業際とは、どの資格者がどの業務を担えるかを法律で切り分けた境界のことです。
AIが契約書を読み、申請書を組み立て、税務の論点を並べる。その作業を有償で提供するサービスは、誰の業務範囲に入るのか。この記事では、規制改革推進会議で議論されているAIリーガルテックの業際問題を、8士業それぞれの制限規定と照らしながら7つの視点で整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。議論の起点となったのは、内閣府の規制改革推進会議デジタル・AIワーキング・グループに2026年1月9日に提出された資料です。
業界団体が横断組織を作り、行政の会議体に議題を持ち込んだ経緯
結論から書きます。AIリーガルテックの業際問題は、ベンダー側が業界団体を作り、行政の会議体に正面から論点を持ち込む段階に入りました。個別サービスごとの照会で済ませる局面は過ぎつつあります。
中心にいるのが一般社団法人AIリーガルテック協会です。AIとテクノロジーを用いて法律実務や企業法務を支援するサービスの普及を目的に設立された、業種横断の団体とされています。同協会は2026年6月1日付で新しい代表理事が就任したとプレスリリースで公表しています。
議論の場は内閣府の規制改革推進会議です。デジタル・AIワーキング・グループでは、リーガルテックと弁護士法の関係が取り上げられ、構成要件の解釈をどう明確化するかが論点として扱われています。この経緯は日本組織内弁護士協会が速報として整理しており、法務省・規制改革推進会議・経済団体それぞれの立場が並んでいます。
なぜいま議論になっているのか。理由は単純で、AIの出力の質が上がり、資格者がやっていた作業との距離が縮まったからです。契約書のレビュー、法令調査、書面の下書き。これらは従来、資格者の判断が不可欠とされてきた領域でした。そこに、資格を持たない事業者が提供するツールが入り込みます。境界がどこにあるのかを言語化しないまま普及が進むと、事業者も利用者も足元が定まりません。
士業の側から見ると、この議論は他人事ではありません。事務所が業務でAIツールを使うとき、そのツールの提供が適法かどうかは、事務所自身の説明責任にも跳ね返ります。当メディアで扱ったLegalOnのようなツールを事務所に導入する検討でも、選定の前提としてこの論点が置かれます。
もう一つ押さえておきたいのが、この議論が起きる土壌です。日本の士業制度は、業務範囲を法律で切り分け、資格者に独占的に担わせる形で組み上がっています。この設計は、専門性の担保と依頼者の保護を同時に果たす仕組みとして機能してきました。ただし前提にあるのは、その業務が人の判断を要するという理解です。機械が判断の一部を肩代わりできるようになると、独占の根拠そのものが問い直されます。業際の議論は、突き詰めればこの問いに行き着きます。
8士業それぞれの業務制限規定を条文で確認する
論点を整理する前に、条文を並べておきます。業際の議論は、法律ごとに構造が違うことを押さえないと噛み合いません。
弁護士については、弁護士法第72条が非弁護士による法律事務の取扱いを禁じています。条文は、報酬を得る目的で、訴訟事件その他一般の法律事件に関して鑑定・代理・仲裁などを業とすることを対象としています。ここでいう一般の法律事件と鑑定の範囲をどう捉えるかが、リーガルテックの議論の中心にあります。罰則は弁護士法第77条などに定められています。
司法書士については、司法書士法第73条が、司法書士会に入会している司法書士または司法書士法人でない者は同法第3条第1項第1号から第5号までの業務を行ってはならないと定めています。行政書士については、行政書士法第19条が、報酬を得て業として同法第1条の3に規定する業務を行うことを制限しています。
税理士については、税理士法第52条が、税理士または税理士法人でない者は税理士業務を行ってはならないと定めています。条文の構造が弁護士法第72条と異なり、報酬要件が正面に置かれていない点が特徴です。
守秘義務の側も職種ごとに条文が分かれます。弁護士は弁護士法第23条、税理士は税理士法第38条、公認会計士は公認会計士法第27条、司法書士は司法書士法第24条、行政書士は行政書士法第12条、社会保険労務士は社会保険労務士法第21条、弁理士は弁理士法第30条にそれぞれ置かれています。
条文をこう並べると分かるのは、制限の建て付けが法律ごとにばらついていることです。報酬要件の有無、業務の列挙の仕方、罰則の重さ。AIツールが複数の士業領域にまたがる機能を持つとき、どの法律で評価するかによって議論の筋が変わります。ここが業際問題を難しくしています。
事務所が読むべき7つの視点
ここから実務側の話です。この議論を、自分の事務所の判断材料に変換する視点を7つ挙げます。
第1に、ツールの提供形態を見る視点です。事業者が利用者に汎用的な機能を提供しているのか、個別の事案について具体的な回答を返しているのか。この違いが議論の分かれ目として扱われています。事務所がツールを選ぶとき、この点を確認しておくと、顧問先への説明が組み立てやすくなります。
第2に、資格者の関与の有無を見る視点です。ツールの背後に資格者のレビュー工程があるかどうか。LegalOn Technologiesは、法務特化型AIエージェントに法務実務に対応した40種類を超えるスキルを搭載したと2026年4月の発表で公表しています。こうしたスキル群が誰の手で設計されているかは、選定時の確認項目になります。
第3に、出典の提示があるかを見る視点です。同社は2026年7月の発表で、蓄積した法務専門コンテンツを参照し、出典を示しながら回答する機能の提供開始を報告しています。出典が辿れる設計かどうかは、事務所が成果物の裏付けを説明するときに効きます。
第4に、事務所の業務との重なりを見る視点です。ツールが担う工程と、有資格者が判断する工程が明確に分かれているか。ここが曖昧なツールは、導入後に事務所内の責任分界が定まらなくなります。
第5に、顧問先が直接ツールを使う場合を想定する視点です。顧問先の法務部門が同種のツールを導入すると、事務所への相談の質が変わります。一次的な調査は顧問先側で済み、事務所に来るのは判断を要する論点だけになる。この変化を前提に、報酬体系を見直す事務所が出てきています。
第6に、議論の帰趨が事務所の業務範囲に及ぶ可能性を見る視点です。構成要件の解釈が明確化される方向で進めば、資格者でない事業者が担える範囲が広がります。事務所としては、資格者にしか担えない領域を言語化しておく作業が要ります。
第7に、自分の職種の連合会の動きを見る視点です。各連合会がAI利用に関する指針を出す流れは続いており、当メディアでも日税連の内部規律指針にAI利用ルールを足す工程を整理しました。業際の議論と、事務所内の運用ルールは、別々に進みます。
この7視点のうち、事務所が今日から手を付けられるのは第1から第4です。第5以降は、外部環境の変化を見ながら中期で構えることになります。手を付ける順序を間違えると、結論の出ない議論に時間を取られます。
視点ごとに、確認の粒度も変わります。第1と第2は、ベンダーの公表資料と利用規約を読めば判断材料が揃います。第3は実際に触ってみないと分かりません。第4は、事務所の業務フローを書き出したうえでツールを重ねる作業になります。導入前の検討で最も時間がかかるのは第4で、ここを飛ばすと導入後に運用が定まりません。
もう一点、視点を持つ意味について補足します。業際の議論を追う目的は、規制の結論を予測することではありません。自分の事務所が何を売っているのかを、自分の言葉で言えるようにすることです。契約書のレビューを売っているのか、レビュー結果に責任を負うことを売っているのか。前者ならツールと競合しますが、後者なら競合しません。この区別が曖昧な事務所ほど、業際の議論に不安を覚えます。
議論の構造を整理するプロンプト例
あなたは士業事務所の調査を補助する役割です。
以下の資料について、業際の論点を整理してください。
出力形式:
1. 誰が、どの立場から、何を主張しているか(主体ごとに3行以内)
2. 論点として挙がっている条文と、その解釈の分かれ目
3. 事務所の実務に影響しうる点を3つ
4. 資料からは読み取れない点(要確認事項)
条件:
- 資料に書かれていないことを補わないこと
- 法的な評価を断定せず、主張の紹介に留めること
- 引用する場合は資料の該当箇所を示すこと
ツール選定の確認項目を作るプロンプト例
あなたは士業事務所のツール選定を補助する役割です。
検討中のリーガルテックについて、確認すべき質問リストを作ってください。
観点:
- サービスの提供形態(汎用機能か、個別事案への回答か)
- 出力の根拠が提示されるか、出典を辿れるか
- 入力データの取り扱いと学習利用の有無
- 資格者の関与がどの工程に入っているか
- 事務所側で最終判断を行う工程の位置づけ
条件:
- ベンダーにそのまま送れる文面にすること
- 各質問は1文で、二重質問にしないこと
- 顧客名は架空の「A社」で表記すること
- 最終的な導入判断は有資格者が行う前提で作ること
守秘義務と規程の側から見た3つの確認事項
業際の議論とは別に、事務所がツールを使う場面では守秘義務の設計が要ります。ここは議論の帰趨にかかわらず、事務所側で決めておく領域です。
一点目は、入力データの範囲です。顧問先の資料をどこまでツールに投入するか。ベンダーのデータ利用ポリシーを確認したうえで、事務所として線を引きます。個人データを含む場合は、個人情報保護法第27条の第三者提供の規律も並行して論点になります。当メディアで扱ったOpenAIのゼロデータ保持に関する説明のように、条件はベンダーごとに異なります。
二点目は、出力の扱いです。ツールが返した内容をそのまま成果物に転記するのか、有資格者が書き直すのか。転記する運用を採るなら、どの範囲で内容を確認したかを記録に残す仕組みが要ります。当メディアのAIの文脈圧縮で利用者ルールが失われる問題で触れたとおり、ツール側の挙動に依存した設計は脆くなります。
三点目は、顧問先への説明です。事務所が外部ツールを使っていることを、どの範囲で伝えるか。業際の議論が進むほど、顧問先の側もこの領域に関心を持つようになります。聞かれてから考えるより、先に方針を持っているほうが説明の質が上がります。
これら3点は、事務所規程に落とせる粒度です。1ページで足ります。
補足すると、守秘義務の条文は、いずれも情報の外部流出を正面から禁じる形ではなく、秘密を守る義務として抽象的に書かれています。だから条文を読んだだけでは、クラウドAIへの入力が具体的にどう位置づけられるかは決まりません。事務所として運用を決めるしかない、というのが実務上の帰結です。逆に言えば、条文が抽象的である以上、運用の合理性を説明できる状態にしておくことが実質的な防御になります。記録が残っている事務所と、残っていない事務所とでは、説明の重さがまるで違います。
議論を追うときに陥りやすい3つの読み違い
論点整理を誤ると、事務所の判断がずれます。よくある読み違いを3つ挙げます。
一つ目は、業界団体の主張を行政の見解と取り違えるケースです。規制改革推進会議に提出された資料は、提出主体の主張であって、行政の結論ではありません。議論の途中経過として読む必要があります。事務所の判断材料にするときは、誰が何を言っているかを分けて把握するところから始まります。
二つ目は、他の職種の議論を自分の職種に当てはめるケースです。弁護士法第72条をめぐる議論の構造は、税理士法第52条や司法書士法第73条とは条文の建て付けが違います。同じ結論が横並びで出るとは限りません。自分の職種の条文を原文で読み直す作業を省くと、ここでずれます。
三つ目は、議論の決着を待って動かないケースです。規制の議論には時間がかかります。その間も顧問先はツールを導入し、業務の前提は変わり続けます。事務所として決めておけることは、議論の帰趨と関係なく先に決められます。入力データの範囲、出力の確認工程、記録の残し方。この3つは今日から着手できます。
四つ目として、報道記事だけで議論を追ってしまうケースも挙げておきます。会議の資料と報道記事とでは、切り取られる論点が違います。報道は結論めいた見出しを付けますが、資料そのものは論点の列挙に留まっていることが多い。事務所の判断材料にするなら、内閣府のサイトで原資料に当たる作業を省かないほうが安全です。手間としては、PDFを1本開くだけです。
回避策は共通しています。主体を分けて読む。自分の職種の条文に当たる。決められることから先に決める。原資料に当たる。
費用と工数、そして誰が追うか
情報を追うこと自体に費用はかかりません。規制改革推進会議の資料は内閣府のサイトで公開されており、職能団体の公表資料も同様です。かかるのは時間です。
現実的な配分としては、四半期に1回、半日に満たない程度の時間を充てるのが続きます。規制改革推進会議のワーキング・グループの開催状況、自分の職種の連合会の公表、主要ベンダーの機能発表。この3つを見れば、判断に必要な材料はおおむね揃います。毎週追う必要はありません。
誰が追うかは、事務所の規模で変わります。有資格者が複数いる事務所なら、担当を一人決めて四半期ごとに共有する形が回ります。一人事務所なら、連合会からの通知を漏らさず読む運用にして、深追いはしないという判断も合理的です。
追う対象の優先順位も決めておくと楽になります。優先度が高いのは、自分の職種の連合会からの公表です。実務に直結する指針が出るのはここです。次が、実際に使っているツールのベンダーからの機能発表とポリシー変更。規制改革推進会議の議論は、方向性を掴む材料として位置づけ、細部まで追う必要はありません。この順序を逆にすると、時間を使った割に実務が動きません。
ツール導入の費用については、業際の議論とは別軸で評価することになります。当メディアで整理した士業事務所のMCPサーバー構築手順のように、既存システムとの連携を含めた総額で見る必要があります。ライセンス費用だけを比べても判断材料にはなりません。
業際の線引きが変わっても残るもの
今後の展望を3点。
一つは、議論の時間軸です。構成要件の解釈をめぐる論点は、一度の会議で決着するものではありません。数年単位で動く前提で構えるほうが現実的です。その間、事務所は現行の枠組みで運用を続けることになります。
二つ目は、ツール側の進化のほうが速いという点です。LegalOn Technologiesの発表を追うだけでも、契約書の修正案の検討から本文への反映まで一連の作業を担う機能、専門コンテンツを出典付きで参照する機能と、短期間で機能が積み上がっています。規制の議論が追いつく前に、実務の側が動きます。
三つ目は、線引きが変わっても残る領域があるという点です。資格者が担うのは、事案の全体を見て判断し、その判断に責任を負うことです。ツールがどれだけ精緻な出力を返しても、その出力を採用するかどうかの判断は誰かが負う。業際の議論は、この判断の所在をどこに置くかの議論として読むと筋が通ります。事務所として言語化しておくべきは、自分たちがどの判断に責任を負っているかです。そこが明確な事務所は、境界が動いても立ち位置が揺れません。
四つ目に、事務所の側からの発信という論点もあります。業際の議論は、ベンダー側の主張が可視化されやすく、現場の資格者の実感が反映されにくい構造にあります。所属する会を通じて意見を上げる経路を把握しておくことは、遠回りに見えて実質的な影響力を持ちます。議論が固まってから異議を唱えるより、論点が形になる段階で材料を出すほうが通ります。
五つ目に、業務の受け皿としての可能性も触れておきます。ベンダーが提供するツールの品質担保に資格者が関与する形は、すでに複数のサービスで見られます。スキル設計への関与、出力内容の点検、専門コンテンツの提供。事務所の業務が奪われる側面だけを見るのではなく、資格者の判断を売る新しい形として捉える見方もあります。どちらに寄るかは事務所の方針次第ですが、選択肢として認識しておく価値はあります。
よくある質問
規制改革推進会議の議論はどこで確認できますか
内閣府のサイトで会議資料が公開されています。デジタル・AIワーキング・グループの回次ごとに、提出資料と議事概要が掲載されています。提出主体ごとに主張が異なるため、誰の資料かを確認しながら読むことになります。
AIリーガルテック協会はどのような団体ですか
AIとテクノロジーを用いて法律実務や企業法務を支援するサービスの普及を目的に設立された、業種横断の一般社団法人とされています。詳細は同協会のサイトで公表されています。
弁護士法第72条の解釈はもう明確になったのですか
いいえ、議論の途上です。規制改革推進会議で構成要件の解釈をどう明確化するかが論点として扱われている段階で、結論は示されていません。最新の状況は内閣府の公表資料で確認することになります。
税理士や社労士の領域でも同じ議論がありますか
条文の建て付けが異なるため、議論の筋も異なります。税理士法第52条は報酬要件を正面に置いておらず、弁護士法第72条とは構造が違います。自分の職種の条文を原文で確認する作業が要ります。
事務所がAIツールを使うこと自体に問題はありますか
事務所は有資格者の集まりなので、業務制限規定の名宛人としての立場が事業者とは異なります。論点になるのは、ツールの利用に伴う守秘義務の管理と、成果物の品質の担保のほうです。
顧問先がツールを直接使い始めたらどうなりますか
一次的な調査が顧問先側で済むようになり、事務所に来る相談の質が変わります。報酬体系を作業量ベースから判断の価値ベースへ移す検討が要る局面です。
いま事務所が着手できることは何ですか
入力データの範囲、出力の確認工程、記録の残し方。この3つは議論の帰趨と関係なく決められます。1ページの内部ルールから始めるのが現実的です。
議論の結論が出たら事務所の業務は減りますか
そう単純ではありません。ツールが担える範囲が広がると、資格者に来る仕事は判断を要するものに寄っていきます。作業の総量ではなく構成が変わる、と捉えるほうが実態に近くなります。
参考文献
- 内閣府 規制改革推進会議デジタル・AIワーキング・グループ 提出資料(2026年1月9日)
- e-Gov法令検索 弁護士法第72条
- e-Gov法令検索 税理士法第52条
- e-Gov法令検索 司法書士法第73条
- e-Gov法令検索 行政書士法第19条
- 一般社団法人AIリーガルテック協会
- 日本組織内弁護士協会 弁護士法におけるAI活用の更なる明確化の議論
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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