金融庁AIDPとは、金融分野のAI活用の論点を整理した資料のことです。
金融庁は2026年3月3日に、AIディスカッションペーパー(第1.1版)を公表しました。回答した金融機関等は合計130社で、そのうち9割以上が従来型AIまたは生成AIを何らかの形で活用していると記載されています(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)本文)。本記事では、この資料を、金融機関の顧問先を持つ公認会計士・税理士・中小企業診断士の事務所が、自所の生成AI運用を点検する材料として読み、7つの論点に整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は金融庁の公表資料で確認しています。
金融庁AIDP1.1版は何を示した資料か
まず、資料の位置づけを確認します。金融庁の公表ページによると、正式名称は、AIディスカッションペーパー(第1.1版)の副題に金融機関等におけるAIの活用実態と健全な利活用の促進に向けた初期的な論点整理を掲げたもので、公表日は令和8年3月3日です。第1.1版は、2025年6月から12月に開催された金融庁AI官民フォーラムでの知見に基づいて更新された版とされています(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)の公表について)。
本文の章立ては、はじめに、本文書の目的・位置づけ、金融分野におけるAIの活用可能性とユースケース、金融機関等によるAIの利活用促進に向けた初期的論点整理、金融庁のAI活用、おわりに、という構成です。本文には、この資料はモニタリング上の目線や具体的対応を示すものではないという趣旨の記載があります(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)本文、6ページ)。つまり、規則やガイドラインではなく、対話のための論点整理です。この点は、記事全体を通して押さえておきたい前提です。
回答先の内訳も本文に出ています。業態別では、預金取扱金融機関が約4割、金融商品取引業者と保険会社がそれぞれ1割強で、この3業態で約7割を占めるとされています。生成AIの利用範囲については、幅広く一般社員向けに利用可能が71.1%、特定部署に限定が14.9%、未導入または検討中が12.4%と記載されています(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)本文、13ページ)。
では、金融機関向けの資料を、なぜ士業事務所が読む価値があるのでしょうか。会計士や税理士の事務所は、金融機関を顧問先や関与先に持つ場合があります。また、金融機関が自らのAI運用で何を論点にしているかは、事務所が自所のルールを作るときの比較対象になります。もちろん、金融機関の論点がそのまま士業事務所に当てはまるわけではありません。ここから先は、資料の記載を材料にした、事務所向けの運用例として読んでください。
事務所に持ち帰る7つの論点
資料の記載を、事務所の運用に引き直すと、次の7つの論点に整理できます。以下では、資料に書かれている事実と、事務所向けの運用例を分けて書きます。
論点1は、経営陣の関与です。資料は、経営陣の主体的な関与の下で、顧客利便性や業務効率化の向上につながる取組みが着実に進展していくことが望ましいという趣旨を述べています(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)本文、21ページ)。事務所に置き換えると、代表社員や所長が、生成AIの利用方針を自分の言葉で決めているかが論点になります。担当者任せにすると、利用ルールが個人の判断に分散しやすくなります。
論点2は、リスクベースのアプローチです。資料は、社内の業務効率化などリスクの低いAI利用はチェックリストに基づく現場判断に委ね、顧客向けにAIを活用するようなリスクの高い利用は専門部署が事前審査する事例を紹介しています(出典:同、25ページ)。5人規模の税理士事務所なら、議事録の要約は担当者判断、顧問先の申告書類を投入する用途は所長が事前に承認する、という二段構えが運用例になります。
論点3は、ライフサイクル管理です。資料は、AI導入後の環境変化を踏まえて、リスク評価や低減策を継続的に点検し、見直すことの重要性を指摘しています(出典:同、25ページ)。生成AIは、ベンダーの規約や機能が頻繁に変わります。導入時に一度だけ確認して終わりにせず、四半期ごとなど、点検の頻度を決めておく運用が考えられます。
論点4は、外部委託とサードパーティの選定です。資料によると、適切なサードパーティの選択を課題に挙げた回答は、従来型AIと生成AIの両方で約4割を超えています(出典:同、31〜32ページ)。金融機関でも、自らモデルを開発することは現実的でなく、外部事業者の基盤モデルを使うのが前提とされています。士業事務所は言うまでもなく外部サービスを使う側です。ツールの比較観点は、生成AIの法人プランと学習利用の比較でも整理しています。
論点5は、顧客への説明です。資料の概要資料には、生成AIによる回答であることや、生成AIの特性上、誤りが含まれうることについて注意喚起する、根拠や情報ソースを明示する、といった記載があります(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)概要)。事務所が顧問先に提出する資料にAIの出力を使う場合、どこまでAIを使ったかを説明するかは、事務所として決めておく論点です。
論点6は、人の関与です。資料は、顧客に重要な影響を及ぼす文書の作成では、人の関与(Human in the loop)を必須とする運用が紹介されていると記載しています(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)本文、17〜18ページ)。士業事務所では、AIの出力を、有資格者が確認してから外に出す工程が、これに対応します。誰が、何を、どの記録に残して確認したかを決めておくことが論点です。
論点7は、検証とモニタリングです。資料の概要資料には、会話ログの保存と回答の監視、客観的な数値による検証、推奨ロジックの文書化と第三者レビューが挙げられています(出典:同概要資料)。事務所の規模では、利用ログの保存と、月1回の抜き取り確認から始める運用が現実的です。
3つの運用手順 事務所のAI利用台帳を作る
論点を事務所の運用に落とすために、AI利用台帳を作る手順を示します。数名から十数名規模の税理士・会計士事務所を想定した運用例です。
手順1は、用途の棚卸しです。所員にヒアリングして、いまどの生成AIを、どの業務で使っているかを一覧にします。公式に導入したツールだけでなく、個人のアカウントで使っているものも対象にします。入力は所員の回答、返ってくるのは用途の一覧です。個人利用の把握が、シャドー利用を減らす最初の一歩になります。
手順2は、用途ごとのリスク区分です。論点2の考え方を借りて、用途を、現場判断でよいもの、所長の事前承認が要るもの、使わないもの、の3つに分けます。区分の基準は、顧問先の個人データや秘密を入力するかどうか、出力が顧問先に渡るかどうかです。区分の最終判断は、有資格者が行います。
手順3は、利用記録の運用です。承認が必要な用途については、誰が、いつ、どのツールで、どの種類の資料を入力したかを記録します。記録は、事務所の共有フォルダやチケット管理など、既存の仕組みで足ります。月1回、所長が記録を抜き取り確認し、その日付を残します。
台帳づくりに生成AIを使うこともできます。次のプロンプトは、ヒアリング結果の整理に使う例です。入力するのは架空の回答で、実在の顧問先情報は入れません。
あなたは士業事務所のAI利用台帳づくりの補助です。
架空の事務所「甲会計事務所」の所員ヒアリング結果(下に貼り付け)を読み、
次の3つに整理してください。
1. 用途の一覧(ツール名、用途、入力する資料の種類)
2. 顧問先の秘密や個人データを入力している可能性がある用途の候補
3. 所長に確認を依頼したい事項
断定は避け、判断が必要な箇所は「要確認」と書いてください。
貼り付けた文章にない事実は補わないでください。
【ヒアリング結果】
(ここに架空の回答を貼り付け)
次のプロンプトは、四半期の点検で使う例です。ベンダーの公式規約の文章を貼り付けて、前回との違いを洗い出します。
あなたは士業事務所のツール点検の補助です。
架空のAIサービス「Zツール」の前回の利用規約(A)と今回の利用規約(B)を比較し、
次の観点で変更点を抜き出してください。
- 入力データの学習利用に関する記載
- データの保管場所と保管期間に関する記載
- 第三者への提供に関する記載
変更点ごとに、事務所の規程の見直しが必要かどうかの「確認が必要な理由」を一文で添えてください。
規約に書かれていないことは補わないでください。
【規約A】
(ここに前回の文章)
【規約B】
(ここに今回の文章)
どちらのプロンプトも、出力は下書きです。最終判断は、有資格者が行います。
顧問先の資料をAIに入れる前に決めておく3つのこと 守秘義務と規程
生成AIの活用を考えるときに、守秘義務の整理は外せません。ここでは、条文と資料の記載を確認したうえで、事務所が決めておく3つの論点を示します。
1つ目は、守秘義務の根拠の確認です。公認会計士法第27条は、見出しが秘密を守る義務で、公認会計士は正当な理由がなく、その業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならないと定め、公認会計士でなくなった後も同様とする旨を置いています。税理士法第38条も、見出しが秘密を守る義務で、税理士は正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならないと定め、税理士でなくなった後も同様とする旨を置いています。外部のAIサービスに顧問先の資料を入力する行為が、この条文との関係でどう整理されるかは、サービスの契約内容や設定によって変わる論点です。具体的な事案への当てはめは、有資格者の判断、必要に応じて所属団体への確認が前提です。
2つ目は、個人データを含む資料の扱いです。個人情報保護法第25条は、見出しが委託先の監督で、個人データの取扱いの全部又は一部を委託する場合に、安全管理が図られるよう、委託を受けた者に対して必要かつ適切な監督を行うことを定めています。また、同法第27条は、見出しが第三者提供の制限で、一定の場合を除き、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供することを制限しています。同条には、利用目的の達成に必要な範囲内で個人データの取扱いの全部または一部を委託することに伴う提供を、第三者に当たらないとする規定も含まれています。クラウド型のAIサービスの利用が、委託にあたるのか、第三者提供にあたるのかは、サービスの仕様と契約で変わるため、個別に確認する論点です。2026年の改正の動きとAI学習の関係は、個人情報保護法R8改正 課徴金とAI学習の7論点でも整理しています。
3つ目は、金融庁の資料が示す外部委託の考え方です。概要資料には、証券会社がシステム関連の子会社にAIシステムの開発を委託する際に、非公開情報を含む顧客との会話データ等を提供しうるという考え方が示されたと記載されています(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)概要)。これは金融機関についての整理であり、士業事務所にそのまま当てはまるものではありません。ただ、委託先や提供先の範囲を、あらかじめ事務所として整理しておくという発想は、士業事務所の規程づくりにも参考になります。
事務所の規程に落とすなら、運用例として、次のような項目が考えられます。利用を認めるツールの一覧と、見直しの頻度、入力してよい情報の区分、顧問先の同意を取る場面、利用記録の保存方法、事故が起きたときの報告先です。顧問先への説明は、委任契約や業務の開始時に、AIを使う可能性と、使う場合の情報の扱いを文書で伝えておく運用があります。監査調書にAI利用の記録を残す観点は、監査調書への生成AI利用記録 残し方の7設計でも扱っています。
失敗例と回避策
ここからは、資料の論点から想定される失敗の例を、架空のシナリオで示します。
1つ目は、利用が野良化する失敗です。ある10人規模の税理士法人で、所員が個人のアカウントで生成AIを使い、顧問先の試算表を入力していた、という想定です。資料には、AIの利用範囲を幅広く一般社員向けに広げている回答が71.1%とあり、利用の広がりが前提になっています(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)本文、13ページ)。禁止だけでは把握できないため、手順1の棚卸しと、用途別のリスク区分で、把握と承認の流れを先に作るのが回避策になります。
2つ目は、出力をそのまま顧問先に渡す失敗です。AIが作った説明資料に、誤った記述が含まれたまま、顧問先に提出される想定です。資料は、生成AI固有の課題として、ハルシネーションと低い回答精度を挙げています(出典:同、36ページ)。回避策は、論点6の人の関与です。有資格者が内容を確認し、確認した人と日付を記録する工程を、手順の中に入れておきます。
3つ目は、点検をしないまま時間が経つ失敗です。導入時に確認した規約が、その後の改定で変わっていたことに気づかないケースです。論点3のライフサイクル管理に沿って、四半期ごとに規約を見直す日程を、あらかじめ年間の予定に入れておく運用があります。
費用・工数・体制の目安
費用と工数は、事務所の規模と使うツールで大きく変わるため、ここでは一般的な考え方に絞ります。ライセンス費用は、各ベンダーの公式の料金ページで確認してください。本記事では金額を挙げません。
工数の面では、初回の棚卸しと台帳づくりに、担当者が数日、所長の確認が数時間という規模感を、運用例として想定できます(自所での実測が前提で、数字は要確認です)。その後の運用は、月1回の抜き取り確認と、四半期ごとの規約点検が中心です。体制は、所長が最終責任者となり、事務長や情報管理の担当者が台帳を管理する、という分担が一例です。
資料の概要資料には、経営トップ主導で業務効率化と新規事業創出を推進するという記載や、アジャイルな推進体制とリスクベースの対応が有効とする記載があります(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)概要)。小規模事務所では、大がかりな体制を作るより、短いサイクルで運用して直していく発想が、自所の規模に合いやすいと考えられます。
今後の展望と独自考察
資料の本文は、2025年をAIエージェント元年と位置づけ、複数のエージェントが相互作用するエージェンティックAIによって、金融分野の業務の多くのプロセスを自動化できる可能性を指摘しています(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)本文、19ページ)。
士業事務所にとっての論点は、AIが自律的に動く範囲が広がったときに、有資格者の確認をどの時点に置くかです。出力を確認する工程から、実行の前に承認する工程へ、確認の置き場所が変わっていく可能性があります。いま作る台帳や規程が、エージェントの利用にも応用できる形になっているかが、先を見据えた論点になります。
また、金融機関がこの資料を踏まえて社内体制を整えれば、士業事務所に対しても、AIの利用状況を尋ねる場面が出てくる可能性があります。ただし、これは資料に書かれた事実ではなく、本記事の考察です。顧問先からの問い合わせにすぐ答えられるよう、台帳を整えておく意味はあります。
よくある質問
金融庁のAIDPは、士業事務所に適用されますか。
資料は、金融機関等を対象にした論点整理で、士業事務所に直接適用される規則ではありません。資料自身が、モニタリング上の目線や具体的対応を示すものではないと述べています(出典:金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)本文、6ページ)。事務所の運用の参考として読む位置づけです。
第1.1版で、第1版から何が変わったのですか。
公表ページに、変更点の詳しい記載は確認できません。金融庁AI官民フォーラム(2025年6月から12月開催)での知見に基づく更新と書かれています(出典:金融庁 公表ページ)。修正点を示した別紙2が公表されているため、詳細は原文で確認してください(要確認)。
小規模事務所でも台帳は必要ですか。
台帳の要否は、事務所が判断する事項です。少人数の事務所でも、どのツールを何に使っているかの一覧は、顧問先への説明や事故時の確認に使えます。形式は、表計算ソフトの1枚で足ります。
顧問先の同意は、どの場面で取るのですか。
場面は、契約内容と入力する情報の種類で変わります。個人データを外部サービスに入力する場合は、個人情報保護法第25条と第27条の整理が論点になります。具体的な当てはめは、有資格者の判断、必要に応じて所属団体への確認が前提です。
AIの出力の確認は、誰が行えばよいのですか。
確認者は、事務所が決める事項です。運用例としては、顧問先に渡る資料や、判断を含む資料は、有資格者が確認し、確認者と日付を記録します。資料も、重要な影響を及ぼす文書では人の関与を必須とする運用を紹介しています。
利用ログは、どのくらい残せばよいのですか。
保存期間に決まった基準を示す公表資料は、本記事では確認できていません(要確認)。監査調書や業務記録の保存期間との関係を踏まえて、事務所で決める事項です。
参考文献
- 金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)の公表について
- 金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)本文(PDF)
- 金融庁 AIディスカッションペーパー(第1.1版)概要(PDF)
- e-Gov法令検索 公認会計士法
- e-Gov法令検索 税理士法
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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