AI学習を「労働の窃盗」と評した社内文書、士業事務所の著作権3論点

米国の著作権訴訟で黒塗りが外れ、AI学習のデータ収集を「労働の窃盗」と評した社内文書や、最大93%のクリック率減という分析が書面に引用されました。日本の士業事務所が読む著作権3つの論点を整理します。

AI学習を「労働の窃盗」と評した社内文書、士業事務所の著作権3論点

米国の著作権訴訟で、AI学習をめぐる社内文書の非公開部分が解除されました。

TechCrunchは2026年9月17日、ニューヨーク・タイムズがOpenAIとMicrosoftを相手取った著作権訴訟で、これまで黒塗りにされていた書面の一部が閲覧できる状態になったと報じました。そこに現れたのは、AI学習のためのデータ収集を社内で「窃盗」と表現した記述や、自社製品が報道機関のアクセスを奪っているという内部の分析でした。日本の事務所にとっては遠い国の裁判ですが、事務所が日々使っているツールが何を材料に作られているのかという問いに、直接つながる出来事です。

黒塗りが外れた書面に何が書かれていたか

今回明らかになったのは、原告側が裁判所に提出した書面に引用された、被告企業の内部文書やオンライン記録です。TechCrunchの報道によれば、Microsoftで応用科学ディレクターを務めるBrent Hechtが2023年1月の社内メモで、AI学習のためのデータ収集を「前例のない規模の驚くべき窃盗」であり「人類史上最大の労働の窃盗」と書いていたとされます。同じ人物が2024年1月の社内プレゼン資料で、Copilotの回答機能が引き起こす状況を「破滅のループ」と呼び、供給元である情報の作り手を痛めつければ自社モデルとウェブ全体の両方が傷むと指摘していたことも、書面に引用されています。

この訴訟は、2023年12月にニューヨーク・タイムズがニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所へ提起したもので、事件番号は1:23-cv-11195です。現在はIn re: OpenAI, Inc. Copyright Infringement Litigation(1:25-md-03143)として、ニューヨーク・デイリーニュースや調査報道センターの訴訟とともに、Sidney H. Stein裁判官のもとで併合審理されています。提出済みの被告側答弁書などは訴訟記録として公開されており、事件の枠組み自体は誰でも確認できる状態にあります。

読むうえで押さえておきたい前提があります。TechCrunch自身が記事中で、今回の新情報の多くは原告側の書面から出たものであって、その根拠となる証拠資料そのものは非公開のままであり、引用された言葉は元の文脈から切り離された形で示されている、と断っています。つまり現段階で確定しているのは「原告がそう主張し、その主張が公開された」という事実であって、裁判所の判断ではありません。

数字が示す「置き換え」という争点

書面に出てくる数字は、争点がどこにあるかをはっきり示しています。TechCrunchによれば、Microsoft自身のデータとして、Copilotの回答機能を経由した場合のニューヨーク・タイムズのドメインへのクリック率が、従来のBing検索と比べて最大93%落ちたと書面に引用されています。また、OpenAIの中間学習用データセットだけで、原告3社が公開した著作物の複製が91,692件を超えて含まれ、Common Crawl由来のデータセットにはnytimes.comだけで200万件を超える文書が入っていたとされます。MicrosoftとOpenAIの間でデータをやり取りしたとされる「Project Taxi」「Project Mango」という取り組みの名称も書面に現れ、Mangoのデータセットには報道各社の著作物が少なくとも160,903件含まれていたと主張されています。

なぜ数字が争点になるのかというと、米国で被告側が依拠しているフェアユースという枠組みが、その利用が元の著作物の市場を損なっていないかを検討要素に含むからです。同じTechCrunchが2026年9月2日に報じたとおり、米政府は今月、学習のための利用を擁護する意見書をこの訴訟に提出しています。政府が擁護に回る一方で、原告側は「置き換えが起きている」ことを社内資料で裏づけようとしている、という構図です。この意見書については米政府がAI学習は公正利用と法廷で主張 日本の士業が読む著作権3論点で整理しています。

日本の事務所が読む3つの論点

第一に、事務所が使っているAIの学習データの出所は、利用者の側からはほとんど見えません。今回これだけ具体的な数字や社内のやり取りが表に出たのは、訴訟の手続のなかで文書提出が行われたからであって、通常のツール選定で同じ情報が手に入るわけではありません。見えないものを見えないまま扱うのか、契約前にどこまで聞くのかは事務所ごとの判断になります。何をどう聞くかはAIツールのベンダーに何を聞くか 士業事務所の確認7項目と質問文にまとめてあります。

第二に、米国の議論をそのまま日本の結論に移すことはできません。日本では著作権法第30条の4に、著作物に表現された思想又は感情を享受することを目的としない利用について、情報解析の用に供する場合を含めて、必要と認められる限度で利用できるという規定が置かれています。同時に同条にはただし書きがあり、著作物の種類及び用途並びに利用の態様に照らして著作権者の利益を不当に害することとなる場合を除く、と書かれています。この規定の趣旨や適用の考え方は、文化庁が公表しているAIと著作権に関する考え方について(令和6年3月15日)に整理されています。フェアユースという一般条項で判断する米国と、条文と但し書きで枠を作る日本とでは、そもそも問いの立て方が違います。個別の事案がどちらの枠組みでどう評価されるかは、有資格者の判断領域です。米国側の判決の流れはAI学習と著作権|米国の3判決が分けた「学習」と「入手」の境界線で扱っています。

第三に、事務所は「学習される側」でもあります。ウェブサイトに置いた解説記事、コラム、書式の説明文は、誰かのデータセットに入りうる材料です。今回の書面で示された93%という数字は報道機関のドメインの話であって、士業事務所のサイトに同じ比率が当てはまるという根拠はありません。ただ、生成AIの回答画面で用が足りてしまえば元のページまで人が来ないという構造は、報道機関に限った話ではありません。顧問先への説明材料としては文化庁のAIと著作権チェックリストを顧問先に説明する7つの型が使えます。職種別では、日本弁理士会のAI利活用ガイドラインを事務所ルールに落とす7手順も参照できます。

法の女神像が天秤を掲げている様子

事務所が入力するデータの扱いは別の論点

今回の訴訟が扱っているのは、モデルを作る段階で何を材料にしたかという話です。事務所が日々の業務でAIに入力した文章がその後どう扱われるかは、これとは別の論点で、提供元のプランや契約形態によって設定が変わります。今回公開された書面からは、日本の事務所が使っている個別プランでの入力データの学習利用や保存期間は読み取れません。契約前に提供元のポリシーページで確認する項目です。

入力の場面では守秘の話が先に来ます。たとえば弁理士については、弁理士法第30条に、正当な理由がなく業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならない、という規定が置かれています。個別の入力や運用がこうした条文との関係でどう評価されるかは、有資格者の判断領域です。事務所としては、外部サービスに何を入れてよいかを決める作業と、そのサービスが何で作られているかを確かめる作業を、別々の工程として置いておくほうが整理しやすくなります。

今後の動き

この訴訟は原告側が略式判決を申し立てた段階にあり、Stein裁判官がどの範囲を裁判に進めるかを判断する局面に入っています。米政府が学習利用を擁護する意見書を出し、原告が社内文書で置き換えの実態を示そうとするという構図がそのまま続けば、判断の中身は日本の議論にも引用されていくと考えられます。日本側では、文化庁がAIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス(令和6年7月31日)を公表しており、立場ごとに何を確認するかの枠組みが示されています。海外の判断が出るたびに日本の条文が動くわけではありませんが、顧問先から質問が来る頻度は上がる見込みです。なお、書面の引用にあたっては著作権法第32条が引用の要件を定めており、事務所が資料を作る際にも関わってきます。

まとめ

米国の著作権訴訟で黒塗りが外れ、AI学習のためのデータ収集を社内で「窃盗」と表現した記述や、自社製品が報道機関のアクセスを最大93%奪ったとする分析が書面に引用されました。ただし公開されたのは原告側の主張であり、裁判所の判断ではありません。日本の事務所にとっての実務的な意味は、使っているツールの材料が見えないこと、日本には情報解析についての条文があって米国とは枠組みが違うこと、そして事務所自身が学習される側でもあることの3点に整理できます。

参考文献

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引用元: TechCrunch

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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