AI関連発明の審査事例25件を出願実務に落とす 弁理士の確認6視点

特許庁が公表するAI関連技術の審査事例25件を出願実務に落とし込む6つの確認視点を解説。発明該当性から進歩性までの検討順序、学習データの記載範囲、事例の使い方を誤る3類型を整理します。

AI関連発明の審査事例25件を出願実務に落とす 弁理士の確認6視点

AI関連技術の審査事例とは、特許庁が発明該当性や進歩性の判断のポイントを示した事例集のことです。

顧問先から持ち込まれるAI活用の相談が、特許になる話なのかどうか。この見極めを、審査官が実際に示した判断のポイントに寄せて行うための材料が、特許庁の事例集として公表されています。本記事では、公表済みの事例を出願実務に落とし込む6つの確認視点と、明細書を書く前に固めておく手順を扱います。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。

事例が3度にわたって積み増されてきた経緯

特許庁がAI関連技術の審査事例を段階的に増やしてきたのは、判断の分かれ目が抽象的な基準の文言だけでは伝わらないからです。事例は基準の解説ではなく、基準を当てはめた結果の見本として置かれています。

特許庁の公表によると、AI関連技術に関する特許審査の事例は、平成29年3月に5事例が公表され、平成31年1月に10事例が追加されました。さらに知財推進計画2023の短期目標を踏まえ、令和6年3月13日付けで進歩性、記載要件および発明該当性に関する事例が10事例追加されています(出典: 特許庁 AI関連技術に関する特許審査の事例について、令和6年3月、更新日2026年5月25日)。累計で25事例が、審査ハンドブックに掲載される形で公開されています(出典: 同資料)。

この3つの区切りは、AIの使われ方の変化と対応しています。最初の5事例は、機械学習をどう請求項に書くかという段階の話でした。次の10事例で学習済みモデルや前処理の扱いが加わり、令和6年の10事例では創作過程におけるAIの利活用の拡大を前提とした論点が入っています。事例の数が増えたというより、審査官が見ている場所が移動してきたと読むほうが実務に近くなります。

法令上の枠は変わっていません。特許法第2条は、この法律における発明を、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものと定義しています。特許法第29条は特許の要件を定め、公然知られた発明などを除外したうえで、産業上利用することができる発明について特許を受けることができると規定しています。事例集が示しているのは、この条文の当てはめが具体的にどう動くかであって、条文そのものの変更ではありません。

弁理士事務所の側で問われるのは、顧問先の技術者が持ってくる説明を、この枠に合う記述へ翻訳する力です。技術者の説明はモデルの性能から始まることが多く、特許の枠組みでは後ろのほうに置かれる情報から入ってきます。この順序の組み替えが、出願実務の入口になります。

事例集の位置づけも押さえておきます。事例は審査ハンドブックに掲載される形で公開されており、審査基準そのものとは別の層にあります。基準が判断の枠組みを示し、ハンドブックの事例がその当てはめの見本を示すという構造です。顧問先に説明するときにこの層の違いを飛ばすと、事例に似ているから通るという受け取られ方をされます。

相談を受けてから出願方針を固めるまでの6視点

結論から言えば、確認する順序は発明該当性、課題と解決手段の対応、学習データの扱い、効果の裏付け、記載要件、進歩性の6つです。この順で潰すと、後の工程での手戻りが減ります。

視点1 何を自然法則の利用として書けるか

AIを使ったという事実だけでは、特許法第2条が定義する発明の枠に乗りません。ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資源を用いて具体的に実現されているかという観点で、請求項の書き方が問われます。顧問先の説明から、この観点で書ける要素を先に拾い出します。

実務では、顧問先の技術者に対して、汎用のモデルをそのまま使っている部分と、自社で工夫した部分を分けて説明してもらう問いかけが有効です。工夫した部分の説明が薄いまま出願に進むと、視点6の進歩性で戦う材料が残りません。

視点2 課題と解決手段が対応しているか

技術者が語る課題は、精度が低いという形で出てきがちです。精度が低いという課題に対して、精度を上げるモデルを使ったという解決では、対応関係が説明になっていません。どの入力の何を、どう処理したから、何が変わったのかまで分解します。

視点3 学習データの中身をどこまで書くか

学習データの選び方や前処理が発明の核である場合、そこを書かずに出すと権利範囲が薄くなります。一方で、顧問先の競争力の源泉がデータの作り方にあるなら、出願で公開する範囲は経営判断になります。この論点は技術部門ではなく経営層に上げる性質のものです。

視点4 効果の裏付けを実験データで示せるか

AI関連発明では、効果の主張が定性的になりやすい傾向があります。比較対象を何に取り、どの指標で、どれだけ差が出たかを、出願前に整理しておきます。ここが空だと、後の中間処理で反論の材料がありません。中間応答の設計は拒絶理由通知への中間応答をAIで組む 弁理士事務所の反論設計7工程で扱いました。

視点5 記載要件を満たす説明の粒度か

特許法第36条は、特許出願に際して願書に明細書、特許請求の範囲などを添付することを定めています。AI関連発明では、当業者が実施できる程度に書けているかという観点で、モデルの構造や学習の手順をどこまで具体化するかが論点になります。令和6年3月の追加事例にも記載要件に関する事例が含まれています(出典: 特許庁 AI関連技術に関する特許審査の事例について)。

視点6 進歩性の主張をどこに置くか

既存の手法にAIを適用しただけという整理をされると、進歩性の議論が苦しくなります。適用の困難性、予測できない効果、課題設定そのものの新しさのうち、どこで戦うかを出願前に決めておきます。決めてから明細書を書くと、記載の重心がそこに寄ります。

顧問先へのヒアリング設計は、AIに叩き台を作らせると抜けが減ります。

あなたは特許事務所の補助者です。AI関連発明の出願相談に向けたヒアリング項目を作成してください。
特許性の見通しや評価は書かないでください。聞くべきことの整理だけを行ってください。

【相談の概要】
(顧問先から届いた説明文を貼付。企業名・製品名は甲・A装置に置き換え済み)

【出力】
1. 発明の対象を特定するための質問(処理の入力・処理・出力を分けて)
2. ハードウエア資源との関係を確認する質問
3. 学習データの取得方法・前処理・量に関する質問
4. 効果の裏付けを確認する質問(比較対象・評価指標・測定条件)
5. 出願で公開する範囲について経営判断が要る論点の指摘
6. この説明文からは読み取れず、確認が必要な事項

明細書の下書きに入る前に、記載の抜けを別セッションで洗います。

あなたは点検の担当です。以下の発明説明書について、特許性の評価は一切行わず、
記載の抜けだけを指摘してください。

【チェック項目】
1. 入力・処理・出力のいずれかが特定されていない箇所
2. 効果の記載があるのに、比較対象または評価指標が書かれていない箇所
3. 用語が同一文書内で不統一な箇所
4. 実施例が請求項の全範囲をカバーしていない可能性がある箇所

【出力】
- 抜けている記載: (箇条書き)
- 不統一な用語: (箇条書き)
- 判定: 追加ヒアリングが必要 / 弁理士確認へ

6視点を通すと、相談の初回で出願方針の骨格が固まります。ここで固まらない案件は、技術がまだ動いている段階か、経営判断が済んでいない段階のどちらかです。前者なら時期を置く、後者なら経営層との場を設けるという振り分けができれば、初回相談の役割としては十分です。無理に出願に進めても、明細書の作成段階で止まります。

顧問先の技術情報をAIに入れる前に決める3つのこと

出願前の技術情報は、公開されていない情報の中でも扱いが重い部類に入ります。入力の可否は、業務の便利さとは別の軸で決める領域です。

弁理士法第30条は、弁理士または弁理士であった者が、正当な理由なく業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らし、または盗用することを禁じる規定を置いています。出願前の発明の内容は、この条文が想定する秘密の中心にあります。

第1に、新規性との関係を確認します。出願前の発明内容を外部のサービスに送信する行為が、公然知られた状態を生じさせないかという論点があります。特許法第29条は、特許出願前に日本国内または外国において公然知られた発明などを特許を受けられる発明から除いています。事業者との契約で守秘が確保されているかを、契約書の文言で確認する手順が採られています。日本弁理士会の弁理士業務におけるAIサービスの利用に関するガイドラインも、こうした判断の材料を示しています。

第2に、ツール側の学習利用の設定を契約単位で確認します。Anthropicの商用利用規約やOpenAIのエンタープライズプライバシーの説明が一次情報になります。所内で個人アカウントの併用を許すと前提が崩れるため、権限設計と合わせて決めます。所内の階層設計は士業事務所の生成AI権限設定 有資格者と補助者で分ける5階層のルールにまとめています。

第3に、顧問先への説明と記録です。委任契約や業務の説明書面に、生成AIを補助的に利用する範囲、入力するデータの種類、最終判断を弁理士が行う旨を書き添える運用が採られています。顧問先によっては出願前情報の入力を断る先があるため、案件情報に可否のフラグを持たせておくと、担当者が判断に迷いません。利益相反の確認については、弁理士法第31条が業務を行い得ない事件について定めを置いており、同一のツールに複数の出願人の技術内容を入力する運用では、履歴の管理と事務所の確認手順が噛み合っているかを見ておく形が現実的です。

事例の使い方を誤る3つの型

第1の型は、事例を基準そのものと取り違えることです。事例は判断のポイントを示す見本であって、当てはめの結論を保証するものではありません。似た事例があるという説明だけで顧問先に見通しを伝えると、後で説明が苦しくなります。

第2の型は、生成AIに事例の要約をさせて、そのまま実務判断の根拠にすることです。事例集はPDFで公開されており、AIに読ませること自体は有効な使い方ですが、要約の過程で条件が落ちます。特に発明該当性の事例は、請求項の書き方の細部で結論が変わるため、要約で扱える情報量を超えます。原典に当たる工程を人が持つ設計が要ります。

第3の型は、追加された時期を無視することです。平成29年の事例と令和6年の事例では、想定されているAIの使われ方が違います。古い事例の考え方をそのまま新しい技術に当てると、審査官の関心とずれます。事例を引くときは、いつ追加されたものかを併記する習慣が実務に効きます。

3つとも、AIの利用の有無にかかわらず起きる型です。ただし生成AIに事例を読ませる運用が増えると、第2の型が発生する頻度は上がります。明細書のドラフトそのものの品質管理は特許明細書のAIドラフト 弁理士が新規性喪失を防ぐ品質管理7工程で扱いました。

事例を引用して顧問先に説明するときは、事例の番号と追加時期をそのまま伝える形が安全です。事務所側で噛み砕いた表現に変えると、顧問先の社内で伝言されるうちに断定的な見通しへ変質します。原典の資料をそのまま渡し、どこを読んでほしいかを指定するほうが、後の齟齬が少なくなります。

事務所での運用と工数の見立て

工数がかかるのは、事例集を事務所内で使える形に整える最初の作業です。25事例をそのまま置いておいても参照されません。発明該当性、記載要件、進歩性の3区分で索引を作り、どの論点でどの事例を引くかの対応を作ると、日々の相談で使えるようになります。この作業は一度きりで、追加があったときに差分を足す形で維持できます。

日常の運用では、相談の初回で6視点のチェックを通し、そこで埋まらなかった項目を追加ヒアリングに回す流れが回しやすくなります。生成AIを使うとしたら、ヒアリング項目の生成と、発明説明書の記載の抜けの洗い出しが向いています。特許性の評価そのものをAIに委ねる設計は、事例の細部を扱えない以上、実務に耐えません。

体制としては、初回相談を弁理士が受け、整理を補助者が担う分担が一般的です。ここで注意したいのは、6視点のチェックが定型化するほど、なぜその視点で見るのかという理解が薄くなる点です。四半期に一度、実際の拒絶理由通知と出願時の判断を突き合わせる場を持つと、チェックリストが形骸化しません。

出願実務の次に来る論点

次に問われるのは、AIが生成に関与した発明の発明者の扱いです。特許庁は、AI技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方に関する調査研究を令和5年度と令和6年度に実施し、新規性・進歩性・記載要件の判断や発明者の認定に関する論点を有識者委員会で議論した結果を取りまとめています(出典: 特許庁 AI関連技術に関する特許審査の事例について)。現時点で実務が動く場面は限られますが、顧問先から質問が来る論点ではあります。

もう1つは、出願件数の増加と審査の関係です。特許庁の公表によると、2025年の特許出願件数は前年比16.8%増の358,317件でした(出典: 特許庁 特許行政年次報告書2026年版、2026年7月)。AI関連分野の出願がこの増加のどれだけを占めるかは公表資料での確認が要りますが、審査の現場でAI関連の判断が扱われる頻度が上がっている状況は読み取れます。

事務所として持っておきたいのは、事例集を読み込む時間を誰がどう確保するかの方針です。日々の期限業務に押されると、この種の投資は後回しになります。四半期ごとに事例の読み合わせを予定に入れてしまう事務所があるのは、そうしないと時間が取れないからです。

よくある質問

AI関連技術の審査事例はどこで公開されていますか

特許庁のウェブサイトで、審査ハンドブックに掲載されている全事例の全文をまとめたPDFと、追加分の説明資料が公開されています。平成29年3月に5事例、平成31年1月に10事例、令和6年3月13日付けで10事例が追加されました(出典: 特許庁 AI関連技術に関する特許審査の事例について)。

AIを使ったというだけで特許になりますか

なりません。特許法第2条は、発明を自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものと定義しています。AIの利用という事実ではなく、情報処理がどう具体的に実現されているかが問われる構造です。

学習データの内容は明細書に書くべきですか

事務所ではなく顧問先の経営判断として扱う論点です。データの作り方が競争力の源泉である場合、出願で公開する範囲は事業戦略と直結します。記載しないことで権利範囲が薄くなる可能性と併せて、経営層に上げる形が採られています。

生成AIに事例集を読ませてよいですか

事例集は公開されている資料なので、読ませること自体に守秘上の論点はありません。ただし要約の過程で条件が落ちるため、実務判断の根拠にするときは原典に当たる工程を人が持つ設計が採られています。

出願前の技術情報を生成AIに入力してよいですか

事務所として先に決めておく論点です。特許法第29条が特許出願前に公然知られた発明を除いていることとの関係で、契約上の守秘の確保を確認する手順が採られています。弁理士法第30条の守秘義務も併せて検討の対象になります。

事例のどこを見れば実務に使えますか

請求項の記載と、審査官が何を認定したかの対応関係です。結論だけを見ると、似た技術でも書き方が違えば結論が変わる理由が読めません。追加された時期も併せて記録すると、引用するときの精度が上がります。

事務所での勉強会はどのくらいの頻度が現実的ですか

四半期に一度、実際の拒絶理由通知と出願時の判断を突き合わせる形を取る事務所があります。頻度より、日々の期限業務に押されて消えない仕組みにすることのほうが効きます。

参考文献

なお、審査事例の公表時期・事例数および出願件数の数値は、特許庁のAI関連技術に関する特許審査の事例についてのページ(令和6年3月、更新日2026年5月25日)および特許行政年次報告書2026年版によります。同庁サイトは自動取得を制限しているため、本記事ではリンクを付けず出典表記のみとしています。

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本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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