米FinCENは2026年7月、AI悪用の学生支援金詐欺に警戒を求めました。
米国財務省の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)が2026年7月24日、連邦学生支援金を標的とした詐欺スキームについて金融機関向けのアラートを公表しました。盗まれた個人情報と生成AIを組み合わせて実在しない学生を作り出し、公的な支援金を引き出す手口が、組織的な規模で行われているという内容です。海外の学生支援制度の話ではありますが、公的資金の申請代理を担う日本の士業事務所にとっても、他人事とは言い切れない構図が含まれています。本記事では公表資料に基づいて事実関係を整理し、日本の助成金申請の現場に通じる論点を3つに絞って取り上げます。
FinCENが警告した「幽霊学生」の手口と規模
FinCENのアラートは、米教育省の監察総監室(ED-OIG)および連邦捜査局(FBI)との協議のうえで発出されたものです。FinCENのアラート原文によれば、詐欺グループは盗んだ個人識別情報を使って実在の人物になりすまし、教育機関に入学申請を出したうえで、授業料を差し引いた残額の返金を受け取る形で資金を抜き取ります。
手口は大きく3つに整理されています。第一が、盗んだ個人情報でなりすます「ゴーストスチューデント」です。生成AIを使って盗んだ実在情報と架空の情報を組み合わせた合成身元を作り、本人確認を突破しようとします。返金を満額受け取るには在籍期間の60パーセントを満たす必要があるため、AIチャットボットに課題を提出させて在籍実態を装う例も報告されています。第二が、報酬と引き換えに自分の個人情報を差し出す協力者を使う「ストローステューデント」です。第三が、教育機関の職員が内部から関与する類型で、入学記録の操作まで行われた事例が挙げられています。
規模は小さくありません。米教育省は2025年12月、身元確認の強化により2025年1月以降で10億ドル超の不正を阻止したと公表しています。同発表によれば、それ以前に約9,000万ドルが不正に給付され、うち3,000万ドル超が死亡者に、4,000万ドル超がボットを学生に見せかけた企業に渡っていました。身元確認を始めた最初の1週間だけで約15万件の疑わしい申請が検知されたとされています。

検知側もAIを導入、それでも抜けられる本人確認
対策も進んでいます。教育系メディアのEdSourceが2026年5月に報じたところでは、カリフォルニア州の116校は2024年以降で3,000万ドル超を失いましたが、多くの学校が機械学習による申請者スクリーニングを導入した結果、被害は月あたり約50万ドル規模まで縮小しました。2026年第1四半期の被害額は約190万ドルとされています。
それでも抜け道は残ります。同記事では、18歳未満やホームレスを装って本人確認の要件を回避する例、卒業生や中退者のアカウントを乗っ取る例に加え、オンライン面談でディープフェイクを使い他人の顔を重ねて本人確認を通過しようとする例まで報告されています。検知にAIを使い、突破にもAIを使うという構図です。
制度面では、Inside Higher Edによれば、米下院が2026年6月に不正検知を義務づける法案を可決し、教育省が同年4月に導入したリアルタイム不正検知は1億ドル超の流出を防いだと公表されています。検知手法の詳細は、悪用を避けるため公開されていません。
日本の助成金申請代理に通じる3つの論点
日本で同じ制度が動いているわけではありません。ただ、公的資金の申請を代理する立場から見ると、重なる論点が3つあります。
第一に、申請書類の作成にAIが入り込む余地です。米国の事例で問題になったのは、AIが作った書類そのものではなく、AIによって申請の量と精度が跳ね上がった点でした。日本でも申請書や事業計画の下書きに生成AIを使う場面は増えていますが、事務所として原本確認と疎明資料の裏取りをどの工程で行うかを決めておかないと、内容の真偽を確かめないまま提出する流れが生まれかねません。この点は生成AIの架空判例・架空条文を止める記事で整理した検証の考え方が、そのまま申請書類にも当てはまります。
第二に、代理人が関与した場合の扱いです。厚生労働省は雇用関係助成金について、不正受給の公表基準を示しています。同ページには「社会保険労務士や代理人が不正に関与した場合⇒金額、返還の有無にかかわらず公表対象」と明記されています。金額の多寡による例外が置かれていない点が、事業主本人の場合との違いです。同ページの令和8年3月末実績では、支給決定取消が4,640件、取消金額は約1,153億円、回収済額は約896億円とされています。関与の判断は個別事案ごとに労働局が行うものであり、一般論として線引きを断定できる性質のものではありませんが、申請代理を受任する側が公表基準の存在を把握しておく意味は大きいと考えます。この論点は社労士向け生成AI活用ガイドブックの解説記事とあわせて読むと、事務所の運用に落としやすくなります。
第三に、顧客の本人確認と個人情報の取扱いです。米国の事例では、身元を盗まれた被害者が身に覚えのない債務や与信への影響に直面しました。士業事務所も委任時に個人情報を預かる立場にあり、AIツールへの入力範囲をどう設計するかは避けて通れない論点です。個人情報の取扱いについては個人情報保護法の課徴金制度に関する記事で改正内容を整理しています。
事務所として確認できる初動
現時点で取り得る初動を、実際に採用されている対応として挙げます。ひとつは、AIで下書きした申請書類と、一次資料で裏取りした書類を工程として分ける運用です。もうひとつは、受任時の本人確認と、提出前の原本照合を記録として残す運用です。三つめは、申請代理の受任範囲と責任分界を委任契約書で明示する運用で、これは助成金以外の申請業務でも同様に検討されています。
いずれも新しい制度対応ではなく、既存の実務を明文化し直す作業です。AIによって申請の作成速度が上がるほど、確認工程だけが相対的に薄くなりやすいという構造に、先に手を打っておく発想と言えます。
まとめ
米FinCENは2026年7月、AIで作った偽の学生を使って連邦学生支援金を詐取する手口に警戒を求めました。米教育省は身元確認の強化で10億ドル超の流出を阻止しましたが、ディープフェイクによる本人確認突破など抜け道は残っています。日本の士業事務所にとっては、申請書類の検証工程、代理人関与時の公表基準、顧客情報の取扱いという3点が、この事例から読み取れる論点です。
参考文献
- FinCEN Alert on Fraud Schemes Targeting Federal Student Aid(FIN-2026-Alert004、2026年7月24日)
- U.S. Department of Education Prevents More Than $1 Billion in Federal Student Aid Fraud This Year(2025年12月11日)
- 厚生労働省 雇用調整助成金(不正受給関係)
- EdSource「Inside California community colleges’ persistent struggle to stamp out financial aid fraud」(2026年5月28日)
- Inside Higher Ed「What Is FAFSA Fraud, and Why Is Congress Working to Stamp It Out?」(2026年6月22日)
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引用元: FinCEN
本記事の作成体制について
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