AI時代の社労士像とは、AIが情報を示し、人が判断するという役割分担のことです。
AIに任せられるのはどこまでで、社労士が自分で判断するのはどこからか。この問いに、全国社会保険労務士会連合会が10月1日に公開した特設サイトが一つの方向を示しました。この記事では、特設サイトに書かれている内容を整理したうえで、社労士事務所の業務設計と採用説明にどう移せるかを7つの論点に分けて示します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、連合会の見解は連合会の公表ページで確認しています。連合会は2026年10月1日付でAI時代にこそ輝く、社労士の魅力と題した特設サイトを公開したと告知しています(出典: 全国社会保険労務士会連合会 トップページのお知らせ)。
連合会の特設サイトに何が書かれているのか、公開ページから読み取れる範囲
先に、読むときの前提を置きます。この特設サイトは、学生と若手社会人に向けて社労士の仕事を紹介するサイトです。事務所の実務手順を定めた資料ではなく、職業の魅力を伝える広報の性格が強いものです。したがって、ここに書かれた役割分担を、そのまま事務所の規程や手順の根拠として引くことはできません。実務への落とし込みは、事務所自身が行う作業になります。
公開ページによれば、ファーストビューのキャッチコピーは人を大切にするという言葉です。AIに相談する人が増えた今も、最後に求められるのは人にしかできない支援と判断だと訴えています。社労士の使命は、法令の運用を通じて働く人を支え、適正な労働環境と豊かな生活を実現することだと説明されています(出典: 連合会 AI時代にこそ輝く、社労士の魅力 特設サイト)。
サイトの構成は、第9次社会保険労務士法改正の紹介、スペシャルムービー、キャラクター紹介、職業としての魅力の3点、という流れです。キャラクターは二人います。一人は最新のAIツールで業務を効率化しつつ、対話・共感・関係調整は人が担う若手社労士です。もう一人は業務効率化のために導入され、数値では測れない働く人の気持ちに寄り添うことを学ぶAIロボットです。職業の魅力としては、社会課題を直接解決するやりがい、需要の拡大、柔軟なキャリアと長期的な安定の3点が挙げられています。
第9次改正との関係にも触れておきます。連合会は改正の詳細ページを設けており、「個人の尊厳」を守ることを使命とする旨を前面に出しています(出典: 連合会 第9次社会保険労務士法改正のページ)。条文のうえでは、社会保険労務士法第1条が社会保険労務士の使命を定めており、適切な労務管理の確立と個人の尊厳が保持された適正な労働環境の形成に寄与することが、その中に書かれています。特設サイトのコピーは、この使命規定を学生向けの言葉に置き換えたものと読めます。
読むときに注意したい点が一つあります。特設サイトの本文には、具体的な統計や数値が載っていません。需要の拡大も、数字ではなく主張として述べられています。事務所の採用ページやセミナー資料に引用するときは、数字の裏付けがあるかのように書き足さないことが、読者への誠実さにつながります。AIを活用した業務効率化の事例を知りたい場合は、社労士業務への影響を整理した社労士のAI活用 手続と相談で分けて考える7つの場面も合わせて参照してください。
論点1から3 AIが示し人が判断する流れを、事務所の業務工程に書き込む5ステップ
特設サイトの、AIが情報を示し人が判断するという流れを、事務所の言葉に直すと、業務工程ごとに誰が何をするかを決めることになります。ここでは5つのステップに分けます。数名規模の社労士事務所で、顧問先の労務相談、就業規則の改定、各種手続の三つを回している場面を想定してください。
ステップ1は、業務の棚卸しです。事務所の仕事を、AIが下書きできるもの、社労士が判断するもの、人が対話して進めるものの三つに分けます。入力は、直近の1か月に受けた相談と手続の一覧です。返ってくるのは、各業務に三つのどれが当てはまりそうかという仮の分類案です。この分類案はあくまで叩き台で、最終的な分類は社労士が決めます。
ステップ2は、AI出力の扱いを記録する様式づくりです。AIが示した情報を、誰が、いつ、どの根拠で採用または不採用にしたかを残します。特設サイトの流れは、AIが示した情報に人が判断を重ねることですから、判断した痕跡が残っていないと、この流れが事務所の中で再現できません。記録の項目は、相談の種別、AIへの入力の範囲、AI出力のうち採用した部分、採用しなかった部分とその理由、確認した一次情報の出典、の五つで足ります。
ステップ3は、人の対話に当たる工程を明示することです。特設サイトのキャラクター紹介では、対話・共感・関係調整は人が担うと描かれています。事務所の側でも、顧問先の社長や担当者と向き合う場面を、AIを挟まない工程として手順書に書いておきます。たとえば、ハラスメント相談の初期対応や、退職をめぐる面談の同席などが候補になります。これらは判断の内容だけでなく、聴き方や間の取り方が結果を左右する工程だからです。
ステップ4は、顧問先への説明の準備です。AIを使って下書きをつくること、最終判断は社労士が行うことを、顧問契約や業務の案内の中でどう伝えるかを決めます。ここは次の章の守秘義務と合わせて設計します。
ステップ5は、振り返りです。1か月ごとに、AIが示した情報のうち不採用にした割合や、AIで短縮できた作業時間を確認します。数字は事務所の中だけで使う指標ですから、外部に出すときは出典のない裸の数字にならないよう、測定方法を併記します。
次のプロンプト例は、ステップ1の棚卸しで使えるものです。架空の事務所を前提にしており、実在の顧問先の情報は一切入れません。
あなたは社労士事務所の業務設計を手伝うアシスタントです。
以下は、架空の社労士事務所「A事務所」が直近の1か月に扱った業務の一覧です。
各業務について、次の三つのどれに近いかを仮に分類し、理由を一文で添えてください。
(1) AIが下書きを作り、社労士が確認する業務
(2) 社労士が自ら判断し、AIは補助にとどめる業務
(3) 人が対話して進める業務で、AIを挟まない業務
法令の条文や行政通達を引用する場合は、確認すべき一次情報の名称だけを挙げ、
条番号は書かないでください。結論は社労士が決めるため、断定は避けてください。
【業務一覧】
・顧問先B社からの36協定の更新相談
・就業規則の改定案の下書き
・従業員の退職をめぐる面談への同席
・給与計算の月次チェック
2本目は、ステップ2の記録様式づくりに使えます。
以下は、架空の社労士事務所で使っているAI出力の確認記録の項目案です。
この項目で、後から判断の経緯を追えるかを点検してください。
足りない項目があれば、追加案を三つまで提案してください。
その際、顧問先の個人情報や従業員の氏名は記録に含めない前提で考えてください。
【現在の項目】
相談の種別、AIへの入力の範囲、AI出力のうち採用した部分、
不採用にした部分と理由、確認した一次情報の出典
どちらのプロンプトでも、返ってきた内容をそのまま事務所の手順にするのではなく、社労士が読んで修正する工程を挟みます。この工程が、特設サイトにいう人が判断するの中身にあたります。
論点4 採用説明にこの特設サイトを使うときの線引き
特設サイトは学生・若手向けですから、事務所の採用活動で使いたいという声は出てきそうです。引用して使うこと自体は、連合会のページを出典として明示すれば足ります。ただし、事務所の採用ページに載せる文面では、特設サイトに書かれていることと、事務所が独自に言っていることを分けて書くことが重要です。
たとえば、特設サイトに書かれているのは、AIを活用しつつ人にしかできない課題解決へ進むという方向性です。事務所の側で、入所後にどのAIツールをどの業務で使わせるか、研修に何を用意するかは、特設サイトには出てきません。ここを曖昧にしたまま、連合会が示した方向性のとおりにAIを使える職場ですと書くと、読んだ学生や若手に実態以上の期待を持たせるおそれがあります。
採用ページの文面を下書きするときは、次のような組み立てが考えられます。まず連合会の特設サイトを出典付きで紹介し、次に、事務所が実際に運用しているAI活用の範囲を、ステップ1の棚卸しの結果として示し、最後に、AIを挟まない対話の工程を事務所がどう大切にしているかを書きます。事務所で働く人の声を載せる場合は、本人の同意を得て、発言をそのまま載せます。
守秘義務・規程上の論点 顧問先の人事情報をAIに入れる前に決めておく3つのこと
AIが示し人が判断する流れを回すとき、最初に問われるのは、何をAIに入れてよいかです。特設サイトにはこの点の記載がありません。ここは事務所が自ら決める領域です。
1つ目は、守秘義務の根拠の確認です。社会保険労務士については、社会保険労務士法第21条が、開業社会保険労務士または社会保険労務士法人の社員は、正当な理由がなくて、その業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、または盗用してはならないと定めています。この義務は、開業社会保険労務士または社会保険労務士法人の社員でなくなった後も同様とされています。AIサービスへの入力が、この条文のいう他に漏らすことにあたるかどうかは、サービスの仕組みと契約内容によって論点が変わります。当てはめは個別事案ごとの判断になるため、ここでは条文の引用にとどめます。
2つ目は、個人情報保護法の関係条文の確認です。従業員の氏名や給与、勤怠の記録は、個人データにあたることが一般的です。個人情報保護法第23条は、個人情報取扱事業者に、個人データの漏えい、滅失または毀損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならないと定めています。また、同法第27条は、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供することを、一定の場合を除いて制限しています。AIサービスの事業者が、入力された情報を学習に使うかどうか、事業者の側で人が閲覧するかどうかは、サービスごとの規約で確認する項目です。労務データを入れるときの論点は、改正個人情報保護法で社労士が見直す 病歴を含む労務データをAIに入れる前の7論点にも整理しています。
3つ目は、顧問先への説明と同意の実務です。AIを使うことを顧問契約書や業務の案内に書き、顧問先の了解を得たうえで運用に入る事務所があります。書く内容の例としては、AIを使う業務の範囲、入力しない情報の種類、AI出力を社労士が確認してから顧問先に提供すること、事故が起きたときの連絡手順、の四つが挙げられます。
事務所規程に落とすときの運用例も示します。規程の文面は、断定ではなく運用の取り決めとして書くのが安全です。たとえば、入力してよい情報の範囲を、氏名や社員番号を伏せた形に限る、AIの出力は社労士が一次情報で確認してから外部に出す、利用したAIサービスと利用日を記録する、といった項目が候補です。これらはあくまで運用例で、法令上の要求として示すものではありません。事務所の規模や顧問先の業種に合わせて、事務所の責任者が決めます。生成AIの利用規程を職種ごとにどう変えるかは、生成AI利用規程を職種別にどう変えるか 8士業の差分と作り方7手順で詳しく扱っています。
論点5 失敗例と回避策 AIが示した情報を判断なしに通してしまう3つの場面
次に挙げるのは、実在の事例ではなく、起こり得る場面として想定した失敗例です。
1つ目は、AIが示した条文や通達の内容を、一次情報で確認せずに顧問先への回答に使う場面です。生成AIは、実在しない条番号や、改正前の内容を示すことがあります。回避策として、回答に使う条文はe-Gov法令検索の原文で確認する工程を、手順書の中に置く事務所があります。このサイトでも、条番号は記憶や生成AIの出力ではなく、e-Govの原文で確認したものだけを書いています。
2つ目は、AIを挟まないと決めた対話の工程に、効率化の名目でAIの下書きが入り込む場面です。たとえば、ハラスメント相談の聴取メモをAIに整形させた結果、本人が語った言い回しが失われ、相談者との信頼関係に影響する、といった事態が想定されます。回避策は、ステップ3で決めた対話工程を、事務所内で共有された手順書に明記し、例外を認める場合の承認者を決めておくことです。
3つ目は、事務所の中でAIの利用が野良化し、誰が何を入力したか追えなくなる場面です。担当者ごとに別のAIサービスを使い始めると、守秘義務や個人情報の観点での確認が追いつきません。回避策は、利用してよいAIサービスの一覧を事務所で管理し、新しく使う場合は責任者の承認を得る運用にすることです。ステップ2の記録様式があれば、あとから利用状況を見直す材料にもなります。
論点6 費用・工数・体制 数字より先に、測り方を決める
費用や工数については、特設サイトに数字が出ていません。したがって、この記事でも具体的な削減率や金額は示しません。事務所が自分で見積もるときの考え方だけを書きます。
工数の見積もりは、対象業務の月間の件数に、1件あたりの作業時間を掛け、AIで短縮できる割合を掛けて出します。この短縮の割合は、ベンダーの公表値ではなく、事務所の実測で置き直します。ベンダーの公表値は条件が書かれていないことが多く、そのまま事務所に当てはめることはできないためです。公表値を読むときの視点は、社労士事務所のAI支援で業務80%削減の事例 提供元発表の数値を自事務所で読み直す7つの視点にまとめています。
体制としては、AI活用の責任者を一名置きます。責任者の役割は、利用するAIサービスの管理、記録様式の運用、顧問先への説明資料の更新の三つです。小さな事務所では、所長が兼ねる形でも構いません。重要なのは、誰が見ているかを決めておくことです。
論点7 今後の展望と独自考察 人にしかできない部分を、事務所の側から言語化する
連合会の特設サイトは、AIと人の役割分担を方向性として示しました。次に問われるのは、その役割分担を、各事務所が自分の言葉で具体化できるかどうかです。人にしかできない支援と判断という言い方は、受け取る側によって中身が変わります。事務所が、どの工程を人の対話として残し、どの工程をAIに下書きさせるかを具体的に書き出せば、それが事務所の強みの説明になります。
社会保険労務士法の第9次改正で、労務監査が社労士の業務として明記されたことも背景にあります。この点は、社労士法9次改正で労務監査が明記 AIで新サービスを設計する7手順で扱っています。業務の範囲が広がる局面では、AIに下書きを任せる工程と、社労士が自ら判断する工程を分けておくほど、新しいサービスを組み立てやすくなることが論点になります。
論点の補足 顧問先との対話をAIで置き換えない工程の、判断記録の書き方
特設サイトの描くキャラクターは、AIが示した情報を踏まえたうえで、対話・共感・関係調整は人が担う姿でした。これを事務所の実務に引き寄せると、対話の工程そのものは記録に残しにくく、残すのは対話を経て下した判断の側になります。ここでは、判断記録に何を書くかを、架空の場面で具体的に示します。
場面は、顧問先B社の人事担当者から、従業員の配置転換をめぐる相談を受けたというものです。担当の社労士は、AIに就業規則の関連条項の洗い出しを下書きさせ、その結果を持って人事担当者と面談しました。このとき記録に残すのは、まず面談で人事担当者が最も気にしていた点です。次に、AIが示した洗い出しのうち、面談の内容を受けて採用した条項と見送った条項、そしてその理由です。最後に、社労士が確認した一次情報の名称と確認日です。AIの出力そのものを貼り付けるのではなく、出力に対して人がどう判断したかを書く、という構成にします。
こうした記録は、社内の引き継ぎだけでなく、後から顧問先に経緯を尋ねられたときの説明材料にもなります。記録の粒度は、事務所によって差が出てよい部分です。短くても、AIが示したことと人が決めたことが分けて書かれていれば、特設サイトの示す役割分担が、事務所の中で確かめられる形になります。
記録様式を作るときに避けたいのは、AIの出力を転記するだけで終わる書式です。転記だけの記録では、誰が何を判断したのかが残らず、役割分担の説明力が弱くなります。判断した人の氏名、判断の理由を一文、次に確認する事項を一文、の三点は最小限として残しておくと、運用の中で形骸化しにくくなります。
もう一点、AIに入力する情報の範囲も、記録の項目に入れておくと便利です。たとえば、従業員の氏名を伏せたか、給与額を入力したか、顧問先の了解を得ているか、という三つのチェック欄があれば、あとから入力の実態を点検できます。入力の範囲は、守秘義務と個人情報の扱いに直結する項目ですから、記録と運用規程の両方に現れるようにしておきます。
特設サイトが想定する読者が学生と若手社会人であることも、見落とせない点です。若手の側から見れば、AIを使いこなせる職場かどうかと、人としての判断力を鍛えられる職場かどうかは、別の物差しです。事務所が採用や育成の場面でAI活用を語るときは、効率化の話だけで終わらせず、AIが示した情報を若手がどう吟味し、先輩の社労士がどう助言するかという育成の設計まで含めて語ると、特設サイトの趣旨と噛み合います。これは、事務所ごとに言語化の質が差になる領域です。
よくある質問
特設サイトの内容を、事務所の採用ページにそのまま引用してよいですか。
引用する場合は、連合会の特設サイトを出典として明記し、事務所独自の取り組みと区別して書くことが論点になります。著作物の利用条件は、連合会のサイトで確認してください。要確認の事項です。
特設サイトは、AIの利用ルールを示したものですか。
利用ルールを示した資料ではありません。公開ページの記述は、AIが情報を示し人が判断するという方向性の紹介にとどまり、入力してよい情報の範囲や記録の方法には触れていません。
AIに入れてはいけない情報は、条文で決まっていますか。
条文は、入力の可否を直接定めてはいません。守秘義務を定める社会保険労務士法第21条と、個人データの安全管理を定める個人情報保護法第23条を前提に、事務所がサービスの規約を確認して運用を決めることになります。
AIの出力を確認する担当は、有資格者でなければなりませんか。
最終判断を有資格者が行う運用を採る事務所が多く見られます。誰が確認するかは、事務所の規程と、業務の内容に応じて決める事項です。
小規模な事務所でも、記録様式まで必要ですか。
規模にかかわらず、判断の経緯を追える形が残っていると、後から見直しやすくなります。項目は5つ程度から始め、運用しながら増減させる事務所があります。
若手の採用でAIの話を出すと、不安を与えませんか。
AIを使う業務と、人が対話して進める業務を分けて説明すると、働き方のイメージが伝わりやすくなります。特設サイトのキャラクター紹介も、この二つを併記する形で描かれています。
参考文献
- 全国社会保険労務士会連合会 AI時代にこそ輝く、社労士の魅力と題した特設サイト
- 全国社会保険労務士会連合会 第9次社会保険労務士法改正のページ
- 全国社会保険労務士会連合会 トップページ
- e-Gov法令検索 社会保険労務士法第1条
- e-Gov法令検索 社会保険労務士法第21条
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律第23条・第27条
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本記事の作成体制について
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