税理士事務所のAI利用ルールとは、生成AIの利用範囲と責任者を内部規律として定めた取り決めのことです。
事務所で生成AIを使い始めるとき、多くの所長が最初に探すのは業界団体の指針でしょう。ところが2026年8月時点で公開情報を当たる限り、日本税理士会連合会が生成AIに特化したガイドラインを公表している事実は確認できませんでした。この記事では、日税連が公表している既存の内部規律の枠組みにAI利用の1章を足す形で、事務所のルールを整備する7工程を扱います。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。
日税連は生成AI専用の指針を出しているのか、2026年8月時点の確認結果
結論から書くと、生成AI専用の指針は見当たらず、代わりに使えるのは既存の内部規律の枠組みです。日本税理士会連合会は税理士事務所等の内部規律及び内部管理体制に関する指針を公表しています。同ページの説明によれば、この指針は平成27年4月に業務対策部で策定され、令和5年3月に改訂されています。さらに令和6年4月の改正犯罪収益移転防止法の施行に伴い、犯罪による収益の移転防止に関する法律等への対応の節が一部改訂されています(出典: 日本税理士会連合会)。
この指針が作られた経緯が、AIの話と直結します。同ページによれば、平成27年1月に一部改正された税理士・税理士法人に対する懲戒処分等の考え方(平成20年財務省告示第104号)により、使用人等が不正行為を行った場合について、内部規律や内部管理体制に不備があること等を事由に、税理士等が使用人等の不正行為を認識できなかった場合も懲戒処分の対象とすることが明確化されました(出典: 同上)。つまり、事務所内部の仕組みの不備そのものが問われる建て付けになっているということです。
生成AIを補助者が独自判断で使っている状態は、この文脈に素直に載ります。誰が何を入力したか把握できていない状態は、内部管理体制の話として説明を求められる余地があります。だからこそ、AI利用ルールをゼロから新設するより、既にある内部規律の体系に接続するほうが筋が通ります。指針には附録としてモデル様式集が付いており、服務規則モデル、テレワーク服務規程モデル、就業規則モデル、雇用時の誓約書モデル、業務日報モデル、関与先台帳モデル、書類預かり一覧表モデル、そして情報管理チェックリストモデルが並んでいます(出典: 日本税理士会連合会)。AIの話を足す場所は、この様式のどれかの中にあります。
もう一点、指針の位置づけについて誤解が起きやすいところを補っておきます。この指針は法令ではなく、会員向けに参考として示された文書です。同ページも、会員各位において当該指針を参考にし、適切な内部規律及び内部管理体制の整備を図るよう案内する書き方をしています(出典: 日本税理士会連合会)。つまり、指針の文言をそのまま写した規則を作れば足りるという性質のものではありません。事務所ごとの人数、業務の型、テレワークの有無によって、書くべき粒度が変わります。AIの話を足すときも同じで、他事務所の規程をそのまま持ってくると、自事務所に存在しない前提が条文に残ります。
なお、政府横断の枠組みとしては総務省と経済産業省が策定したAI事業者ガイドラインがあります。ただしこれは事業者一般向けであり、税理士業務の守秘義務や監督義務を前提にした記述ではありません。事務所のルールに落とすときは、業界の内部規律を骨、AI事業者ガイドラインを肉として使う配分が扱いやすくなります。
内部規律の枠組みにAI利用の章を足す7工程
以下は、所長ひとりと職員数名という規模の税理士事務所を想定した工程です。既存の規則類が紙で残っている事務所でも回せる順序にしています。
第1工程は、いま事務所に何の規則があるかの棚卸しです。入力は事務所のキャビネットとファイルサーバー、出力は服務規則、就業規則、情報管理に関する文書の現物一覧です。日税連のモデル様式に近い形で作ってあるか、独自に書いたものかで、次の工程の手間が変わります。何も無い事務所は、モデル様式を土台にする判断が早道です。
第2工程は、AIに関して定める対象の切り出しです。定める必要があるのは、入れてよいデータの範囲、使ってよいツールとプラン、入力前の匿名化の手順、出力の取り扱い、記録の残し方の5点です。この5点を、既存のどの規則に足すかを決めます。データの範囲と匿名化は情報管理の文書へ、ツールとプランの承認は服務規則へ、記録は業務日報へ、という割り振りが一般的な形です。
この5点の順序にも意味があります。ツールを先に決めてしまう事務所が多いのですが、それだと入れてよいデータの範囲が後追いになり、既に入力してしまったものをどう扱うかという後始末から議論が始まります。データの範囲を先に決めておけば、ツール選定はその範囲を満たすかどうかの判定で済みます。選定の軸が明確になるぶん、比較検討も短く終わります。
第3工程は、ツールの棚卸しです。職員が個人アカウントで使っているサービスを、責めずに洗い出します。名乗り出やすくするために、期限を切って申告を受け、その期間の利用は不問にする運用を採る事務所があります。ここで漏れが出ると、後の工程がすべて空振りします。
第4工程で、生成AIを使います。既存の服務規則の条文を読ませ、AI利用に関する条項を足すとしたらどの条の後ろが自然かを整理させます。入力は自事務所の規則テキスト、出力は挿入位置の候補と、その理由です。
あなたは税理士事務所の総務担当者です。以下は当事務所の服務規則の全文です。
生成AIの利用に関する条項を1条追加する場合、どの条の直後に置くと体系が崩れないか、
候補を3つ挙げ、それぞれ理由を1文で書いてください。
条文案そのものは書かず、挿入位置の検討だけを行ってください。
法的な評価や、この規則が有効かどうかの判断は書かないでください。
服務規則:
(ここに貼る。事務所名・個人名は伏せる)
第5工程は、条項案の作成です。ここでもAIは下書き役に徹します。事務所が決めた5点を材料として渡し、条文の体裁に整えさせます。返ってきた文章はそのままでは使えません。事務所の実態と合わない語がまぎれるからです。
あなたは税理士事務所の総務担当者です。次の5つの決定事項を、
服務規則に追加する条文の下書きにしてください。1条につき3項以内、
各項は60字以内の平易な日本語にしてください。
1. 顧問先を特定できる情報は、所長の事前承認がない限り外部の生成AIに入力しない
2. 使用してよいサービスとプランは、事務所が指定した一覧に限る
3. 入力前に、氏名・法人名・登録番号・住所を伏せ字に置き換える
4. 出力は下書きとして扱い、担当税理士の点検を経てから外部に出す
5. 利用した日付・目的・サービス名を業務日報に記載する
断定的な法的評価や、罰則の有無に関する記述は書かないでください。
第6工程は、有資格者による内容の点検です。AIが作った条文案を所長が読み、事務所の実態に合わない部分を直します。とくに承認の運用は要注意です。所長の事前承認を必須にすると、月次の繁忙期に承認待ちの行列ができます。事前に承認済みの業務類型を列挙し、それ以外を個別承認にする二段構えが、現場で止まりにくい形です。
第7工程は、周知と誓約です。日税連のモデル様式には雇用時の誓約書モデルが含まれており、既に誓約書を運用している事務所は、AI利用の遵守事項を1項足す形で扱えます。新規採用時だけでなく、既存職員からも改めて受け取る運用を採ると、施行日が明確になります。導入全体の進め方は士業事務所のAI導入の進め方でも扱っています。
工程を通して意識したいのは、規則を作ることが目的ではないという点です。作った規則が現場で守られない状態は、規則が無い状態より説明が苦しくなります。守れる粒度まで落として書くほうが、実務では機能します。税理士業務のどこにAIを噛ませるかの全体像は、税理士のAI活用と顧問先情報の線引きで整理しています。
守秘義務と監督義務、2つの条文からルールを組み立てる
AI利用ルールの背骨は、税理士法の2つの条文です。
1つ目は守秘義務です。税理士法第38条は、税理士が正当な理由がなくて税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならないと定めています。税理士法第54条は、税理士または税理士法人の使用人その他の従業者について、同じ趣旨の義務を定めています。補助者がAIに顧問先情報を入力する場面は、この2条の射程を意識して設計されます。条文の当てはめは有資格者の判断領域なので、この記事では条文の紹介にとどめます。
2つ目は監督義務です。税理士法第41条の2は、税理士が税理士業務を行うため使用人その他の従業者を使用するときは、税理士業務の適正な遂行に欠けるところのないよう当該使用人その他の従業者を監督しなければならない、と定めています。日税連の指針は、この監督義務を適切に履行するために策定された、と説明されています(出典: 日本税理士会連合会)。AI利用ルールを内部規律に接続する根拠は、ここにあります。
3つ目の柱として、個人情報の観点も外せません。個人情報保護法第23条は、個人情報取扱事業者に対し、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又は毀損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じることを定めています。外部の生成AIサービスに個人データを入力する運用は、この安全管理措置の設計に含めて考える対象になります。
ツール側の確認も同時に進めます。入力が学習に使われるか、保持期間はどれくらいか、処理がどの地域で行われるかの3点を、ベンダーの公式ドキュメントで読みます。Anthropicのプライバシーセンターのように、プランごとに扱いを分けて説明している例があり、同じサービス名でも契約プランで結論が変わります。事務所が実際に契約しているプランの記載を見るのが手堅い順序です。
顧問先への説明も、ルールの一部として考えたほうが後が楽になります。契約書または覚書に、業務遂行にあたり外部の情報処理サービスを利用する場合がある旨と、利用するサービスの類型、入力範囲、再委託の有無を書き添える運用が採られています。上場企業のグループ会社を顧問先に持つ事務所では、個別の承諾手続を求められることがあります。一律の文面だけを用意して押し切ろうとすると、そこで止まります。事務所内で誰がどこまで触れるかの線引きは、有資格者と補助者で分ける権限のルールも参考になります。
なお、テレワーク下での取り扱いを併せて整えるなら、総務省のテレワークセキュリティガイドラインが参照先として使えます。日税連の指針ページも関連資料としてこのガイドラインを挙げています。
AI利用ルールの整備でつまずいた3つの場面
1つ目は、規則が長くなりすぎて誰も読まない場面です。他士業の規程や海外の雛形をつなぎ合わせると、税理士事務所の実態にない条項が並びます。戻し方は、条項を5点に絞り、それ以外は運用マニュアル側に落とすことです。規則は守る対象、マニュアルは変えていく対象、と役割を分けると更新が回ります。
2つ目は、承認フローが重すぎて形骸化する場面です。すべての利用に所長の事前承認を課した事務所で、繁忙期に承認を取らないまま使う職員が出て、結局ルールが空文化したという流れが典型です。戻し方は、承認不要の業務類型を先に列挙することです。文章の要約、議事録の整形、社内向けの下書きのように、顧問先を特定できる情報を含まない用途は、包括で許可しておくと現場が回ります。
承認の設計をもう少し具体に書きます。実務で機能している形は、用途を三段に分けるやり方です。第一段は事前承認なしで使える用途で、顧問先を特定できる情報を含まない作業がここに入ります。第二段は所内で匿名化したうえで使える用途で、数値や条件だけを抜き出して相談する場面が該当します。第三段が個別承認で、顧問先名や決算内容をそのまま扱う必要がある場面です。この三段を規則に書いておくと、職員は毎回所長に聞かずに判断でき、所長は第三段だけを見ればよくなります。承認の総量が減るので、繁忙期でも運用が持ちます。
3つ目は、ルールを作ったあと更新されない場面です。ツールもプランも半年で変わります。更新の当番を決めていない事務所は、気づいたときに一斉に直す羽目になります。四半期に一度、利用サービス一覧とプランの記載だけを見直す当番を置くだけで、この負債は積み上がりません。
整備にかかる工数と、誰が持つか
工数は、既存の規則がどこまで整っているかで大きく動きます。日税連のモデル様式に沿った服務規則と就業規則が既にある事務所であれば、5点の決定に所内の打ち合わせを1回、条項案の作成と点検に半日、周知と誓約書の差し替えに半日、という規模感で収まります。規則がまったく無い状態から始める場合は、モデル様式の読み込みと自事務所への当てはめが先に必要になるため、ここに数日が乗ります(いずれも事務所の運用を前提とした試算値であり、公表統計ではありません)。
外部費用は、生成AIの利用料が中心です。法人向けプランはユーザーひとり当たり月額数千円台からという水準がベンダー各社の料金ページで案内されています。個人向けプランのほうが安価でも、データの取り扱いの記載が異なることがあるため、金額だけで選ぶと守秘義務の論点に跳ね返ります。
運用の持ち主は、所長ではなく総務担当に置くほうが続きます。所長が持つと、忙しさに比例して更新が止まります。総務担当が四半期ごとに現状を棚卸しし、所長が判断する分担にすると、判断の回数が最小で済みます。費用対効果の測り方はAI費用対効果をどう測るかで扱っています。
これから税理士事務所で論点になること
第一の論点は、業界団体から生成AIに関する文書が出たときに、事務所の規則をどう接続するかです。既に内部規律の体系に足しておけば、新しい文書が出ても差分を当てるだけで済みます。ゼロから作っていない事務所ほど、そのとき慌てることになります。
第二の論点は、AIエージェントが会計ソフトや顧客管理を直接操作し始めたときの記録です。人が入力する前提のルールは、エージェントが動く前提では足りません。誰の指示で、どの範囲まで自動で動いたかを残す設計が要ります。
第三の論点は、顧問先側がAIを使い始めることです。顧問先が作った資料の元がAI出力である場合、事務所側の点検の重みが変わります。ルールを自事務所の内側だけで完結させるのではなく、顧問先とのやり取りの作法まで含めて考える段階が来ています。
よくある質問
日本税理士会連合会は生成AIのガイドラインを出していますか
2026年8月時点で公開情報を当たる限り、生成AIに特化したガイドラインの公表は確認できませんでした(要確認)。一方で、税理士事務所等の内部規律及び内部管理体制に関する指針が公表されており、令和5年3月に改訂されています。事務所のAI利用ルールは、この既存の枠組みに接続する形で整備している例が見られます。
AI利用ルールは新しい規程として作るべきでしょうか
既存の服務規則や情報管理の文書に足す形を採る事務所が多く見られます。新設すると、職員が2つの文書を見比べることになり、参照されにくくなります。日税連の指針にはモデル様式集が付いており、服務規則モデルや情報管理チェックリストモデルが含まれているため、そこに足す場所を探す進め方が扱いやすくなります。
補助者がAIを使う場面は、どの条文を意識して設計されますか
税理士法第38条と第54条、そして第41条の2が関係します。第38条は税理士の守秘義務を、第54条は使用人その他の従業者の守秘義務を定めています。第41条の2は、税理士が使用人その他の従業者を監督することを定めています。具体の事案への当てはめは有資格者の判断領域です。
顧問先の同意はどの範囲で取っておくとよいですか
実務では、契約書または覚書に外部の情報処理サービスを利用する場合がある旨を書き添える運用が採られています。書き添える内容は、利用するサービスの類型、入力範囲、再委託の有無の3点が中心です。顧問先の属性によって求められる手続の重さが違うため、一律の文面のほかに個別対応版を用意しておくと現場が止まりません。
情報管理チェックリストにAIの項目を足すことはできますか
日税連の指針の附録には情報管理チェックリストモデルが含まれており、適宜編集のうえ利用することが案内されています(出典: 日本税理士会連合会)。実務では、利用サービスの一覧、プラン名、学習利用の可否、承認済み用途、記録の残し方といった項目を足す形が採られています。
規則を作ったあと、どのくらいの頻度で見直すのが現実的ですか
四半期に一度、利用サービス一覧とプランの記載だけを点検する運用を置いている事務所があります。生成AIのプラン体系は短い周期で変わるため、条文全体を毎回読み直すより、変わりやすい部分だけを切り出して見るほうが続きます。年に一度は全体を読み直す機会を別途置く形が多く見られます。
AI事業者ガイドラインは税理士事務所でも参照できますか
参照はできますが、そのままでは足りません。総務省と経済産業省のAI事業者ガイドラインは事業者一般に向けたもので、税理士の守秘義務や監督義務を前提にした記述ではありません。業界の内部規律を骨、AI事業者ガイドラインを肉として組み合わせる配分が、事務所の文書としては扱いやすくなります。
参考文献
- 日本税理士会連合会 税理士事務所等の内部規律及び内部管理体制に関する指針
- e-Gov法令検索 税理士法
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- 経済産業省 AI事業者ガイドライン
- 総務省 テレワークセキュリティガイドライン
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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