特許庁のAI先行技術調査が導入フェーズへ 弁理士事務所の6つの備え

特許庁のAI活用アクション・プランで先行技術調査の検索手法高度化が導入フェーズへ移行しました。弁理士事務所が出願前調査と中間処理を組み直す6つの備えと、守秘義務の論点を整理します。

特許庁のAI先行技術調査が導入フェーズへ 弁理士事務所の6つの備え

先行技術調査②とは、特許庁がAIで検索手法を高度化する取組のことです。

審査官が使う検索の精度が上がると、事務所側の調査は楽になるのか、それとも厳しくなるのか。この問いへの答えで、出願前調査にかける工数の置き方が変わります。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の取組は特許庁の公表資料で確認しています。特許庁は令和7年6月25日、AI技術活用のアクション・プラン令和7年度改定版を公表し、先行技術調査②(検索手法の高度化)を導入フェーズへ移行させる方針を示しました(出典: 特許庁 アクション・プラン令和7年度改定版)。

特許庁のAI活用がどこまで進んだのか

特許庁は令和4年5月30日に、令和4年度から令和8年度を対象とするAI技術活用のアクション・プランを公表し、以降毎年度その内容を見直してきました。令和7年度改定版で示された変更点は3つに整理されています。第一に、実証事業の結果を踏まえて先行技術調査②(検索手法の高度化)を導入フェーズへ移行すること。第二に、特許審査管理業務の実証による検証を一時凍結し、代わりに生成AIの特許審査業務への適用を新設して検討を進めること。第三に、先行技術調査②、指定商品・役務調査、生成AIの特許行政事務への適用、生成AIの特許審査業務への適用について、令和7年度に技術実証を実施することです。

ここで注目すべきは、項目の並びが変わったことそのものよりも、フェーズの言葉遣いです。検討フェーズや実証フェーズにとどまっていた項目のうち、先行技術調査の検索手法高度化だけが導入フェーズに進みました。実証を重ねて業務に組み込む段階に達したと整理されている項目が、審査の入口である先行技術調査であるという点は、弁理士事務所にとって直接の意味を持ちます。

同時に、生成AIについては新設された段階です。特許審査業務への適用は令和7年度の技術実証の対象であり、審査の実務にそのまま入るかどうかはこれからの検証結果次第という位置づけになっています。報道や業界の議論では審査への生成AI導入が既定路線のように語られることがありますが、公表されている資料が示しているのは実証段階であって、そこは分けて読む必要があります。

審査そのものの数字も見ておきます。特許庁が2026年7月に取りまとめた特許行政年次報告書2026年版によると、2025年の日本国特許庁への特許出願件数は前年比16.8%増の358,317件、2025年の特許審査における特許査定率は76.5%、2025年度の特許審査の審査請求から一次審査通知までの期間(FA期間)は9.4月、審査請求から権利化までの期間は13.2月でした(出典: 特許庁 特許行政年次報告書2026年版)。出願件数が二桁の伸びを示すなかで審査期間を維持することは、それ自体が処理能力の問題であり、AI活用がここに向けられている構図が読み取れます。

事務所の側から見ると、出願件数の増加は先行技術の母集団が厚くなることを意味します。調査対象が増える一方で、審査官側の検索が高度化すれば、事務所が事前に拾えていなかった文献が審査で引かれる場面が増える可能性があります。この非対称が、事務所の調査工数をどう置き直すかという論点の出発点になります。

出願前調査と中間処理をAIで組み直す6つの備え

ここでは弁理士三名と技術スタッフ二名の特許事務所で、年間の出願代理が九十件、拒絶理由通知への応答が百二十件という想定に置いて整理します。

備え1 調査の目的を、網羅から説明可能性へ寄せる

AIによる検索が使えるようになると、ヒットする文献の数は増えます。しかし依頼者への報告で価値を持つのは、文献の数ではなく、どの範囲を調べ、どこで区切ったかを説明できることです。調査報告書の構成を、検索式と検索範囲、除外した理由、残った不確実性の3点が読み取れる形に変えておくと、AIで拾える量が増えても報告の質が保てます。

備え2 クレーム文言からの検索式生成を、AIの下書きとして使う

生成AIは、明細書の草稿やクレーム案から検索キーワードと類義語の候補を出す作業に向いています。ただしそのまま検索にかけると再現率が読めません。AIに出させるのは候補の一覧までとし、実際の検索式の組み立てとJ-PlatPatでの実行は担当者が行う分担にすると、検索の設計思想が事務所に残ります。

あなたは特許の先行技術調査を補助するアシスタントです。以下の作業を行ってください。

入力: 添付したクレーム案(請求項1のみ)

作業内容:
1. 請求項1を構成要件ごとに分解し、要件ごとに番号を振る
2. 各構成要件について、特許文献で使われうる表現の候補を5個以上挙げる
   (上位概念語・下位概念語・業界慣用語・英語表記を区別して並べる)
3. 各構成要件に対応しうるIPC・FIの候補を挙げ、なぜその分類かを一文で書く
4. 分類の候補について確信が持てない場合は「候補として要確認」と明示する
5. 検索式そのものは組み立てず、候補の一覧までで止める

出願人名・発明者名は「A社」「甲」に置き換えた状態で回答してください。

備え3 拒絶理由通知への応答は、引用文献の読み込みから始める

拒絶理由通知が届いたときの最初の作業は、引用文献が本当に何を開示しているかの確認です。ここは生成AIの要約が効く一方、要約に頼りすぎると開示の範囲を取り違えます。要約させる場合は、引用文献の該当段落番号を併記させる形式にし、担当者が原文で確認する工程を残します。中間処理の組み立て方そのものについては、拒絶理由通知への中間応答をAIで組む7工程で整理しました。

以下の作業を行ってください。

入力1: 引用文献1の全文(添付)
入力2: 本願の請求項1(添付)

作業内容:
- 引用文献1のうち、本願請求項1の各構成要件に対応しうる記載を抜き出す
- 抜き出しごとに、引用文献の段落番号(【0001】形式)を併記する
- 対応する記載が見当たらない構成要件は「対応記載なし」と明示する
- 相違点があると考えられる箇所を列挙する。ただし進歩性の有無についての
  結論は書かず、事実としての記載の異同のみを整理する
- 出力は構成要件ごとに「要件/引用文献の記載/段落番号/異同」の順で並べる

備え4 審査官の検索が変わる前提で、明細書の書き方を見直す

検索手法が高度化するということは、文言の表層一致に依存しない検索が増える方向を意味します。従来、独自の用語を使うことで検索に引っかかりにくくする書き方が語られることがありましたが、その効果は薄れていく方向で考えるほうが安全です。むしろ、実施例の記載を厚くして技術的意義を明確にしておくほうが、拒絶理由への応答時に主張できる材料が残ります。

備え5 依頼者への説明資料を、審査期間の実績値で組む

依頼者から権利化までの期間を問われる場面は多くあります。感覚で答えるのではなく、公表されている実績値を示す形にすると説明が安定します。前述のとおり2025年度のFA期間は9.4月、権利化までの期間は13.2月と公表されています(出典: 特許庁 特許行政年次報告書2026年版)。早期審査を使う場合との比較を含めて、事務所として標準の説明資料を持っておくと、案件ごとの個別説明の工数が減ります。

備え6 有資格者の判断工程を、AI利用の前後に明示する

先行技術調査でAIを使う場合、判断が必要な工程は少なくとも二か所あります。ひとつは調査範囲を確定する場面、もうひとつは出てきた文献をどう評価するかの場面です。この二か所を工程表に弁理士の判断として明記し、担当者がAIの出力をそのまま報告書に流さない構造にします。AI関連発明の審査の考え方については、特許庁がAI関連技術に関する特許審査の事例を公表しており、事務所内の共通理解を作る資料として使えます。

事務所全体でAI利用の枠組みを整えるという観点では、弁理士業務AI利活用ガイドラインを事務所の運用に落とす7つの論点にまとめた内容が土台になります。

依頼者の未公開発明をAIに入れる前に決めること

弁理士の守秘義務は、弁理士法第30条が定めています。同条は、弁理士又は弁理士であった者は、正当な理由がなく、その業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならないと規定しています。特許事務所が扱う情報の中でも、出願前の発明内容は性質が特殊です。公開前の技術情報は、漏れた時点で新規性そのものが失われる可能性があり、守秘義務の問題と権利化可否の問題が同時に立ち上がります。

特許法第29条は特許の要件として、特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明などを除くと定めています。条文は公然知られた状態の意味を細かく規定しているわけではありませんが、事務所としては、出願前の発明内容を外部のサービスに入力することが将来の争点になり得るという前提で運用を組むことになります。

決めておく項目は3つに分かれます。

第一に、入力の可否をどこで区切るかです。出願済みで公開済みの文献であれば入力しても新規性の問題は生じませんが、出願前の発明内容は別扱いにするという線引きを採る事務所があります。この線引きを具体的な文書種類のリストに落としておくと、担当者が迷いません。

第二に、使うサービスのデータ取扱いです。入力内容が学習に使われるか、どの国のサーバーで処理されるか、保持期間はどれくらいかを、ベンダーの公式ドキュメントで確認します。営業資料の記載ではなく、利用規約とプライバシーポリシーの本文が確認対象になります。法人プランと個人プランで扱いが異なる点は見落とされやすく、生成AIの法人プランと学習利用の比較で公式記載の読み方を整理しています。

第三に、依頼者への説明です。特許事務所の場合、依頼者は自社の知財管理規程を持っていることが多く、AI利用の可否について依頼者側にもルールがあります。事務所の運用を一方的に決めるのではなく、依頼者の規程と突き合わせる場面が出てきます。大口の依頼者ごとに取り決めを書面化しておくと、担当者が案件ごとに判断する負荷が減ります。

もうひとつ、事務所固有の論点として利益相反の管理があります。弁理士法第31条は業務を行い得ない事件について定めていますが、AIに過去案件の情報を蓄積させて検索できるようにする運用を採ると、案件間の情報の壁が技術的に薄くなります。どの案件の情報をどの担当者が検索できるかを、権限の設計として持っておく必要があります。

AI調査でつまずきやすい3つの場面

ひとつ目は、ヒット件数の多さを精度と取り違える場面です。AIによる検索は関連しそうな文献を広く拾いますが、拾った文献のうち実際に評価対象になるものは限られます。件数が増えたことで安心し、選別の工程を薄くすると、かえって重要文献を見落とします。選別に使う基準を先に決めてから検索する順序を守ることが、防ぎ方になります。

ふたつ目は、AIが提示した分類を検証せずに使う場面です。IPCやFIの候補を生成AIに出させると、それらしい記号が返りますが、実在しない分類記号や、意味の異なる分類が混ざることがあります。分類記号は特許庁の分類表で突き合わせる工程を挟みます。

みっつ目は、要約に依存して原文を読まなくなる場面です。中間処理では、引用文献のどの記載を根拠に拒絶理由が構成されているかを正確に把握することが応答の質を決めます。要約は原文にたどり着くための索引として扱い、主張の根拠として使う記載は原文で確認する運用にしておくと、後の補正で辻褄が合わなくなる事態を避けられます。

費用と工数をどう見積もるか

事務所側でAIを調査に使う場合の費用は、生成AIの利用料と、商用の特許調査ツールの利用料に分かれます。生成AIの法人向けプランは利用者数に応じた課金が一般的で、調査ツールは検索回数や登録ユーザー数で価格が変わる構成が多く見られます。金額はベンダーと契約形態によって幅があるため、個別見積りで確認する必要があります(要確認)。

工数の見積もりで見落とされやすいのは、検証の工数です。AIを入れた直後は、出力の確認に従来以上の時間がかかります。前述の想定規模であれば、最初の三か月は工数が増える前提で計画し、その期間に事務所としての使い方の型を作ると考えるほうが実態に合います。導入直後の生産性低下を織り込まない計画は、途中で運用が止まります。

費用対効果の測り方そのものについては、士業事務所のAI費用対効果をどう測るかで測定の手順を整理しています。件数あたりの調査時間、応答書面の作成時間、依頼者からの差し戻し件数といった指標を、導入前に取っておくかどうかで、後の評価の精度が変わります。

体制面では、誰がAIの利用状況を見るのかを決めておきます。プロンプトの共有、出力の品質チェック、新しいツールの評価を担当する役割を置かないと、担当者ごとに使い方がばらつき、事務所としての知見が蓄積されません。

審査側の高度化が事務所の役割をどう変えるか

審査官の検索が高度化すると、事務所の先行技術調査に求められる価値は移動します。文献を見つけること自体の希少性は下がり、見つけた文献をどう評価し、どういう権利範囲を設計するかという判断の比重が上がります。この移動は、調査の外注比率が高い事務所ほど大きな影響を受けます。

依頼者の側でもAIによる調査が手軽になれば、依頼者自身が事前調査をしてから相談に来る場面が増えます。そのとき事務所に期待されるのは、調査結果の追認ではなく、依頼者が見落とした観点の指摘や、事業計画に照らした権利範囲の設計です。相談の入口が変わることを前提に、初回相談の進め方を組み直す論点が出てきます。

生成AIの特許審査業務への適用が令和7年度の技術実証の対象になっていることを踏まえると、審査の実務がどう変わるかは今後の公表資料を追う必要があります。実証の結果がどう整理されるか、導入フェーズに進む項目が増えるかどうかが、次の確認点になります。特許庁の公表は年度単位で更新されるため、事務所として年に一度、アクション・プランの改定版を読む機会を作っておくと、変化を取りこぼしません。

事務所として今できるのは、調査と応答の工程を可視化し、どこに判断が入っているかを明確にしておくことです。工程が見えていれば、AIをどこに入れるかの判断ができます。工程が属人化したままだと、ツールを入れても効果の測りようがありません。

よくある質問

先行技術調査②とは何を指すのですか

特許庁のAI技術活用アクション・プランで整理されている項目のひとつで、検索手法の高度化を内容とするものです。令和7年度改定版で導入フェーズへ移行することが示されました。項目の詳細は特許庁の公表資料で確認できます。

審査に生成AIが使われるようになったのですか

公表資料の記載では、生成AIの特許審査業務への適用は令和7年度に技術実証を実施する項目として新設された段階です。実証と導入は別の段階として整理されているため、区別して読む必要があります。

事務所の調査ツールを買い替える必要がありますか

特許庁側の取組と、事務所が使うツールの選定は直接には連動しません。買い替えの判断は、現在の調査工数と見落としの発生状況を測ってから行うほうが根拠が持てます。

出願前の発明内容を生成AIに入力してよいですか

弁理士法第30条は守秘義務を定めており、入力の可否は契約内容とサービスのデータ取扱いによって論点が変わります。公開前の技術情報は新規性の問題も同時に生じ得るため、出願済み公開済みの文献とは別扱いにする運用を採る事務所があります。

AIが出したIPCやFIの分類はそのまま使えますか

そのまま使うのは避けられている運用が一般的です。生成AIは実在しない分類記号を出力することがあるため、特許庁の分類表で突き合わせる工程を挟む形になります。

審査期間は今後短くなりますか

公表されている実績値では、2025年度の特許審査のFA期間は9.4月、権利化までの期間は13.2月です。今後の推移は毎年の特許行政年次報告書で確認する形になります。

依頼者にAI利用を伝える必要はありますか

伝えるかどうかを一律に決める規定は見当たりませんが、依頼者側に知財管理規程がある場合はその内容との整合が論点になります。大口依頼者とは事前に取り決めを書面化しておく運用を採る事務所があります。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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