標準文例とは、労務相談への回答やメールで繰り返し使う、定型の文章のひな形のことです。
顧問先向けのコラムや、労務相談への返信に、毎月どれだけの時間を使っているでしょうか。熊本県の社会保険労務士法人プロセスコアは、生成AIの研修とチャットボットの導入で、コラム制作が約4分の1の作業時間になったと紹介されています。本記事では、この公開事例を材料に、社労士事務所が標準文例とコラム作成の工程を見直す際の手順を7つに整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、事例の内容は導入を支援した事業者の公開ページで確認しています。事例では、コラム制作が約4分の1の作業時間になったことが最も顕著な効果とされています(出典:digirise プロセスコア様の導入事例)。
公開事例から確認できること
まず、事例ページに書かれている事実を整理します。同法人は熊本県の社会保険労務士法人で、従業員は1名から19名の規模に分類されています。給与計算や労働社会保険の手続のアウトソーシング、中間管理職の研修、採用支援などを手がけていると紹介されています(出典:digirise プロセスコア様の導入事例)。
導入前の課題として、生成AIへの理解が十分でなく、導入しても使いこなせない社員が多かったこと、定型文の作成やチャットでの対応が手作業だったこと、就業規則や契約書の修正に時間を要していたことが挙げられています。実施した施策は、定期的なAI研修による段階的な教育、チャットボットを使ったサポート体制の構築、生成AIによる業務の自動化です。
成果として、コラムの制作が約4分の1の作業時間になったほか、定型文やメールの自動作成で手作業の負担が減り、労務相談への対応時間も短くなったと説明されています(出典:digirise プロセスコア様の導入事例)。今後は、バックオフィス業務の自動化の拡大、AIを使ったキャリア支援サービスやチャットボットの導入を計画し、全社でAIを当たり前に使う文化を目指すとされています。
一方で、公表資料の範囲では確認できない点があります。導入したツールの名称、研修の回数や対象人数、コラムの本数や文字数、作業時間の測り方は記載がありません(出典:digirise プロセスコア様の導入事例)。事例の公開日も、確認した範囲では明示されていません。約4分の1という数字が、どの条件での比較なのかは、資料からは分かりません(要確認)。自事務所の判断材料として使う場合は、数字をそのまま期待値にせず、実測で置き換える前提で扱います。
コラム作成と標準文例を分けて考える
事例の効果は、コラムの制作と、定型文やメールの作成に現れています。この2つは性質が異なるため、分けて考えると見直しやすくなります。
コラムは、顧問先や見込み客に向けた情報発信です。テーマの選定、根拠の確認、文章の作成、公開の判断という工程があります。AIが手伝いやすいのは、構成案の作成と、文章の下書きの部分です。一方で、テーマに関する制度の最新の内容や、根拠となる公的な資料の確認は、社労士が行う工程です。AIの出力には、古い制度の記述や、存在しない資料の引用が混じるおそれがあり、確認を省くと、事務所の信用に関わります。
標準文例は、労務相談への回答や、手続の案内のメールなどに使う、ひな形です。よくある質問への回答の型を整え、個別の事情に応じて差し替える部分を明確にしておけば、作成の時間を減らせます。ただし、労務相談への回答は、個別の事情に対する専門的な判断を含むため、標準文例をそのまま送る運用は、内容を選ぶ必要があります。手続の案内のように事実の説明が中心のものと、個別の判断が要るものを分けて、前者から標準化を進める設計が考えられます。
自事務所に置く7つの手順
以下は、社労士と職員を合わせて数名から十数名規模の事務所が、コラムと標準文例の工程を見直す場面を想定した運用例です。
第1に、現在の作業時間を測ります。コラム1本、標準的な返信メール1通にかかる時間を、数件分記録します。事例の数字と比べるためではなく、自事務所の基準を持つためです。
第2に、AIに任せる範囲を決めます。コラムなら構成案と下書きまで、メールなら定型の部分の下書きまで、という線を例に、誰がどこを確認するかを書面にします。
第3に、研修を段階的に行います。事例でも、定期的な研修による段階的な教育が施策の1つに挙がっています。最初は、機密情報を入力しない練習から始め、次に、匿名化した事例、最後に実務での利用と進む設計が考えられます。
第4に、標準文例の元になる文章を整備します。過去の返信のうち、質の高いものを選び、個別の情報を除いて、ひな形として整えます。AIに渡す文例の質が、出力の質を左右します。
第5に、確認の工程を決めます。制度に関する記述は、厚生労働省など公的機関の公表資料で確認し、根拠のリンクを手元に残します。社労士が最終の確認を行う工程を、手順書に明記します。
第6に、チャットボットの範囲を決めます。事例では労務相談へのチャットボットが挙がっていますが、回答する範囲は事務所の設計次第です。一般的な手続の案内に限る、個別の相談は社労士に引き継ぐ、といった線引きが考えられます。
第7に、効果を再度測ります。導入後のコラムの作業時間や、返信にかかる時間を、導入前と同じ方法で測り、事務所としての実績を残します。
生成AIを補助に使う場面のプロンプトの例を2本示します。どちらも架空の設定で、実在の顧問先の情報は入力しません。
あなたは社会保険労務士事務所のコラム作成の補助です。
顧問先の経営者向けに、架空のテーマ「入社時の書類の受け渡しの流れの整理」の構成案を作ってください。
- 読者は従業員数十名の会社の経営者と総務担当です
- 構成は見出し3つ以内で、各見出しに書くべき論点を1文で示してください
- 制度の内容や数字は書かず、社労士が公的資料で確認するための「確認が必要な項目」を末尾に列挙してください
- 断定的な表現は避けてください
あなたは社会保険労務士事務所の標準文例の整備の補助です。
以下は、架空の会社からの問い合わせに対する返信のひな形を作る依頼です。
- 問い合わせの種類: 手続の必要書類の案内(一般的な内容)
- ひな形には、会社名、担当者名、日付など、個別に差し替える箇所を【】で示してください
- 個別の事情に応じた判断が必要な場合は、社労士に引き継ぐ旨の一文を入れてください
- 実在の顧問先の情報は含まれていません
守秘義務・規程上の論点 顧問先の情報をAIに入力する前に
労務相談や手続の資料には、従業員の氏名、給与、健康に関する情報など、機微な個人情報が含まれることがあります。チャットボットや生成AIに、これらを入力する場面が出てくるため、守秘義務と個人情報の扱いを事前に整理します。
社会保険労務士法第21条は、開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員は、正当な理由がなくて、その業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならないと定めており、社員でなくなった後も同様としています。この条文を、AIツールへの入力にどう当てはめるかは、サービスの契約や設計によって異なり、本記事では判断しません。
事務所として確認する項目を挙げます。1つ目は、入力した情報の保管場所と、学習への利用の有無です。これは、使うAIサービスごとに、提供事業者の資料と契約で確認します(要確認)。事例ページでは、導入したツールの名称が確認できないため、事例の環境がどのような設定だったかは分かりません。2つ目は、入力してよい情報の範囲です。従業員の氏名や給与額など、個人を特定できる情報を入れない運用から始める方法があります。3つ目は、チャットボットを顧問先に公開する場合の、質問の内容の取り扱いです。相談内容が保存されるか、誰が見られるかを、事前に把握します。
個人情報の面では、個人情報保護法第27条が、個人情報取扱事業者が、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないと定めています(例外が列挙されています)。委託の整理などは、個人情報保護委員会の公表資料で、個別に確認する論点です。
顧問先への説明は、顧問契約の書面や、案内の資料に、AIを補助に使うこと、入力する情報の範囲、最終の確認は社労士が行うことを書いておく方法があります。労務監査を含む新しいサービスの設計は、社労士法9次改正で労務監査が明記 AIで新サービスを設計する7手順でも扱っています。
コラムの品質を保つための確認項目
コラムの作成時間が短くなっても、内容の質が下がっては意味がありません。公開前の確認項目を、チェックリストとして手順書に載せる運用が考えられます。
確認の項目としては、制度の記述の根拠となる公的資料が特定できているか、施行日や改正の内容が最新か、事務所の見解と一般的な情報が区別して書かれているか、特定の顧問先が推測できる記述がないか、断定的な表現になっていないか、が挙げられます。制度の情報は、厚生労働省などの公表資料で、公開の直前に再確認します。改正の予定がある分野では、公開後に情報が古くなる場合があるため、公開日を記事に明記し、定期的に見直す運用が考えられます。
また、AIの出力に含まれる固有名詞、数字、条文の番号は、原典で確認できたものだけを残します。原典で確認できない記述は、削除するか、確認が取れるまで公開しません。この確認は、社労士が自ら行うか、職員が確認した内容を社労士が最終の確認として見る形が考えられます。確認の記録は、コラムの元のファイルに残しておくと、後日、内容の根拠を説明できます。
コラムを継続する体制としては、テーマの一覧を年間で作り、担当を割り振る方法があります。テーマの候補は、顧問先からよく受ける質問や、制度の改正の予定から拾います。作成の時間が短くなった分を、テーマの選定と、根拠の確認に振り向けると、量だけでなく質の面でも成果が出やすくなります。
7つの判断軸
以上を、見直しの判断軸としてまとめます。
1つ目は、測る対象です。コラムの作成、返信メール、手続の案内など、時間を測る作業を決めます。
2つ目は、AIに任せる範囲と、社労士が確認する工程です。
3つ目は、研修の設計です。段階を分け、最初は機密情報を使わない練習から始めます。
4つ目は、標準文例の整備です。個別の判断が要るものと、事実の説明が中心のものを分けます。
5つ目は、チャットボットの公開範囲です。回答する範囲と、社労士に引き継ぐ条件を決めます。
6つ目は、データの取り扱いの確認です。保管、学習利用、ログ、削除の手順を、書面で確認します。
7つ目は、効果の測定です。事務所の実測で、事例の数字を置き換えます。
職員への展開と、定着させる工夫
事例では、生成AIを導入しても使いこなせない社員が多かったことが、導入前の課題として挙がっています。ツールを入れるだけでは、定着しない場合があることを示しています。
定着させる工夫として、次のような運用が考えられます。まず、使い方を共有する場を、月に一度など定期的に持ちます。うまくいった指示の文面や、失敗した例を持ち寄ると、職員同士で学び合えます。次に、事務所内の指示の文面を、共有のフォルダにまとめます。よく使う文面が共有されると、個人の習熟度の差が縮まります。また、AIを使ってよい業務と、使ってはいけない業務の一覧を、貼り出せる形で用意しておくと、迷いが減ります。
さらに、若手の職員と経験の長い職員で、得意な部分が違う点も考慮します。若手はツールの操作に慣れやすく、経験の長い職員は、出力の誤りに気づきやすい傾向があります。両者が組んで確認する運用にすると、双方の強みが生きます。研修の内容も、操作の説明だけでなく、出力の確認の観点を含めます。導入の効果を、事務所全体の共有の場で報告すると、取り組みへの理解も進みます。
見直しで起こりがちな失敗と回避策
失敗の1つ目は、標準文例をそのまま個別の相談に送ってしまうことです。個別の事情に応じた判断が要る相談で、一般的な回答を送ると、誤解を招くおそれがあります。回避策は、標準文例を使ってよい相談の種類を決め、それ以外は社労士が個別に対応することです。
失敗の2つ目は、コラムの制度の記述を、確認せずに公開してしまうことです。AIの出力は、古い制度や誤りを含むおそれがあります。回避策は、公的機関の公表資料で内容を確認し、根拠を手元に残す工程を、公開の前に置くことです。
失敗の3つ目は、研修を一度だけで終えてしまうことです。使い方が定着せず、一部の人だけが使う状態になります。事例でも、定期的な研修が施策に含まれています。回避策は、定期的な機会を設け、使い方の共有の場を持つことです。
失敗の4つ目は、他事務所の数字を目標にしてしまうことです。約4分の1という数字は、条件が公表されていません(出典:digirise プロセスコア様の導入事例)。回避策は、自事務所の実測で目標を決めることです。
費用・工数・体制
事例ページでは、導入したツールの名称や費用が確認できません。費用は、使うツールと契約の形によって異なるため、本記事では金額を示しません(要確認)。工数としては、現状の作業時間の測定、標準文例の整備、研修、確認の手順の作成が発生します。標準文例の整備は、最初に時間がかかる作業ですが、整えた文例は、その後の作業の基盤になります。
体制としては、導入責任者を社労士の中から置き、研修と標準文例の整備を担う職員を決めます。事例でも、全社でAIを当たり前に使う文化を目指すとされており、一部の担当者に閉じない体制が重視されています。
今後の展望と独自考察
今回の事例は、AIの導入が、ツールの選定だけでなく、研修と定着の工夫によって成果に結び付いた例として読めます。ツールの名称や条件が公表されていない以上、事務所が学べるのは、進め方の構造です。
論点になるのは、次の3点です。1つ目は、コラムの作成を効率化した時間を、事務所がどの業務に振り向けるか。事例では、AIを使ったキャリア支援など、新しいサービスへの展開が計画されています。2つ目は、標準文例とチャットボットの回答の質を、誰がどう保つか。3つ目は、労務相談への対応にAIが入る範囲を、社労士としてどう線引きするかです。社労士向けのAIエージェントの選定の視点は、AI社労夢が始動、社労士事務所が選ぶ5エージェントの見極め方で整理しています。
よくある質問
約4分の1という数字は、どの事務所でも見込めますか。
見込めるとは限りません。測り方や条件は公表されていません。自事務所で実測する運用があります(要確認)。
どのAIツールを使っていたのですか。
事例ページの範囲では、ツールの名称は確認できません。導入を検討する場合は、ツールごとに、データの取り扱いと機能を確認する必要があります。
労務相談にチャットボットを使ってもよいですか。
事例では、労務相談への対応にチャットボットが使われているとされています。回答する範囲と、社労士に引き継ぐ条件は、事務所が設計する事項です。個別の判断が要る相談との線引きを、手順書に書く運用があります。
顧問先の情報をAIに入力する際の守秘義務はどうなりますか。
社会保険労務士法第21条は、業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならないと定めています。個別の入力との関係は契約と設計によるため、本記事では判断していません。
まず何から始めればよいですか。
コラムや返信メールの作業時間を測るところから始める運用があります。次に、機密情報を使わない練習で、AIの出力を確認する経験を積みます。
研修は必要ですか。
事例では、定期的なAI研修による段階的な教育が施策に含まれています。事務所の規模と職員の習熟度に合わせて、設計する運用が考えられます。
参考文献
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/
本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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