行政書士法のデジタル対応努力義務とは、情報通信技術の活用で業務改善を図る努力規定のことです。
条文が変わったとき、事務所の運用のどこを変えるかまで決めていますか。この記事では、令和8年1月1日に施行された改正行政書士法のうち、デジタル社会への対応を定めた規定を起点に、申請書類の下書きや自治体様式の突合に生成AIを噛ませる工程と、秘密保持まわりの設計を扱います。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。改正法は行政書士法の一部を改正する法律(令和7年法律第65号)として成立し、令和7年6月13日に公布されました(出典: 衆議院 行政書士法の一部を改正する法律)。
士業法で初めて入ったデジタル社会への対応の条文をどう読むか
結論から言えば、今回の改正で事務所の実務に直接効くのは、努力規定が入ったこと自体ではなく、その規定が業務の改善進歩という言葉で結ばれている点です。つまり、ツールを入れたかどうかではなく、入れた結果として書類作成や手続の質がどう変わったかが語られる建て付けになっています。
改正後の行政書士法第1条の2は、第2項として、業務を行うに当たりデジタル社会の進展を踏まえ、情報通信技術の活用その他の取組を通じて、国民の利便の向上と当該業務の改善進歩を図るよう努める旨を定めています。日本行政書士会連合会は、この規定について士業法で初めてデジタル社会への対応の努力義務が置かれたものと位置づけ、会長年頭談話で施行を告知しています(出典: 日本行政書士会連合会 会長年頭談話)。同じ改正では、第1条で目的が使命に改められ、第19条の業務制限規定には、他人の依頼を受け報酬を得て業として行う場合であることを明示する文言が加わり、両罰規定も整備されました。総務省自治行政局長名の公布通知が各府省庁に発出されており、改正の全体像はそこで確認できます(出典: 総務省 行政書士法の一部を改正する法律の公布について)。
努力規定は、違反に罰則が結びつく種類の規定とは性質が異なります。それでも事務所にとって意味があるのは、この条文が業務のやり方を語るときの共通の土台になるからです。顧問先からオンライン申請への対応状況を尋ねられたとき、あるいは会内の研修で業務改善の話題が出たとき、参照される起点がひとつ増えたと捉えるのが実態に近いところです。
もうひとつ押さえておきたいのが、努力規定の対象が情報通信技術の活用に限定されていない点です。条文は情報通信技術の活用その他の取組という書き方をしており、電子申請への対応だけを指しているわけではありません。紙の受任書類をスキャンして管理する、顧客とのやり取りをメールから業務システムへ移す、といった地味な整備も同じ枠に入ります。生成AIの導入は、この枠の中の選択肢のひとつという位置づけで考えたほうが、事務所として無理のない順番を組めます。
なお、行政書士の業務範囲そのものは第1条の3に定められており、官公署に提出する書類の作成には、その作成に代えて電磁的記録を作成する場合の当該電磁的記録が含まれると明記されています。電子申請で提出するデータの作成が業務の内側にあることは、条文上すでに整理されています。AIに下書きを作らせる工程を設計するときも、最終的に提出するデータを作るのは行政書士本人であるという構造は変わりません。
許認可申請の下書きにAIを噛ませる7工程 どこで人が判断するか
結論を先に書くと、生成AIを入れて効果が出やすいのは、申請書の本文を書かせる工程ではなく、要件の洗い出しと自治体様式の差分照合の工程です。文章を書く時間より、どの資料が何通いるかを調べる時間のほうが、実務では長く積み上がります。
第一に、受任時のヒアリング項目をAIに整理させます。許認可の種類と申請者の属性を入力し、確認が要る事項を一覧にさせる使い方です。ここで返ってくるのはあくまで一般的な確認項目なので、案件固有の事情は行政書士が足します。
第二に、根拠法令と自治体の要綱を突き合わせます。国の法令はe-Gov法令検索で原文を確認し、自治体固有の上乗せ要件は当該自治体の公表資料で確認します。AIには両者を並べて差分を言語化させる役回りを与え、条番号そのものはAIの出力ではなく原文で確認する運用にします。この順番を崩すと、存在しない条番号がそのまま申請書に載る事故の入口になります。
第三に、添付書類のチェックリストを生成させます。第四に、そのチェックリストを過去の同種案件の実績と照合します。第五に、申請書本文の下書きを作らせます。第六に、行政書士本人が全文を読み、法令要件との対応関係を一項目ずつ確認します。第七に、提出前に事務所内でもう一名が形式面を見ます。七工程のうち、AIが主役なのは第一から第五までで、第六と第七は有資格者と事務所の責任で行う工程です。この線引きを工程表に書いておくと、担当者が代わっても運用がぶれません。
差分照合の具体的な進め方は、自治体ごとの様式のばらつきを潰す観点で別稿にまとめています(行政書士が許認可の下書きをAIで作る 自治体様式の差異を潰す7工程)。あわせて、行政手続へのAI経由の申請が各国で増えている状況も、受け手側の審査負荷という観点で押さえておくと判断材料になります(行政手続へのAI申請が急増、11か国84事例が示す士業事務所の3論点)。
ヒアリング項目の整理に使えるプロンプトの形は、次のようなものです。固有名詞や実在の申請者情報は入れず、架空の設定で組み立てます。
あなたは許認可申請の実務を支援するアシスタントです。
以下の条件で、受任時に確認すべき事項を一覧化してください。
【許認可の種類】建設業許可(知事許可・一般)
【申請者】株式会社A(設立5年、従業員12名、本店所在地は架空の甲市)
【出力形式】
1. 確認事項(質問文の形で)
2. その事項を確認する理由
3. 裏づけとして取得したい資料名
制約:
- 条番号は出力しない。根拠は「法令で定められた要件」とだけ書く
- 不明な点は推測せず「要確認」と明記する
- 出力は日本語、表は使わず箇条書きで
差分照合には、次の形が使えます。取得済みの公表資料を貼り付けて比較させる使い方で、AIに検索させて条番号を語らせないことが要点です。
以下の2つの資料を比較し、申請実務に影響する差分だけを抽出してください。
【資料1】国の法令に基づく標準的な要件(本文を貼付)
【資料2】甲市が公表している要綱の該当部分(本文を貼付)
出力してほしいもの:
- 資料2にだけある上乗せ要件
- 提出書類の通数・様式が異なる箇所
- 提出期限や受付方法が異なる箇所
制約:
- 貼り付けた本文に書かれていないことは書かない
- 判断が分かれる箇所は「要確認」と明記し、理由を1文で添える
- 条文の解釈や当否の評価はしない
工程を回し始めたら、削減できた時間を記録しておく運用が後で効きます。受任から申請までの所要時間を案件種別ごとに残しておけば、翌年に体制を組み直すときの材料になります。記録の粒度は、案件ごとにAIを使った工程と人が直した箇所の二つを残す程度で足ります。
顧客情報をAIに入れる前に決める3点 行政書士法第12条と事務所規程
結論から言えば、ツール選定より先に決めるのは、どの情報を外部に出さないかの線です。線を引かないまま利便性の高いツールを入れると、後から戻すのに時間がかかります。
行政書士の秘密保持は行政書士法第12条に置かれており、正当な理由なく業務上取り扱った事項について知り得た秘密を漏らしてはならない旨が定められています。行政書士でなくなった後も同様とされている点も、事務所を離れた補助者の扱いを考えるうえで押さえておきたいところです。生成AIの利用がこの規定との関係で問題となり得るかは、入力する情報の性質と、そのツールが入力をどう扱うかで変わってきます。
第一に決めるのは、入力データの学習利用の可否です。OpenAIはビジネス向けプランについて、既定で顧客のビジネスデータをモデルの訓練に使用しないと公表しています(出典: OpenAI Enterprise privacy)。Anthropicは商用サービスの入出力を既定でモデル訓練に使用しないと明記しています(出典: Anthropic Commercial Terms of Service)。Googleも有償のGemini APIについて、入力と出力をモデルの改善に使用しないとしています(出典: Google Gemini API Additional Terms of Service)。無償版と有償版で扱いが分かれる点が共通しているので、事務所として契約している版が何かを確認するところから始めるのが現実的です。
第二に決めるのは、顧問先や依頼者への説明です。受任時の委任契約書や業務委託契約書に、業務遂行にあたって外部のクラウドサービスを利用する旨と、その範囲を書いておく運用を採る事務所があります。書き方は事務所ごとに異なりますが、少なくともどの範囲の情報が外部サービスに渡るのかが読み取れる粒度にしておくと、後から説明を求められたときに困りません。依頼者の側から見れば、氏名や住所が入った申請書のドラフトを外部サービスに通すのかどうかは、関心のある情報です。
第三に決めるのは、事務所内のルールです。具体的には、使用を認めるツールの一覧、入力してよい情報の類型、入力を避ける情報の類型、利用ログの残し方の四つを書いた文書を作る形が扱いやすいところです。入力を避ける情報の類型には、依頼者の氏名・住所・生年月日といった特定個人を識別できる情報のほか、事件性のある相談内容や、他士業の独占業務に触れる可能性のある相談内容を含める運用例があります。ログの残し方については、誰がいつどのツールに何を投げたかを事後に追える形にしておくと、万一の際の説明が組み立てやすくなります。事務所のAI利用ログを監査証跡としてどう設計するかは、別稿で工程に分けて整理しています(事務所のAI利用ログを監査証跡として残す 士業事務所の運用設計)。
なお、改正で整備された両罰規定は、業務制限規定に違反した場合に行為者のほか法人にも罰則が及ぶ建て付けになっています。AIツールを使って書類作成を外部に切り出す設計を考えるときは、誰が作成主体かという点が論点になります。この点は補助者や外注先の扱いとあわせて、別稿で整理しています(行政書士法の両罰規定とAI書類作成 法人の責任範囲を読む)。
改正後に起きやすい3つの失敗と、その手前で止める方法
ひとつ目は、条番号の取り違えです。生成AIは条番号を自信を持って誤ることがあり、改正直後は特に、旧条文に基づく出力が混ざります。今回のように条が新設された場合、学習時点が古いモデルは新設前の構成で答えます。回避策は単純で、条番号はAIの出力から取らず、e-Gov法令検索の原文から取る運用に固定することです。AIには条番号を出力させない制約をプロンプトに書いておくと、そもそも混入しません。
ふたつ目は、努力規定を根拠にした過剰な投資です。条文が入ったからという理由だけで高額なシステムを導入すると、使われないまま費用だけが残ります。デジタル対応の実質は、日常の一工程が短くなることの積み重ねです。最初に手を付けるなら、案件数の多い手続から一種類選び、その工程だけを整理するほうが結果が出ます。
三つ目は、ツール利用の野良化です。事務所として導入する前に、担当者が個人アカウントで無償版を使い始めているケースは珍しくありません。無償版は入力データの扱いが有償版と異なることがあり、把握できないまま運用が広がると、後から遡って確認するのが難しくなります。回避策は、禁止する前にまず棚卸しをすることです。誰がどのツールを使っているかを聞き取り、そのうえで認めるものと止めるものを決める順番のほうが、実態に合った線を引けます。
五人規模の事務所で見積もる費用と工数、誰が運用を持つか
費用面では、生成AIの有償プランは一人あたり月額で数千円の水準が中心です。ChatGPTのビジネス向けプランは利用者一人あたりの月額課金で提供されており、料金体系は公式ページで公表されています(出典: OpenAI ChatGPT Pricing)。五人規模の事務所で全員に配布する場合、年間の支出は十数万円から数十万円の幅に収まる計算になります。
工数のほうが実は重い部分です。初期の設計、つまり入力してよい情報の線引きとプロンプトの型づくりに、まとまった時間がかかります。一種類の許認可について工程を整理し、プロンプトの型を作り、事務所内で試して直すところまでで、数日分の作業が発生すると見ておくと現実的です。この作業を代表者一人が抱えると止まりやすいので、補助者を含めた二名体制で持つ形が回りやすいところです。
運用の持ち主を決めることも忘れずに書いておきます。誰がツールの契約を管理し、誰が新しい担当者への説明を担い、誰が年に一度ルールを見直すか。この三つの役割を名前で決めておくと、担当者の入れ替わりで運用が空洞化するのを防げます。
努力規定が評価の軸に変わるとき、何が論点になるか
今後の論点として挙げられるのは、努力規定が単なる訓示にとどまるのか、それとも会内の指導や研修の枠組みを通じて具体化していくのかという点です。日本行政書士会連合会はデジタル化の推進を活動の柱のひとつとして掲げており、電子申請の環境整備や会員向けの情報提供を続けています(出典: 日本行政書士会連合会 デジタル化の推進)。会としての取り組みと条文上の努力規定がどう接続していくかは、これから形が見えてくる部分です。
もうひとつの論点は、依頼者側からの期待の変化です。オンラインで完結する手続が増えるほど、依頼者は事務所に対しても同じ速度を期待します。条文が入ったこと自体より、その期待にどう応えるかのほうが、事務所の選ばれ方に効いてくると見ておいたほうが準備しやすいところです。デジタル対応を掲げるかどうかではなく、受任から提出までの所要日数が実際にどう変わったかを説明できる状態を作っておくことが、当面の現実的な備えになります。
よくある質問
デジタル対応の努力規定に違反すると罰則がありますか
改正法で新設された行政書士法第1条の2第2項は、努めなければならない旨を定める規定であり、条文上、この規定自体に対応する罰則は置かれていません。罰則が定められているのは、業務の制限を定めた第19条に違反した場合などです。個別の事案でどう扱われるかは所属する会や監督官庁の判断が関わるため、具体的な懸念がある場合は所属会に確認するのが確実です。
生成AIで作った申請書の下書きをそのまま提出してよいですか
提出する書類の作成主体は行政書士本人であるという構造は、行政書士法第1条の3の業務規定から変わっていません。AIの出力を下書きとして使い、行政書士が内容を確認して仕上げる運用を採る事務所が多いのは、この構造に沿った形だからです。確認なしで提出する運用は、誤りが生じたときの責任の所在を説明しにくくなる点が論点になります。
依頼者の氏名や住所を生成AIに入力してよいですか
入力の可否は、そのツールが入力データをどう扱うかと、依頼者への説明がどこまでできているかで変わります。事務所として線を引くなら、特定個人を識別できる情報は入力せず、甲・乙などの記号に置き換えて処理する運用が扱いやすいところです。置き換え作業そのものを手順に組み込んでおくと、担当者による差が出ません。
無償版の生成AIを事務所で使ってもよいですか
無償版と有償版では、入力データの学習利用に関する扱いが分かれることがあります。各社の公表資料を確認したうえで、事務所として認める版を決める運用が現実的です。無償版を使う場合でも、依頼者の情報を含まない一般的な調べ物に限定するといった線の引き方があります。
改正で特定行政書士の業務範囲はどう変わりましたか
改正では、特定行政書士の業務範囲について、行政書士が作成することができる官公署提出書類に係る許認可等に関するものへ拡大されたと整理されています(出典: 総務省 行政書士法の一部を改正する法律の公布について)。具体的な運用は所属会からの通知で確認するのが確実です。
AIを導入した事実を事務所の広告に書いてよいですか
書くこと自体を制限する規定は、行政書士法の条文上は見当たりません。ただし、実際に行っていない内容を書けば表示の適正さの問題になります。審査に通ると結果を約束する書き方は避け、下書きの作成にAIを活用したうえで内容は行政書士が確認しているという工程の説明にとどめる例があります。
事務所規程はどこから作ればよいですか
使用を認めるツールの一覧から作り始めるのが着手しやすい順番です。一覧ができれば、それぞれについて入力してよい情報の類型が決まり、そこからログの残し方が決まります。最初から網羅的な規程を作ろうとすると着手が遅れるので、一枚の運用メモから始めて年に一度見直す形を採る事務所があります。
参考文献
- e-Gov法令検索 行政書士法第1条の2
- e-Gov法令検索 行政書士法第12条
- 総務省 行政書士法の一部を改正する法律の公布について(通知)
- 日本行政書士会連合会 会長年頭談話
- 日本行政書士会連合会 デジタル化の推進
- 衆議院 行政書士法の一部を改正する法律
- OpenAI Enterprise privacy
- Anthropic Commercial Terms of Service
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