士業の業務効率化AIツール比較 選定の5軸と導入前に見る観点

士業事務所のAIツール選定を5つの軸で整理。データの取扱い、既存環境との接続、実際の手数、費用、規程への収まりまで、導入前に見る観点を解説します。

士業の業務効率化AIツール比較 選定の5軸と導入前に見る観点

AIツールの選定とは、事務所の業務に合う道具を条件を決めて絞る作業のことです。

比較記事を10本読んでも決まらない。この状態になるのは、比べる軸が定まっていないからです。機能の多さで比べれば高機能なものが勝ち、価格で比べれば安いものが勝ちますが、どちらも事務所に合うかどうかとは別の話です。この記事では、士業事務所がAIツールを選ぶときの5つの軸と、導入前に確認する観点を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。生成AIサービスの利用については個人情報保護委員会の注意喚起が判断の出発点になります。

ツールを2つの層に分けて考える

最初に、検討の対象を整理します。士業事務所が扱うAIツールは、性質の違う2つの層に分かれます。

第1の層は、汎用の生成AIサービスです。文章の要約、下書き、整理、点検といった作業を、業務の種類を問わず扱えます。事務所のどの業務にも当てられる反面、業務システムのデータとは切り離されています。

第2の層は、業務に特化したツールです。契約書のレビュー、記帳の自動化、文字起こし、申請書の作成支援。特定の業務に合わせて作られているぶん、その業務では手数が少なく済みます。反面、対象外の業務には使えません。

多くの事務所が最初に迷うのが、どちらから入るかです。結論としては、汎用の層から入るほうが失敗が少なくなります。理由は3つあります。第1に、費用が抑えられること。第2に、どの業務に効くかを試しながら判断できること。第3に、特化型ツールを検討するときの比較対象ができることです。

汎用のサービスで足りる業務に特化型ツールを入れると、費用に見合いません。逆に、特化型ツールでなければ手数が減らない業務もあります。この線引きは、汎用のサービスを使ってみて初めて分かります。

なお、業務システムの側に生成AIの機能が組み込まれる動きも進んでいます。会計や労務のシステムを使っている事務所では、既存のシステムに機能が追加されていないかを先に確認すると、余計な契約を抱えずに済みます。全体の設計は士業のAI活用ガイドで扱っています。

軸1 データの取扱いと契約形態

最初に見る軸です。ここで落ちるツールは、他がどれだけ良くても候補に残りません。

確認する観点は4つです。入力が学習に使われるか。データはどれくらいの期間保持されるか。処理はどの地域で行われるか。管理者が利用状況を把握できる機能があるか。この4点を、契約しようとしているプランについて公式ドキュメントで確認します。

Anthropicはプライバシーポリシーと商用利用規約を、GoogleはGemini APIの利用規約とVertex AIのドキュメントを、MicrosoftはMicrosoft 365 Copilotのプライバシーを公開しています。

特化型ツールを検討する場合、追加で見る点があります。そのツールが基盤に何を使っているかです。士業向けに作られたツールであっても、内部で汎用の生成AIを利用している場合があり、その部分のデータの扱いは基盤側の条件に従います。提供元のドキュメントで確認します。

無償版と法人向けプランで条件が異なるサービスが多いため、プランを特定せずに比較しても意味がありません。試用の段階で無償版を使うのは構いませんが、採用の判断は実際に契約するプランで行います。

この軸で候補が2つか3つに絞れれば、その後の検討は速くなります。逆に、この軸を後回しにして機能の比較から入ると、気に入ったツールが使えないと分かった時点で振り出しに戻ります。

軸2 事務所の既存環境との接続

2つ目の軸は、すでに使っている環境との噛み合わせです。実務ではここが最も効きます。

Microsoft 365を基盤にしている事務所なら、同じアカウント管理の枠内で動く選択肢が有利になります。管理者が利用状況を把握でき、退職時のアカウント停止も既存の手続きに乗ります。Google Workspaceを使っている事務所なら、同じ理屈でGoogle系のサービスとの接続が楽になります。

管理する対象が増えないことは、見た目以上に大きな利点です。契約が増えるほど、規程の対象も、退職時に止めるものも、料金の管理も増えます。事務所の規模が小さいほど、この負担が重くのしかかります。

業務システムとの接続も見ます。会計や労務のシステムがAIの機能を持っている場合、そのシステム内で完結する作業はシステム側、資料を横断する作業は汎用サービス側、という住み分けが実務では扱いやすくなります。

ただし、連携できるという理由だけで選ぶと、他の業務で使いにくいツールを抱えることになります。連携は加点要素として扱い、主軸は軸1と軸3で決めるほうが失敗が少なくなります。

軸3 対象業務での実際の手数

3つ目の軸は、その業務で実際に手数が減るかどうかです。ここは仕様書からは分かりません。

確認の方法は、事務所で実際に扱っている資料を使って試すことです。きれいに整った見本ではなく、手書きの書き込みが入った資料、複数の書式が混在した資料、印影や罫線が多い資料。事務所の現実に近いものを渡して、そこで使えるかを見ます。

見るのは3点です。第1に、渡した資料をそのまま扱えるか。形式の変換が要るなら、その手間も作業時間に含めます。第2に、出力の手直しがどれくらい要るか。手直しの時間を含めて、従来より短くなるかを見ます。第3に、担当者が使い方を覚えられるか。設定が複雑なツールは、担当者が変わるたびに立ち上げ直しになります。

試すときの比較用の指示文を挙げておきます。同じ入力を複数のツールに渡し、条件の守り方を比べる用途です。

あなたは士業事務所の事務スタッフです。以下の資料を読み、次の3つに分けて整理してください。
1. 事実として書かれていること
2. 判断や評価として書かれていること
3. 確認が要ると思われる点

条件:
- 資料に書かれていない事実を補わないこと
- 助言や結論を書かないこと
- 数値・日付・金額は資料のまま変更しないこと
- 固有名詞は A社、甲、乙 のまま扱うこと
- 各項目は1文で、箇条書きにすること

資料:
"""
(ここに貼り付け)
"""

条件を守っているか、余計な補足が混ざっていないか、事務所の文体に近いかを見ます。手直しがいちばん少なかったものを主軸にする、という決め方が実務に合います。

長い資料を扱う業務が多い事務所では、後半の情報が拾えているかも確かめます。資料の末尾にしか書かれていない事項を答えさせる形で試すと、取りこぼしの傾向が分かります。

以下の資料について、次の質問に答えてください。

条件:
- 資料に書かれている内容だけを根拠にすること
- 資料に記載がない事項は「資料に記載なし」と答えること
- 根拠とした箇所を、資料中の表現のまま引用して添えること
- 法的な評価や助言は書かないこと

質問:
1. 資料の末尾付近に記載されている条件は何ですか
2. 資料の前半と後半で記述が食い違っている箇所はありますか
3. 期限や日付として記載されている事項をすべて挙げてください

資料:
"""
(ここに貼り付け)
"""

この試し方をしておくと、就業規則の全文や長い契約書を扱う場面で取りこぼしが起きるかどうかを、導入前に把握できます。

軸4 費用と、事務所の規模との釣り合い

4つ目の軸は費用です。金額そのものより、事務所の規模との釣り合いを見ます。

汎用の生成AIサービスは、一アカウントあたり月額数千円の水準が中心です。事業者と契約形態で変わるため、各社の料金ページで確認します。全員に配るか、対象業務の担当者だけに配るかで、総額が変わります。

特化型ツールは、士業向けに作られているぶん単価が上がる傾向があります。件数に応じた従量制を採るものと、月額固定のものがあり、事務所の業務量によって有利な形が変わります。

判断の材料として、その業務にかかっている時間を先に把握しておきます。時間が把握できていないと、ツールの費用が高いのか安いのかを判断できません。この整理は、ツール選定と関係なく事務所の資産になります。

補助金の活用を検討する場合は、IT導入補助金の公式サイトで対象ツールと申請要件を確認します。登録されたITツールが対象になるため、使いたいツールが登録されているかを先に調べます。ただし、制度の対象になっているという理由だけでツールを選ぶと、業務に合わないものを抱えることになります。詳しくはIT導入補助金を士業事務所のAI導入に使うで扱っています。

軸5 守秘義務と規程への収まり

5つ目の軸は、事務所の運用ルールに収まるかどうかです。ここを見ずに導入すると、契約したのに使えない状態が生まれます。

見る点は3つあります。第1に、入力してよい情報の区分と、そのツールが求める入力が合っているか。事案の全体を渡さないと機能しないツールは、事務所の入力ルールと衝突する場合があります。第2に、出力を確認する工程を挟めるか。自動で外部に送信する機能があるツールでは、確認の前に出てしまう設計になっていないかを見ます。第3に、退職時にアカウントを止められるか。

守秘義務の根拠は、それぞれの資格法にあります。弁護士は弁護士法第23条、税理士は税理士法第38条、公認会計士は公認会計士法第27条、司法書士は司法書士法第24条、行政書士は行政書士法第12条、社会保険労務士は社会保険労務士法第21条、弁理士は弁理士法第30条です。個人情報の側では、安全管理措置が個人情報の保護に関する法律の個人情報保護法第23条に、第三者提供の制限が個人情報保護法第27条に置かれています。

これらの条文はツールの選定基準を直接示すものではありません。ただ、事務所として説明できる運用に収まるかどうかは、選定の条件として扱う価値があります。規程の条立ては士業事務所のAI利用規程テンプレートで扱っています。

選定でつまずくパターン

1つ目は、機能の多さで選んだ例です。使う機能は結局のところ限られます。機能が多いほど設定が複雑になり、担当者が使いこなせないまま契約だけが続きます。

2つ目は、比較検討に時間をかけすぎた例です。どれが最適かを決めきってから始めようとして、半年が過ぎる。軸1で候補を絞り、残りは使いながら決めるほうが早くなります。

3つ目は、無償版の感触で法人向けプランを判断した例です。扱えるデータの量も管理機能もデータの取扱いも、プランによって変わります。

4つ目は、実務の担当者を評価に入れなかった例です。ツールに詳しい人が試して良いと判断したものが、実際に業務を回す人には使いにくかった、という食い違いが起きます。

5つ目は、選定の理由を記録に残さなかった例です。半年後に見直すとき、なぜそれを選んだのかが誰も説明できません。軸ごとに一行ずつでよいので書き残しておきます。

6つ目は、複数のツールを同時に導入した例です。どれが効いたのか分からなくなり、費用だけが積み上がります。一つずつ入れて、効果を確認してから次に進みます。

7つ目は、契約の解約条件を見ずに始めた例です。年間契約が前提のツールでは、合わないと分かっても途中で止められません。試用の期間が用意されているか、月単位で解約できるかを、契約の前に確認しておきます。特化型ツールほど、この確認が効いてきます。

8つ目は、導入後の担当者への共有を省いた例です。契約したものの使い方が伝わらず、結局は一部の人しか使わない。ツールを選ぶ段階で、担当者にどう伝えるかまで計画に入れておきます。選定に力を注いで、立ち上げに力が残っていない事務所は少なくありません。

費用対効果をどう測るか

導入した後の判断基準を、選定の段階で決めておきます。

測り方は2つあります。金額で測る方法と、時間で測る方法です。金額で測るなら、増えた売上または減った外注費と比べます。時間で測るなら、担当者の作業時間の変化を見ます。どちらを採るかを先に決めておかないと、成果があったかどうかの議論が感覚論になります。

計測は厳密にしすぎないほうが続きます。担当者の感覚で、この作業にどれくらいかかっているかを一行書く。導入前と導入後で比べる。この程度で判断には足ります。厳密な計測を始めると、計測そのものが負担になって続きません。

初期の工数も投資に含めます。参考値として、対象業務の選定と入力ルールの整備に数日、指示文の型づくりと担当者への共有にさらに数日を見ておくと、無理のない立ち上げになります。この工数を計算に入れずに費用対効果を語ると、実態と合わなくなります。

続けるか止めるかの判断も、期限を決めておきます。3か月後に判断する、と決めておけば、惰性で契約が続くことを防げます。導入全体の進め方は士業事務所のAI導入の進め方にまとめています。

これから変わること

業務システムに生成AIの機能が組み込まれる動きが進みます。会計や労務のシステムが、そのシステム内のデータを扱う機能を持てば、汎用のサービスを別に契約する必要が薄れる業務も出てきます。

一方で、システムをまたいだ作業は残ります。書面はワープロのファイル、記録は業務システム、資料はメール、という分散は士業事務所では一般的です。この分散を横断できるかどうかが、汎用サービスを残す理由になります。

制度面では、個人情報保護法の見直しの議論が続いています。委員会の公表資料は個人情報保護委員会の報道発表で追えます。規定が変われば、選定の条件も見直しの対象になります。

選定に完璧を求めないことも実務では大事です。半年後には状況が変わっています。乗り換えても指示文と入力ルールが使い回せる状態を作っておくことが、いちばん確実な備えになります。

よくある質問

汎用サービスと特化型ツールはどちらから入りますか

汎用の層から入るほうが失敗が少なくなります。費用が抑えられ、どの業務に効くかを試しながら判断でき、特化型を検討するときの比較対象ができます。汎用で足りる業務に特化型を入れると、費用に見合いません。

比較にどれくらい時間をかけますか

データの取扱いで候補を2つか3つに絞り、実際の資料で1週間から2週間試す程度で判断できます。机上の比較には限界があり、事務所の現実に近い資料で試したほうが早く分かります。

機能が多いツールのほうがよいですか

使う機能は限られます。機能が多いほど設定が複雑になり、担当者が使いこなせないまま契約が続く形になりがちです。必要な範囲に絞り、足りない部分が見えてから広げる順番のほうが無駄が出ません。

業務システムのAI機能で足りますか

そのシステム内で完結する作業には向いています。一方で、形式のそろわない資料や、システムをまたいだ作業には汎用のサービスが要ります。両方を持っている事務所では、住み分けを決めて使う例が見られます。

試すときは何を見ますか

渡した資料をそのまま扱えるか、出力の手直しがどれくらい要るか、担当者が使い方を覚えられるか。この3点です。手直しの時間を含めて従来より短くなるかどうかで判断します。

選定の理由は記録に残しますか

残しておくと、次の見直しのときに比較をゼロからやり直さずに済みます。軸ごとに一行ずつでよいので、なぜその判断をしたかを書いておきます。担当者が変わったときの引き継ぎにも効きます。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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