OpenAIがロシア発の秘密工作でChatGPTが使われたと公表しました。
OpenAIは日本時間2026年8月26日未明、ロシアを発信元とするChatGPTアカウント群を停止したと Disrupting a new covert influence campaign from Russia(2026年8月25日付)で公表しました。注目したいのは工作の規模ではありません。実在する大学教授の氏名と顔写真を無断で使い、他所からコピーした論文にその名義を貼り付けて「専門家コミュニティ」を装っていた点です。専門性と肩書きが信用の土台になる士業にとって、他人事とは言いにくい手口が具体的に記録されています。本稿では公表資料の事実関係を整理したうえで、士業事務所が自分の氏名と肩書きの扱いについて確認したい論点を3つに絞って取り上げます。

OpenAIが遮断した秘密工作の全体像
今回停止されたのは、「International Burke Institute」(以下IBI)というイスラエル所在を称する組織を宣伝していたアカウント群です。OpenAIの公表資料によると、操作者はロシア語でプロンプトを入力しながら主に英語の投稿文を生成させ、ロシア由来の言語的な手がかりを消すようモデルに指示していました。OpenAIはロシアからの自社サービス利用を認めていないため、操作者はVPNを経由してアクセスしていたとされています。
生成された投稿は X、LinkedIn、Facebook、Substack、Telegram に展開されました。IBIの名称とロゴを掲げたアカウントのほか、一見すると一般利用者に見えるアカウントからもIBIの記事が繰り返し投稿されています。別の操作者はドイツ語のTelegramチャンネル「Lahme Ente」向けの投稿を生成し、ウクライナやEU、ドイツ政府を批判する内容を流していました。同じ操作者は12前後のTelegramチャンネルのロゴを生成し、各チャンネルの活動要約をロシア語で繰り返し求めていたとも記載されています。
影響範囲は現時点では大きくありません。個々の投稿の閲覧数は少なく、IBI公式アカウントの購読者数も限られていました。ただし関連するTelegramチャンネルは1チャンネルあたり1万から2万のフォロワーを抱えており、OpenAIは Brookings Institution の Breakout Scale で6段階中のカテゴリ3の下端と評価しています。AI技術系メディアの The Decoder も、到達した読者の数より、背後に築かれた仕組みのほうが重要だと指摘しています。
士業に刺さるのは「専門家の権威」が偽装された手口
事務所の実務に引きつけて読むべきなのは、IBIのウェブサイト側で起きていたことです。OpenAIが2025年9月から2026年5月に公開された36本の記事を抽出して確認したところ、34本が他所からの複製でした。しかも一部は著者名が別人に差し替えられています。
具体例として2つが挙げられています。ひとつは中国パキスタン経済回廊に関する記事で、原典は Cambridge University Press が2025年7月に公開した Yunas Samad 名誉教授の論考でしたが、IBI上では南アジア政治を専門とする ノッティンガム大学の Katharine Adeney 教授 の名義になっていました。もうひとつは移民ガバナンスに関する記事で、原典は Migration Policy Institute の2025年4月公開の共著でしたが、IBI上ではオーストラリアの食品化学の教授である Kate Howell 名義とされ、しかも2017年の学会講演者ページと同一の顔写真が使われていました。サイトは一時期、Francis Fukuyama や Noam Chomsky の名前まで「専門家」として掲げていたとされています。
つまり、AIが直接書いたのは宣伝用のSNS投稿だけで、権威を作り上げる本体部分は「実在する専門家の名前と写真を借りる」という古典的な手口でした。OpenAIはこれを、AIが権威の捏造を支える補助的な道具として使われた例だと整理しています。士業に置き換えれば、代表者の氏名、登録番号、プロフィール写真、過去の寄稿タイトルは、そのまま第三者が信用を借りるための材料になり得るということです。
事務所が今できる確認と初動
制度が変わったわけではないため、明日の手続が変わるわけではありません。それでも、今回の事例を受けて次のような点検を始めている事務所があります。
第一に、代表者名と事務所名の定期的な検索です。氏名と資格名を組み合わせた検索に加えて、プロフィール写真の画像検索まで含めると、名義の無断利用に気づける確率は上がります。Kate Howell の例のように、写真は過去の講演ページから流用されていました。
第二に、調査業務で外部資料を引くときの出所確認です。IBIのサイトは所在地表示も執筆者一覧も揃っており、体裁だけでは判別が難しい作りでした。意見書や調査メモで外部のレポートを引用する際に、原典の発行元まで遡って確認した記録を残す運用にしている事務所もあります。孫引きを避けるという基本が、そのまま防御になります。
第三に、事務所自身が発信するコンテンツの出所表示です。誰が書いたか、どこまでAIが関与したかを明示しておくことは、後から名義を借りられたときに「本物との違い」を示す材料にもなります。この点はAI生成物の表示ルールを事務所規程に落とし込む記事で整理しています。あわせて、生成AIをめぐる情報漏えい事例や、AIを使ったなりすまし詐欺の手口も、事務所内の注意喚起の材料として使えます。
なお今回の公表資料は、ChatGPTの入力データが学習に使われるかという論点を扱ったものではありません。OpenAIが説明しているのは、利用規約に反する使われ方を検知して該当アカウントを停止したという運用面の話です。事務所として入力データの取り扱いを判断する場合は、OpenAIのプライバシーポリシーなど各社の公表資料を個別に確認する段階です。
まとめ
OpenAIは2026年8月25日、ロシア発の秘密工作でChatGPTがSNS投稿の生成に使われていたと公表しました。到達した読者は限定的でしたが、実在する大学教授の氏名と写真を借りて権威を装う仕組みが具体的に記録されています。士業事務所にとっては、自分の氏名と肩書きが同じように使われる可能性を前提に、名義の監視、引用元の一次確認、自所発信の出所表示という3点を見直す機会になりそうです。
参考文献
- OpenAI Disrupting a new covert influence campaign from Russia
- The Decoder Russia used ChatGPT to run a covert influence campaign pushing pro-Kremlin narratives across the West
- Brookings Institution The Breakout Scale: Measuring the impact of influence operations
- Migration Policy Institute Migration Governance in an Era of Large-Scale Population Change
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引用元: The Decoder
本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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