シャドーAIとは、事務所が把握していないAI利用のことです。
職員が自分のスマートフォンで生成AIを開き、顧問先の資料を打ち込んでいた。この報告は、規程を作った事務所からも上がってきます。禁止したはずのものが水面下で使われているという状況は、ルールの不備というより、ルールの作り方の問題です。この記事では、私物端末での利用を頭から禁じるのではなく、把握できる状態に持っていくための5手順を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。

シャドーAIが事務所で起きる構造と、2026年の状況
シャドーAIは、職員の怠慢ではなく、業務の要求と手元の道具の落差から生まれます。締切が迫った書面の要約、初めて扱う分野の下調べ、外国語資料の把握。事務所が用意した手段では追いつかない場面で、手元の端末にある無料のAIが最短距離に見える。これがシャドーAIの発生機序です。
ガバナンスの整備が利用の広がりに追いついていない状況は、他業種でも共通の課題として指摘されています。日本銀行は2026年8月6日に金融機関の生成AI利用状況の調査結果を公表し、利用が広がる一方でガバナンスやサードパーティリスク管理に改善の余地があると整理しています(出典は士業のチカラの日銀調査の記事にまとめています)。厳格な内部管理を持つ業種でもこの状況であることは、士業事務所にとっても他人事ではありません。
士業の場合、事情はさらに込み入っています。扱う情報の機微性が高いため規程は厳しくなりがちですが、事務所の規模が小さく、監視の仕組みを入れる余力が乏しい。結果として、規程は厳しいのに実態は見えないという組み合わせになります。禁止の一文だけを置いた規程が、いちばん危ない状態を作ることがあります。
もうひとつ、2026年に固有の事情があります。生成AIがブラウザの拡張機能、業務システムの一機能、スマートフォンのキーボードといった形で、あちこちに埋め込まれるようになったことです。職員が生成AIを使っているという自覚がないまま、入力内容が外部へ送信されている構成もあり得ます。禁止すべき対象を職員が識別できないなら、禁止は機能しません。
私物端末の利用を止めずに管理する5手順
結論を先に書くと、シャドーAI対策の要は監視を強めることではなく、正規の受け皿を先に用意することです。使える道具がないまま禁止だけを課すと、利用は地下に潜って見えなくなります。順序を間違えないことが要点です。
手順1は、実態の把握です。処罰を目的としない前提を明示したうえで、無記名で聞き取ります。設問は、使っているツール名、使っている業務、入力した情報の種類の三つに絞ります。ここで犯人探しの空気を作ると、正確な回答が集まらなくなり、以降の設計が全部ずれます。事務所によっては、外部の第三者が集計する形にして回答のしやすさを担保しています。
手順2は、正規ルートの用意です。事務所として契約した法人向けプランを配り、まずそこで足りるようにします。法人向けプランの選び方は、入力データが学習に使われるかどうかの公式記載を軸に判断する形になります。士業のチカラの生成AIの法人プランと学習利用の比較記事に、各社の公式ドキュメントの読み方をまとめています。
手順3は、入力ルールの明確化です。禁止の一覧ではなく、投入してよい情報の類型を先に書くほうが職員は動けます。公開情報、事務所内で作成した定型文、匿名化済みの事案概要。この三つは投入可、それ以外は事前確認、という組み立てにすると、判断のたびに上長へ聞く負荷が下がります。詳しくは顧客情報を生成AIに入力するリスクの記事で線引きの例を扱っています。
手順4は、私物端末の扱いを決めることです。全面禁止は運用が持たないことが多いため、業務利用を認める端末の条件を書く形が現実的です。画面ロックの設定、事務所アカウントでのログイン、業務データを端末内に保存しないこと。この三点を満たす端末で、事務所が契約したツールにアクセスする形なら認める、といった書き方になります。加えて、退職時のアカウント無効化を手順に含めておきます。
手順5は、定期の見直しです。四半期ごとに、使われているツールと使われていないツールを棚卸しします。使われていないツールの契約を切り、逆に職員が使いたがっている機能があれば正規ルートに追加する。この往復がないと、正規ルートは半年で実態から離れていきます。棚卸しの場では、事務所が契約している業務システムの更新情報も一緒に確認します。会計ソフトやグループウェアの新機能として生成AIが追加されているケースがあり、契約時には存在しなかった経路が増えていることがあるためです。
5手順のうち、効果が出るのが早いのは手順2と手順3です。逆に、手順1を飛ばして手順2から始めると、配ったライセンスが使われないまま費用だけが出ていく形になりがちです。何にどう使いたいのかが分からないまま道具を配っても、職員は自分の慣れたやり方を続けます。実態把握は手間に見えますが、その後の設計の精度を決める工程なので、省かないほうが結果的に速くなります。
もうひとつ、手順の外側で効く要素があります。所内で使い方を持ち寄る場を設けることです。月に一度、うまくいったプロンプトと失敗した例を共有する短い時間を作ると、正規ルートの中で工夫が回り始めます。シャドーAIが生まれる背景には、自分だけが困っているという孤立感もあるため、共有の場そのものが予防として働きます。
以下は、実態把握の聞き取りを設計するときに使えるプロンプト例です。設問文を作らせる用途に使います。
あなたは士業事務所の事務局長です。所内の生成AI利用実態を無記名で把握するアンケートの設問を作成してください。
条件:
- 設問は8問以内。回答は選択式を中心にし、自由記述は1問だけにする
- 回答者が責任追及を恐れずに答えられる文面にする。冒頭に目的と非懲戒の方針を明記する
- 「使っているツール名」「使っている業務」「入力した情報の種類」の3点を必ず含める
- 個人が特定される設問(部署名・担当案件名など)は入れない
- 設問文に専門用語を使う場合は括弧書きで平易な説明を添える
出力は、アンケート本文のみ。解説は不要です。
もう一本は、入力ルールの草案づくりです。事務所の業務内容を渡して、投入可否の分類表の下書きを作らせます。
以下は当事務所が日常的に扱う情報の一覧です。生成AIへの投入可否を3分類(A:そのまま投入可 / B:匿名化・加工のうえ投入可 / C:投入前に責任者へ確認)に振り分けた草案を作成してください。
制約:
- 分類の理由を各1文で添える。法的評価や適法性の断定は書かない
- 判断に迷う項目はCに置き、確認すべき論点を箇条書きで示す
- 事務所の業務実態に関する推測を書き足さない
情報の一覧:
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(例: 公開されている法令・通達、事務所内の書式ひな形、顧問先から受領した決算書、係争中案件の主張整理メモ、従業員の給与データ ほか)
"""
守秘義務と安全管理措置から見たシャドーAIの論点
シャドーAIが問題になるのは、便利さの裏で確認の記録が残らないからです。守秘義務と安全管理措置の両面から、論点を三つに分けて整理します。
一つめは、守秘義務の根拠条文との関係です。税理士法第38条は、正当な理由がなくて税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、また窃用することを禁じています。弁護士法第23条は、職務上知り得た秘密を保持する権利を有し義務を負う旨を定めています。行政書士法第12条、司法書士法第24条、社会保険労務士法第21条にも同趣旨の規定があります。いずれも漏えいの手段や経路を限定していないため、私物端末経由かどうかで扱いが変わる構造にはなっていません。事務所として押さえるべきは、経路が把握できない状態そのものが管理の穴だという点です。
二つめは、従業者の監督です。個人情報の保護に関する法律第24条は、個人情報取扱事業者が従業者に個人データを取り扱わせるにあたり、安全管理が図られるよう必要かつ適切な監督を行わなければならないと定めています。同法第23条は安全管理措置を定めています。監督という言葉は監視を連想させますが、実務では、ルールを示し、教育し、記録を残すという一連の設計を指すことが多くなります。禁止だけを掲げて実態を見ていない状態は、この設計が空いていることになります。
三つめは、個人情報保護委員会が示した確認事項です。同委員会は生成AIサービスの利用について注意喚起を公表しており、個人情報を含むプロンプトの入力にあたっては利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認すること、生成AIサービスが入力された個人情報を機械学習に利用する場合の取扱いに留意することを挙げています。シャドーAIでは、この確認が誰にも行われないまま入力が起きます。無料版の消費者向けサービスでは、入力が学習に使われる設定が既定になっている場合があるため、確認の欠落がそのまま外部への提供につながり得ます。
規程への落とし方としては、既存のAI利用規程に私物端末の章を足し、認める条件、認めない行為、違反時の取扱いを書きます。違反時の取扱いを懲戒一択にすると報告が上がらなくなるため、自己申告した場合の扱いを別に定めている事務所もあります。規程の骨子は士業のチカラのAI利用規程テンプレートの記事に、判断フローの作り方はガイドラインの作り方の記事にまとめています。
対策でつまずく三つの失敗と回避策
一つめは、全面禁止から入る失敗です。規程に禁止と書けば対策が終わったように見えますが、業務の要求が消えるわけではないため、利用は見えないところへ移ります。半年後の聞き取りで、規程を知らない職員と、知ったうえで使っている職員の両方が出てきます。回避策は、正規ルートを先に用意し、禁止は正規ルート外の利用に限定して書くことです。
二つめは、犯人探しになる失敗です。実態把握を始めた途端に、誰が使ったかを追及する空気になると、以降の情報は上がってきません。回避策は、初回の聞き取りを無記名にし、過去の利用を責めない方針を文書で先に示すことです。実態が見えることのほうが、個々の違反を摘発することより価値が高いという前提を、所内で共有しておきます。
三つめは、ツールの棚卸しを一度きりで終える失敗です。導入時に一覧を作ったきり更新されず、新しく出た機能や、業務システムに組み込まれた生成AI機能が管理の外に置かれます。回避策は、棚卸しを四半期の定例に載せ、業務システムの更新情報も確認対象に含めることです。生成AIの情報漏えいがどの経路で起きるかは別記事で整理しています。
四つめとして挙げておきたいのが、正規ルートの使い勝手を検証しないまま配ってしまう失敗です。事務所が契約したツールが業務の実感に合っていないと、職員は手元の使い慣れたサービスへ戻ります。契約前に、実際の業務に近いサンプルで数人に試してもらい、応答の速さと日本語の扱いを確かめておくと、配布後の定着率が変わります。ここを省いて価格だけで選ぶと、シャドーAIの発生要因を残したまま費用だけが増える結果になります。
費用と工数、そして誰が旗を振るか
費用の中心は、正規ルートとして配る法人向けプランのライセンス料です。人数ぶんの契約が要るため、全職員に配るのか、対象業務に関わる職員に絞るのかで総額が変わります。実態把握の結果を見てから配布範囲を決めると、無駄が出にくくなります。
工数は、初回の実態把握と入力ルールの整備に集中します。聞き取りの設計と集計、ルール草案の作成、所内説明会の実施。ここを事務局長が一人で抱えると、繁忙期に止まります。事務局と有資格者の二名体制にして、ルールの内容は有資格者、運用と記録は事務局という分担にしている事務所があります。
旗を振る人については、所長が方針を出し、実務は事務局が回す形が動きやすくなります。所長が関与しないまま事務局が規程を配ると、現場は運用しなくてよいものと受け取ります。導入全体の進め方は士業事務所のAI導入の進め方の記事で6ステップに分けています。
見落とされやすいのが、教育にかかる時間です。ツールを配っただけでは、入力ルールの意味は伝わりません。所内説明会を一度開いて終わりにせず、新しく入った職員への説明を採用時の手順に組み込んでおくと、時間の経過とともにルールが薄れていくのを防げます。説明の材料は、規程の条文そのものより、投入してよい情報の具体例を並べたほうが伝わります。抽象的な原則だけを配ると、現場は自分の案件が該当するかを判断できません。
費用の見方としてもう一点。シャドーAIを放置した場合のコストは、事故が起きるまで数字に現れないという性質があります。顧問先から取扱いを問われたときに答えられない、あるいは委託先としての監督状況を説明できない。こうした場面で失われるものは、ライセンス料と同じ単位では比べられません。正規ルートの費用は、この説明可能性を買っている面があると捉えると、所内の合意が取りやすくなります。
把握できる状態を維持するという発想
シャドーAI対策のゴールは、利用をゼロにすることではなく、把握できる状態を保つことです。技術の側は今後も、生成AIを製品のあちこちへ埋め込む方向に進みます。職員が意識せずにAIを使う場面は増えこそすれ、減りません。
そうなると、事務所の管理は、個々のツールを禁止する形から、情報の類型ごとに扱いを定める形へ移っていきます。どのツールを使うかではなく、どの情報をどこまで外に出すかで線を引く。この立て方であれば、新しいツールが出るたびに規程を書き換えずに済みます。
もうひとつの論点は、記録の粒度です。すべての入力を記録するのは現実的ではないため、どの業務で使ったかの単位で残す運用が広がりそうです。顧問先から問い合わせを受けたときに、どの業務でどう使ったかを説明できる粒度が、当面の目安になります。逆にいえば、説明できない粒度でしか記録が残っていない状態は、顧問先への説明責任を果たせない状態でもあります。
事務所内の空気づくりも、技術的な対策と同じくらい効きます。困ったときに相談できる相手が所内にいるかどうかで、職員が手元のツールに手を伸ばす頻度は変わります。締切に追われた深夜に一人で判断させない設計、つまり判断に迷ったときの連絡先と、翌営業日まで待てる作業の切り分けを決めておくことが、結果としてシャドーAIを減らします。ルールの厳しさより、相談のしやすさのほうが実効性を持つ場面があります。
よくある質問
私物端末での生成AI利用は全面的に禁止すべきでしょうか
全面禁止を選ぶ事務所もありますが、業務の要求が残る以上、利用が見えなくなる副作用が出やすくなります。正規ルートを先に用意したうえで、私物端末で認める条件を書く形を採る事務所が増えています。どちらを選ぶにせよ、実態を把握する仕組みを同時に置いておくことが要点です。
実態把握のアンケートで正直な回答は集まりますか
回答を責任追及に使わない方針を先に文書で示し、無記名にすることで、精度は上がります。設問を絞り、個人が特定される項目を入れないことも効きます。それでも初回の回答は過少に出る前提で、二回目以降の推移を見るという構えでいるほうが実務的です。
無料版の生成AIを業務で使うと何が問題になりますか
消費者向けの無料プランでは、入力内容が学習に使われる設定が既定になっている場合があります。個人情報保護委員会も、生成AIサービスが入力された個人情報を機械学習に利用する場合の取扱いに留意することを挙げています。事務所としては、契約条件を確認できないまま顧問先情報が外部に渡る状態が続く点が論点になります。
業務システムに組み込まれたAI機能もシャドーAIに含まれますか
事務所が把握していない利用という意味では同じ扱いになります。会計ソフトやグループウェアの更新で生成AI機能が追加される場合、職員に自覚がないまま入力が外部へ送られる構成もあり得ます。契約中のシステムの更新情報を、四半期の棚卸しの確認対象に含めておくと取りこぼしが減ります。
違反した職員にはどう対応すればよいですか
対応の設計は事務所ごとに分かれますが、自己申告した場合の扱いを別に定めている例があります。懲戒一択にすると報告が上がらなくなり、把握できる状態から遠ざかるためです。まず事実関係の確認と、顧問先への影響の有無の判断を先に行う手順にしておくと、対応の順序が乱れにくくなります。
規程を作れば対策は完了しますか
規程は出発点であって、運用と記録の設計がそろって形になります。個人情報の保護に関する法律第24条が定める従業者の監督は、ルールの提示、教育、記録の三つを含む設計として捉えられることが多く、規程を配っただけの状態はこの設計が空いていることになります。四半期の棚卸しまでを含めて設計する流れになります。
小規模事務所でもここまで必要ですか
規模が小さいほど、正規ルートの用意と入力ルールの明確化という上流の二手順の効果が大きくなります。監視の仕組みを入れる余力がないぶん、そもそも困らない状態を作るほうが現実的だからです。手順1と手順2だけでも先に置いておくと、シャドーAIの発生要因はかなり減ります。
参考文献
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- e-Gov法令検索 弁護士法
- e-Gov法令検索 税理士法
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について
- 日本銀行 金融機関における生成AIの利用状況とリスク管理
- IPA 情報セキュリティ関連ガイドライン
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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