弁理士試験制度改正とは、論文式筆記試験の選択問題を統合・廃止する見直しのことです。
事務所が来年以降に採用する弁理士は、今とは違う選択問題を通って入ってきます。この記事では、令和9年度から適用される選択科目の見直しが何を変えるのか、技術分野ごとの人材構成を組み直すうえで事務所が押さえる視点を整理し、生成AIをどの工程に噛ませられるかまで踏み込みます。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。特許庁が公表した令和9年度から弁理士試験制度が変わりますによると、現行15の選択問題が9に集約されます。
工業所有権審議会が選択問題を15から9へ絞った理由
見直しの中身は単純です。論文式筆記試験の選択科目にある選択問題を、各科目の基礎的な分野へ統合し、他の選択問題で技術的知識を測れるものは廃止する。結果として、現行の15が9になります。出典は特許庁の令和9年度から弁理士試験制度が変わりますで、工業所有権審議会の名義で公表されているリーフレットです。
理由として挙げられているのは受験者数の偏りです。同リーフレットは、現行の選択科目において受験者が5人に満たない選択問題が散見されると述べています。受験者が少ない問題は作問へのフィードバックが乏しく、選択問題どうしの難易度の公平性を保ちにくい。だから各選択問題に一定数の受験者を確保する方向へ寄せる、という説明になっています。
科目ごとの措置を追うと、事務所側の見え方が変わります。理工Ⅰの機械・応用力学では材料力学と熱力学が存置され、流体力学と土質工学が廃止されます。理工Ⅱの数学・物理では基礎物理学と電磁気学が存置され、回路理論が廃止されます。理工Ⅲの化学は物理化学・有機化学・無機化学が一般化学へ統合されます。理工Ⅳの生物は生物学一般と生物化学が存置され、法律科目の民法も存置されます。いずれも同リーフレットに一覧として掲載されています。
情報分野の扱いは、知財実務の観点で目を引きます。理工Ⅴの情報では、現行の情報理論と計算機工学に通信工学を包含する形で情報基礎へ統合されます。通信工学が独立の選択問題から消え、より広い情報基礎の枠に吸収される構図です。ソフトウェアや通信の出願を扱う事務所にとって、これは採用時に見る指標が一段粗くなることを意味します。
難易度について同リーフレットは、見直しの対象となった選択問題は基礎的な内容を中心にすることで難易度を調整する考えだと記載しています。統合によって試験範囲が広がり、そのぶん難しくなるのではないかという想定への回答という位置づけです。ここは実際の出題を見るまで判断できない部分が残ります(要確認)。
免除制度についても触れられています。弁理士法施行規則に基づく学位による選択科目の免除について、今般の改正による免除対象分野の変更はないとされています。ただし、対象分野に例示される研究分野は、わかりやすさの観点などから適宜追加や整理が行われるとのことです。免除ルートで入ってくる人材の扱いは、当面これまでと大きくは変わらないと読めます。
この見直しを事務所の言葉に翻訳すると、試験が保証してくれる技術理解の解像度が一段下がる、ということになります。これまでは選択問題の名称を見れば、その人がどの領域で論文を書き切ったかがある程度は推測できました。統合後は、同じ情報基礎という名称の下に、通信を専門にしてきた人と計算機工学を中心に学んできた人が並びます。出願分野と人材を突き合わせる作業は、試験の外側で事務所が担う比重が増えることになります。
採用と育成を組み直すための7つの視点
制度が変わると、事務所が採用面接で聞くことと、入所後に補う教育の中身が変わります。以下の七つは、来年度以降の採用計画を立て直す際の点検項目として整理したものです。生成AIを使う箇所は明示しますが、採否の判断そのものを機械に渡すことは想定していません。
第一の視点は、自事務所の案件構成と選択問題の対応を取り直すことです。出願件数の多い技術分野を並べ、それぞれが改正後のどの選択問題に対応するかを紐づけます。流体力学や回路理論で測っていた領域が廃止されるなら、その分野の出願を担う人材は別の指標で見ることになります。
第二の視点は、面接で聞く技術質問の設計です。選択問題が粗くなるぶん、実際の技術的深さは面接と職務経歴で確かめる比重が上がります。分野ごとの質問セットを事前に用意しておくと、面接官が変わっても評価がぶれにくくなります。質問案の下書きは生成AIに任せられます。
あなたは特許事務所の採用担当です。以下の条件で、技術面接の
質問案を作成してください。
【対象分野】
{例: 無線通信、信号処理}
【条件】
・技術的な理解の深さを測る質問を8問
・各質問に、期待する回答の要点を2行で添えること
・出願実務の経験有無を切り分けられる設問を必ず3問含めること
・資格の有無や年齢、性別、出身地に関する質問は一切含めないこと
・法令の解釈や適法性の評価は行わないこと
第三の視点は、入所後の技術教育の補完設計です。統合によって基礎的な内容が中心になる分野が出るなら、応用側は事務所が担うことになります。どの分野を自前の勉強会で補い、どの分野は外部研修に出すか。ここを先に決めておくと、採用のときに「入所後に伸ばせる範囲」を具体的に説明できます。
第四の視点は、明細書ドラフトの品質基準です。技術理解の粒度が人によって変わるなら、成果物側の基準を明文化しておく価値が上がります。明細書の下書きに生成AIを使う事務所は増えていますが、下書きの精度は入力者の技術理解に大きく依存します。この点は士業のチカラの生成AIの特許明細書ドラフトを弁理士が確認する品質管理の設計でも扱っています。
第五の視点は、教育コンテンツの内製です。分野別の基礎講義資料を作る作業は、生成AIが下書きを引き受けやすい領域です。ただし出力内容は弁理士が確認したうえで配布する工程を置きます。
あなたは特許事務所の教育担当です。新人向けの技術基礎資料の
構成案を作成してください。
【テーマ】
{例: 情報基礎(情報理論・計算機工学・通信工学)の出願実務に
必要な最小知識}
【条件】
・章立てと各章の要点を箇条書きで出力すること
・各章に「出願実務で問われる場面」を1行ずつ添えること
・法令・審査基準の解釈には踏み込まず、技術的な整理に限ること
・出典が必要な記述には「要出典」と明記すること
・分量は資料20ページ相当を想定して必ず設計すること
第六の視点は、既存メンバーの分野カバー状況の可視化です。所属弁理士と技術者が、改正後の9つの選択問題のどこに対応できるかを、分野ごとの担当者名として書き出しておきます。空白の分野が見えたら、それが採用要件の出発点になります。
第七の視点は、時間軸の設定です。令和9年度の試験を受ける人が入所してくるのは、合格発表と実務修習を経たさらに先になります。採用計画を今年度の数字だけで動かすと、制度改正の影響を受けた層が入ってくる時期と噛み合いません。中期の採用計画に、この時間差を織り込んでおくことになります。
七つを通して見ると、生成AIが担うのは面接質問の下書き、教育資料の構成案、分野整理の補助といった準備作業です。誰を採るか、どの分野に投資するか、成果物の品質をどこで担保するかは、弁理士の判断で決まります。特許庁のAI活用の動きと合わせた業務影響は、特許庁のAI審査支援チームが弁理士に与える7つの論点で別途整理しています。
採用情報と教育データをAIに扱わせる前の守秘の線引き
採用と育成にAIを使うとき、扱うデータの性質が実務案件とは違います。応募者の職務経歴書、面接メモ、在籍者の評価記録。いずれも個人に紐づく情報であり、案件情報とは別の配慮が要る領域です。
弁理士の守秘義務は弁理士法第30条に置かれています。同条は、正当な理由なく業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らすこと、盗用することを禁じる規定です。採用情報が業務上知り得た秘密に含まれるかどうかの評価は、個別の事情を踏まえて有資格者が判断する領域になります。この記事はその判断を代替しません。
決めておきたい一つ目は、応募書類をAIに投入するかどうかです。職務経歴書を要約させる、複数の応募者を比較させるといった使い方は技術的には可能ですが、氏名や勤務先が含まれた文書をそのまま外部サービスへ送ることになります。要約が欲しいだけなら、個人を識別する情報を落としたうえで技術的な記述だけを渡すという選択肢があります。
二つ目は、使用するサービスの入力データの扱いです。主要な事業者は法人向けプランでの取り扱いを公開しています。OpenAIのエンタープライズ向けプライバシーに関する説明やAnthropicの商用利用規約は、契約内容を確認するときの出発点になります。事務所で契約しているプランがどれに当たるかを、契約書と突き合わせておくと説明しやすくなります。
三つ目は、出願案件の情報と採用情報を同じ環境に混ぜないことです。明細書の下書きに使っているプロジェクト空間へ、採用面接のメモを放り込む。この運用は、検索や参照の設計次第で意図しない横断参照を生みます。用途ごとに環境を分ける設計が、後から効いてきます。
規程に落とすとすれば、採用情報をAIに入力する際の匿名化の水準、利用を認めるサービスとプランの限定、出力を評価に用いる前の確認者、応募者データの保存期間と削除手順の四点が骨格になります。日本弁理士会が示している弁理士業務でのAI利活用に関する考え方を、事務所内ルールへ落とす作業と合わせて進める事務所もあります。個別の落とし込み方は、弁理士業務AI利活用ガイドラインを事務所内ルールにする手順で扱っています。
制度改正の読み違いで起きやすい3つの場面
一つ目は、廃止された選択問題を採用要件に書き続けてしまう場面です。求人票のテンプレートは一度作ると数年使われます。回路理論や流体力学といった名称が残ったまま募集を出すと、応募者側には、制度を把握していない事務所として映ります。回避策は、制度改正のタイミングで募集要項の技術分野の記述を棚卸しすることです。
二つ目は、統合を難化と読み替えてしまう場面です。選択問題が減ると範囲が広がって難しくなる、という直感は自然ですが、特許庁のリーフレットは基礎的な内容を中心にすることで難易度を調整する考えを示しています。実際の難度は出題を見るまで分かりません。合格者の質に関する前提を早合点で動かすと、採用基準が根拠を失います。
三つ目は、生成AIに応募者の順位づけをさせてしまう場面です。要約や論点整理と、採否の判断は別の作業です。出力された順位には根拠の説明が付かず、応募者から理由を問われたときに答えられません。AIの出力を判断材料の一つとして扱い、評価の記録は人の言葉で残すという線引きが要ります。
採用計画の見直しにかかる工数と、誰が持つか
この見直し自体に追加の費用はほとんどかかりません。かかるのは整理の時間です。案件構成と選択問題の紐づけ、求人票の記述の棚卸し、面接質問セットの整備。所属弁理士が十数名規模の事務所であれば、担当者一人で二日から三日程度を確保しておくと、ひととおり形になります。事務所の分野の広さで大きく振れるため、まず一分野で試してから全体を見積もるのが堅実です。
生成AIの利用料は、質問案や資料構成の下書き程度であれば一般的な法人向けプランの範囲に収まります。投資が必要になるのは、むしろ入所後の技術教育のほうです。外部研修に出すのか、社内で講師役を立てるのかで、年間の人件費の見え方が変わります。
体制面では、採用と教育を誰が持つかを決めておきます。特許事務所では所長や特定のパートナーが採用を兼務している例が多く、制度改正のような外部要因の反映が後回しになりがちです。年に一度、募集要項と教育計画を見直す時期を決めておくと、改正の反映漏れが起きにくくなります。
見落とされやすいのが、記録を残す工数です。面接の評価を人の言葉で残すという運用は、生成AIで効率化した分をそこへ戻す作業でもあります。質問の下書きに費やしていた時間が浮いたぶんを、評価の言語化に充てる。そう設計しておかないと、AIを入れた結果として記録が薄くなり、応募者への説明も過去の採用の振り返りもできなくなります。効率化した時間の行き先を決めておくことが、この種の導入では効きます。
選択科目の設計思想が示す、知財人材の輪郭の変化
今回の見直しから読み取れるのは、試験が測ろうとする技術理解の単位が、細分化された専門から基礎的な素養へ寄ったということです。通信工学が情報基礎へ吸収され、物理化学・有機化学・無機化学が一般化学へまとめられる。個別分野の深さは試験では測らず、基礎の上で実務を通じて育てるという建て付けに見えます。
事務所側から見ると、これは育成コストの所在が動く話です。試験が細かく測っていたものを事務所が測り、事務所が育てる。その前提に立つと、入所後の教育設計は採用競争力そのものになります。どの分野をどう伸ばせるかを具体的に語れる事務所と、語れない事務所の差が、応募者の目に見えやすくなることが論点になります。
もう一つは、生成AIとの役割分担です。基礎的な技術知識の補完は、AIが得意な領域に重なります。ただし明細書の記載要件や進歩性の組み立てはAIの出力をそのまま使える領域ではありません。基礎はAIで速く、応用は人で深くという分担が、教育設計の現実解として浮かび上がってくるはずです。
三つ目の論点は、事務所の採用ブランディングです。試験制度が技術の細部を測らなくなると、応募者は「入所後に何を学べるか」で事務所を比べるようになります。分野ごとの教育計画を外向きに言語化している事務所と、入ってみないと分からない事務所では、同じ待遇でも応募の集まり方が変わってくる可能性があります。制度改正は、事務所側の育成能力を可視化する圧力としても働きます。
よくある質問
選択問題はいつから9つになりますか
令和9年度の弁理士試験からです。特許庁の令和9年度から弁理士試験制度が変わりますは、令和9年度弁理士試験から現行15の選択問題を9とする見直しを行うと記載しています。
統合されると試験は難しくなりますか
同リーフレットは、見直しの対象となった選択問題については基礎的な内容を中心にすることで難易度を調整する考えだと述べています。実際の難易度は出題内容を見て判断することになるため、現時点では確定的な評価はできません。
学位による選択科目の免除は変わりますか
今般の改正による免除対象分野の変更はないとされています。ただし同リーフレットは、対象分野に例示される研究分野について、わかりやすさの観点等から適宜追加や整理を行うと記載しています。
廃止される選択問題はどれですか
同リーフレットの一覧では、流体力学、土質工学、回路理論が廃止の措置とされています。物理化学・有機化学・無機化学は一般化学へ、情報理論・計算機工学は通信工学を包含する形で情報基礎へ統合されます。
応募者の職務経歴書を生成AIで要約してよいですか
判断の前に確認したいのは、使用するサービスが入力を学習に使う設定になっているかどうかです。守秘義務の根拠は弁理士法第30条にありますが、採用情報の扱いをどう評価するかは事務所の状況を踏まえて有資格者が判断する領域になります。個人を識別する記述を落としてから投入する運用例が見られます。
求人票の技術分野の記述はいつ直せばよいですか
制度の内容が公表されている以上、次の募集の前に見直す事務所が出てくると見込まれます。令和9年度の試験を経た人材が入所するのは先になりますが、応募者は制度改正を知ったうえで求人を見ます。記述の古さは、事務所の情報感度として受け取られます。
AIに面接評価をさせている事務所はありますか
面接評価そのものをAIに委ねる運用は、判断の根拠を説明できない点が実務上の障害になります。質問案の作成や面接メモの整理といった準備・記録の工程にAIを使い、評価は人が行うという分担を採る事務所が多いようです。
情報基礎への統合は、ソフトウェア分野の採用にどう影響しますか
影響が出るとすれば、試験の名称から専門を読み取りにくくなる点です。特許庁のリーフレットによると、情報理論と計算機工学に通信工学を包含する形で情報基礎へ統合されます。通信を中心に学んだ人と、計算機工学を中心に学んだ人が同じ名称の下に並ぶため、専門の見極めは職務経歴と面接に寄せることになります。
参考文献
- 特許庁 令和9年度から弁理士試験制度が変わります(リーフレット)
- 特許庁 弁理士試験
- 特許庁 修士・博士等の学位に基づく論文式筆記試験(選択科目)の免除について
- e-Gov法令検索 弁理士法第30条
- OpenAI Enterprise privacy
- Anthropic Commercial Terms of Service
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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