AI利用の告知とは、業務でAIを使う事実を依頼者へ事前に伝える対応のことです。
顧問先から、先生のところではAIを使っていますかと聞かれたとき、事務所として同じ答えを返せるでしょうか。担当者ごとに説明が違うと、それだけで信頼の話になります。この記事では、依頼者にAI利用をどこまでどう伝えるかの設計を5ステップに分け、委任契約や顧問契約に置いておく4項目を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。

告知が論点として立ち上がってきた背景
AI利用の告知が実務課題になったのは、依頼者側が聞いてくるようになったからです。数年前まで、事務所がどんな道具で書面を作るかは依頼者の関心事ではありませんでした。いまは、顧問先の担当者が自社でも生成AIを使っており、外部に出す情報の扱いに敏感になっています。
社会全体でも、AIを使ったことを開示する動きが広がっています。士業のチカラでは、ピュリツァー賞の応募でAI利用の開示が過去最多になった件を別記事で扱いました。報道や創作の分野で開示が標準化していけば、専門サービスの分野にも同じ問いが向かってきます。使ったかどうかではなく、どこにどう使ったかを説明できるかが問われる段階です。
制度面では、個人情報保護委員会が生成AIサービスの利用について注意喚起を公表しており、個人情報を含むプロンプトの入力にあたって利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認することを挙げています。この確認を事務所の中だけで完結させるか、依頼者にも見える形にするかで、説明の設計が変わります。
そしてもうひとつ、士業に固有の事情があります。依頼者が事務所に払っているのは、有資格者の判断に対する対価だという理解が根底にあることです。AIが下書きしたという事実そのものより、最終判断を誰が行ったのかが説明されていないことのほうが、信頼を損ないます。告知の設計は、この一点をどう伝えるかに集約されます。
何をどこまで伝えるか 説明の設計5ステップ
結論から書くと、伝えるべき中心は三つです。どの工程でAIを使うか、出力を誰が確認するか、入力した情報がどう扱われるか。この三つが揃っていれば、依頼者の関心の大半は満たされます。逆に、使用しているツール名だけを列挙した説明は、依頼者にとって意味を持ちません。
ステップ1は、自事務所の利用実態を工程単位で書き出すことです。面談メモの要約、資料の分類、書面の初稿作成、条文や判例の検索補助、翻訳。工程ごとに、AIが担う部分と有資格者が担う部分を分けて書きます。ここが曖昧なまま説明文を作ると、抽象的な言い回しになり、依頼者の疑問に答えられません。
ステップ2は、確認工程の明示です。AIの出力を誰が、どの基準で確認してから確定するのかを言語化します。士業のチカラでは、確認の関門の設計をハルシネーション対策の記事でまとめています。依頼者への説明では、この関門があることを一文で示すのが要点です。
ステップ3は、入力情報の扱いの説明です。事務所が契約しているサービスで、入力データが学習に使われる設定になっているかどうかを、ベンダーの公式記載に基づいて説明できる状態にします。各社の公式ドキュメントの読み方は生成AIの法人プランと学習利用の比較記事にまとめました。ここを曖昧にすると、依頼者の懸念が最も残ります。
ステップ4は、伝える場面とタイミングの決定です。選択肢は三つあります。委任契約書や顧問契約書に条項として置く。案件着手時の説明で口頭と書面の両方で伝える。事務所のウェブサイトに方針として掲載する。この三つは排他的ではなく、組み合わせている事務所が多くなっています。
ステップ5は、質問への備えです。想定される問いを事前に並べ、回答の草案を作っておきます。使わないでほしいと言われたらどうするか、事故が起きたときの責任はどうなるかといった問いは、その場で考えると答えが揺れます。所内で答えを揃えておくことが、説明の質を左右します。
委任契約・顧問契約に置く4項目
一つめは、AIを利用する業務の範囲です。すべての業務で使うのか、特定の工程に限るのかを書きます。範囲を広く書きすぎると実態と離れ、狭く書きすぎると運用のたびに条項の見直しが要ります。工程の分類名で書いておき、個別のツール名は書かないのが扱いやすい形です。
二つめは、最終的な判断と責任の所在です。有資格者が確認したうえで成果物を確定する旨を書きます。依頼者の関心が最も集まるのがこの一文で、ここが明記されていれば、AIを使うこと自体への抵抗はかなり和らぎます。逆にこの記載がないと、AI利用の範囲をどれだけ細かく書いても不安が残ります。
三つめは、入力する情報の範囲と取扱いです。どのような情報を投入し得るか、投入先での取扱いはどうなっているかを書きます。事務所が契約しているプランで入力が学習に使われない設定になっているのであれば、その旨を事実として書けます。ただし、契約の変更やサービスの更新で条件が変わり得るため、確認の時点を併記しておくと後の食い違いを防げます。
四つめは、依頼者が利用を望まない場合の申し出方法です。申し出があった場合の代替手順まで用意しておくと、条項が形式で終わりません。申し出先の窓口と、申し出から運用に反映されるまでの期間を書いておくと、依頼者にとって現実的な選択肢になります。
以下は、説明文の草案づくりに使えるプロンプト例です。事務所の利用実態を渡して、依頼者向けの平易な文面を作らせます。
あなたは士業事務所の事務局です。顧問先に配る「当事務所のAI利用について」の説明文を作成してください。
条件:
- A4一枚に収まる分量。見出しは3つ以内
- 「どの工程で使うか」「出力を誰が確認するか」「入力情報がどう扱われるか」の3点を必ず含める
- 専門用語は使わない。使う場合は括弧書きで平易な説明を添える
- 法的な評価や適法性の断定は書かない。事実と手順の説明にとどめる
- 事務所の実態として与えられていない事項を推測で書き足さない
当事務所の利用実態:
"""
(工程ごとにAIが担う作業と、有資格者が担う作業を列挙して貼り付け)
"""
もう一本は、想定問答の準備です。依頼者から出そうな質問と、事務所としての回答方針を並べます。
以下の「当事務所のAI利用について」の説明文を読み、顧問先から出そうな質問を10個挙げてください。
出力フォーマット:
質問 / その質問が出る背景 / 回答を用意する際に事務所が事前に決めておくべき事項
制約:
- 回答文そのものは書かない。事務所が決めるべき事項の指摘にとどめる
- 法的評価や責任の所在についての断定は書かない
- 質問は、情報の取扱い・成果物の品質・費用・断りたい場合の手続の4分野から偏りなく挙げる
説明文:
"""
(作成した説明文を貼り付け)
"""
守秘義務と個人情報保護法から見た説明の位置づけ
説明と告知は、単なる配慮ではなく、法令上の論点と接しています。ここを押さえておくと、条項の文言を決めるときに迷いが減ります。
まず守秘義務です。弁護士法第23条は、弁護士または弁護士であった者が職務上知り得た秘密を保持する権利を有し義務を負う旨を、ただし書として法律に別段の定めがある場合を除いて定めています。税理士法第38条は、正当な理由がなくて税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、また窃用することを禁じています。公認会計士法第27条、社会保険労務士法第21条、弁理士法第30条にも同趣旨の規定があります。条文はいずれも正当な理由や正当な事由という要件を置いており、依頼者の同意がその判断にどう関わるかは事案ごとの検討対象になります。だからこそ、同意を取ったかどうかではなく、何を説明したうえでの同意かが記録として残る設計に意味があります。
次に個人情報保護法です。顧問先から預かる資料に個人情報が含まれる場合、事務所は個人情報取扱事業者としての立場も併せ持ちます。個人情報の保護に関する法律第17条は、個人情報を取り扱うにあたって利用目的をできる限り特定しなければならないと定めています。同法第21条は、個人情報を取得した場合に、あらかじめ利用目的を公表している場合を除き、速やかに本人へ通知し、または公表しなければならないと定めています。事務所の利用目的の記載に、AIを用いた業務処理が含まれる形になっているかは、確認しておく対象になります。
さらに、クラウド型のAIサービスを使う場合、事務所から見た取扱いの委託という構成になることが多く、同法第25条が定める委託先の監督が関わってきます。同法第27条は第三者提供の制限を定めており、第5項には利用目的の達成に必要な範囲内での委託に伴う提供は第三者提供に当たらない旨の定めがあります。どの構成に整理されるかはサービスの契約内容によるため、ベンダーの契約条項を確認したうえで検討する流れになります。
規程への落とし方としては、AI利用規程に依頼者への説明の章を足し、説明する時期、説明の媒体、記録の残し方、拒否があった場合の手順の4点を書きます。士業のチカラのAI利用規程テンプレートの記事に全体の骨子があり、顧問先向けの資料の作り方は顧問先へのAI活用説明資料の記事で扱っています。
説明でつまずく三つの失敗と回避策
一つめは、説明が抽象的すぎる失敗です。当事務所では最新のAI技術を活用していますという一文だけでは、依頼者の関心には届きません。むしろ、何を隠しているのかという疑念を生みます。回避策は、工程を具体的に書くことです。面談記録の整理と初稿作成に使い、内容の確認と最終判断は担当者が行う、という粒度まで下ろすと、依頼者は自分の案件に引き寄せて理解できます。
二つめは、担当者ごとに説明が違う失敗です。ある担当者は使っていないと答え、別の担当者は詳しく説明する。依頼者が複数の窓口と接している場合、この差はすぐに露見します。回避策は、説明文を事務所として一本に統一し、所内で共有することです。個人の判断で説明を足し引きしない運用にしておきます。
三つめは、一度説明して終わりにする失敗です。使うツールも、業務での使い方も、一年経てば変わります。説明した内容と実態がずれたまま契約が続くと、次に問われたときに説明が食い違います。回避策は、年に一度の契約更新時に説明内容を見直す作業を、定例に組み込むことです。見直しの担当を決めずに定例だけ設けても実行されないため、誰が原稿を確認するかまで決めておきます。
四つめとして挙げておきたいのが、説明を書面で渡して終わりにする失敗です。書面は配ったが、依頼者側の担当者が読んでいない。この状態は、説明したという記録だけが残り、実質的な理解は共有されていないことになります。回避策は、定例の面談で一度は口頭で触れることです。二分で足ります。どの工程で使い、最終判断は誰が行うか。この二点を口頭で伝えておくと、後から質問が出たときの土台ができます。
費用と工数、そして誰が説明を持つか
費用の大半は人の時間です。説明文の作成、所内での合意形成、既存顧問先への案内。特に既存顧問先への案内は、件数が多い事務所ほど工数が読みにくくなります。契約更新のタイミングに合わせて順次案内する形にすると、負荷を分散できます。
体制については、説明文の内容を有資格者が決め、案内の実務を事務局が回す分担が動きやすくなります。文面に法的な評価が入り込みやすいため、原稿の最終確認は有資格者が行う設計にしておきます。あわせて、依頼者から質問が来たときの一次窓口を事務局に置き、判断を要する問いだけ有資格者に上げる流れにしておくと、対応の速度が保てます。
説明を新規契約の入り口に組み込むかどうかも決めておきます。初回相談の段階で伝えるのか、受任が決まってから伝えるのか。前者は透明性が高い一方、相談の本題に入る前の説明が長くなります。事務所の顧客層によって、適した位置が変わります。法人顧客が中心であれば、先方の管理部門が確認したがるため早い段階で渡すほうが話が早く、個人の依頼者が中心であれば、相談内容を聞いたあとに簡潔に触れるほうが自然に収まります。
工数の見積もりでもうひとつ見落とされやすいのが、所内での合意形成にかかる時間です。AIをどこまで使っているかの認識は、担当者ごとにずれています。説明文の草案を回すと、そもそも自分はここまで使っていない、あるいはもっと広く使っているという指摘が出てきます。この擦り合わせ自体が実態把握として機能するため、原稿づくりを一人で完結させず、所内で一度は回覧する手順にしておくと、文面の精度が上がります。
説明が競争条件になっていく可能性
今後の論点として見ておきたいのは、説明の有無が事務所選びの条件になっていく可能性です。企業側が取引先の管理体制を確認する動きは、情報セキュリティの分野で先に進みました。同じ流れがAIの利用にも及ぶなら、顧問先から質問票が届く場面が増えます。
そのとき問われるのは、AIを使っているかどうかではなく、使い方を説明できるかどうかです。使っていないという回答が有利になるとは限りません。むしろ、どの工程で使い、誰が確認し、情報がどう扱われるかを整理して示せる事務所のほうが、管理体制が整っていると評価される場面が出てきます。
もうひとつの論点は、説明の粒度がどこで落ち着くかです。ツール名まで開示するのか、工程の説明にとどめるのか。現時点で標準はなく、事務所ごとの判断です。ただ、ツール名を書くと変更のたびに説明が古くなるため、工程と確認体制を軸に書いておき、ツール名は求めに応じて答える形が、運用としては保ちやすくなります。
よくある質問
依頼者にAI利用を伝える法的な義務はありますか
現時点で、士業がAI利用を依頼者に告知することを一般的に求める規定は、当編集部が確認した範囲では見当たりません。ただし、個人情報を扱う場面では、個人情報の保護に関する法律第17条が利用目的をできる限り特定することを、同法第21条が取得時の利用目的の通知または公表を定めています。事務所の利用目的の記載と実態が合っているかは、確認しておく対象になります。
説明はいつ行うのがよいですか
委任契約や顧問契約の締結時に書面で伝え、案件着手時に口頭で補足する組み合わせを採る事務所があります。契約書に条項を置いておくと、担当者が変わっても説明の内容が揺れません。既存の顧問先には、契約更新のタイミングで順次案内する形が現実的です。
顧問先からAIを使わないでほしいと言われたらどうしますか
代替手順を事前に用意しておくかどうかで対応が変わります。特定の工程だけ従来の手作業に戻せるのか、それとも受任条件として調整が要るのか。この判断を案件ごとにその場で行うと回答が揺れるため、所内で方針を決めておく流れになります。あわせて、要望の理由を聞くと、懸念が入力情報の扱いに集中していることが分かる場合があります。
ツール名まで伝える必要がありますか
伝え方は事務所ごとに分かれています。ツール名を書くと変更のたびに説明が古くなるため、工程と確認体制を軸に説明し、ツール名は求めに応じて答える形を採る事務所があります。いずれにしても、入力情報が学習に使われるかどうかについては、ベンダーの公式記載に基づいて答えられる状態にしておくと質問に対応しやすくなります。
説明したことはどう記録に残しますか
契約書の条項として残す方法、説明資料を交付して受領の記録を残す方法、面談記録に説明した旨を記載する方法があります。複数を組み合わせている事務所が多く、どの方法でも、いつ何を説明したかが後から追える形にしておくことが要点になります。
小規模事務所でも説明文は必要ですか
規模にかかわらず、聞かれたときに同じ答えを返せる状態を作っておく価値があります。一人事務所であれば説明の統一という論点は生じませんが、口頭で毎回組み立てると内容が揺れます。A4一枚の説明文を用意しておけば、初回相談の場でそのまま渡せます。
説明文には何を書かないほうがよいですか
法的な評価や、成果物の品質についての断定は避けている事務所が多くなっています。安全ですという書き方は、事故が起きたときに説明と実態の食い違いを生みます。事実として何をしているか、手順としてどう確認しているかに絞って書くほうが、後から検証できる文面になります。
参考文献
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- e-Gov法令検索 弁護士法
- e-Gov法令検索 税理士法
- e-Gov法令検索 公認会計士法
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について
- 個人情報保護委員会 法令・ガイドライン等
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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