就業規則の改定案を生成AIで下書きする 差分確認と社労士・弁護士レビューの7手順

就業規則の改定案を生成AIで下書きし、現行規程との差分を確認する手順を社労士・弁護士向けに整理。入力範囲の線引き、一次資料との照合、レビューへの渡し方を7手順で解説します。

就業規則の改定案を生成AIで下書きする 差分確認と社労士・弁護士レビューの7手順

就業規則の差分確認とは、現行の条文と改定案を並べて変更点を洗い出す作業のことです。

労務の法改正が続くたびに、顧問先の就業規則を見直す依頼が重なります。現行規程と改正内容を突き合わせ、改定案を起こし、意見聴取と届出に回すまでの工程のうち、時間を食うのは下書きと差分の洗い出しです。この記事では、その二つの工程に生成AIを使うときに、どこまでをAIに任せ、どこから社労士や弁護士のレビューに渡すかを、七つの手順で整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。起点となる事実として、厚生労働省は令和7年の労働施策総合推進法等の改正に関し、カスタマーハラスメント対策と求職者等へのセクシュアルハラスメント対策の義務化を2026年10月1日からと案内しています(出典: 厚生労働省 令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について)。

個別の法改正への対応は、すでに別の記事で扱っています。本記事は、どの改正にも共通して使える下書きと差分確認の型に絞ります。

就業規則の改定が重なる2026年と、AIに渡す前の前提

就業規則には、法律が手続を定めています。労働基準法第89条は、常時十人以上の労働者を使用する使用者に、就業規則の作成と行政官庁への届出を求め、記載事項を変更した場合も同様と定めています(出典: 労働基準法第89条)。同法第90条は、作成又は変更について、労働者の過半数で組織する労働組合、それがない場合は労働者の過半数を代表する者の意見を聴くことを使用者に求め、届出の際には意見を記した書面を添付するとしています(出典: 労働基準法第90条)。同法第106条は、就業規則を常時各作業場の見やすい場所に掲示するなどして、労働者に周知することを定めています(出典: 労働基準法第106条)。

つまり、改定案を作る作業は、手続の最初の一段にすぎません。案ができたあとに、意見聴取、届出、周知が続きます。生成AIが関われるのは、このうち案を起こす部分と、現行規程との違いを見る部分です。意見聴取の相手の選び方や、届出の要否の判断は、事務所の有資格者が行う領域として残ります。

下書きの土台として、厚生労働省が公開しているモデル就業規則があります。厚生労働省の案内ページによれば、モデル就業規則は令和7年12月に改訂され、選挙への立候補に関する休暇の規定や、被害回復などの特別休暇の例、法改正を反映した修正が加えられています。同じページは、モデルを参考にしつつ、各職場の実情に合わせて作成するよう案内しています(出典: 厚生労働省 モデル就業規則について)。AIに下書きをさせるときは、この公開資料を参照元として明示すると、出力の根拠を追いやすくなります。

もう一つの前提は、AIの出力は条文の裏づけがないという点です。生成AIは、存在しない条番号を平気で書くことがあります。条番号と施行日の突き合わせは、別の記事でダブルチェックの工程として整理しているので、そちらを下書きの運用に組み込んでください(参照: 生成AIの条番号と施行日は疑う 士業事務所が組むダブルチェック7工程)。

改定案の下書きと差分確認を回す7手順

手順は、改正の情報を集める段階から、有資格者のレビューに渡す段階までの順に並べます。各手順に、何を入力し、何が返るかを添えます。

手順1は、改正の一次情報を事務所で先に確定することです。AIに改正内容を要約させるのではなく、厚生労働省の公表資料から、改正の根拠法令、施行日、対象となる措置の範囲を、担当者が手で書き出します。カスタマーハラスメント対策であれば、令和7年法律第63号を根拠に、顧客等の言動に関する指針が令和8年厚生労働省告示第51号、求職活動等の性的な言動に関する指針が同告示第52号とされています(出典: 厚生労働省 令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について)。この一枚の書き出しが、以後すべての手順の入力になります。

手順2は、顧問先の現行規程を、AIに渡せる形に整えることです。会社名、役職者の氏名、従業員数、賃金額、特定の個人が分かる条項は、記号や空欄に置き換えます。条文の構造と文言が分かれば差分の確認は成り立つため、固有の情報を渡す理由はありません。置き換えは担当者が手元で行い、AIには任せません。置き換えた現行規程が、AIに渡す唯一の資料になります。

手順3は、差分の洗い出しを、現行規程の各条項と手順1の改正内容の突き合わせとして依頼することです。AIには、どの条項が改正内容に関係しそうかを、候補として挙げさせます。ここで返ってくるのは、関係しそうな条項の一覧と、その理由の短い説明です。関係の有無を断定させず、候補にとどめることで、見落としと誤読の双方を人が拾える形になります。

手順4は、改定案の下書きを、モデル就業規則の該当部分を参照させて作ることです。手順3で挙がった条項について、モデル就業規則の文言を土台に、顧問先の現行の文体に合わせた改定案を起こさせます。条文の骨格は公開資料から引き、顧問先の運用に固有の部分は空欄として残します。空欄は、有資格者と顧問先が協議して埋める箇所です。

手順5は、現行規程と改定案の新旧対照を作ることです。AIに、変更前の文言と変更後の文言を並べた一覧を出させ、変更の種類を、追加、削除、文言の修正、条の移動のいずれかに分類させます。分類が付くと、レビューする人は、重い変更から読み進められます。出力は文章の対照で足り、表組みにする必要はありません。

手順6は、AIの出力を、有資格者が一次資料と照合する工程を固定することです。改定案に引用された条文は、e-Gov法令検索の原文を開いて、条番号と文言を一つずつ確かめます。厚生労働省の指針や通達を引いた箇所は、公表資料の該当ページを開いて確かめます。照合した人の名前と日付を、案件の記録に残します。AIが書いた根拠の説明は、照合を終えるまで、顧問先に見せる資料に載せません。

手順7は、社労士と弁護士のレビューに回す論点を、あらかじめ整理して渡すことです。労務管理の実務に関わる点は社労士、規程の文言の法的な効力や紛争の可能性に関わる点は弁護士、というように、論点を分けて渡します。AIには、レビューに回す論点の一覧を作らせます。ただし、一覧に載らなかった箇所に論点がないという意味にはならないため、レビューする側は条項全体を読む前提で受け取ります。

ここで、手順3と手順5に使える依頼文の例を二つ示します。いずれも、実在の顧問先を想起させない仮名で書いています。

あなたは社労士事務所の補助者です。以下は、A社の現行の就業規則から固有名詞を除いた抜粋と、事務所が整理した法改正の要点です。
現行規程の抜粋: (ここに条文を貼る)
改正の要点: (ここに担当者が書き出した根拠法令、施行日、措置の範囲を貼る)
依頼: 改正の要点に関係しそうな条項を、候補として挙げてください。各候補に、関係しそうな理由を一文で添えてください。
注意: 関係の有無は断定しないこと。条番号を引用する場合は、確認が必要な箇所として末尾に一覧にしてください。
以下は、A社の現行条項と、改定案の下書きです。変更前と変更後の文言を並べ、変更の種類を、追加、削除、文言の修正、条の移動のいずれかで分類してください。
現行条項: (ここに貼る)
改定案: (ここに貼る)
出力: 条ごとに、変更前、変更後、変更の種類、レビューで確認してほしい点を一つ。法的な効力や適否の評価は書かないでください。

どちらの依頼でも、AIが返すのは候補と整理にとどまります。採用するかどうかは、有資格者が判断します。

顧問先の規程をAIに入れる前に、事務所で決めておく三つのこと

就業規則は、顧問先の内部資料です。賃金、休暇、懲戒の定めには、個々の従業員の処遇につながる情報が含まれます。守秘義務と規程の論点は、三つに整理できます。

一つ目は、士業ごとの守秘義務の根拠です。社会保険労務士法第21条は、開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員が、正当な理由なく業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用することを禁じています(出典: 社会保険労務士法第21条)。弁護士法第23条は、弁護士又は弁護士であった者に、職務上知り得た秘密を保持する権利を認め、義務を課しています(出典: 弁護士法第23条)。顧問先の規程をAIサービスに入力することが、これらの条文でいう漏らすことに当たるかどうかは、サービスの仕組みと契約条件によって評価が分かれ得る論点であり、本記事は当てはめを行いません。手順2のように、固有の情報を除いた構造だけを渡す運用は、論点そのものを小さくする方法の一つです。

二つ目は、個人情報の保護です。就業規則の本文には、通常は個人名は入りませんが、顧問先から受け取る資料には、従業員の氏名や賃金が混在していることがあります。個人情報保護法第23条は、取り扱う個人データの漏えい、滅失又は毀損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じることを求めています(出典: 個人情報保護法第23条)。個人情報保護委員会は、生成AIサービスの利用について、サービス提供事業者が入力された個人データを機械学習に利用しないことなどを確認するよう注意喚起しています(出典: 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について)。規程の下書きに使うサービスは、データの学習利用の有無、保存期間、管理者による設定項目を、導入時に文書で確認したものに限る運用が考えられます。

三つ目は、顧問先への説明です。顧問先は、規程の見直しを依頼したのであって、AIの利用に同意したわけではありません。委任の範囲や契約書面に、下書きの工程でAIを使うこと、入力するのは固有の情報を除いた規程の構造に限ること、最終の確認は有資格者が行うことを記載し、依頼時に説明する運用があります。顧問先がAIの利用を希望しない場合に、従来の手作業で対応する選択肢を残しておくと、説明に説得力が出ます。

事務所の規程に落とすときの条項例を、運用例として挙げます。ここに挙げるのは規範ではなく、書き方の一例です。

  • 顧問先の規程をAIサービスに入力するときは、会社名や個人が分かる情報を除く、という趣旨の条項
  • AIが作成した改定案は、有資格者が一次資料と照合し、照合者と日付を記録するまで、顧問先に提示しない、という趣旨の条項
  • 利用できるAIサービスは、事務所が契約条件を確認したものに限る、という趣旨の条項
  • AIの出力に引用された条文や通達は、原文を開いて確認する、という趣旨の条項

規程は、作って終わりではなく、点検の対象です。改定案を顧問先へ案内する文面の誤記を防ぐ流れは、法改正の顧問先向け案内文を生成AIで下書きする 誤記を防ぐ確認工程7つで整理しています。

改定案づくりで起きやすい失敗と、手順への戻し方

実際に起こり得る失敗を、三つのシナリオで考えます。いずれも運用上の想定例で、特定の事務所の事例ではありません。

一つ目は、モデル就業規則の文言をそのまま使い、顧問先の運用と合わなくなるケースです。モデルは参考であり、各職場の実情に合わせて作るよう案内されています(出典: 厚生労働省 モデル就業規則について)。AIが整えた文章が読みやすいために、運用との食い違いが見えにくくなることがあります。手順4で空欄を残し、顧問先と協議して埋める工程を置くと、この失敗を拾えます。

二つ目は、AIが示した条番号や施行日を、確かめずに改定案へ載せてしまうケースです。条番号のずれは、読み手が条文を開くまで気づかれません。手順6の照合を省くと、顧問先に渡した資料の信頼性そのものが揺らぎます。照合者の記録が空欄の案件は、レビューに回さない、という内部ルールが役に立ちます。

三つ目は、新旧対照の分類に頼り、軽い変更に見える箇所を読み飛ばすケースです。AIが文言の修正と分類した変更が、実は適用範囲を変える内容だった、ということは起こり得ます。手順7で、レビューする側は条項全体を読む前提で受け取る、と決めておくことが、読み飛ばしを防ぐ方法です。

三つの失敗に共通するのは、AIの整った出力を、確認済みの資料と取り違えることです。AIは、下書きと整理を速くしますが、確認の工程を肩代わりするものではありません。

費用・工数・体制の考え方

下書きと差分確認にAIを使う場合、追加で必要になる費用は、AIサービスの利用料が中心です。数名規模の事務所での試算の考え方は、生成AIの有料プラン料金を数名規模の事務所で試算する7観点にまとめています。ここでは、料金よりも、工数の配分を考えます。

工数は、三つに分けて見ます。手順1と手順2の、一次情報の書き出しと置き換えは、担当者の手作業として残ります。手順3から手順5の、候補出しと下書きと新旧対照は、AIが速くなる部分です。手順6と手順7の、照合とレビューは、これまでと同じ時間がかかる前提で見積もります。AIで短くなるのは前半であり、後半を短くしようとすると、確認の質が落ちます。

体制は、案件の担当者が手順1から手順5までを進め、社労士が手順6の照合と労務面のレビューを行い、規程の文言の効力に関わる点を弁護士に相談する、という分担が考えられます。小規模な事務所で、社労士が一人で全工程を担う場合でも、照合の記録を残すという一点だけは、工程として分けておくと、後から説明がしやすくなります。

法改正が続くなかで、事務所の型をどう育てるか

法改正は、一度きりで終わりません。改正のたびに、今回の七つの手順を回し、うまくいかなかった箇所を型に反映させていくことが、論点になります。たとえば、手順3で挙がった候補の的中率や、手順6の照合で見つかった誤りの種類を記録しておくと、次の改正で、AIに渡す依頼文を改善できます。

もう一つの論点は、AIの利用を、顧問先との関係の中でどう位置づけるかです。AIを使うこと自体を価値として見せるのではなく、確認の工程を厚くした結果として、顧問先に届ける案の質が上がる、という説明のほうが、士業としての信頼につながります。下書きの速さは事務所の内部の事情であり、顧問先が見るのは、提示された案の根拠と確認の記録です。

よくある質問

就業規則の改定案をAIだけで作ることはできますか

作成そのものは技術的に可能でも、条文の照合と意見聴取、届出の手続は人が行います。労働基準法第89条と第90条は、作成と変更に届出と意見聴取を求めています(出典: 労働基準法第89条・第90条)。

モデル就業規則をそのまま使ってもよいですか

厚生労働省は、モデルを参考にして各職場の実情に合わせるよう案内しています(出典: 厚生労働省 モデル就業規則について)。そのまま使えるかどうかは、顧問先ごとの事情を踏まえて、有資格者が判断します。

顧問先の現行規程をそのままAIに貼って構いませんか

固有の情報を除いた形で渡す運用が、論点を小さくします。サービスの学習利用の有無や保存期間も、導入時に確認する対象です(出典: 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について)。

弁護士のレビューは、どの段階で入れればよいですか

文言の効力や紛争の可能性に関わる論点が挙がった段階で、手順7のように論点を整理して渡す運用があります。どの案件に弁護士の関与を求めるかは、事務所と顧問先の協議で決める事項です。

AIが作った新旧対照は、そのまま顧問先に出せますか

照合を終えるまでは、顧問先に出す資料に載せない運用が考えられます。照合者と日付を記録に残し、一次資料との一致を確かめてから提示します。

十人未満の事業場でも、同じ手順が使えますか

労働基準法第89条の作成と届出の義務は、常時十人以上の労働者を使用する使用者を対象にしています(出典: 労働基準法第89条)。十人未満の事業場で規程を整える場合も、下書きと照合の型は同じように使えますが、届出の要否は事案ごとに有資格者が判断します。

参考文献

あわせて読みたい: カスハラと就活セクハラが10月に義務化 社労士が組む規程整備7工程

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本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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