ハラスメント相談窓口の初動記録を社労士がAIで整える 顧問先支援の7手順

社会保険労務士が顧問先のハラスメント相談窓口に届いた相談の初動記録を生成AIで時系列に整理するときの、匿名化・守秘義務・最終確認の論点を7手順で整理します。

ハラスメント相談窓口の初動記録を社労士がAIで整える 顧問先支援の7手順

ハラスメント初動記録とは、相談を受けた直後の事実と対応を時系列で残す書面のことです。

顧問先から、従業員がハラスメントの相談をしてきたという連絡が入ったとき、最初の1時間で何をしていますか。誰が何を聞き取り、どこまでを記録に残し、誰に共有するのか。この初動の段取りが、その後の事実確認や再発防止の質を左右します。本記事では、顧問先の相談窓口に寄せられた相談を、社会保険労務士が生成AIで時系列に整理するときの手順と、守秘義務・個人情報の観点から事前に決めておく点を、7つの手順で整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は厚生労働省の公表資料で確認しています。厚生労働省のリーフレットでは、カスタマーハラスメントに関する事業主の措置の施行日が令和8年10月1日と示されています(出典: 厚生労働省 事業主の対策が義務となっているハラスメントに関するリーフレット、7ページ)。

窓口の設置や就業規則の整備は、すでに別の記事で扱っています。ここでは、相談が実際に届いた後の最初の動きに絞ります。

相談窓口に求められる措置を、初動の視点で読み直す

まず、行政が示している措置の枠組みを確認します。パワーハラスメントについては、労働施策総合推進法が、事業主に対し、労働者からの相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を求めています。あわせて、相談をしたことや事実を述べたことを理由とする解雇その他の不利益な取扱いを禁じる規定も置かれています(出典: 労働施策総合推進法第31条)。セクシュアルハラスメントについても、男女雇用機会均等法に同様の構成の規定があります(出典: 男女雇用機会均等法第11条)。

措置の中身は、厚生労働大臣が定める指針に整理されています。性的言動に関する指針では、相談窓口をあらかじめ定めて労働者に周知すること、相談の申出があった場合に事実関係の迅速かつ正確な確認と適正な対処を行うこと、相談者や行為者などのプライバシーを守るための措置を講じて周知することが、項目として並んでいます(出典: 厚生労働省 性的言動に関する指針(平成18年厚生労働省告示第615号)、4ページ以降)。厚生労働省のリーフレットでも、事実関係を迅速かつ適切に確認することや、相談者と行為者の双方から丁寧に確認することが重要と記されています(出典: 前掲のリーフレット、3ページと5ページ)。

初動の視点で読むと、論点は三つに絞られます。一つ目は、相談を受けた記録をどう残すか。二つ目は、事実確認に入るまでの間に何を共有し、何を共有しないか。三つ目は、相談したことで不利益を受けないよう、情報の扱いをどう設計するか。生成AIはこのうち一つ目の整理に役立つ一方、二つ目と三つ目では情報の流れそのものを増やしてしまう面があります。ここが、社労士が事前に線を引いておく部分です。

AIに任せる範囲と、有資格者が持つ範囲

AIが下書きし、最終判断は有資格者が持つ。この構図を、初動の場面に当てはめてみます。

AIに任せやすいのは、聞き取りメモを時系列に並べ替える作業、日付や場所や関係者の表記ゆれをそろえる作業、情報が欠けている項目を洗い出す作業です。これらは事実の判断を伴わず、元のメモとの照合で誤りに気づけます。

一方、有資格者が持つのは、相談内容がどの類型の相談として扱われ得るかの見立て、事実確認の進め方と聞き取り対象者の選定、顧問先への助言の中身、そして労働者の就業環境に関わる判断です。これらをAIの出力に委ねると、事実を評価した主体が不明確になります。評価は人が行い、AIの出力は整理の補助にとどめる。この線引きを、顧問契約の業務範囲とあわせて書面に残しておくことが前提です。

なお、相談内容の法的な評価や紛争の代理に踏み込む場面は、社会保険労務士の業務範囲との関係が論点になります。迷う場面では、弁護士法をはじめ各士業法の定めを、e-Gov法令検索の原文で確認してください(出典: 弁護士法)。

相談受付から記録整理までの7手順

ここからが本記事の中心です。顧問先の窓口担当者から、相談を受けた旨の連絡が入った時点を起点にします。以下の時間配分は、事務所の運用を考えるための仮の設定例であり、実際の事案に合わせて調整する余地があります。

手順1は、記録様式を先に固定することです。相談日時、相談の受け方、相談者の希望、聞き取った事実、行為者とされる人の属性、同席者、既に講じた対応、次の予定、という項目をあらかじめ決めた様式を用意します。AIに自由に書かせるのではなく、様式の欄を埋める形にすると、出力のぶれが小さくなります。

手順2は、生成AIに入れる前の匿名化です。氏名、社員番号、部署名、メールアドレス、日付の一部をあらかじめ置き換えます。置き換えの対応表は事務所内の別の場所に保管し、AIには渡しません。相談者が特定されると、不利益取扱いの懸念に直結するため、この工程は省略しにくい部分です。

手順3は、聞き取りメモの時系列化です。窓口担当者が書いたメモ、もしくは事務所の担当者が電話で聞き取ったメモを、匿名化したうえでAIに渡し、発生した順に並べさせます。このとき、AIに推測を加えさせない指示を明記します。

手順4は、事実と受け止めの切り分けです。相談者が見たこと、聞いたことと、相談者がそう感じたこと、他人から聞いた話を分けて表示させます。事実関係の確認はこの区別が土台になります。ただし、どれが事実かの判断そのものは人が行います。

手順5は、不足情報の洗い出しです。日時が不明な出来事、目撃者の有無が分からない出来事、証拠となり得る資料の所在が不明な項目を一覧にします。これは追加の聞き取りの質問リストにつながります。

手順6は、顧問先への報告書面の下書きです。AIが整理した内容を、顧問先の担当者向けの文章に直します。相談者や行為者とされる人を特定する情報は、この段階でも伏せたままにするか、必要な範囲に限る運用が考えられます。

手順7は、有資格者による最終確認と保管です。AIの出力を元のメモと一行ずつ照合し、事実の取り違えや、メモにない内容の混入がないかを見ます。確認を終えた版だけを正式な記録とし、AIが生成した中間版は一定期間後に削除する運用を決めておきます。

次に、手順3と手順5で使えるプロンプトの例を示します。人名や団体名は架空のものを使っています。

あなたは社会保険労務士事務所の記録補助担当です。
以下は、顧問先A社の相談窓口に寄せられた相談の聞き取りメモです。氏名は記号に置き換えてあります。
1. メモに書かれている事実を、発生した日時の順に並べてください。日時が書かれていないものは「日時不明」として末尾にまとめてください。
2. 見たこと・聞いたことと、本人がそう感じたことを別の欄に分けてください。
3. メモにない内容を推測して補わないでください。分からない点は「記載なし」と書いてください。
4. 法令の条文や、相談内容が何に当たるかの評価は書かないでください。

【メモ】
(ここに匿名化済みのメモを貼る)
以下は、相談の聞き取り内容を時系列に整理した一覧です。
追加で聞き取りが必要な項目を洗い出してください。
- 日時、場所、同席者、目撃者、資料の所在のうち、記載がないものを項目ごとに列挙する
- 各項目について、窓口担当者が追加で尋ねる質問文の案を1つずつ作る
- 質問は、相談者の回答を誘導しない中立的な表現にする
- 評価や結論は書かない

【一覧】
(ここに匿名化済みの一覧を貼る)

顧問先への説明文と記録様式を、先に用意しておく

初動の段取りは、相談が届いてから考え始めると間に合いません。顧問先との間で、平時のうちに二つの文書を用意しておく設計が考えられます。

一つは、顧問先の従業員に向けた窓口の案内文です。窓口の連絡先、相談できる内容の範囲、相談したことで不利益を受けないこと、相談内容の取扱いの方針を載せます。性的言動に関する指針が、相談窓口をあらかじめ定めて労働者に周知することと、プライバシーを守る措置を講じて周知することを並べていることを踏まえると、取扱いの方針は周知文に入れておく項目の候補になります(出典: 前掲の性的言動に関する指針)。ここに、事務所が補助としてAIを用いる場合の扱いを一文添えるかどうかは、顧問先と協議して決める事項です。

もう一つは、事務所側の記録様式です。様式は、事実を書く欄と、受け止めを書く欄と、未確認の事項を書く欄を分けておきます。欄が分かれていれば、AIに渡す指示も欄ごとに書けるため、出力の検証がしやすくなります。相談の類型を記入する欄を設ける場合は、断定的な分類ではなく、相談者の申出の内容をそのまま書く欄にしておくと、評価と事実が混ざりにくくなります。

様式の項目に、情報の共有先を記録する欄も加えておきます。誰に、どの範囲の情報を、いつ伝えたのかが残っていれば、後から情報の流れをたどれます。これは、相談者のプライバシーを守る措置が実際に機能していたかを、事務所自身が点検する材料にもなります。

事務所の規模ごとに考える運用の置き方

運用の置き方は、事務所の規模で変わります。以下は、考え方を示すための仮の例です。

少人数の事務所では、窓口対応から最終確認までを一人の有資格者が担うことが多くなります。この場合、AIへの入力と出力の確認が同じ人になるため、確認の独立性が下がります。補う方法として、時間を置いてから元のメモと照合し直す、もしくは定期的に記録の一部を別の視点で見直す日を設けるといった工夫が考えられます。

複数の有資格者がいる事務所では、聞き取りの担当、AIへの入力の担当、最終確認の担当を分けられます。分担の記録を様式に残しておけば、誰がどの工程を見たのかを後から追えます。

どちらの規模でも共通するのは、AIの出力を事務所の正式な記録として扱う前に、人が元の資料と突き合わせる工程を置くことです。この工程を飛ばさない運用を、規程に書いておくことが土台になります。

顧問先の相談を生成AIに渡す前に決めておく3つのこと

この節は、本記事の中で最も慎重に読んでいただきたい部分です。

一つ目は、士業自身の守秘義務です。社会保険労務士については、開業社会保険労務士または社会保険労務士法人の社員が、正当な理由がなくて業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、または盗用することについて、社会保険労務士法に規定があります(出典: 社会保険労務士法第21条)。使用人その他の従業者についても、同様の規定があります(出典: 社会保険労務士法第27条の2)。事務所の従業者がAIに相談内容を入力する場面は、この規定との関係を、各事務所で整理しておく論点になります。

二つ目は、個人情報の扱いです。相談の内容には、本人の同意を得ない目的外の取扱いを制限する規定(出典: 個人情報の保護に関する法律第18条)や、安全管理措置の規定(出典: 個人情報の保護に関する法律第23条)、第三者提供の制限の規定(出典: 個人情報の保護に関する法律第27条)が関わり得ます。クラウド型の生成AIに個人データを入力する行為が、どの規定とどう関係するかは、サービスの契約条件によって変わるため、事案ごとの確認が論点になります。個人情報保護委員会が生成AIの利用について示している注意点は、別の記事で整理しています(生成AIの利用に関する個人情報保護委員会の注意喚起を読む)。

三つ目は、顧問先との取り決めです。顧問契約や秘密保持の取り決めに、生成AIの利用の可否と範囲を書いているか。書いていない場合は、利用する前に顧問先へ説明し、同意の有無を記録に残す運用が考えられます。相談者本人が自分の相談がAIで処理されると知らないまま進むことは、窓口への信頼に影響し得ます。窓口の周知文に、情報の取扱いの方針を一文加える設計も、一案です。

事務所の規程に落とすなら、次のような項目が運用例として考えられます。ハラスメント相談に関する情報は、匿名化したものに限りAIへ入力できる。入力できる担当者を限定する。入力した内容と出力の保管先、保管期間、削除の手順を定める。AIに入力した旨を、顧問先への報告書に注記する。いずれも一例であり、事務所の契約条件や利用するサービスの設定を踏まえて決める事項です。

初動記録で起こりがちな失敗と、その避け方

一つ目の失敗は、匿名化が不十分なまま入力してしまうことです。氏名を伏せても、部署名と役職と出来事の日付の組み合わせで、個人が推測できる場合があります。避け方としては、匿名化の対象を氏名だけでなく、所属や役職、固有の日付にも広げ、入力前に別の担当者が見る二段階の確認を置く方法があります。

二つ目は、AIが整理の過程で、メモにない内容を補ってしまうことです。たとえば、発言の趣旨を言い換える際に、元の発言にない強い表現が混ざることがあります。避け方は、手順7の照合を省かないことと、プロンプトに推測禁止を明記することです。発言そのものを引用するときは、元メモの文言をそのまま残す運用にします。

三つ目は、記録が事務所内で野良化することです。担当者ごとに別々のAIサービスを使い、どこに何を入力したか追えなくなると、事後の確認ができません。避け方は、利用するサービスと担当者を限定し、入力の履歴を残す設定を確認しておくことです。履歴の保存先自体が情報の保管場所になるため、そこの管理も規程に含めます。

費用と工数、体制の考え方

費用は、利用する生成AIの契約形態によって変わります。多くのサービスで、入力データを学習に使わない設定や、法人向けの管理機能は、上位のプランで提供されています。具体的な金額や条件は変動するため、導入前に各ベンダーの公式の料金ページと利用規約での確認が論点になります。

工数の面では、初期に必要なのは様式の作成、匿名化の手順書、プロンプトの整備、規程への反映です。運用開始後は、相談のたびに匿名化と照合の時間がかかります。AIで時系列の整理が速くなっても、照合の工程は残るため、全体の工数は様式と運用の設計で決まります。体制としては、窓口対応の担当者、AIへの入力担当者、最終確認を行う有資格者の三者を分け、入力担当者と最終確認者を別にしておくと、確認の独立性を保ちやすくなります。

これから論点になりそうなこと

令和8年10月1日に、カスタマーハラスメントに関する措置が施行されたことで、顧問先の窓口に寄せられる相談の範囲が広がることが考えられます(出典: 前掲のリーフレット、7ページ)。従業員同士の相談に加え、顧客等からの言動に関する相談も、同じ窓口に届く可能性があります。記録様式に、行為者が社内の人か社外の人かを区別する欄を設けておくと、後の整理がしやすくなります。

また、生成AIの機能が更新されると、入力データの扱いや保存の設定が変わることがあります。利用規程を定期的に点検する運用との接続が、論点になります。四半期ごとの点検の型は、別の記事で扱っています(就業規則の見直しと情報提供の手順を扱った記事)。

よくある質問

相談者の氏名を伏せれば、生成AIに入力して差し支えないでしょうか。

一概には言えません。氏名を伏せても、所属や日付の組み合わせで個人が推測できる場合があります。個人情報保護法の安全管理措置や第三者提供の規定との関係は、使うサービスの契約条件により異なるため、事案ごとの確認が論点になります。

相談の記録はどのくらいの期間、保管しておくものですか。

条文上の期間は、本記事では確認できていません。保管期間は、顧問契約の内容や顧問先の文書管理規程で定める事項となります。要確認として、顧問先と取り決めを書面に残すことが考えられます。

AIが出力した時系列を、そのまま顧問先に提出してよいですか。

そのままの提出は避け、元のメモと照合して、有資格者が最終確認した版を提出する運用が考えられます。AIの出力は、メモにない内容が混ざる可能性があるためです。

相談者が匿名での対応を望む場合、どう扱いますか。

厚生労働省の指針は、相談者のプライバシーを守る措置を講じて周知することを項目に挙げています(出典: 前掲の性的言動に関する指針)。匿名希望の場合の具体的な運用は、顧問先の窓口規程で定める事項になります。

事実確認の聞き取り自体を、AIに任せることはできますか。

聞き取りの進め方と対象者の選定は、有資格者が持つ部分として整理するのが本記事の立場です。AIは質問文案の作成や記録の整理にとどめ、聞き取りの実施と評価は人が行う設計が考えられます。

行為者とされる人への対応でも、AIを使えますか。

行為者とされる人の情報も個人情報に当たり得るため、相談者と同様に匿名化の対象とします。処分や措置の判断に関わる部分は、AIの出力に依存せず、顧問先と有資格者が判断する領域です。

参考文献

関連記事として、カスハラ対策義務化に向けた就業規則整備の7手順、労務相談への一次回答をAIで作るときの検証工程、カスハラ指針と社内研修資料のAI活用も併せてご覧ください。

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

記載内容に誤りを見つけられた場合は、お問い合わせよりご指摘ください。確認のうえ速やかに訂正し、訂正履歴を記事内に残します。編集方針の詳細は運営者情報をご覧ください。