人工知能基本計画とは、AIの研究開発と活用の推進について政府が定める法定の計画のことです。
AI基本計画を読んでも、士業事務所が明日から使える支援措置がそのまま書いてあるわけではありません。この記事では、計画のどの記述が事務所の投資判断や採用計画に効いてくるのかを一次資料から拾い、支援措置を探すときの入口と、事務所の年度計画に落とす5工程を示します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。内閣府の人工知能基本計画のページによると、計画は令和7年12月23日に初めて閣議決定され、令和8年7月14日に改定版が閣議決定されています。
第Ⅱ期の計画で、何が積み増されたのか
結論から書きます。第Ⅱ期の計画で強調されたのは、エージェント型AIへの適応と、組織の意思決定そのものを見直すAXという考え方です。
内閣府が公表した人工知能基本計画の概要は、第Ⅱ期のサブタイトルを日本AX、より強く、より豊かに、としています。冒頭に置かれた方向性は、急伸するエージェント型AIに適応して計算資源や電力から制度・政策まで実装能力を抜本強化すること、AIを前提として意思決定や業務の進め方を根底から見直すAIトランスフォーメーションを推進すること、人が人として創造すべき価値を探求して人間力を増進すること、信頼できるAIで社会全体を駆動することの4点です。
計画の骨格は、4つの原則と4つの基本的な方針で構成されています。原則は、イノベーション促進とリスク対応の両立、アジャイルな対応、挑戦と学習、内外一体での政策推進です。方針は、AI利活用の加速的推進、AI開発力の戦略的強化、AIガバナンスの主導、AI社会に向けた継続的変革の4本柱です。第Ⅰ期にあたる令和7年12月の計画では原則が3つでしたが、第Ⅱ期では挑戦と学習が加わっています(出典: 内閣府)。
士業事務所に関係する記述は、主に1本目と4本目の方針に散っています。1本目では、地方の伸び代を成長に転換するため、中堅・中小企業におけるAI導入と、AIを活用した地域密着型の新規事業の立ち上げを支援する方向が示されています。4本目では、中堅・中小企業や地方部を含めて各産業でAXを進めること、AI実装人材を質と量の両面から育成・確保すること、リ・スキリングの推進を含めた包括的な対策に取り組むことが挙げられています。
もう1つ見落とせないのが、社会全体のAXを推進する観点から、府省庁横断で法制度・ガイドライン・運用ルールについて抜本的な見直しを行うという記述です。士業の業務は、法令が定める手続と書式の上に成り立っています。手続そのものがAIを前提に組み直されれば、事務所の業務フローは受け身でも変わります。
計画の法的な位置づけも確認しておきます。人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第18条は、政府が人工知能基本計画を定めるものとすると規定しています。同法の基本的施策としては、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第10条が法制上または財政上の措置その他の措置を講ずるものとすると定め、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第14条が人材の確保等、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第15条が教育の振興等を定めています。支援措置の根拠は、この基本的施策の条文群と、それを具体化する各府省庁の事業に分かれて存在します。
3本目の方針であるAIガバナンスの主導にも、士業が読む価値のある記述が並びます。概要資料は、国民の権利保護や透明性・公正性を確保するため、行政事務におけるAI利活用時の留意点等を整理すること、AI利活用に伴う権利侵害に関する法的整理を含めて各種ガイドラインを整備することを挙げています。権利侵害が起きたときの責任分界についても、エージェント型AIを前提に継続的に検討すると記載されています。誰が責任を負うのかという問いが制度側で整理されていく過程は、顧問先から相談を受ける立場としては追っておく領域です。
知的財産の扱いも同じ方針の中にあります。概要資料は、適切な知的財産の保護と利活用につながる透明性を確保し、コンテンツホルダーへの対価還元等を推進すると記載しています。弁理士や、著作権を扱う弁護士・行政書士の業務に接続する論点です。制度が動く前に、顧問先の資産のうち何がAI学習の対象になり得るかを棚卸ししておくと、話が具体的になります。
AI新法そのものの読み方はAI新法の士業事務所への影響で扱っています。事業者が守る側のルールについてはAI事業者ガイドライン第1.2版を参照してください。
支援措置を探すときの5工程
先に結論を書くと、基本計画そのものに申請窓口は書かれていません。計画は方向を示す文書で、実際の支援は各府省庁の事業として別に立ちます。探す順番を間違えると、計画本文を何度読んでも申請先にたどり着けません。
工程1は、計画本文の中から自分の事務所に効く記述を抜き出すことです。抜き出す軸は3つで足ります。中堅・中小企業のAI導入に関する記述、人材育成とリ・スキリングに関する記述、制度や手続の見直しに関する記述です。事務所の規模で言えば、多くの士業事務所は中堅・中小企業の枠に入ります。
工程2は、抜き出した記述を所管する府省庁に当たりを付けることです。AI導入の支援は経済産業省と中小企業庁、人材育成とリ・スキリングは厚生労働省と経済産業省、行政手続の見直しはデジタル庁というのが大まかな対応です。基本計画の記述には担当府省庁が併記されている箇所があるので、そこを手掛かりにします。
工程3は、府省庁側の公募情報を確認することです。ここは計画ではなく、各府省庁の補助金・助成金のページを見ます。年度によって事業名が変わるため、前年度の名称で検索しても出てこないことがあります。制度の探し方はデジタル化AI導入補助金2026の申請支援で整理しました。
工程4は、事務所の投資計画と突き合わせることです。支援措置があるから導入するのではなく、導入したいものに支援措置が使えるかを見ます。順番を逆にすると、使わないツールを補助率で選ぶことになります。
工程5は、有資格者による最終判断です。申請書に書く事業内容は、事務所の業務そのものの説明になります。誰がどの業務をどう変えるのかを、資格に紐づく業務範囲と整合させて書くのは、代表者本人の仕事です。ここを外部に丸投げすると、採択後の実績報告で書いた内容と実態が合わなくなります。
この5工程は、支援措置を取りに行かない事務所でも意味があります。工程1と2だけを回して、政府がどの方向に予算と制度を寄せているかを把握しておくと、ツールの選定や採用計画の前提が変わります。補助金を使わずに自費で導入する場合でも、制度側が伸ばそうとしている領域と重なっているかどうかは、判断の材料になります。
工程1で使えるプロンプトの例を挙げます。計画本文のPDFからテキストを取り出して渡します。
あなたは士業事務所の補助者です。以下は政府の基本計画のテキストです。
この中から、次の3つの軸に当てはまる記述だけを抜き出してください。
軸A: 中堅・中小企業のAI導入に関する記述
軸B: 人材育成・リスキリングに関する記述
軸C: 制度・手続・ガイドラインの見直しに関する記述
出力形式:
軸 / 該当箇所の見出し / 記述の要旨(2文以内) / 担当府省庁の記載があれば併記
制約:
- テキストに書かれていない府省庁名を推測で補わないでください
- 補助金の名称や金額は、テキストに記載がある場合のみ書いてください
- 該当が無い軸は「該当記述なし」と明記してください
--- 計画テキストここから ---
(ここに貼り付け)
工程4で事務所の計画に落とすときは、業務単位で書かせると具体性が出ます。
以下は架空の税理士法人A(職員8名、顧問先120件)の業務一覧です。
先ほど抽出した政府の方針記述と突き合わせて、次を出力してください。
1. 方針記述に沿う形で見直せる業務と、その見直しの内容
2. その見直しに必要な投資項目(ツール / 研修 / 外部委託 の区分付き)
3. 有資格者の判断が残る工程
制約:
- 補助金が使えるかどうかの判断は書かず、「要確認」と記載してください
- 資格が必要な業務を無資格者やAIに割り当てる提案はしないでください
- 効果を数値で断定せず、確認方法を併記してください
--- 業務一覧ここから ---
(ここに貼り付け)
2本目のプロンプトで補助金の可否を書かせないのは、生成AIが制度名と要件を混同した出力を出しやすいためです。補助金の要件は年度ごとに変わり、学習データの時点とずれます。可否の判断は工程3で公募要領を見て行う部分です。
なお、計画の記述を事務所の業務に翻訳する作業そのものは、AIエージェントに任せられる範囲が広がっています。どこまで自律的に動かすかの線引きは士業のAIエージェント業務活用で扱いました。
計画を読んで動くときの、守秘義務と規程の論点
先に結論を書くと、基本計画を根拠に導入を進めるときほど、事務所の入力ルールを先に固める必要があります。導入の勢いがつくと、規程が後追いになるためです。
論点は3つです。1つ目は、計画本文や公募要領といった公開資料をAIに読ませる場面と、顧問先の資料を読ませる場面を、同じ運用にしないことです。前者は公開情報なので入力の制約は軽く、後者は守秘義務の対象になります。同じチャット画面で続けて作業していると、この境目は簡単に消えます。
2つ目は、申請書に書く内容です。補助金の申請書には、事務所の業務内容や顧客の属性を書く欄があります。顧問先が特定できる記述を含める場合、それは顧問先の情報の提供にあたる場面が出てきます。各士業の守秘義務の根拠は条文にあり、税理士法第38条は正当な理由がなくて税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、または窃用してはならないと定めています。弁護士法第23条は職務上知り得た秘密を保持する権利と義務を、社会保険労務士法第21条も同趣旨の規定を置いています。申請書の下書きをAIに作らせる場合、顧問先名を伏せた業種と規模の記述に留める運用が扱いやすくなります。
3つ目は、安全管理措置です。個人情報保護法第23条は、個人データの漏えい、滅失または毀損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を求めています。基本計画がAI利活用を後押しする方向であっても、この条文が要求する設計が緩むわけではありません。計画と法令は別の層にあり、計画を根拠に法令上の要求が下がるという読み方は成り立ちません。
事務所規程に落とすなら、公開情報と受任情報を分ける入力区分、申請書類の作成手順、外部ツールの利用記録の3点を書けば足ります。細かく書きすぎると運用されない規程になります。ローカルで動かすモデルを併用して、受任情報は外に出さない構成を採る事務所もあります。判断の基準はローカルLLMを士業事務所で運用するで整理しました。
計画を読み違えると起きる3つのこと
失敗の形は3つあります。
1つ目は、計画に書いてある施策を、すでに使える制度だと受け取ることです。基本計画は施策の方向を示す文書で、予算措置と公募は別に立ちます。計画に中堅・中小企業のAI導入支援と書いてあっても、それに対応する事業が今年度あるとは限りません。工程3で公募情報を確認する意味はここにあります。
2つ目は、計画の記述を根拠に、業務範囲の線引きが緩んだと解釈することです。計画には制度や運用ルールを抜本的に見直すという記述がありますが、見直しの結果がどうなるかは書かれていません。士業の業務独占に関する規律が今どうなっているかは、条文と各所管の公表資料で確認する領域です。
3つ目は、計画が毎年変わる前提を見落とすことです。概要資料は、この基本計画を当面毎年変更し、適切なベンチマークを設定してモニタリングすると明記しています。事務所の中期計画に計画の記述をそのまま引き写すと、翌年に前提が動きます。引用するなら、版と閣議決定日を併記しておくのが安全です。
3つに共通するのは、計画を読み物としてではなく、根拠として使おうとしたときに起きるという点です。根拠として使うなら、条文と公募要領まで降りる必要があります。
費用と工数と、事務所での持ち方
計画を読むこと自体に費用はかかりません。工数が発生するのは、翻訳と申請の部分です。
参考値として、計画本文と概要の読み込みに2時間、事務所の業務との突き合わせに2時間、投資項目の整理に1時間程度です。生成AIで抽出と突き合わせを行うと、この合計が半分程度に収まる事務所もあります。読むこと自体を省略するとかえって時間がかかるため、削るのは抽出と整理の部分です。
補助金の申請に進む場合は、工数の性格が変わります。公募要領の読み込み、申請書の作成、加点要件の確認、事後の実績報告まで含めて、参考値として20時間から40時間の幅で見ておくと計画が立ちます。金額と工数が見合うかは事業規模によります。採択後の報告義務まで含めて判断する箇所です。
体制は、情報収集と一次抽出をスタッフ、事務所の業務への翻訳と申請書の骨子を代表者、という分担が回しやすい形です。基本計画のような政策文書は、読んだ人と業務を決める人が同じでないと翻訳の精度が落ちます。抽出だけを外に出し、判断は内側に残す構成が現実的です。
投資の順番についても触れておきます。計画が押している方向に合わせて大きく張るより、事務所の中で工数が集中している業務から手を付けるほうが、回収は早くなります。政策文書は方向を教えてくれますが、どこにボトルネックがあるかは事務所ごとに違います。計画を読む目的は、投資先を決めることではなく、決めた投資先が制度の追い風に乗っているかを確認することだと考えると、読み方が定まります。
毎年更新される計画と、どう付き合うか
計画は当面毎年変更されます。事務所として付き合い方を決めておくと、更新のたびに読み直す負担が下がります。
現実的なのは、年に一度のタイミングを決めて、前年版との差分だけを見る運用です。第Ⅰ期から第Ⅱ期への変更で言えば、原則が3つから4つに増え、エージェント型AIへの言及が前面に出ました。差分を追うだけなら、概要資料の2つの版を並べれば足ります。
論点として残るのは、府省庁横断の制度見直しがどこまで士業の手続に及ぶかです。概要資料には、行政事務におけるAI利活用時の留意点等を整理することや、AI利活用に伴う権利侵害に関する法的整理を含めて各種ガイドラインを整備することが挙げられています。行政手続の側がAIを前提に組み替えられれば、申請代理を担う士業の業務フローも影響を受けます。制度が動いてから対応するのではなく、どの手続が見直しの対象になりそうかを追っておく価値がある領域です。
もう1つは、人材の話です。計画はAI実装人材の育成・確保と、全ての国民のリテラシー向上を並べています。事務所の採用要件にAIの利用経験をどう入れるか、既存の職員のリ・スキリングをどう設計するかは、補助金の有無とは別に決めておく必要があります。事務所内の情報検索や知識共有の作り方はMCPで士業事務所のシステム連携を設計するで扱いました。
最後に、計画が置いている人間力という語について触れておきます。概要資料は、創造力、批判的思考、判断責任など人間力の向上を図ることと、人とAIの役割分担の探究を挙げています。士業の仕事は、まさに判断責任を引き受けることで成り立っています。AIが下書きを担う範囲が広がるほど、最終的に名前を出して判断する部分の価値がはっきりします。計画の文言をそのまま事務所の標語にする必要はありませんが、どの工程で自分の判断が入っているかを説明できる状態にしておくことは、依頼者に対する説明としても機能します。
よくある質問
AI基本計画を読めば、使える補助金が分かりますか
分かりません。基本計画は施策の方向を示す文書で、具体的な補助金の名称や公募時期は各府省庁の事業として別に公表されます。計画で方向を掴んだうえで、所管の府省庁の公募情報に当たる順序になります。
第Ⅰ期と第Ⅱ期の計画は、どちらを見ればよいですか
最新版である令和8年7月14日閣議決定の第Ⅱ期を見ます。内閣府の人工知能基本計画のページでは、令和7年12月23日版が過去の計画として残されています。差分を追いたい場合は両方の概要資料を並べます。
士業事務所は中堅・中小企業の支援対象に入りますか
事業規模の要件は個々の事業の公募要領で定まるため、計画の記述だけでは決まりません。士業法人も事業者である以上、規模要件を満たせば対象になる事業はあります。業種要件で除外されている事業もあるため、公募要領の対象者の欄を確認する箇所です。
計画に書かれた制度見直しで、士業の業務独占はどうなりますか
計画は府省庁横断で法制度・ガイドライン・運用ルールを抜本的に見直すと記載していますが、見直しの内容までは書かれていません。業務独占に関する規律の現状は、各士業法の条文と所管府省庁の公表資料で確認する領域です。
AI基本計画は法律ですか
法律ではありません。人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第18条に基づいて政府が定める計画です。法律が計画の根拠を置き、計画が施策の方向を示し、各府省庁の事業が実施を担うという三層の構造になっています。
計画本文を生成AIに要約させてもよいですか
公開文書なので、入力自体の制約は軽い部類です。ただし要約だけを根拠に事務所の投資判断を決めると、原文の条件が落ちます。抽出と整理にAIを使い、判断に使う箇所は原文で確認する使い分けが実務的です。
補助金の申請書をAIに書かせても構いませんか
下書きに使っている事務所はあります。前提として、顧問先が特定できる記述を入力しないこと、事業内容の説明を有資格者が最終的に書き直すことの2点を運用として決めておきます。申請書は事務所の業務の説明そのものなので、外部に説明できる文章になっているかの確認は本人が行う部分です。
参考文献
- 内閣府 人工知能基本計画
- 内閣府 人工知能基本計画の概要(令和8年7月14日閣議決定)
- 内閣府 初の人工知能基本計画を閣議決定しました
- 内閣府 AI戦略
- e-Gov法令検索 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- e-Gov法令検索 税理士法
- e-Gov法令検索 弁護士法
- e-Gov法令検索 社会保険労務士法
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