社労士向け生成AI活用ガイドブックとは、連合会が示すAI活用の手引のことです。
会が手引を出したことは知っているものの、事務所の運用にどう落とすかで止まっている。そんな状態を進めるために、この記事では社会保険労務士事務所が決めるべき7つの判断と、規程への落とし込み方を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、職能団体の情報は各会の公表資料で確認しています。全国社会保険労務士会連合会が社会保険労務士向け生成AI活用ガイドブックを公開したことは、各都道府県会からも会員向けに周知されています(出典: 福島県社会保険労務士会|社会保険労務士向け生成AI活用ガイドブックの公開及び研修システム講座の配信について)。
なお、ガイドブック本体および解説研修は会員向けに提供されているため、本記事はその内容を引き写すものではありません。原典は所属会経由で入手し、通読したうえで事務所の運用を組む段階になります。本記事が扱うのは、その前後で事務所が決めることです。
社労士業務で生成AIが刺さる場所と、刺さらない場所
結論から言えば、社会保険労務士の業務でAIが効くのは、文章を作る仕事と、資料を読む仕事です。逆に効きにくいのは、法令の当てはめが必要な判断と、数値が一円単位で正確でなければならない計算です。この2つを混ぜたまま導入すると、事故が起きます。
社労士の業務は、社会保険労務士法第2条に列挙されています。労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成、提出代行、事務代理、帳簿書類の作成、そして労務管理その他の労働および社会保険に関する事項についての相談・指導が並びます。このうち、申請書の作成と提出は様式と数値の世界であり、生成AIの得意分野とはずれます。一方、相談・指導の場面で使う説明資料、社内規程の下書き、研修資料の作成は、文章を組み立てる仕事であり、AIの適性と重なります。
具体的に見ていきます。就業規則は、条文の構成と表現の整合を確認する作業が多く、AIの下書きが効く領域です。労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者が就業規則を作成し行政官庁に届け出ることについて定めており、記載事項も同条に列挙されています。この列挙と依頼者の原案を突き合わせ、抜けを洗い出す作業は、AIに任せて社労士が確認する分担が組みやすい工程です。就業規則作成の設計は、士業のチカラの就業規則の作成とチェックにAIを使うで扱っています。
給与計算は、逆の性質を持ちます。労働基準法第108条は賃金台帳の調製について定めており、記載すべき事項は法令で決まっています。計算そのものは給与計算システムの仕事であり、生成AIに数式を解かせる場面ではありません。AIが効くのは、計算結果の異常値を見つける観点の整理、制度変更点の要約、従業員向け説明文の作成といった周辺です。この切り分けは給与計算の自動化とAIに整理しています。
手続業務も同じ構図です。電子申請の様式に値を入れる作業は既存システムの領域で、AIの出番は少なくなります。効くのは、依頼者からの問い合わせに答える文面の作成、必要書類の案内、社内向け手順書の整備です。社労士業務全体でのAIの当てどころは社労士のAI活用で扱っています。
事務所が決める7つの判断
第1の判断は、入力してよい情報の範囲です。社労士事務所が扱う情報は、氏名、生年月日、マイナンバー、給与額、健康に関する情報、家族構成と、個人情報の中でも取扱いに配慮を要するものが並びます。事務所として、これらのうち何を外部サービスへ入力しないかを具体名で列挙します。抽象的に個人情報と書くだけでは、現場で判断がぶれます。
第2の判断は、使うサービスと契約形態です。同じサービスでも、個人向けと法人向けで入力データの扱いが異なる場合があります。学習利用の有無、保存期間、管理者による履歴の閲覧可否を各社の公式ドキュメントで確認し、事務所として使ってよいものを指定します。確認の観点は生成AIの法人プランと学習利用の比較に整理しています。
第3の判断は、匿名化の基準です。相談内容を入力するとき、どこまで削れば入力してよいのかを決めます。実務では、企業名と個人名を除く、人数を範囲でぼかす、日付を月単位に丸めるといった機械的な基準を置いたうえで、加工後の文面を社労士が確認してから入力する運用が採られています。基準が機械的であるほど、担当者が代わっても揺れません。
第4の判断は、出力を使ってよい範囲です。生成AIは、改正前の金額や存在しない条番号を出力します。行政の様式や助成金の要件は改正が頻繁で、学習時点のずれがそのまま誤りになります。AIの出力を最終成果物として使わず、社労士が原典に当てて確認する工程をもれなく挟む形にします。原典は、法令であればe-Gov法令検索、行政の運用であれば厚生労働省の公表資料です。
第5の判断は、担当者の範囲です。社会保険労務士法第21条は、社会保険労務士が正当な理由がなく業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らし、または盗用することについて定めています。事務所の補助者や事務スタッフがAIを使う場合も、扱う情報は同じです。誰がどのサービスにアクセスできるかを権限として設計し、私物端末での利用の可否を決めます。私物端末の扱いは事務所のシャドーAI対策で整理しています。
第6の判断は、顧問先への説明です。労務相談の回答をAIで下書きしていることを伝えるかどうかは、事務所の方針によります。伝えている事務所では、使う工程と社労士が確認する工程を説明し、契約書に条項を置いています。説明の設計は依頼者へのAI利用の説明と告知で扱っています。
第7の判断は、業務範囲との関係です。社会保険労務士法第27条は、社会保険労務士または社会保険労務士法人でない者が、他人の求めに応じ報酬を得て一定の事務を業として行うことについての制限を定めています。顧問先が自社でAIを使って手続書類を作る場面が増えるなかで、事務所が提供する支援と、顧問先が自ら行う作業の線引きを契約で整理しておく必要が出てきます。
実務で使えるプロンプト例を挙げます。架空の企業を想定しています。
あなたは人事労務の文書作成を手伝うアシスタントです。
以下の条件で、就業規則の変更点を従業員へ知らせる社内通知文の
下書きを作ってください。
前提: A社(従業員40名、小売業)は、始業時刻を9時から
9時30分へ変更する。適用は次の賃金計算期間の初日から。
所定労働時間の総枠は変更しない。
条件:
1. 800字以内、敬体で書く
2. 変更点、適用開始、問い合わせ先の順に構成する
3. 法令の条番号は書かないでください
4. 手当や賃金への影響について、前提に書かれていない事項は
推測で書かず、「別途案内します」と記載する
3番目と4番目の指示が肝です。条番号を書かせないことで、架空の条文が通知文に紛れ込む経路を断ちます。前提に無い事項を推測させないことで、根拠のない説明が生まれるのを防ぎます。次に、就業規則の点検に使うプロンプトです。
あなたは社内規程の点検を補助する立場です。
以下に貼り付ける就業規則の目次と条見出しについて、
記載の抜けを洗い出してください。
(就業規則の目次と条見出しを貼り付け。本文は貼り付けない)
出力の形式:
1. 一般的な就業規則で置かれることが多い項目のうち、
貼り付けた目次に見当たらないものを列挙する
2. 各項目について、なぜ置かれることが多いのかを一行で書く
3. 法令上の要否については判断せず、
「社労士による確認が必要」とだけ書く
4. 貼り付けた内容から読み取れないことは推測しない
本文ではなく目次と条見出しだけを貼る設計にしているのは、入力する情報量を絞るためです。抜けの洗い出しはこの粒度で足り、条文本体を外部へ出さずに済みます。法令上の要否の判断をAIに書かせない指示も、社労士の工程を守るために置いています。
個人情報と守秘義務から見た規程の作り方
社労士事務所のAI規程が他士業と違うのは、扱う情報の大半が第三者である従業員の個人情報だという点です。顧問先の同意だけでは足りない場面が出てきます。
出発点は、個人情報の分類です。個人情報の保護に関する法律第27条は第三者提供について定めており、外部サービスの利用が委託に当たるのか提供に当たるのかは、契約と実態によって整理が分かれる論点です。事務所としては、顧問先との契約に外部サービスの利用と再委託に関する条項を置き、扱うデータの種類を書き出しておく形が扱いやすくなります。個人情報保護法の改正動向を踏まえた事務所側の対応は個人情報保護法 令和8年改正と士業事務所の生成AI対応で扱っています。
次に、マイナンバーの扱いです。社労士事務所は手続業務で個人番号を取り扱います。個人番号を含むデータを外部の生成AIへ入力する運用は、事務所として明確に禁止側へ倒しておくのが実務の相場です。禁止するだけでなく、入力しなくても業務が回るように、番号を含まない形で相談内容を整理する手順まで示しておくと定着します。
3点目は、健康情報や相談内容の扱いです。休職や復職、ハラスメントの相談では、本人の心身の状態に関する情報が出てきます。この種の情報は、匿名化しても文脈から個人が推測できる場合があります。事務所としては、相談事案の入力そのものを避け、一般論としての制度確認だけをAIに投げる運用が採られています。
4点目は、規程の構成です。禁止事項だけを並べた規程は運用されません。実務で回っているのは、入力してよい情報の範囲、使ってよいサービス、確認の必須工程、記録の保存先という4点を書き、判断に迷ったときの相談先を明記する形です。骨子の作り方は事務所のAI利用ガイドラインの作り方で扱っています。
5点目は、教育と記録です。会が提供する研修を受講した記録を残し、事務所の規程と照らして差分を確認する運用にしておくと、指針が改訂されたときの対応が軽くなります。補助者を含む全員が同じ理解に立っているかは、年に一度確認する形が現実的です。
6点目は、事故時の手順です。個人情報を含むデータを誤って入力した場合、入力内容と時刻とサービス名を記録し、履歴削除の可否を確認したうえで、顧問先への報告を行います。報告の要否と範囲の判断は事案によるため、手順書に書けるのは記録と初動連絡までです。
ありがちな失敗と回避策
第1の失敗は、助成金の要件をAIに聞いて答えてしまうことです。助成金は年度ごとに要件と支給額が変わり、生成AIの学習内容は古い情報を含みます。要件の確認は厚生労働省の公表資料と各労働局の案内で行い、AIは論点整理までにとどめる分担にします。
第2の失敗は、就業規則のひな形をAIに丸ごと作らせることです。出てきた条文は形が整っているため、そのまま使いたくなります。実際には、事業所の実態と合わない条項や、根拠の無い記述が混ざります。目次と抜けの洗い出しに使い、条文は社労士が組む形に切り替えます。
第3の失敗は、相談メールへの返信を下書きのまま送ることです。AIの下書きは断定的に書かれる傾向があり、法令の当てはめまで踏み込んだ文面が生成されます。送信前に社労士が読み、断定を避けた表現に直す工程を挟みます。
第4の失敗は、事務所内で使うサービスがばらけることです。担当者が各自の判断で無償のサービスを使い始めると、どこに何を入力したかを追えなくなります。使ってよいサービスを指定し、指定外を使う場合の申請ルートを用意しておく形が現実的です。
費用・工数・体制
費用面では、法人向けプランの利用者ごとの月額が中心です。社労士事務所の場合、まず就業規則と社内文書の作成を担当する数名に絞って導入し、削減できた時間を測ってから広げる進め方が説明しやすくなります。既存の給与計算システムや電子申請ソフトとの連携は、後から検討する順序で構いません。
工数の目安として、入力禁止情報の列挙と使ってよいサービスの指定に、所内の打ち合わせで半日から1日、規程への落とし込みに数日を見る形になります。運用開始後は、出力の確認工程が案件ごとに加わります。通知文や説明資料であれば、確認は文書1本ごとに数分から十数分の追加で収まる範囲です。
体制としては、下書きの作成と資料の整理を補助者や事務スタッフ、法令の当てはめと最終確認を社労士、という分担が動かしやすい形です。事務所全体での導入手順は士業事務所のAI導入の進め方に整理しています。
今後の論点
第一の論点は、会の手引の改訂です。生成AIの仕様も、労働関係の制度も、短い周期で変わります。事務所の規程を手引との差分で管理できる形にしておくと、改訂時の作業が軽くなります。
第二の論点は、顧問先の内製化です。企業の人事担当者がAIで規程の下書きや説明文を作る場面は増えています。持ち込まれた案の点検をどこまで業務範囲に含めるかは、契約設計として詰めていく領域になります。
第三の論点は、労務相談における記録の扱いです。面談の文字起こしや要約をAIで作る運用が広がると、記録の保存範囲と本人の同意が論点になります。議事録や文字起こしの業務への載せ方は士業のAI議事録・文字起こし活用で扱っています。
よくある質問
ガイドブックはどこで入手できますか
会員向けに提供されており、所属する都道府県会からの案内で入手できます。あわせて解説研修が研修システムで配信されている旨も周知されています。事務所の運用を作る前に、原典を通読する段階です。
顧問先の従業員データを生成AIに入力してよいですか
事務所として入力しない範囲を先に決める形が採られています。氏名や個人番号を含むデータは禁止側に倒し、相談内容は企業名と個人名を除いた形に加工してから扱う運用が実務では見られます。加工後の文面を社労士が確認する工程を置きます。
就業規則の作成をAIに任せられますか
抜けの洗い出しや表現の整合確認には使えます。条文そのものを組み立てる工程は、事業所の実態と法令の当てはめを伴うため、社労士が担う設計が採られています。労働基準法第89条が定める記載事項との突き合わせは、確認の起点になります。
助成金の要件をAIに聞いてもよいですか
論点の整理には使えますが、要件と支給額の確認は厚生労働省や各労働局の公表資料で行う運用が採られています。制度は年度ごとに変わり、生成AIの回答には古い情報が混ざります。
補助者にAIを使わせてよいですか
使わせている事務所があります。社会保険労務士法第21条は秘密に関する定めを置いており、補助者が扱う情報も同じ性質を持ちます。アクセスできるサービスと情報の範囲を権限として設計する形が前提になります。
顧問先にAI利用を伝える必要がありますか
伝えている事務所があります。使う工程と社労士が確認する工程を説明し、契約書に条項を置く形が採られています。事前に説明しておくと、後の照会や認識違いが減ります。
小規模事務所でも規程は必要ですか
必要になります。所長ひとりで運営していても、外部の記帳や事務の委託先が関わる時点で範囲の明示が要ります。入力してよい情報の範囲と、使ってよいサービスの指定という2点だけでも、文書にしておく価値があります。
参考文献
- e-Gov法令検索|社会保険労務士法
- e-Gov法令検索|労働基準法
- e-Gov法令検索|個人情報の保護に関する法律
- 全国社会保険労務士会連合会
- 福島県社会保険労務士会|社会保険労務士向け生成AI活用ガイドブックの公開及び研修システム講座の配信について
- 厚生労働省
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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