説明の優先度とは、複数の改正のうち顧問先へどの順に何を伝えるかを決める基準のことです。
2026年10月は、顧問先に伝えるべき労務まわりの改正が一度に重なる月です。どの顧問先に、どの改正を、どの順で説明するのか。この整理が付かないまま十月に入ると、問い合わせの順に場当たりで対応することになります。この記事では、社労士と税理士の事務所が、複数の改正を顧問先の属性ごとに並べ替え、説明の順番を決めるための七つの判断を整理します。生成AIは、並べ替えの下書きと説明資料の草稿に使い、判断そのものは有資格者が行う前提で書きます。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。厚生労働省は、カスタマーハラスメント対策と求職者等へのセクシュアルハラスメント対策の義務化を2026年10月1日からと案内しています(出典: 厚生労働省 令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について)。
個々の改正の中身は、すでに別の記事で詳しく扱っています。ここでは、改正を横に並べて優先度を付ける作業に絞ります。
2026年10月に顧問先へ関わる三つの改正の公表内容
最初に、公表資料で確認できる範囲を整理します。ここでは、同じ月の施行が公表資料で確認できる三つの改正を取り上げます。
一つ目は、カスタマーハラスメント対策と求職者等へのセクシュアルハラスメント対策の義務化です。根拠は令和7年法律第63号で、顧客等の言動に関する指針が令和8年厚生労働省告示第51号、求職活動等の性的な言動に関する指針が同告示第52号として公表されています(出典: 厚生労働省 令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について)。既存のパワーハラスメントの措置については、労働施策総合推進法第30条の2が、相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を事業主に求めています(出典: 労働施策総合推進法第30条の2)。多くの顧問先で、対象となる事業主は広く、業種を選びません。
二つ目は、派遣労働者の同一労働同一賃金の改正です。厚生労働省の案内ページは、施行日を令和8年10月1日とし、派遣労働者として雇い入れるときや派遣するときの明示事項に、待遇の相違の内容及び理由等について説明を求めることができる旨が加わると記しています。あわせて、同一労働同一賃金ガイドラインの明確化と、公正な評価による待遇改善の促進が示されています(出典: 厚生労働省 派遣労働者の同一労働同一賃金について)。対象は派遣元の事業主で、派遣業を営まない顧問先には直接の影響が小さい改正です。条文の面では、労働者派遣法第30条の3が、派遣元事業主に不合理な待遇の禁止等を定めています(出典: 労働者派遣法第30条の3)。
三つ目は、国民年金の育児免除です。日本年金機構のページによれば、令和8年10月1日から始まり、対象は第1号被保険者で、一歳未満の子を養育する親とされています。所得要件はなく、会社員などの第2号被保険者や第3号被保険者は対象外です(出典: 日本年金機構 国民年金保険料の育児免除制度)。顧問先の法人にとっては直接の義務ではなく、個人事業主の顧問先や、経営者本人の家族に関わる制度です。
三つの改正は、対象が異なります。一つ目は事業主一般、二つ目は派遣元、三つ目は個人事業主です。この対象の違いが、優先度を付けるときの最初の軸になります。
説明の優先度を決める7判断と、生成AIの使いどころ
七つの判断は、顧問先の台帳に載っている情報を材料に、機械的に仕分けられる部分と、有資格者の判断が要る部分に分かれます。
判断1は、顧問先の事業形態を台帳に付けることです。法人か個人事業主か、派遣業を営むか、従業員を雇用しているかを、顧問先ごとに一行で確認します。この属性が、三つの改正のどれが関係するかを決めます。
判断2は、義務の性格で改正を分けることです。事業主に措置を求める改正と、制度の案内にとどまる改正では、説明の重さが変わります。カスタマーハラスメント対策は事業主への措置であり、育児免除は利用者が届出をして初めて動く制度です。この違いを、顧問先への説明の温度に反映します。
判断3は、顧問先の規模による対応の濃淡です。従業員の少ない顧問先では、規程の整備よりも相談窓口の担当者の指名が先になることがあります。規模ごとの標準的な説明の厚みを、事務所で決めておきます。
判断4は、既存の規程の有無で分けることです。ハラスメント防止規程を持つ顧問先では、既存規程の構造を活かした追記の説明になり、持たない顧問先では、一から作る説明になります。就業規則の改定案を起こす場合の下書きと差分確認の型は、就業規則の改定案を生成AIで下書きする 差分確認と社労士・弁護士レビューの7手順にまとめています。
判断5は、期限の近さと、顧問先が動くまでの所要期間で並べることです。施行日が同じでも、規程の整備に時間がかかる改正と、届出一枚で済む制度では、先に着手する順が変わります。時間のかかる改正から説明を始める、という並べ方が一つの考え方です。
判断6は、説明の担当を社労士と税理士のどちらが持つかを決めることです。労務の措置は社労士、個人事業主の家計や事業に関わる制度の案内は税理士が窓口になることが多く、顧問先が両方の事務所と契約している場合は、重複して案内しないよう調整します。
判断7は、説明した内容と日付を記録に残すことです。誰が、どの顧問先に、どの改正を、いつ説明したかを台帳に残します。記録がないと、後から説明の漏れを調べられません。
生成AIが力を発揮するのは、判断1から判断5の仕分けの下書きと、説明資料の草稿です。台帳の情報を匿名化して渡し、顧問先ごとにどの改正が関係しそうかの候補を出させ、説明の順番の案を作らせます。判断6と判断7は、事務所の運用であり、AIの出番は小さくなります。
ここで、判断1から判断5に使える依頼文の例を二つ示します。いずれも、実在の顧問先を想起させない仮名で書いています。
あなたは社労士事務所の補助者です。以下は、顧問先の属性を匿名化した一覧です。
一覧: A社(法人、従業員あり、派遣業なし)、B社(法人、派遣業あり)、C氏(個人事業主、従業員なし、家族に乳児あり)
改正の要点: (担当者が公表資料から書き出した三つの改正の根拠と施行日を貼る)
依頼: 顧問先ごとに、関係しそうな改正を候補として挙げ、説明の順番の案を出してください。
注意: 関係の有無は断定せず、候補として書くこと。条番号を引用する場合は、確認が必要な箇所として末尾に一覧にしてください。
以下は、顧問先への改正の説明メールの骨格です。A社宛ての草稿を作ってください。
条件: 施行日と根拠は、事務所が書き出したものをそのまま使う。AIが施行日や条番号を補わない。具体的な対応の判断は書かず、確認してほしい資料の案内に徹する。
出力: 件名と本文。事務所の担当者名と日付は空欄で残してください。
どちらの依頼でも、AIが返すのは仕分けの候補と草稿です。顧問先に出す前に、有資格者が一次資料と照合します。
顧問先の台帳をAIに入れる前に、事務所で決めておく三つのこと
顧問先の台帳には、社名、業種、従業員数、場合によっては家族構成までが載ります。AIに渡す前の線引きが、守秘義務と規程の論点になります。
一つ目は、士業ごとの守秘義務の根拠です。社会保険労務士法第21条は、開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員が、正当な理由なく業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用することを禁じています(出典: 社会保険労務士法第21条)。税理士法第38条は、税理士が正当な理由なく税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用することを禁じています(出典: 税理士法第38条)。顧問先の台帳をAIサービスに入力することが、これらの条文でいう漏らすことに当たるかは、サービスの仕組みと契約条件によって評価が分かれ得る論点であり、本記事は当てはめを行いません。
二つ目は、個人情報の保護です。個人情報保護法第23条は、取り扱う個人データの漏えい、滅失又は毀損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じることを求めています(出典: 個人情報保護法第23条)。個人事業主の顧問先の家族情報は、とくに配慮の高い情報です。そのため、台帳をAIに渡すときは、社名や氏名を記号に置き換え、家族に関する情報は、乳児ありのような区分に粗くまとめる運用が考えられます。個人情報保護委員会は、生成AIサービスについて、提供事業者が入力された個人データを機械学習に利用しないことなどの確認を求めています(出典: 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について)。
三つ目は、顧問先への説明です。顧問先は、改正の案内を依頼したのであって、台帳をAIで処理することに同意したわけではありません。契約書面や事務所のプライバシーポリシーに、仕分けの下書きにAIを使うこと、入力するのは匿名化した属性に限ること、最終の確認は有資格者が行うことを記載し、依頼時に説明する運用があります。
事務所の規程に落とすときの条項例を、運用例として挙げます。ここに挙げるのは規範ではなく、書き方の一例です。
- 顧問先の台帳をAIサービスに入力するときは、社名や氏名を記号に置き換える、という趣旨の条項
- 家族に関する情報は、AIサービスに入力しない、または粗い区分にとどめる、という趣旨の条項
- AIが作成した仕分けや草稿は、有資格者が一次資料と照合してから顧問先に提示する、という趣旨の条項
- 説明した内容と日付を台帳に記録する、という趣旨の条項
説明の優先度付けで起きやすい失敗と回避策
実際に起こり得る失敗を、三つのシナリオで考えます。いずれも運用上の想定例で、特定の事務所の事例ではありません。
一つ目は、対象外の顧問先にまで同じ案内を送ってしまうケースです。派遣元の事業主だけが対象の改正の案内を、全顧問先に一斉送信すると、受け取った顧問先が自社に関係するのかどうかを問い合わせてきます。判断1の属性を台帳に付けてから案内を出せば、この問い合わせを減らせます。
二つ目は、AIの仕分けの候補を、そのまま確定として扱うケースです。AIは、関係しそうな改正を挙げますが、顧問先の事情を知りません。たとえば、派遣業の届出をしているかどうかは台帳に載っていないかもしれません。候補は、有資格者が顧問先に確認して初めて確定する、という運用にしておくと、見落としを防げます。
三つ目は、説明の記録がなく、誰に何を伝えたかを後から追えなくなるケースです。担当者が替わると、前任者が説明済みかどうかが分からず、同じ案内を二度送ったり、逆に送り漏らしたりします。判断7の記録が、そのまま引き継ぎの資料になります。
三つの失敗に共通するのは、AIの整った出力を、確認済みの情報と取り違えることです。仕分けは速くなりますが、顧問先の事情の確認は人が行います。
費用・工数・体制の考え方
説明の優先度付けにAIを使う場合、追加の費用は、AIサービスの利用料が中心です。数名規模の事務所での試算の考え方は、生成AIの有料プラン料金を数名規模の事務所で試算する7観点にまとめています。
工数は、三つに分けて見ます。台帳に属性を付ける作業は、最初に一度だけ手間がかかり、以後は更新の作業になります。仕分けの下書きと説明資料の草稿は、AIが短くする部分です。照合と顧問先への確認は、これまでと同じ時間がかかる前提で見積もります。
体制は、事務所内で、台帳の整備を担当する人と、説明の内容を確認する有資格者を分ける形が考えられます。社労士と税理士の双方が関わる顧問先では、窓口を一つにそろえるだけでも、顧問先の混乱は減ります。
改正が重なる月の運用を、次の改正に引き継ぐ
法改正は、毎年のように続きます。今回の七つの判断を、一度きりの作業にせず、台帳の属性と説明記録を残す仕組みとして育てていくことが、論点になります。属性を台帳に付けておけば、次の改正では、対象の顧問先を機械的に抜き出せます。説明記録を残しておけば、どの顧問先にどの順で伝えたかを、事務所の知識として積み上げられます。
もう一つの論点は、顧問先への説明の質です。AIで下書きを速くした分、顧問先ごとの事情を聞く時間に回せるかどうかが、事務所の価値を左右します。改正の中身は公表資料に書かれており、顧問先が知りたいのは、自社にどう関わるかです。その問いに答えるには、台帳の属性と、顧問先との対話の両方が要ります。
よくある質問
三つの改正は、すべての顧問先に関係しますか
関係する範囲は、顧問先の事業形態で異なります。カスタマーハラスメント対策は事業主一般、同一労働同一賃金の改正は派遣元、育児免除は個人事業主などの第1号被保険者が主な対象です(出典: 厚生労働省 令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について、厚生労働省 派遣労働者の同一労働同一賃金について、日本年金機構 国民年金保険料の育児免除制度)。
施行日はいつですか
三つとも、公表資料では2026年(令和8年)10月1日からとされています(出典: 厚生労働省 令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について、厚生労働省 派遣労働者の同一労働同一賃金について、日本年金機構 国民年金保険料の育児免除制度)。
生成AIに顧問先の台帳を貼ってもよいですか
氏名や社名を記号に置き換えた上で、属性だけを渡す運用が、論点を小さくします。サービスの学習利用の有無や保存期間は、導入時に文書で確認する対象です(出典: 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について)。
AIが作った説明資料は、そのまま顧問先に送れますか
照合を終えるまでは、顧問先に送らない運用が考えられます。施行日、根拠、条番号は、公表資料とe-Gov法令検索の原文で一つずつ確かめます。
税理士事務所は、労務の改正にどこまで関わりますか
関わる範囲は、事務所の業務と顧問先との契約によります。社会保険労務士法に定められた業務の領域に踏み込む説明は、社労士に引き継ぐ運用があります。引き継ぎ先と手順は、事務所で決めておく事項です。
説明の優先度は、どのくらいの頻度で見直しますか
改正の公表や施行の節目ごとに見直す運用が考えられます。台帳の属性を更新するタイミングと合わせると、手間が少なくなります。
参考文献
- 厚生労働省 令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について
- 厚生労働省 派遣労働者の同一労働同一賃金について
- 日本年金機構 国民年金保険料の育児免除制度
- e-Gov法令検索 労働施策総合推進法第30条の2
- e-Gov法令検索 労働者派遣法第30条の3
- e-Gov法令検索 社会保険労務士法第21条
- e-Gov法令検索 税理士法第38条
- e-Gov法令検索 個人情報保護法第23条
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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