就業規則の改定漏れを防ぐ 社労士がAIと回す反映7工程

複数の法改正を1つの就業規則へ漏れなく反映する7工程を整理。厚生労働省のモデル就業規則と規定例の使い方、生成AIによる差分抽出の噛ませ方を社労士事務所向けに解説します。

就業規則の改定漏れを防ぐ 社労士がAIと回す反映7工程

就業規則の改定反映とは、法改正の内容を規則本文へ落とす作業のことです。

改正が1つずつ来る年なら、就業規則の改定も1つずつ済みます。ところが2026年前後は、育児・介護休業法の施行対応、社会保険の適用範囲、カスタマーハラスメント対応、障害者雇用の枠組みなど、性格の異なる改正が重なりました。この記事では、複数の改正を1つの就業規則へ漏れなく落とすための7工程と、生成AIをどこに噛ませるかを整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。

改正が重なる年に就業規則で起きること

複数の改正が同じ年に走ると、就業規則で起きる問題は改正内容の理解ではなく、反映漏れです。個々の改正は社労士なら把握していますが、規則本文のどの条にどう落とすかは条文ごとに分かれており、束ねる作業が別途必要になるためです。

反映先の土台になるのが、厚生労働省が公開しているモデル就業規則です。最新版は労働基準局監督課による令和7年12月版で、PDFとWord形式で公開されています(厚生労働省 モデル就業規則 令和7年12月版)。同版では、国会または地方議会の議員に立候補するための休暇に関する規程例が追加され、犯罪被害者等の被害回復のための休暇などその他の特別休暇の紹介も加えられています。改定の頻度が上がっている以上、顧問先ごとの規則がどの版を土台にしているかを把握しておく形が実務的です。

育児・介護休業の領域には、専用の規定例が別立てで用意されています。厚生労働省の育児・介護休業等に関する規則の規定例は詳細版が令和8年3月作成で、令和7年4月1日および10月1日施行対応版として案内されています(厚生労働省 育児・介護休業等に関する規則の規定例)。同ページには規定例のほか、社内様式例、労使協定の例、個別周知・意向確認書の記載例までがWord形式で並んでいます。ゼロから条文を書き起こすより、この規定例との差分を取るほうが速く、抜けも減ります。

改定の手続きにも条文上の枠組みがあります。労働基準法第89条は、常時十人以上の労働者を使用する使用者について、就業規則の作成と行政官庁への届出を定めており、変更した場合も同様としています(e-Gov法令検索 労働基準法第89条)。同法第90条は、作成または変更について、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合、それがない場合は労働者の過半数を代表する者の意見を聴くことと、届出に意見書を添付することを定めています(e-Gov法令検索 労働基準法第90条)。さらに同法第106条は、就業規則などについての周知に関する規定を置いています(e-Gov法令検索 労働基準法第106条)。本文を直して終わりではなく、意見聴取・届出・周知までが1セットになる構造です。

個別の改正内容については、これまでにも整理してきました。社会保険の企業規模要件は社会保険の企業規模要件は2027年10月に36人以上へ 社労士が組む10年ロードマップ、安全衛生分野の段階施行は改正安衛法の個人事業者ルールは2027年4月から 社労士が組む段階施行7チェックにまとめています。本記事はそれらを規則本文へ束ねる側の工程を扱います。

複数改正を1つの規則へ束ねる7工程

第1工程は、顧問先ごとに現行規則の版を確定させることです。事務所の共有フォルダにある規則が最新かどうかは、顧問先の手元にある版と突き合わせないと分かりません。改定日と届出日を表紙に記録していない規則は珍しくないため、まず版を確定させます。ここが曖昧なまま改定に入ると、既に反映済みの内容を二重に足す事故が起きます。

第2工程は、対象となる改正を年月順に並べた台帳を作ることです。改正名、施行日、影響する規則の条、必要な手続き(意見聴取・届出・周知のどれが要るか)を並べます。改正ごとに担当者の頭の中にある状態から、事務所として共有できる表に出すのがこの工程の目的です。顧問先の業種や規模で対象外になる改正もあるため、顧問先ごとに該当・非該当の欄を持たせます。

第3工程は、モデル就業規則および育児・介護休業の規定例との差分を取ることです。現行規則と規定例を並べ、条ごとに一致・不一致・該当条なしを判定します。ここは機械的な突き合わせなので、生成AIの一次スクリーニングが効きます。ただし、不一致が改定漏れなのか、その顧問先固有の設計なのかは人間の判断です。AIには差分の抽出までを任せます。

第4工程は、改定案の条文を書くことです。規定例をそのまま使える箇所と、顧問先の実態に合わせて調整する箇所を分けます。調整が必要なのは、休暇の付与単位、対象範囲、申出手続きなど、顧問先の運用に依存する部分です。ここを規定例のまま入れると、実際の運用と規則がずれます。

第5工程は、意見聴取と届出の段取りを組むことです。労働基準法第90条は意見聴取と意見書の添付を定めているため、過半数代表者の選出手続きから逆算して日程を引きます。施行日直前に慌てると、選出手続きが形式的になりがちです。改定案の確定から施行日までに2週間程度の余裕を見ておく形が現実的です。

第6工程は、周知の方法を決めることです。労働基準法第106条は周知に関する規定を置いています。掲示、書面交付、社内システムでの閲覧のいずれで行うか、実際に従業員が見られる状態になっているかを確認します。ファイルサーバーに置いただけで、権限がなくて開けない従業員がいる、という状態は避けたいところです。

第7工程は、改定履歴を残すことです。どの改正に対応してどの条を直したかを1枚にまとめ、規則本体とセットで保管します。次の改定時に第1工程の版確定が楽になり、顧問先の担当者が代わったときの説明材料にもなります。

差分抽出に使えるプロンプトの例を挙げます。実在の顧問先名は入れず、匿名化した条文で試してください。

あなたは就業規則の突き合わせを補助するアシスタントです。
以下の「現行規則」と「規定例」を条ごとに比較し、差分を整理してください。

出力形式:
- 規定例の条番号 / 規定例の要旨 / 現行規則の対応条 / 判定(一致・不一致・該当条なし)/ 差分の内容

注意:
- 改定が必要かどうかの結論は書かないでください。差分の抽出までを行ってください。
- 対応条が特定できない場合は「特定不可」と明記してください。
- 現行規則に存在しない条番号を出力しないでください。

【現行規則】
(匿名化した現行条文を貼り付ける)

【規定例】
(厚生労働省の規定例から該当箇所を貼り付ける)

改定案の読みやすさを点検する用途でも使えます。

あなたは規程文書の校正を補助するアシスタントです。
以下の改定案について、次の観点で指摘してください。

観点:
1. 同一の概念に異なる語が使われている箇所
2. 主語が省略され、誰の行為か読み取りにくい箇所
3. 他の条を参照しているが、参照先の条番号が本文と整合しない箇所
4. 一文が長く、二読しないと意味が取れない箇所

注意:
- 内容の妥当性は判断しないでください。表記と可読性の指摘に限定してください。
- 指摘には該当箇所の引用を必ず添えてください。

【改定案】
(改定案の条文を貼り付ける)

どちらもAIの役割は候補出しに限定しています。第3工程で抽出された差分の採否も、第4工程の条文の内容も、社労士が決めます。この線引きを手順書に明記しておくと、補助者に任せられる範囲が明確になります。

7工程を通す順序にも理由があります。第1工程の版確定を先頭に置いているのは、土台がずれたまま差分を取っても意味がないためです。現行規則だと思っていた文書が2年前の版だった場合、そこから抽出した差分はすべて疑わしくなります。第2工程の台帳を第3工程より前に置いているのも同じ構造で、どの改正を対象にするかが決まっていないと、差分のどれが今回の対象かを判定できません。逆に、第5工程以降の手続きは順序を入れ替えても大きな支障は出ませんが、日程の逆算だけは先にやっておく形が安全です。過半数代表者の選出に日数がかかる顧問先では、本文の完成を待ってから動き出すと施行日に間に合いません。

事務所の規模による違いもあります。担当者がひとりで数十社を見ている事務所では、台帳を顧問先横断の1つのファイルにまとめ、改正を行、顧問先を列にして俯瞰する形が向いています。担当者が複数いる事務所では、顧問先ごとに台帳を分け、担当者が自分の受け持ちだけを見る形のほうが更新されます。どちらが正しいということではなく、更新が続く形を選ぶのが要点です。台帳は作った時点ではなく、次の改正で開かれた時点で価値が出ます。開かれない台帳は、作った工数がそのまま損失になります。

顧問先の規則をAIに入れる前に決めること

就業規則そのものは、賃金体系や人事制度の設計が読み取れる文書です。生成AIに入力する前に、事務所として決めておく事項があります。

まず、入力するデータが学習に使われるかどうかの確認です。事務所が契約しているプランの条件を確認します。OpenAIは法人向けの利用について、業務データを既定では学習に使用しない旨をプライバシーに関するページで説明しています(OpenAI Enterprise privacy)。個人アカウントの無料プランと法人契約では条件が異なるため、事務所として使うツールと契約形態を台帳で押さえておく形が実務的です。

次に、守秘義務の根拠条文を担当者が言えるようにしておくことです。社会保険労務士法第21条は、開業社会保険労務士または社会保険労務士法人の社員が、正当な理由がなくて、その業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、または盗用してはならない旨を定めています(e-Gov法令検索 社会保険労務士法第21条)。同条は、開業社会保険労務士または社会保険労務士法人の社員でなくなった後についても同様と定めています。退職者のアカウント停止手順を先に決めておく理由がここにあります。

3つ目は、匿名化の粒度です。就業規則の条文は、会社名を伏せれば固有情報がほとんど残らない部分と、賃金テーブルや役職名のように残る部分が混在します。差分抽出のためだけなら、賃金額を伏せても作業は成立します。何を伏せて何を残すかを条ごとに決めておくと、担当者が迷いません。

個人情報を含むデータを扱う場面では、個人情報の保護に関する法律の規定も関わります。同法第27条は個人データの第三者提供に関する規定を置いています(e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律第27条)。就業規則の改定作業では従業員個人の情報を扱う場面は少ないものの、意見聴取に関する記録や過半数代表者の選出資料には氏名が含まれます。この種の資料をAIに入れるかどうかは、規則本文とは分けて判断する形が整理しやすいところです。

顧問先への説明としては、規則の突き合わせ作業に補助的なツールを使っている旨と、条文の判断は社労士が行っている旨をセットで伝える形が説明しやすいものです。ツール名だけを伝えても、顧問先の判断材料にはなりません。規程への落とし込みは士業事務所のAI利用規程テンプレートにまとめています。

改定作業で起きやすい3つの失敗

1つ目は、規定例をそのまま貼り付けてしまうことです。厚生労働省の規定例は多くの企業に当てはまる標準形なので、そのまま使えば形は整います。ただし顧問先の運用と異なる箇所が残ると、規則と実務が乖離します。回避策は、第4工程で調整箇所を明示的に洗い出し、規定例のまま使う条と調整する条を分けることです。

2つ目は、本文だけ直して手続きが止まることです。改定案を作った時点で仕事が終わった感覚になり、意見聴取と届出、周知が後回しになります。労働基準法第90条は意見聴取と意見書の添付を、同法第106条は周知に関する規定を置いています。回避策は、第2工程の台帳に手続きの欄を作り、本文・意見聴取・届出・周知の4つが揃って初めて完了扱いにすることです。

3つ目は、AIが出力した条番号をそのまま採用することです。存在しない条番号がもっともらしい形式で出力されることがあります。改定案の中で他の条を参照している箇所は、参照先が実在するかを目視で確認します。法令の条番号についても、e-Gov法令検索の原文で突き合わせる工程をチェックリストの独立した項目にしておくと、繁忙期でも飛びにくくなります。

費用と工数、体制の目安

工数の目安としては、顧問先ごとに、第1工程の版確定と第2工程の台帳作成で半日程度、第3工程の差分抽出と第4工程の条文作成で1日程度を見ておくと、無理のない計画になります。第5工程以降の手続きは顧問先側の日程に依存するため、期間で見る形になります。生成AIを噛ませて短くなるのは主に第3工程で、第4工程以降は判断の比率が高いため大きくは縮みません。

体制としては、第1工程から第3工程までを補助者、第4工程以降を社労士が担う分担が組みやすい構成です。差分の抽出は手順化できる一方、条文の内容は判断が要るためです。分担を決めたら、どこまでを補助者が行うかを手順書に書きます。書いておかないと、繁忙期に線が動きます。

台帳のフォーマットは事務所で1つに統一しておく価値があります。顧問先ごとにフォーマットが違うと、担当者が代わったときに読み解く時間がかかります。改正名・施行日・該当条・手続き・完了日の5列があれば最低限の骨格になります。効果測定の考え方は生成AIで年200時間減ったら報酬をどうするか 試算と6手順でも扱っています。

改定履歴の蓄積が事務所の資産になる

これから論点になるのは、改定履歴そのものが事務所の資産になることです。どの改正でどの条を直したかの記録が顧問先ごとに揃っていれば、次の改正が来たときの当たりが速くなります。記録がなければ、毎回ゼロから版を確定させる作業に戻ります。差が出るのは知識ではなく、蓄積の形式です。

もう1つの論点は、改正の頻度が下がる見込みが薄いことです。モデル就業規則も規定例も、行政側が版を重ねています。年に一度は顧問先の規則を点検する運用に切り替えるほうが、改正のたびに慌てる進め方より結果的に負荷が平準化されます。

3つ目は、顧問先への提案の形です。改定作業を単発の依頼として受けるか、年次の点検サービスとして設計するかで、事務所の収益構造が変わります。台帳と履歴が揃っている事務所ほど、後者を提案しやすくなります。

よくある質問

就業規則を変更したときの届出はどう定められていますか

労働基準法第89条は、常時十人以上の労働者を使用する使用者について、就業規則の作成と行政官庁への届出を定めており、変更した場合も同様としています。あわせて同法第90条が、作成または変更についての意見聴取と、届出への意見書の添付を定めています。個別の事案への当てはめは有資格者の判断領域です。

モデル就業規則の最新版はどこで確認できますか

厚生労働省が公開しており、労働基準局監督課による令和7年12月版がPDFとWord形式で提供されています。育児・介護休業の領域は別立てで、育児・介護休業等に関する規則の規定例として詳細版が令和8年3月作成で公開されています。どちらも版が更新されるため、作業前に最新版を確認する形が実務的です。

生成AIに就業規則を丸ごと入れてよいですか

事務所として先に確認するのは、契約しているプランで入力データが学習に使われるかどうかです。あわせて、賃金テーブルなど固有性の高い部分を伏せるかどうかを条ごとに決めておくと、担当者が迷いません。社会保険労務士法第21条は秘密を守る義務に関する規定を置いています。

AIに条文そのものを書かせてよいものでしょうか

工程で切り分ける形が現実的です。現行規則と規定例の差分抽出のような機械的な突き合わせはAIに向いています。一方、顧問先の運用に合わせて条文をどう調整するかは判断が要る部分です。手順書に、AIが出すのは候補までと明記しておくと、担当者ごとのばらつきが減ります。

複数の改正が重なる年はどこから手を付ければよいですか

改正を年月順に並べた台帳を作るところからです。改正名、施行日、影響する条、必要な手続きを並べ、顧問先ごとに該当・非該当を判定します。個々の改正を理解していても、束ねる表がないと反映漏れが起きやすい構図です。

周知はどこまでやれば足りますか

労働基準法第106条が周知に関する規定を置いています。実務上は、掲示・書面交付・社内システムでの閲覧のいずれを採るかを決め、従業員が実際に見られる状態かを確認する形が取られています。ファイルを置いただけで閲覧権限がない従業員がいないか、という点は見落としやすいところです。

改定履歴はどの粒度で残せばよいですか

改正名、施行日、直した条、手続きの完了日の4点があれば骨格になります。規則本体と同じフォルダに置き、次の改定時に最初に開く資料として運用します。粒度を細かくしすぎると更新が止まるため、1枚に収まる分量から始める形が続きます。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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