AI推進法とは、AIの研究開発と活用の推進策を定めた法律のことです。
AI推進法は、国の責務や基本計画と並べて、活用事業者の責務を第7条に置いています。この記事では、その条文の読み方と、士業事務所が自所のAI運用を点検するときの7つの論点を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は内閣府などの公表資料で確認しています。内閣府の公表によると、この法律は2025年9月1日に全面施行され、同年9月12日にはAI戦略本部の初会合が開かれました(出典:内閣府 AI法 全面施行 -次なるフェーズへ-)。
AI推進法の全体像と活用事業者という言葉の位置づけ
最初に、この法律が何を定めているのかを確認します。正式名称は、人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律です。第1条の目的規定は、人工知能戦略本部を設置することや、基本計画の策定その他の施策の基本となる事項を定めることを掲げています(出典:e-Gov法令検索 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第1条)。
条文の並びを順に見ると、国の責務は第4条、地方公共団体の責務は第5条、研究開発機関の責務は第6条、活用事業者の責務は第7条、国民の責務は第8条に置かれています(出典:同、e-Gov法令検索の各条)。つまり、事業者だけに義務を課す法律ではなく、国・自治体・研究機関・事業者・国民のそれぞれに役割を割り振る、いわば基本法型の構成です。基本法とは、個別の規制を直接定めるのではなく、施策の方向性と責務の枠組みを示す法律のことです。
続いて、肝心の第7条を見ます。条文は、人工知能関連技術を活用した製品やサービスを開発・提供しようとする者、その他の人工知能関連技術を事業活動で活用しようとする者を、活用事業者と定義しています。そのうえで、活用事業者は基本理念にのっとり、AIの積極的な活用で事業活動の効率化と高度化に努めるとともに、国や地方公共団体の施策に協力する、という趣旨を置いています(出典:e-Gov法令検索 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第7条)。
ここで押さえておきたいのは、条文の言葉の幅です。活用事業者の定義には、AIを開発・提供する者だけでなく、AIを事業活動で活用しようとする者も入っています。業種や規模による絞り込みは、第7条の条文上は書かれていません。したがって、士業事務所が業務に生成AIを使う場合に、この定義との関係が論点になり得ます。ただし、個別の事務所がこの定義に当てはまるかどうかの判断は、本記事では行いません。当てはめは、各事務所が自らの責任で、必要に応じて専門家に相談して行う領域です。
なお、この法律の条文全体を確認したところ、罰則や過料を定める条項は見当たりませんでした(出典:e-Gov法令検索 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律の全文)。罰則がない基本法だからといって、運用上の論点が消えるわけではありません。次の章以降では、条文が運用にどうつながるかを見ていきます。
第7条を事務所の運用に引き直す7つの論点
条文の趣旨を、士業事務所の運用に置き換えるとどうなるでしょうか。以下の7つは、条文そのものではなく、編集部が整理した運用上の論点です。ここから先は、事実と運用例を分けて書きます。
論点1は、事務所のAI利用状況の把握です。第7条は活用事業者に施策への協力を求める構造なので、将来、国や自治体から利用実態の調査や情報提供の依頼が来る場面も想定されます。国が情報収集や調査を基本的施策に位置づけていることは、総務省の資料にも整理されています(出典:総務省 国内動向報告(AI法等)、2025年12月2日)。そのとき、どの業務でどの生成AIを使っているかを答えられるかが、最初の分かれ目です。
論点2は、基本理念との関係です。第3条は、AIの適正かつ効果的な活用によって行政事務と民間の事業活動の著しい効率化と高度化をもたらすことを基本理念に掲げています(出典:e-Gov法令検索 同法第3条)。この理念は、事務所にとって、AIを使わないことを選ぶ場合の説明にも、使う場合の説明にも関わります。理念と事務所の方針の間に矛盾がないか、所長が自分の言葉で説明できる状態にしておくのが運用例です。
論点3は、適正性の確保です。第13条は、国が国際的な規範の趣旨に即した指針の整備その他の必要な施策を講ずる旨を定めています(出典:e-Gov法令検索 同法第13条)。事務所側から見ると、国の指針が整うほど、自所の規程の根拠として参照できる資料が増える形になります。既存のAI事業者ガイドラインを事務所規程に反映する手順は、AI事業者ガイドラインを事務所規程に反映する手順で整理しています。
論点4は、連携です。第9条は、国、地方公共団体、研究開発機関、活用事業者が相互に連携して協力することを念頭に、連携強化の施策を講ずるとしています(出典:e-Gov法令検索 同法第9条)。事務所の側では、職能団体の研修やガイドラインを情報源として継続的に追う体制が、連携の入口になります。
論点5は、人材の確保と教育です。第14条は人材の確保・養成、第15条は教育の振興を、国の施策として挙げています(出典:e-Gov法令検索 同法第14条、第15条)。事務所内では、所員のAIリテラシーをどの水準まで揃えるかが論点になります。研修の設計は、国の施策とは別に、事務所が自前で進められる部分です。
論点6は、基本計画の動向です。内閣府の公表によると、人工知能基本計画は令和7年12月23日に最初の閣議決定があり、令和8年7月14日に改定版が閣議決定されています(出典:内閣府 人工知能基本計画)。計画の版が変わるたびに、事務所が参照する資料の版も更新する必要があります。計画の読み方は、AI基本計画を事務所の支援策として読むとAI基本計画第Ⅱ期の7論点にまとめています。
論点7は、記録の残し方です。国の調査や顧問先からの問い合わせに備えて、どの業務にどのAIを使ったかを記録しておく運用です。記録は、後述する守秘義務の観点からも、事務所の説明責任の面からも役立ちます。
活用状況を棚卸しする5ステップ
論点を実務に落とすために、AI利用の棚卸しを進める手順を示します。所員が数名から十数名の事務所を想定した運用例です。
ステップ1は、用途の洗い出しです。所員にヒアリングして、いま使っている生成AIと用途を一覧にします。会社が契約したツールだけでなく、個人アカウントで使っているものも含めます。入力は所員の回答、返ってくるのは用途の一覧です。
ステップ2は、入力データの分類です。用途ごとに、顧問先の個人データや秘密を入力しているかどうかを分けます。入力しない用途、匿名化して入力する用途、入力する用途の三つに分けると、後の規程づくりが楽になります。
ステップ3は、ベンダー条件の確認です。入力データを学習に使うか、保存期間はどうか、法人向けの管理機能があるかを、各ベンダーの公式ドキュメントで確認します。確認した日付と版を残しておきます。比較の観点は、生成AIの法人プランと学習利用の比較でも整理しています。
ステップ4は、有資格者による確認です。AIの出力を顧問先に渡す用途では、有資格者が最終確認する工程を、台帳に明記します。誰が、いつ、何を確認したかを残します。この工程は、AIに任せられない部分の線引きそのものです。
ステップ5は、見直しの頻度の設定です。ベンダーの規約や機能は頻繁に変わります。四半期に一度などの周期を決め、所長が台帳を見直した日付を残します。
棚卸しの整理には、生成AIも使えます。次のプロンプトは、ヒアリング結果の整理用の例です。入力するのは架空の回答のみで、実在の顧問先情報は入れません。
あなたは士業事務所のAI利用棚卸しの補助です。
架空の事務所「甲事務所」の所員ヒアリング結果(下に貼り付け)を読み、
次の3つに整理してください。
1. 用途の一覧(ツール名、用途、入力する資料の種類)
2. 顧問先の秘密や個人データを入力している可能性がある用途の候補
3. 所長に確認を依頼したい事項
断定は避け、判断が必要な箇所は「要確認」と書いてください。
貼り付けた文章にない事実は補わないでください。
【ヒアリング結果】
(ここに架空の回答を貼り付け)
次のプロンプトは、ベンダー条件の確認表を作るための例です。ベンダーの公式ドキュメントの該当部分を貼り付けて使います。
以下は、ある生成AIサービスの公式ドキュメントから抜き出した文章です。
次の観点で、記載されている内容だけを整理してください。
- 入力データを学習に使うか
- データの保存期間
- 法人向けの管理機能の有無
- 記載がなく確認できない項目(「要確認」と明記)
文章にない内容は推測せず、原文の該当箇所を引用して根拠を示してください。
【ドキュメントの抜粋】
(ここに貼り付け)
守秘義務と個人情報保護の観点で押さえる論点
AI推進法は、守秘義務を直接定めた法律ではありません。ただ、活用事業者として生成AIを使うなら、守秘義務との関係は避けて通れない論点です。この章では、条文の引用に留めて整理します。
士業ごとの守秘義務の根拠規定は、それぞれの業法に置かれています。弁護士法第23条は、職務上知り得た秘密を保持する権利と義務を定めています(出典:e-Gov法令検索 弁護士法第23条)。税理士法第38条、公認会計士法第27条、司法書士法第24条、行政書士法第12条、社会保険労務士法第21条、弁理士法第30条にも、それぞれ秘密を守る義務の規定があります(出典:e-Gov法令検索 税理士法第38条、公認会計士法第27条、司法書士法第24条、行政書士法第12条、社会保険労務士法第21条、弁理士法第30条)。
生成AIに顧問先の情報を入力する行為が、これらの規定との関係でどう評価されるかは、使うサービスの条件や入力する情報の内容によって変わります。評価は、各士業の職能団体の見解や、個別事案を踏まえた有資格者の判断に委ねられる領域です。本記事では、評価の結論は示しません。
個人データを扱う場合は、個人情報保護法の論点も重なります。同法第25条は、個人データの取扱いを委託する場合に、委託先への必要かつ適切な監督を行う旨を定めています(出典:e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律第25条)。同法第27条は、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供することを、原則として制限しています(出典:e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律第27条)。生成AIへの入力が、これらの規定のどちらの枠組みで論点になるかは、サービスの契約形態によります。
事務所規程に落とす場合の運用例を、いくつか挙げます。まず、入力してよい情報の区分を、事務所として文書で定める運用があります。次に、顧問先への説明と同意の取り方を、契約書や説明資料に反映する運用があります。さらに、学習利用の設定を確認する担当者と、その確認日を決める運用があります。具体的な設定手順は、生成AIに学習させない設定の手順で整理しています。顧客情報の入力リスクの全体像は、顧客情報を生成AIに入力するリスクも参照してください。
職種ごとに変わる論点の置きどころ
同じAI推進法の枠組みでも、職種によって、事務所が気にする場所は変わります。ここでは、業務の性質から見た論点の置きどころを、運用例として整理します。条文の当てはめではなく、点検の入口の違いとして読んでください。
弁護士事務所では、依頼者の秘密と、書面に載る法的主張の正確性が中心になります。弁護士法第23条が秘密保持を定めていることは前の章で確認しました。生成AIに事案の概要を入力する場合、匿名化の水準と、入力先サービスの学習利用の設定が、最初の点検項目になります。出力に含まれる判例や条文は、原典で確認する工程を台帳に明記する運用が考えられます。
税理士事務所と公認会計士事務所では、顧問先の財務データや個人番号の取扱いが論点になります。数値をAIに読ませる場合、入力する範囲を、集計済みの数字に絞るか、個別の取引明細まで含めるかで、リスクの重さが変わります。出力された数値や計算結果は、元の帳簿と突き合わせる工程を置くのが運用の基本です。
司法書士事務所と行政書士事務所では、官公署に提出する書類の下書きが主な用途になります。下書きの作成にAIを使う場合でも、書類の内容を確認し、提出の責任を負うのは有資格者です。ここでの運用例は、AIの出力を下書きと位置づけ、有資格者の確認印に相当する記録を残すことです。
社会保険労務士事務所では、従業員の個人情報や、病歴などの要配慮個人情報を扱う場面があります。要配慮個人情報は、通常の個人データよりも慎重な取扱いが論点になります。AIに入力する前に、入力が必要かどうかを、まず問い直す運用が考えられます。
弁理士事務所では、出願前の発明の内容が、最も慎重に扱うべき情報になります。出願前の情報が外部に出ることの影響は、他の職種とは性質が異なります。入力先の条件を厳しく見る運用や、出願前の情報はAIに入力しない運用を採る事務所があります。
中小企業診断士の場合は、顧問先の経営データや事業計画が主な入力対象です。補助金の申請書類を扱う場面では、行政書士業務との線引きも論点になります。線引きの考え方は、行政書士法の改正と補助金申請の独占業務の記事が参考になります。
こうして並べると、どの職種でも共通する骨格があります。入力する情報の区分を決めること、有資格者が最終確認すること、確認した記録を残すことの三点です。AI推進法の活用事業者という言葉は、この骨格を事務所の言葉で説明できるようにする、きっかけとして使えます。
失敗例と回避策
法律の読み方を誤ると、事務所の運用に歪みが出ます。起こりやすい失敗を三つ挙げます。
一つ目は、基本法の責務規定を、具体的な義務や罰則の根拠のように扱ってしまうことです。たとえば、顧問先への説明資料に、法律上の義務であるかのような書き方をすると、読み手に誤解を与えます。回避策は、条文を引用するときに、条文の言葉をそのまま使い、自分の解釈を混ぜないことです。
二つ目は、棚卸しをせずに規程だけを作ることです。実態と規程が乖離すると、規程があること自体が、かえって説明の負担になります。回避策は、先に利用実態を把握し、規程はその実態に合わせて段階的に作ることです。
三つ目は、個人アカウントでの利用を放置することです。事務所が把握していないツールに顧問先の情報が入力されると、後から追跡できません。回避策は、個人利用の申告を促す運用と、事務所として使えるツールの選択肢を用意することです。
費用・工数・体制の目安
棚卸しと規程づくりに、どれくらいの工数がかかるかを考えます。以下は、数名規模の事務所を想定した、編集部の目安です。
ヒアリングと用途の一覧づくりは、所員への聞き取りを含めて数時間から半日程度が一つの目安です。ベンダー条件の確認は、ツールの数に比例して増えます。規程の初版づくりには、所長のレビューを含めて数日を見込む運用が現実的です。費用面では、既存のAIツールと共有フォルダで足りることが多く、新規の購入は必須ではありません。工数の数字は事務所によって大きく変わるため、一度試して実測し、次回以降の計画に使う運用が現実的です。
体制では、台帳の更新担当と、所長による定期レビューの二層を置く運用が考えられます。担当者が一人に偏ると、退職や異動で止まります。複数名で持つ形が無難です。
今後の展望と編集部の考察
今後の論点は、国の指針や基本計画が、事務所の運用にどこまで具体的な参照先を提供するかです。内閣府の公表では、AI戦略専門調査会での有識者への意見聴取を行いながら、基本計画の策定や指針の整理に向けて活動していく方針が示されています(出典:内閣府 AI法 全面施行 -次なるフェーズへ-)。
編集部の見立てとして、基本法型の枠組みは、個別の規制が追加されるまでの間、事務所が自主的に整える規程の方向性を決める土台になります。罰則がないことは、運用の重みが軽いことを意味しません。むしろ、事務所が自分の言葉で説明できるかどうかが、顧問先との信頼に直結する局面が増えていくと見ています。この見立ては編集部の考察であり、公表資料から直接導かれる結論ではありません。
よくある質問
AI推進法の活用事業者に、士業事務所は含まれますか。
この記事では、含まれるかどうかの結論は示しません。第7条は、AIを事業活動で活用しようとする者を活用事業者としており、業種による絞り込みは条文に書かれていません。個別の事務所への当てはめは、条文の原文と公表資料を確認したうえで、各事務所が判断する領域です。
活用事業者の責務に、罰則はありますか。
編集部が確認した範囲では、法律の全文に罰則や過料の条項は見当たりませんでした。ただし、個別の業法や個人情報保護法など、他の法令には別の規定があります。他の法令との関係は、各法令の原文で確認してください。
国の調査には、どのように協力するのですか。
総務省の資料は、国が情報収集や調査を基本的施策に位置づけていることを整理しています。具体的な協力の方法は、今後の施策や通知の内容次第です。事務所としては、利用状況を説明できる状態にしておくことが準備になります。
生成AIを使わない選択をした場合は、どうなりますか。
条文は、AIの積極的な活用に努めるという趣旨を置いています。条文の言い回しと事務所の方針の関係は、個別の判断に委ねられます。使わない場合も、その理由や代替の業務設計を、所長が説明できるようにしておく運用があります。
事務所規程には、何から書き始めればよいですか。
まず、入力してよい情報の区分と、有資格者による確認工程の二点から始める運用が取りやすいです。その後、利用ログの扱いや見直し頻度を足していきます。
条文の引用は、どう確認すればよいですか。
e-Gov法令検索で、法令名と条番号を検索して、原文を開いて確認します。記憶や二次情報の条番号は使わないことが、基本の運用です。
参考文献
- e-Gov法令検索 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律
- 内閣府 AI法 全面施行 -次なるフェーズへ-
- 内閣府 人工知能基本計画
- 総務省 国内動向報告(AI法等)
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- e-Gov法令検索 弁護士法
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。
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