司法書士のAI活用とは、資料の確認と書面の下書きをAIに寄せる業務設計のことです。
登記業務は、必要な書類がそろっているかの確認と、様式に沿った書面の作成が中心です。どちらも定型的でありながら、抜けが許されない性質を持っています。この記事では、司法書士の業務でAIが効く7つの場面と、依頼者の情報を扱ううえでの設計を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。生成AIサービスの利用については個人情報保護委員会の注意喚起が判断の出発点になります。
司法書士事務所で先に決めておくこと
順番から書きます。ツールを選ぶ前に決めるのは、依頼者の情報をどう扱うかです。
司法書士の守秘義務は司法書士法第24条に置かれています。同条は、正当な事由がある場合でなければ、業務上取り扱った事件について知ることのできた秘密を他に漏らしてはならないと定めています。
司法書士事務所が扱う情報は、不動産の権利関係、相続の内容、会社の役員構成、資金の動きです。個人の資産の状況がそのまま分かる資料を日常的に扱うため、入力の線引きは慎重に設計します。
業務の範囲は司法書士法第3条に定められており、登記又は供託に関する手続について代理することなどが業務として挙げられています。この範囲の業務について、判断と確定を司法書士が担う構造は、道具を使っても変わりません。
個人情報の側では、安全管理措置が個人情報の保護に関する法律の個人情報保護法第23条に置かれています。相続の案件では、相続人の氏名、住所、続柄といった情報を大量に扱うため、個人情報の観点も重なります。
決めることは3つです。入力してよい情報の区分、使ってよいサービスの指定、出力を外に出す前の確認工程。守秘義務の詳細は士業の生成AIと守秘義務で扱っています。
もう一点、登記業務に固有の事情として、書面の形式が厳格に定められている点があります。商業登記法第17条は登記申請の方式について定めており、申請書に記載する事項が規定されています。形式が定まっているということは、機械が扱いやすい部分がある一方、形式を外した出力がそのまま使えないということでもあります。
司法書士業務でAIが効く7つの場面
効果が出やすい順に挙げます。
第1は、必要書類の洗い出しです。依頼の内容を渡して、そろえるべき書類を列挙させます。経験のある司法書士なら頭の中で組み立てているものですが、明示的な作業に落とすことで、経験の浅い担当者でも準備に加われるようになります。
第2は、受領した書類の確認です。届いた資料の一覧を整理し、不足しているものを洗い出します。相続の案件のように書類の点数が多い場合、この作業だけで時間がかかります。
第3は、資料からの情報抽出です。戸籍の記載から相続関係を整理する、登記事項証明書から必要な情報を拾う、議事録から決議事項を抜き出す。探して並べる作業に効きます。ただし、戸籍のように個人の身分関係がそのまま書かれた資料は、入力の判断が最も重い部類に入ります。外部のサービスに渡さず、事務所内で完結する形を選ぶ判断もあり得ます。
情報抽出の使い方では、抽出の対象を先に列挙しておくと精度が安定します。何を抜き出すかを曖昧にしたまま投げると、返ってくる内容が毎回変わり、比較ができなくなります。事務所でよく扱う手続について、抽出項目の一覧を作っておくと、そのまま指示文に転記できます。
第4は、依頼者向けの説明文の作成です。手続の流れ、必要な書類の案内、費用の内訳の説明。専門的な内容を平易に書き直す作業は、事務所の業務のかなりの部分を占めます。
第5は、作成済み書面の点検です。数値や氏名の食い違い、参照先の不整合を指摘させます。正解を出させるのではなく、疑わしい箇所を挙げさせて担当者が目を通す使い方です。
第6は、想定問答づくりです。依頼者との面談の前に、聞かれそうなことを列挙させます。準備の抜けを減らす用途です。
第7は、事務所内のナレッジ検索です。過去の書面や手控えを引ける状態にすると、担当者が変わっても同じ品質で答えられます。ただし依頼者の情報を含むため、別の設計が要ります。詳細は士業事務所のRAG構築で扱っています。
向かない使い方も明確です。登記の可否を判断させること、様式や添付書類の要否を知識として尋ねること、条文や先例を尋ねること。いずれも誤りが混ざりやすく、しかも誤りが検出しにくい領域になります。手続の要件は法務省の登記に関する情報や法務局の案内で確認します。
使う指示文の型
事務所で共有する指示文の例を挙げます。固有名詞は記号に置き換えて使います。
受領書類の確認に使う型です。
あなたは事務所の事務スタッフです。以下の「必要書類の一覧」と「受領済みの資料」を
突き合わせ、不足している書類を列挙してください。
条件:
- 一覧に記載された書類だけを対象とすること
- 受領済みかどうかが読み取れないものは「確認が要る」と分類すること
- 手続の可否や要件についての判断を書かないこと
- 依頼者は 甲、関係者は 乙、丙 のまま扱うこと
- 出力は「不足」「確認が要る」の2つに分けて列挙すること
必要書類の一覧:
"""
(ここに貼り付け)
"""
受領済みの資料:
"""
(ここに貼り付け)
"""
依頼者向けの説明文を作る型です。
あなたは事務所の文書作成を手伝う役です。
以下の「元の説明」を、専門用語に慣れていない読み手に向けて書き直してください。
条件:
- ですます調で統一すること
- 一文は60字以内を目安にすること
- 元の説明にない事実や結論を足さないこと
- 日付・金額・書類の名称は元の説明のまま変更しないこと
- 手続の可否についての判断や見通しを書かないこと
- 依頼者は 甲 のまま扱うこと
元の説明:
"""
(ここに貼り付け)
"""
どちらの型でも、AIに判断させていない点が共通しています。整理と書き換えまでを任せ、手続に関する判断は司法書士が行います。この線引きを作業フローに明示しておくと、担当者が迷いません。
指示文は事務所の資産になります。うまくいったものをテキストファイルに貯め、月に一度、所内で持ち寄って更新する。この回し方にしておくと、担当者の力量に関係なく出力の水準が保たれます。
守秘義務と規程 依頼者情報をどう扱うか
司法書士事務所に固有の設計を書きます。
第1に、入力する情報の区分です。3段階に分けます。公表資料や事務所の汎用文例など、そのまま入力してよいもの。案件に関する記述など、識別できる情報を落としてから入力するもの。戸籍の記載内容、不動産の所在、口座番号、マイナンバーなど、入力しないもの。
第2に、匿名化の水準です。氏名を甲、乙に置き換える。地番や住所は市区町村までにする。金額は桁を丸める。相続の案件では、家族構成そのものが特定につながる場面があるため、続柄の記述をどこまで残すかも判断の対象になります。
第3に、確認の工程です。出力を外に出す前に、氏名、地番や会社の商号、日付、金額の4点を確認します。登記の書面では、一字の違いが手続の可否に影響します。この確認は省けません。
第4に、記録です。どの案件でAIを使ったかを記録に残します。既存の案件管理に一項目足す形で足ります。
第5に、退職時の扱いです。司法書士法第24条は、司法書士であった者にも義務が及ぶ構成を採っています。事務所を離れる人のアカウントを止める手順を、入退職の手続き一覧に組み込んでおきます。
第6に、依頼者への説明です。何に使っているか、何を入力しないか、誰が確認するかの3点を答えられる状態にします。日本司法書士会連合会の公表情報は、所属する団体の考え方を確認する材料になります。規程への落とし方は士業事務所のAI利用規程テンプレートで扱っています。
登記業務に固有の注意
登記の業務でAIを使う場合、他の士業にはない注意点があります。
第1に、形式の厳格さです。申請書の記載事項、添付書類の要件、記載の順序。これらは法令や通達で定められており、それらしい形になっていれば通るという性質のものではありません。生成AIの出力は、形式が整って見えても要件を満たしているとは限りません。
第2に、先例や取扱いの変更です。登記の実務は、法令の条文だけでなく、通達や登記研究といった資料で示される取扱いに従う部分が多くなります。生成AIがこれらを正確に反映しているとは限らず、古い取扱いのまま出力される可能性があります。
第3に、一字の違いが効くことです。氏名の旧字、地番の表記、法人の商号。これらは登記事項と一致していなければなりません。生成AIは表記を自然な形に直してしまう傾向があるため、この点は特に注意します。
対策としては、書面の作成そのものより、その前後の作業にAIを当てる設計にします。必要書類の洗い出し、受領書類の確認、依頼者への説明。これらであれば、形式の厳格さが直接は関わりません。
書面の作成に使う場合は、事務所の既存の様式を一緒に渡し、その形式に沿って書き換えさせる形にします。ゼロから作らせると、形式が崩れます。そのうえで、出来上がった書面は要件に照らして人が確認します。
第4に、決裁の期限が絡む点も見ておきます。登記の申請には期限が定められている場面があり、道具の不具合や出力の手直しで時間を取られると、期限に影響します。試す段階では、期限に余裕のある案件を選びます。繁忙期や期限が迫った案件で新しいやり方を試すのは避けます。
第5に、依頼者や関係者から受け取る資料の形が多様である点です。手書きの委任状、古い戸籍の写し、他の事務所が作成した書面。読み取りの精度は資料の状態に左右されるため、事務所の現実に近い資料で試してから判断します。整った見本で試して良い感触を得ても、実務では崩れる場面があります。
導入でつまずくパターン
1つ目は、登記の可否をAIに尋ねた例です。それらしい説明が返りますが、根拠を確かめる作業が自分で調べる作業と同じ手間になります。
2つ目は、様式や添付書類の要否を知識として尋ねた例です。取扱いが変わっている可能性があり、古い内容が出力されることがあります。法務省や法務局の案内で確認します。
3つ目は、氏名や地番の表記をAIが直してしまった例です。自然な表記に直す傾向があるため、登記事項との一致を人が確認します。
4つ目は、匿名化したつもりで案件が特定できた例です。相続の案件では家族構成そのものが特定につながる場面があります。
5つ目は、無償版に依頼者の資料をそのまま貼り付けた例です。事務所として使ってよいサービスを指定していなかったことが原因です。
6つ目は、確認工程が形骸化した例です。件数が増えると確認が形だけになります。観点を4点に絞っておくと運用が保ちます。
7つ目は、期限が迫った案件で新しいやり方を試した例です。出力の手直しに時間を取られ、かえって余裕がなくなります。試す案件は、期限に余裕のあるものを選びます。
8つ目は、担当者ごとに使い方が分かれ、成果が共有されなかった例です。うまくいった指示文が個人の中に閉じたままだと、事務所の型になりません。月に一度、短くてよいので持ち寄る場を作ります。
費用と体制、導入の順番
費用は、法人向けプランのライセンス料が中心になります。金額は事業者と契約形態で変わるため、各社の料金ページで確認します。登記の申請システムを使っている事務所では、そちらの機能で足りる部分もあるため、まず既存の環境を確認します。
工数は、初期の設計に集中します。参考値として、入力区分の決定と匿名化の作法の整理に数日、指示文の型づくりと確認工程の設計にさらに数日を見ておくと、無理のない立ち上げになります。
体制では、運用を持つ人を決めます。業務の流れを知っている人が向きます。あわせて、出力を確定させる司法書士を明示します。
導入の順番としては、第1の必要書類の洗い出しと第4の説明文作成から始めます。どちらも形式の厳格さが直接は関わらず、効果が見えやすくなります。導入全体の進め方は士業事務所のAI導入の進め方にまとめています。
試す段階では、依頼者の資料ではなく所内の資料を使う方法もあります。事務所の業務手順書、過去に作った案内文の型、所内会議のメモ。依頼者の情報を含まないため、入力の線引きに気を取られずに操作と精度を確認できます。
効果の測り方も、対象業務を決めた時点で一行書いておきます。書類の不足で依頼者に再度連絡する回数でも、案内文を作る時間でも構いません。基準がないと、続けるか止めるかの判断が感覚論になります。厳密な計測を始めると計測そのものが負担になるため、担当者の感覚で足ります。
これから変わること
登記手続の電子化が進むほど、事務所が扱うデータの形が変わります。紙の書類を確認する作業より、データを扱う作業の比重が上がります。行政手続のオンライン化の動きはデジタル庁の重点計画で確認できます。
相続に関する手続の枠組みも動いています。法務省の民事関連の公表情報で最新の内容を確認します。制度が変われば、必要書類の一覧も見直しの対象になります。
制度面では、個人情報保護法の見直しの議論が続いています。委員会の公表資料は個人情報保護委員会の報道発表で追えます。
依頼者の側でもAI利用が進むため、持ち込まれる資料の性質も変わります。整理された資料が届く一方で、その整理の正しさを確認する作業が新たに発生する面があります。整った資料ほど警戒が緩みやすい点は、注意しておく必要があります。
報酬の設計も論点になります。書類の確認や案内の作成にかかる時間が短くなった業務について、価格の根拠をどこに置くかを整理しておくと、依頼者との話が具体的になります。登記業務は手続に対して報酬が定まっている場面が多く、他の士業より影響が読みやすい面もあります。
よくある質問
登記の可否をAIに尋ねてよいですか
尋ねる使い方は誤りが混ざりやすくなります。返ってきた内容を確かめる作業が、自分で調べる作業とほぼ同じ手間になります。手続の要件は法務省や法務局の案内で確認します。
申請書の作成に使えますか
事務所の既存の様式を一緒に渡し、その形式に沿って書き換えさせる形であれば使えます。ゼロから作らせると形式が崩れます。出来上がった書面は要件に照らして人が確認します。
氏名や地番の表記はどう扱いますか
生成AIは表記を自然な形に直す傾向があります。旧字の氏名、地番の表記、法人の商号は登記事項と一致していなければなりません。指示文で変更を禁じたうえで、人が確認します。
どの業務から始めるのがよいですか
必要書類の洗い出しと、依頼者向けの説明文の作成です。どちらも形式の厳格さが直接は関わらず、効果が見えやすくなります。書面の作成は、形式の議論が先に来るため後回しにするほうが進みます。
相続の案件で匿名化はどこまで行いますか
氏名、住所、金額の置き換えに加えて、家族構成そのものが特定につながる場面があります。続柄の記述をどこまで残すかも判断の対象になります。迷う場合は入力しない運用に倒しておくと安全側に立てます。
依頼者にAI利用を説明しますか
聞かれる前に答えられる状態にしておく事務所が増えています。何に使っているか、何を入力しないか、誰が確認するかの3点を伝えられれば、たいていの問いに答えられます。
参考文献
- e-Gov法令検索 司法書士法
- e-Gov法令検索 商業登記法
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- 法務省
- 法務省 民事関連情報
- 法務局
- 日本司法書士会連合会
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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