弁理士業務AI利活用ガイドラインとは、弁理士が生成AIを使う際の留意事項を整理した指針のことです。
事務所として生成AIの利用ルールを文書に落とすとき、どの文書を出発点に置くかで議論の速度が変わります。弁理士事務所の場合、その出発点は日本弁理士会が令和7年4月に公表した弁理士業務AI利活用ガイドラインです。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、指針の記載は日本弁理士会の公表資料で確認しています。この記事では、ガイドラインの記載を事務所内規程の条項に写す7手順と、明細書作成・先行技術調査での線引き、条項の書き方までを整理します。
弁理士会のガイドラインが規程づくりの出発点になる理由
このガイドラインが事務所規程の土台になるのは、弁理士固有のリスクを名指しで扱っているからです。同ガイドラインは、弁理士がAI技術、特に生成AIを活用する際に留意すべき基本的な事項を整理したものだと目的を述べ、弁理士がAI技術の特性やリスクを十分に理解し、適切かつ効果的に活用することで、クライアントに対して従来を上回る生産性と質の高いサービスを提供できるようになることを目指す、としています(出典: 日本弁理士会 弁理士業務AI利活用ガイドライン)。
中核に置かれているのは責任の所在です。同ガイドラインは、生成AIを利用して得られた生成物はその正確性が保証されたものではないため、活用する際には弁理士としてその正確性を確認する必要があり、最終的には弁理士が責任をもって提供するべきである、と記載しています。その根拠として民法第644条の善管注意義務を挙げ、AIが生成した結果を内容の検討・精査もせずにそのままクライアントに提供することは善管注意義務に違反するおそれがある、と述べています(出典: 日本弁理士会 弁理士業務AI利活用ガイドライン)。同条は、受任者は委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負うと定めています。
知財分野に固有の論点として重いのが、新規性喪失です。同ガイドラインは、秘密保持規約のない第三者のプラットフォームに情報を載せた場合には新規性を喪失する可能性がある、と指摘し、どのような生成AIを使うかを確認する必要があるとしています。守秘義務の観点では弁理士法第30条を挙げ、外部事業者が提供する生成AIに秘密情報を入力する行為は、生成AI提供者という第三者に秘密情報を開示することになるため守秘義務に違反するおそれがある、と記載しています。同条は、弁理士または弁理士であった者は、正当な理由がなく、その業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならないと定めています。
同じ令和7年4月には、AI等を用いた業務支援サービスの提供と弁理士法第75条との関係についてという文書も公表されています。弁理士法第75条は弁理士または弁理士法人でない者の業務の制限を定めた規定で、AIを使った業務支援サービスが広がる局面で必然的に論点になります。事務所の規程を作るときは、この2文書をセットで参照しておくと、外部サービスの採否を議論する土台がそろいます。規程の全体像については生成AI利用規程を職種別にどう変えるか 8士業の差分と作り方7手順も併せて参照できます。
ガイドラインの記載を事務所内規程の条項に写す7手順
規程づくりでつまずく典型は、一般的なAI利用ルールを先に作り、そこへ弁理士固有の事情を後から足そうとする進め方です。順序を逆にして、ガイドラインの章立てをそのまま条文構造に写すほうが早く着地します。
第1手順は、規程の骨格をガイドラインに合わせることです。プロンプト入力時の留意点、生成結果利用時の留意点という二つの局面が同ガイドラインの軸になっているので、規程も入力側と出力側で章を分けます。入力側には情報の取り扱いと利用規約の確認、出力側にはファクトチェックと商用利用の可否を置きます。
第2手順は、使ってよいツールの承認リストを別表にすることです。同ガイドラインは、生成AIの技術進化に伴い数か月単位で規約や仕様が改定されることがあるため、利用する生成AIに適用される最新の条件を把握することが重要だとし、利用規約やプラン仕様は定期的に確認することが望ましいと記載しています(出典: 日本弁理士会 弁理士業務AI利活用ガイドライン)。承認リストには、ツール名、入力情報が学習に使われるか、商用利用が可能か、最終確認日の四項目を並べます。規程本体に製品名を書かないでおくと、乗り換えのたびに規程を改定せずに済みます。
第3手順は、入力禁止情報の定義です。弁理士事務所で線を引くべき対象は、出願前の発明内容、明細書のドラフト、クライアント名と案件番号、先行技術調査で扱う未公開の技術情報です。同ガイドラインは、入力された情報が学習に利用される場合、営業秘密や非公開情報の入力は避けるべきである、と述べています。規程には、禁止対象を列挙したうえで、公開公報や公開済みの技術文献は対象外である旨も併記しておくと、現場の判断が止まりません。
第4手順は、新規性喪失リスクの明文化です。第3手順の禁止対象と重なりますが、守秘義務違反のリスクとは別の条項として立てるほうが、所内研修で説明しやすくなります。出願前の技術内容を扱う工程では、秘密保持規約のあるプラットフォームに限定する、という運用を条項に落とします。出願前後の期限管理と併せた体制づくりは特許出願非公開制度 弁理士が押さえる14日の期限とAIチェック体制の観点が接続します。
第5手順は、クライアントとの合意の取り付けです。同ガイドラインは、クライアントから得た秘密情報を生成AIに入力する場合は、学習の有無によらずクライアントに合意を取るべきである、と記載しています(出典: 日本弁理士会 弁理士業務AI利活用ガイドライン)。学習されなければ問題ない、という線引きではない点が実務上の要です。規程には、合意の取り方、記録の残し方、合意が得られない案件での代替手順の三つを書きます。
第6手順は、ファクトチェック工程の固定です。同ガイドラインは、ハルシネーションと呼ばれる虚偽の情報をもっともらしい形で出力してしまう問題が存在すると指摘し、生成された情報の真偽を確かめるファクトチェックを弁理士が行う必要があると述べています。規程では、どの成果物について誰がいつ確認するのかを工程として書き、確認の記録を案件ファイルに残す運用にします。明細書の下書きにAIを使う場合、引用文献の実在確認と、記載された技術的効果の裏取りを分けて工程化しておくと、抜けが減ります。
第7手順は、改定サイクルの設定です。規約改定、ガイドラインの更新、事務所での事故やヒヤリハットの三つを改定トリガーに置き、半期に一度の見直し日を年間予定に入れます。誰が改定の責任を持つかを条項に書いておかないと、規程は作った時点で止まります。
規程の条項を起草するとき、生成AIを下書きに使う方法が現実的です。次のプロンプトは、ChatGPT、Claude、Gemini のいずれでも使えます。実在の案件情報は入れません。
あなたは弁理士事務所の内部規程の起草を補助するアシスタントです。
以下の条件で、生成AI利用規程の条項案を作ってください。
# 前提
- 事務所: 特許・意匠・商標を扱う特許事務所(弁理士数名、事務スタッフ数名)
- 参照する指針: 日本弁理士会「弁理士業務AI利活用ガイドライン」(令和7年4月)
- 盛り込む論点: 守秘義務、新規性喪失の防止、クライアントの合意、ファクトチェック
# 出力してほしいもの
1. 章立て(入力時の留意点/出力時の留意点)に沿った条項案
2. 各条項に、なぜその条項が要るのかの趣旨を1文で付記
3. 条文中に製品名を書かず、別表参照とする形式にすること
4. 条番号や法令名に言及する場合は、必ず出典の確認が要る旨を注記すること
法的評価の断定は避け、事務所が決めるべき論点の提示として書いてください。
先行技術調査の観点整理にもAIを使えますが、投入する情報の線引きが前提になります。次のプロンプトは、公開済みの情報だけを扱う設計にしてあります。
あなたは特許調査の観点整理を補助するアシスタントです。
以下の条件で、先行技術調査の検索観点を洗い出してください。
# 前提
- 対象: すでに公開されている技術分野の一般的な調査観点の整理
- 入力する情報: 公開公報および公開済みの技術文献に記載された範囲のみ
- 未公開の発明内容、出願前のアイデア、クライアント名は入力しない
# 出力してほしいもの
1. 技術課題/解決手段/用途の3軸で、検索キーワードの候補を列挙
2. 各キーワードについて、同義語と上位概念・下位概念を併記
3. 調査から漏れやすい観点を、理由とともに指摘
出力は調査の出発点であり、最終的な検索式と評価は弁理士が行う前提で書いてください。
明細書と先行技術調査で線をどこに引くか
弁理士事務所の規程づくりで最も判断が割れるのが、出願前の技術情報をどこまでAIに触れさせるかです。結論から言えば、線は公開の有無で引くのが運用として最も明快です。
公開公報、登録実用新案、公開済みの学術文献は、すでに公知の情報です。これらを要約させる、technical termの対応関係を整理させる、といった使い方は、新規性喪失の論点から外れます。一方、クライアントから受け取った発明提案書、未出願の実施例、明細書のドラフトは、公開されていない情報そのものです。同ガイドラインが述べる、秘密保持規約のない第三者のプラットフォームに情報を載せた場合の新規性喪失の可能性は、この後者にかかります。
個人情報の取り扱いも規程に書く対象です。同ガイドラインは、個人情報の定義について個人情報の保護に関する法律第2条第1項を引きながら、生成AIに個人データを入力する場合には、当該入力が個人データの提供にあたるか、あたる場合に委託等として適法に行えるかが問題になると整理し、生成AIのサービスを提供する事業者が外国にある第三者である場合には本人同意の取得等が必要になりうる、と記載しています(出典: 日本弁理士会 弁理士業務AI利活用ガイドライン)。発明者の氏名や住所を含むファイルをそのまま投入する場面は、この論点に直結します。
著作権の扱いも同ガイドラインが整理しています。他人の著作物をプロンプトとして入力する行為は複製にあたるが、生成物の生成のために情報解析するものであるため著作権法第30条の4が適用され、原則として著作権侵害に該当しないと考えられる、としたうえで、入力に用いた著作物と類似する生成物を生成させる目的で入力する行為は、享受目的も併存すると考えられるため同条は適用されず、著作権侵害に該当する可能性が高いと考えられる、と述べています。意匠権や商標権については、プロンプトとして入力する行為は登録意匠の実施や登録商標の使用にあたらないため通常は問題にならない、とも整理されています。
規程に落とすときは、これらを禁止事項の列挙で終わらせず、なぜその線を引くのかの趣旨を各条項に一文で添えます。趣旨が書かれていない規程は、現場で例外が生じたときに誰も判断できません。ガイドラインの参照元を体系立てて整理する方法は、生成AIガイドラインの参照元を5系統に整理 事務所規程に落とす7手順にまとめています。
規程を作った事務所でも起きやすい三つのつまずき
一つ目は、承認ツール以外の利用が黙認されることです。所員が個人のアカウントで生成AIを使い、その事実が事務所に記録されない状態は、規程があっても止まりません。承認リストを別表にするだけでなく、使用するアカウントの所有主体まで条項に書いておく手当てが要ります。
二つ目は、ファクトチェックの記録が残らないことです。弁理士が確認したという事実が案件ファイルに残っていないと、後から経緯を説明できません。確認者、確認日、確認した範囲の三点を、明細書ドラフトの管理票に一行足すだけで運用が変わります。
三つ目は、クライアントへの説明が後回しになることです。同ガイドラインは、クライアント側で生成AIの利用を制限している場合があることにも触れています。受任時の打ち合わせで利用方針を共有しておかないと、成果物が出てから使用の可否を問われる事態になります。合意の取り付けを受任フローに組み込んでおく形が、実務としては素直です。AIが関与した記録の残し方については、AIは発明者になれない前提で 弁理士が顧客に組む記録体制7手順も参考になります。
規程整備にかかる工数と体制
規程の新設にかかる工数は、ガイドラインの読み込みに半日、条項の起草に一日、所内レビューと修正に半日、合計で二日程度を見込む形が現実的です。生成AIで条項案を下書きすれば起草の時間は短縮できますが、事務所の実情に合わせる作業は人が担います。
体制は、規程の所有者を弁理士のうちひとりに決め、承認リストの更新を事務局が担い、所内研修を半期に一度行う三層で回す形が、少人数の事務所でも成立します。重要なのは、承認リストの更新担当を明示することです。同ガイドラインが指摘するとおり規約や仕様は数か月単位で変わり得るため、更新が止まれば規程は実態と乖離します。
外部のひな形をそのまま採用する選択もありますが、弁理士固有の新規性喪失の論点が薄いひな形が多く、結局は加筆が要ります。ガイドラインの章立てから起こすほうが、結果的に早く終わります。
弁理士業務とAIをめぐって次に論点になること
業務支援サービスの提供と弁理士法第75条の関係は、AIを使ったサービスが増えるほど輪郭が問われます。日本弁理士会が同条との関係について別文書を出していること自体が、この領域が論点として立っていることを示しています。事務所として外部サービスを導入するときは、その位置づけを自分たちで説明できる状態にしておく必要があります。
もうひとつは、ガイドラインの更新への追従です。令和7年4月の公表から生成AIの機能は変わり続けており、同ガイドラインもプロンプト作成のテクニックは変化する可能性があるため常に最新の情報を収集し続けることが求められると記載しています。規程を作って終わりにせず、更新の担当と頻度まで決めておくかどうかが、次の分岐点になります。
事務所の競争力という観点では、規程の有無よりも、規程を前提にどこまで業務を任せられるかの設計が効いてきます。守秘と新規性の線を明確に引いた事務所ほど、公開情報を扱う工程では大胆にAIを使えます。線引きは制約であると同時に、使える範囲を確定させる作業でもあります。
よくある質問
弁理士業務AI利活用ガイドラインはいつ公表されたものですか
日本弁理士会が令和7年4月に公表した文書です。弁理士がAI技術、特に生成AIを活用する際に留意すべき基本的な事項を整理したものだと目的に記載されています(出典: 日本弁理士会 弁理士業務AI利活用ガイドライン)。
クライアントの秘密情報を生成AIに入力してよいですか
同ガイドラインは、学習の有無によらずクライアントに合意を取るべきであると記載しています。また、外部事業者が提供する生成AIに秘密情報を入力する行為は第三者への開示になるため、弁理士法第30条の守秘義務に違反するおそれがあるとも述べています。個別の判断は各弁理士が行う領域です。
出願前の発明内容をAIに要約させても新規性は失われませんか
同ガイドラインは、秘密保持規約のない第三者のプラットフォームに情報を載せた場合には新規性を喪失する可能性があると指摘しています。どのプラットフォームを使うかの確認が前提になる、という整理です。事務所としては、出願前の情報を扱う工程を承認ツールに限定する運用が採られています。
他人の著作物をプロンプトに入れるのは問題になりますか
同ガイドラインは、情報解析に伴う複製には著作権法第30条の4が適用され原則として著作権侵害に該当しないと考えられるとしつつ、類似する生成物を生成させる目的での入力は享受目的が併存するため同条は適用されず侵害に該当する可能性が高いと考えられる、と整理しています。目的によって評価が変わる論点です。
規程は何から書き始めればよいですか
ガイドラインの章立てを写すところからです。入力時の留意点と生成結果利用時の留意点という二つの局面で章を分け、承認ツールの別表、入力禁止情報の定義、クライアント合意の手順、ファクトチェックの工程の順に条項を置く構成が、実務の流れと一致します。
AI生成物の責任は誰が負いますか
同ガイドラインは、生成物の正確性を弁理士が確認する必要があり、最終的には弁理士が責任をもって提供するべきであると記載し、その背景として民法第644条の善管注意義務を挙げています。同条は、受任者が善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負うと定めています。
参考文献
- 日本弁理士会 弁理士業務AI利活用ガイドライン(令和7年4月)
- 日本弁理士会 AI等を用いた業務支援サービスの提供と弁理士法第75条との関係について(令和7年4月)
- 日本弁理士会
- e-Gov法令検索 弁理士法第30条
- e-Gov法令検索 弁理士法第75条
- e-Gov法令検索 民法第644条
- e-Gov法令検索 著作権法第30条の4
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律第2条
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本記事の作成体制について
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