弁理士会のAI利活用の指針を事務所の規程に落とす手順は、日本弁理士会のAI利活用ガイドラインを事務所規程に落とす7手順で整理しています。
7つの判断軸
以上を、導入前に決める7つの判断軸としてまとめます。
1つ目は、AIに任せる工程の範囲です。洗い出しと並べ替えまでか、それとも報告書の下書きまで含めるかを決めます。
2つ目は、弁理士が確認する工程の位置です。類否の検討は弁理士が行う、と手順書に明記します。
3つ目は、検証の方法です。過去の案件の抽象化版か、架空の案件で、従来の調査との差を実測します。
4つ目は、データの取り扱いの確認です。保管場所、保管期間、学習への利用の有無、契約終了時の削除を、書面で確認します(要確認)。
5つ目は、料金と利用量の見合いです。提供会社は、月間の検索回数に応じた複数のプランを案内し、14日間の無料お試しも用意しています(出典:IP-robo TM-RoBo)。最新の料金は、公式ページで確認してください。
6つ目は、他の調査手段との使い分けです。特許庁の公開データベースであるJ-PlatPatなどによる調査との関係を、手順書に書いておきます。J-PlatPatを使った調査の確認項目は、商標調査でAIとJ-PlatPatを併用する弁理士の7つの確認軸で扱っています。
7つ目は、担当者の教育です。ツールの出力の読み方と、AIが拾えない種類の商標があり得ることを、担当者に伝えます。
スクリーニング結果の記録と、依頼者への報告のつなぎ方
AIの出力を手順に組み込む際は、結果の記録の仕方が、後の説明責任に関わります。記録する項目の例として、入力したブランド案、語の分け方、ツールが並べた候補の一覧、弁理士が採用した候補と外した候補、外した理由、確認した日付と担当者が考えられます。
とくに、外した理由の記録は重要です。ツールの指標が高くても、指定商品や役務が離れているために検討の対象から外す場合があり、その判断の根拠を残しておけば、依頼者から後日質問を受けたときに、経過を説明できます。記録の様式は、案件のファイルに添付する1枚の書式に統一しておくと、担当者が変わっても同じ形で残せます。
依頼者への報告では、調査の結果に加えて、調査の方法の概要を伝える方法があります。AIを使った検索ツールを一次のスクリーニングに用い、その結果を弁理士が検討したこと、ツールの出力は検討の材料であって、登録の可否を保証するものではないことを、報告書の注記に入れる運用が考えられます。報告書の文言は、事務所の実情に合わせて決めます。
また、複数のブランド案を比較して依頼者に示す場合は、案ごとの候補の数や指標の高さを、そのまま優劣として見せない工夫が要ります。指標は類似の可能性を測る材料であり、最終の検討は弁理士が行うためです。依頼者に渡す資料では、指標の意味と限界を、短い注釈で添えておく方法があります。
導入で起こりがちな失敗と回避策
失敗の1つ目は、AIの出力で類似する候補が拾えなかった場合に、類似する商標は存在しないと受け取ってしまうことです。AIの出力は、調査の材料の1つです。回避策は、AIの結果を、調査の完了の判断に使わない運用を決め、弁理士の確認を必須の手順として残すことです。
失敗の2つ目は、依頼者のブランド案を、契約の確認をせずにクラウドのツールへ入力してしまうことです。回避策は、導入前に、データの取り扱いの確認項目を書面で埋め、確認が済むまで実案件を入れないことです。
失敗の3つ目は、担当者ごとにツールの使い方が異なり、調査の質にばらつきが出ることです。回避策は、語の分け方や、結果の見方について、事務所の標準の手順を書面にすることです。
費用・工数・体制
料金は、月間の検索回数に応じたプランが案内されています。具体的な金額は、公式の料金表で確認してください(要確認)。試験導入の工数は、現状の調査の書き出し、検証用の案件の準備、比較と記録に分かれます。まずは無料のお試し期間を使い、検証を担当者に絞って進める形が考えられます。
体制としては、導入責任者を弁理士の中から置き、補助担当者が検証の実務を担う形が考えられます。検証の結果は、時間と候補の差を同じ様式で記録し、事務所として続けるかどうかを判断する材料にします。
事務所内の運用ルールに落とす項目
判断軸を、事務所の運用ルールとして文書にする場合の項目を整理します。文言は事務所の実情に合わせて決めるもので、以下は運用例です。
対象となる業務の範囲として、AIの検索ツールを使ってよい調査の種類を書きます。入力できる情報の範囲として、公開前の名称を入力する場合の条件と、依頼者への説明の有無を書きます。確認の責任者として、AIの出力を最終的に検討する弁理士を明記します。記録の様式として、前の節で挙げた項目を、案件のファイルに残すことを書きます。ツールの契約の管理として、契約の名義、利用者の追加と削除の手順、退職者のアカウントの停止を書きます。点検の頻度として、四半期ごとなどの見直しの時期を書きます。
こうした項目は、日本弁理士会のAI利活用の指針など、職能団体の資料と照らして、事務所の規程全体の中で位置づけると、整合が取りやすくなります。規程に落とす際の手順は、先に挙げた日本弁理士会のAI利活用ガイドラインを事務所規程に落とす7手順も参照してください。
今後の展望と独自考察
今回の事例は2021年のインタビューであり、AIの商標調査は、すでに実務で使われる段階にあります。今、事務所に問われているのは、使うかどうかよりも、どの工程まで任せ、どこから弁理士が判断するかを、事務所の手順として言語化できているかです。
論点になるのは、次の3点です。1つ目は、網羅性を支える安全装置としてのAIの信頼度を、事務所がどう測るか。2つ目は、AIの出力が増えるほど、確認の工程が形式化しやすいこと。3つ目は、生成AIによるブランド案の生成が広がるなかで、調査の依頼の量と質がどう変わるかです。ブランド案の生成については、生成AIで作ったロゴや商標を弁理士が確認する際の7つの条件でも扱っています。
よくある質問
TM-RoBoの結合商標検索とは何をするものですか。
複数の語を組み合わせた商標を、語の分割の可能性を含めて分析し、各種の指標を算出する機能と案内されています。詳細は提供会社の公式ページで確認してください。
提供会社が示す68%の時間短縮は、自事務所でも見込めますか。
見込めるとは限りません。数値は提供会社の公表で、算出の条件は資料の範囲では確認できません。過去の案件で実測することを勧める運用があります(要確認)。
類似かどうかの判断はAIに任せられますか。
事例では、AIを安全装置として置き、専門的な判断は弁理士が行う役割分担が語られています。類否の判断は、事務所の手順として弁理士が行う工程に位置づける運用が考えられます。
依頼者のブランド案を入力してよいですか。
弁理士法第30条は、業務上知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならないと定めています。入力の可否は、サービスの契約と設計に左右されるため、本記事では判断していません。
導入事例は最近のものですか。
事例のインタビュー日は2021年12月21日と記載されています(出典:IP-robo みなとみらい特許事務所導入事例)。最近の製品の状況は、提供会社の公式ページで確認してください。
まず何から始めればよいですか。
現在の調査の流れを書き出し、時間のかかる工程を特定するところから始める運用があります。次に、架空の案件でツールの出力を従来の調査と比べます。
参考文献
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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