弁理士業務AI利活用ガイドラインを読む 事務所の運用に落とす7つの論点

日本弁理士会の弁理士業務AI利活用ガイドラインを起点に、事務所の運用へ落とす7つの論点を整理します。未公開情報の扱い、守秘義務の条文、規程の作り方まで扱います。

弁理士業務AI利活用ガイドラインを読む 事務所の運用に落とす7つの論点

弁理士業務AI利活用ガイドラインとは、日本弁理士会のAI利用指針のことです。

未公開の発明情報を外部のAIに入れてよいか。弁理士事務所にとって、生成AIの導入はこの一点から始まります。この記事では、日本弁理士会が公表したガイドラインを起点に、事務所の運用へ落とし込むための7つの論点を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、職能団体の資料は各会の公表資料で確認しています。日本弁理士会は、弁理士業務AI利活用ガイドラインを令和7年4月付で公表しています。

ガイドラインが置かれた位置と、弁理士業務の特殊性

結論から言えば、弁理士事務所のAI利用が他士業と最も違うのは、扱う情報が公開前だという点です。他の士業でも守秘義務はありますが、弁理士が預かる発明情報には、公開されると権利そのものが取れなくなるという性質が加わります。

根拠は特許法にあります。特許法第29条は、特許出願前に日本国内または外国において公然知られた発明などについて、特許を受けることができない旨を定めています。同法第30条には新規性喪失の例外に関する定めが置かれていますが、適用には要件があり、あらゆる公開が救済されるわけではありません。つまり、発明の内容が外部に出ること自体が、依頼者の権利取得の可否に直結します。

生成AIの利用は、この構造と正面からぶつかります。未公開の技術内容をプロンプトに書き込む行為は、外部の事業者のシステムへ情報を渡す行為です。サービスによっては入力が学習に使われ、モデルの挙動に反映される可能性があります。これが公然知られた状態に当たるかどうかの法的な評価は、事案とサービスの仕様によって整理が分かれる論点であり、本記事で結論を出す性質のものではありません。事務所として決めるのは、そもそもその状態を作らない運用です。

守秘義務の側からも同じ結論に向かいます。弁理士法第30条は、弁理士が正当な理由なく業務上知り得た秘密を漏らし、または盗用することについて定めています。加えて同法第77条は、弁理士や弁理士法人の使用人その他の従業者、およびこれらの者であった者について、業務を補助したことにより知り得た秘密に関する定めを置いています。事務所でAIを使うのは弁理士本人だけではありません。特許技術者、翻訳担当、事務スタッフまで含めた範囲で運用を設計する必要が、条文の側から出てきます。

日本弁理士会がガイドラインを示した意義は、この状況で使うか使わないかの二択を超えて、使う前提での留意事項を会として明示した点にあります。ガイドラインの本文は前掲のPDFで公開されており、事務所で運用を作る際は原典を通読する段階です。本記事はガイドラインの本文を引き写すものではなく、そこに示された論点を事務所の運用に落とすとどうなるかを扱います。

事務所の運用に落とす7つの論点

第1の論点は、情報の階層分けです。事務所が扱う情報を、公開情報、依頼者から預かった未公開情報、事務所内で生成した中間成果物の3層に分けます。公開情報は公開特許公報、審査基準、判決文などで、外部AIへの入力に伴う制約は小さい層です。未公開情報は発明提案書、実施例、実験データ、出願前の明細書案で、外部AIへの入力を原則として止める層になります。中間成果物は、未公開情報を抽象化した論点メモなどで、どこまで入力してよいかを事務所として定義する層です。この3層の線引きが決まっていない状態では、個別の判断が担当者ごとにぶれます。

第2の論点は、使う環境の選定です。層ごとに使う環境を分けます。公開情報だけを扱う調査用途なら一般的なクラウドサービスで足りる場合があり、未公開情報を扱うなら、入力が学習に使われない契約形態か、外部に出さない実行環境を選ぶ判断になります。事務所内で完結する構成の考え方は、士業のチカラのローカルLLMを士業事務所で運用するで扱っています。法人向けプランでの学習利用の確認の観点は生成AIの法人プランと学習利用の比較に整理しています。

第3の論点は、業務工程ごとの適用範囲です。弁理士業務のうち、AIを当てやすい工程とそうでない工程は明確に分かれます。先行技術調査の検索式の組み立て、公開公報の内容要約、外国語文献の下訳、拒絶理由通知の論点整理は、公開情報を扱う工程であり適用しやすい領域です。一方、発明の把握、クレームの構成、実施例の設計、補正案の決定は、未公開情報と法的判断の両方を含みます。先行技術調査の工程設計は先行技術調査にAIを使う、明細書作成の制約は特許明細書の作成とAIで扱っています。

第4の論点は、出力の検証工程です。生成AIは、実在しない公報番号や、存在しない審査基準の項目を出力します。公報番号は特許情報プラットフォームで、審査基準は特許庁の公表資料で、それぞれ原典に当てて確かめます。翻訳の下訳を使う場合は、技術用語と請求項の対応関係を弁理士が確認する工程を漏れなく通します。この確認を誰がいつ行うかを工程表に書き込み、記録を残す運用にします。

第5の論点は、利益相反への波及です。弁理士法第31条は、業務を行い得ない事件について定めています。生成AIの利用そのものが直ちにこの定めに関わるわけではありませんが、事務所内で案件をまたいで会話履歴やナレッジベースを共有する構成にすると、ある依頼者の技術情報が別案件の作業中に参照される状態が生まれます。案件ごとに文脈を切る設計にしておくと、この状態を避けられます。案件単位で文脈を持たせる構成はClaude Projectsを士業事務所で使うで扱っています。

第6の論点は、依頼者への説明です。AIを補助的に使う場合でも、どの工程で使い、どこで弁理士が確認するかを説明できる状態にしておきます。依頼者が知財部門を持つ企業であれば、自社の情報管理規程との整合を求めてくる場合があります。説明の範囲と契約への落とし方は依頼者へのAI利用の説明と告知に整理しています。

第7の論点は、規程化と教育です。従業者まで含めた運用にするには、口頭の申し合わせでは足りません。入力してよい情報の範囲、使ってよい環境、検証の必須工程、記録の保存先を文書にし、入所時と年次で確認する形にします。規程の骨子の作り方は事務所のAI利用ガイドラインの作り方で扱っています。

運用に乗せるためのプロンプト例を挙げます。公開情報だけを扱う想定です。

あなたは特許調査の補助者です。以下の公開特許公報の内容を、
社内検討用に整理してください。

対象: 公開特許公報 特開XXXX-XXXXXX(本文は別途貼り付けます)

出力の形式:
1. 技術分野を2行以内で
2. 解決しようとする課題を3行以内で
3. 請求項1に記載された構成要素を箇条書きで分解する
4. 実施例に現れる数値範囲を、記載されているものだけ列挙する
5. 本文に記載が無い事項は「記載なし」と書き、
   推測で補わないでください

注意: 貼り付けた本文に書かれていない技術情報を
追加しないでください。

次に、拒絶理由通知への対応方針を整理する用途のプロンプトです。未公開情報を含めないように、対象を公開された書類に限定しています。

あなたは知財実務の検討を手伝うアシスタントです。
以下は公開されている拒絶理由通知と引用文献の記載です。

(拒絶理由通知の本文と引用文献の該当箇所を貼り付け)

次の順で整理してください。
1. 審査官が指摘している相違点と一致点を、
   通知書の記載だけを根拠に分けて書く
2. 引用文献のどの記載が根拠として挙げられているかを特定する
3. 反論の方向性として考えられる類型を3つ挙げ、
   それぞれについて、通知書と引用文献のどこを見れば
   検討できるかを示す
4. 補正案そのものは書かないでください

4番目の指示が要点です。補正の方向を決めるのは弁理士の判断であり、AIに書かせた案をたたき台にすると、記載要件や新規事項の追加という別の論点に引きずられます。整理までをAI、判断を弁理士という線引きを、プロンプトの中で明示しておきます。

未公開情報と守秘義務をめぐる規程の作り方

この節が弁理士事務所にとっての本丸です。前節の第1の論点で分けた3層を、実際の規程に落とす手順を見ます。

入口は、入力禁止情報の列挙です。発明提案書、実験ノート、未公開の明細書案、依頼者の社内資料、共同研究の相手方情報といった具体名で書き出します。抽象的に機密情報と書くだけでは、判断が現場に丸投げされます。列挙したうえで、これらを扱う場合に使える環境を指定します。

次に、抽象化のルールです。未公開情報でも、技術分野の一般論として抽象化すれば入力できる場合があります。ただし、抽象化の程度は担当者の感覚に委ねると崩れます。実務では、依頼者名と製品名を除く、数値を範囲でぼかす、といった機械的な基準を決めたうえで、抽象化後の文面を弁理士が確認してから入力する運用が採られています。

3点目は、従業者の範囲です。前掲の弁理士法第77条は、使用人その他の従業者、およびこれらの者であった者についての定めを置いています。退所後まで射程が及ぶ構造である以上、事務所としては在籍中のアクセス権限管理と、退所時のアカウント停止手続を規程に書き込む形になります。個人の端末で無償版のAIを使う行為をどう扱うかも、ここで決めておく論点です。私物端末の扱いは事務所のシャドーAI対策で整理しています。

4点目は、依頼者との契約です。企業の知財部門は自社の情報管理規程を持っており、外部委託先のAI利用について事前承諾を求める場合があります。委任契約または業務委託契約に、AIの利用範囲と入力しない情報の種別を書き込んでおくと、後の確認が簡単になります。逆に、依頼者側からAIを使って費用を下げてほしいと求められる場面もあり、その際も入力の範囲は事務所として維持する形が現実的です。

5点目は、事故が起きたときの手順です。未公開情報を誤って外部サービスへ入力した場合、まず入力内容と時刻とサービス名を記録し、当該サービスの履歴削除手続の可否を確認します。そのうえで、依頼者への報告と、出願戦略への影響の検討を行います。影響の評価は事案ごとに異なるため、手順書に書けるのは記録と報告までです。判断は弁理士が個別に行う工程として残ります。

ありがちな失敗と回避策

第1の失敗は、翻訳ツールの延長でAIを使ってしまうことです。外国出願の下訳に無償の翻訳サービスを使う慣行が残っている事務所では、生成AIも同じ感覚で使われます。翻訳対象が未公開の明細書案であれば、入力禁止情報として扱う対象になります。ツールの種類ではなく、扱う情報の層で判断する形に切り替えます。

第2の失敗は、公報番号の未確認です。生成AIは、それらしい形式の公開番号を作ります。特許情報プラットフォームで開いて実在と内容を確かめる工程を省くと、意見書に存在しない文献が載ります。番号の実在確認と、内容が引用趣旨に合うかの確認は別の作業です。

第3の失敗は、事務所内でのナレッジ共有の作りすぎです。過去の明細書をすべて読み込ませた検索環境は便利ですが、案件をまたいだ情報の参照が起こります。依頼者ごとにアクセス範囲を分ける設計を先に決めてから構築する順序にします。

第4の失敗は、規程だけ作って教育しないことです。文書があっても、担当者が判断に迷ったときの相談先が書かれていなければ、その場の判断で入力されます。規程には相談先と、迷ったら入力しないという原則を明記しておきます。

費用・工数・体制

費用面では、公開情報を扱う調査用途であれば、法人向けプランの利用者ごとの月額が中心です。未公開情報を扱う環境を用意する場合は、事務所内で完結する構成の初期費用と運用工数が加わります。規模の小さい事務所では、未公開情報についてはAIを使わないという割り切りも、現実的な選択肢として採られています。

工数の目安として、情報の3層分けと入力禁止情報の列挙に、所内の打ち合わせで半日から1日、規程への落とし込みに数日を見る形になります。運用開始後は、出力の検証工程が案件ごとに加わります。調査の要約であれば、原典確認を含めて要約1本ごとに十数分の追加を見込んでおくと計画が崩れません。

体制としては、公開情報の調査と要約を特許技術者や事務スタッフ、未公開情報に関わる判断と最終確認を弁理士、という分担が動かしやすい形です。弁理士事務所全体でのAI活用の見取り図は弁理士のAI活用に整理しています。

今後の論点

第一の論点は、ガイドラインの改訂です。生成AIの仕様は短い周期で変わり、学習利用の扱いも各社が更新しています。会が示す指針も、それに合わせて見直される可能性があります。事務所としては、自分たちの規程を指針との差分で管理できる形にしておくと、改訂時の作業が軽くなります。

第二の論点は、AI関連発明の審査実務との接点です。特許庁はAI関連技術に関する審査の考え方や事例を公表しており、AIを使う側と、AIに関する発明を扱う側の両方で、弁理士の関与が増えています。前者の運用整備が、後者を扱う際の説得力にもつながります。

第三の論点は、依頼者側のAI利用です。企業の知財部門が自らAIで先行技術調査や明細書案の作成を進めた場合、弁理士に持ち込まれる材料の性質が変わります。持ち込まれた案の検証をどこまで業務範囲に含めるかは、契約の設計として今後詰めていく領域です。

よくある質問

未公開の発明情報を生成AIに入力してよいですか

事務所として入力しない運用を採るのが基本形です。特許法第29条は出願前に公然知られた発明について特許を受けることができない旨を定めており、外部サービスへの入力が権利取得に影響しうる論点になります。入力の可否は、扱う情報の層とサービスの仕様の両方から事務所が判断する事項です。

公開特許公報の要約にAIを使うのは問題になりますか

公開情報を扱う工程であり、実務で使っている事務所があります。論点になるのは出力の正確性です。公報番号と記載内容を特許情報プラットフォームで確かめる工程を置く形が採られています。

事務スタッフにAIを使わせてよいですか

使わせている事務所があります。弁理士法第77条は使用人その他の従業者について秘密に関する定めを置いており、アクセスできる情報の範囲と使える環境を規程で明示する運用が採られています。入力してよい情報の列挙が、その前提になります。

外国出願の翻訳にAIを使えますか

下訳として使い、弁理士が確認する分担で運用している事務所があります。対象が未公開の明細書案であれば入力禁止情報として扱う対象になるため、使える環境の指定とセットで決める形になります。

ガイドラインに従わないと処分されますか

処分の可否は会の定めと事案によるため、一般化できません。実務としては、ガイドラインを事務所の規程に落とし込み、運用した記録を残す対応が採られています。判断に迷う場合は所属会に確認する段階です。

小規模事務所でも規程は必要ですか

必要になります。人数が少ないほど、口頭の申し合わせで済ませがちですが、従業者や外部の翻訳者が関わる時点で範囲の明示が要ります。入力禁止情報の列挙と使える環境の指定という2点だけでも、文書にしておく価値があります。

依頼者にAI利用を伝える必要がありますか

伝えている事務所があります。企業の知財部門は自社の情報管理規程との整合を確認する立場にあり、事前に説明しておくと後の照会が減ります。契約書に利用範囲と入力しない情報の種別を書き込む形が扱いやすい運用です。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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