弁護士のAI活用とは、調査と起案の下ごしらえをAIに寄せる業務設計のことです。
法律事務所でAIをどこまで使えるかという議論は、機能の話より先に、依頼者の秘密と業務範囲の話になります。ここを整理しないまま始めると、途中で止まります。この記事では、弁護士業務でAIが効く7つの使いどころと、守秘義務および業務範囲の規定を踏まえた線引きを整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。生成AIサービスの利用については個人情報保護委員会の注意喚起が判断の出発点になります。
法律事務所で先に決めておくこと
順番から書きます。ツールを選ぶ前に決めるのは、依頼者の情報をどう扱うかです。
弁護士の守秘義務は弁護士法第23条に置かれています。同条は、職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負うと定めています。権利としても構成されている点が、他の資格法と異なる特徴です。
法律事務所が扱う情報は、他の士業と比べても密度が高くなります。係争の見通し、依頼者が話した経緯、相手方との交渉の経過。書面に残さない部分にこそ、事案の核心が含まれることが多くなります。この性質から、入力する情報の線引きは慎重に設計します。
もう一つ、業務範囲の規定も視野に入ります。弁護士法第72条は、弁護士または弁護士法人でない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことを制限しています。この規定が生成AIの利用にどう及ぶかは、公表された行政の見解が限られているため、現時点では論点として整理しておく段階です。事務所としては、弁護士が判断し確定させる構造を保つことが、実務上の対応になります。
個人情報の側では、安全管理措置が個人情報の保護に関する法律の個人情報保護法第23条に、第三者提供の制限が個人情報保護法第27条に置かれています。ただし、資格法の守秘義務の対象は個人情報に限られないため、個人情報保護法の枠組みだけで線引きを作ると、法人の事案や交渉の見通しが抜け落ちます。
決めることは3つです。入力してよい情報の区分、使ってよいサービスの指定、出力を外に出す前の確認工程。この3つが決まっていれば、あとは試しながら育てられます。守秘義務の詳細は士業の生成AIと守秘義務で扱っています。
弁護士業務でAIが効く7つの使いどころ
効果が出やすい順に挙げます。
第1は、資料の要約です。依頼者から届いた資料、相手方から開示された文書、過去の経緯をまとめたメモ。分量が多く、読むこと自体に時間がかかる場面で効きます。元の資料が手元にあるため、出力の検算が容易です。
第2は、証拠や資料からの情報抽出です。日付、金額、当事者、やり取りの経過を時系列に並べる作業。人がやると時間だけが溶ける領域で、投資対効果が最も見えやすくなります。
第3は、書面の下書きです。定型的な通知書、案内文、依頼者への報告書。様式が決まっているものほど効きます。事務所の既存文例を一緒に渡すと、手直しの量が大きく減ります。
第4は、言い換えです。法律の議論を依頼者向けに平易に直す、逆に依頼者の口頭説明を書面の記述に整える。弁護士業務の相当部分は翻訳作業なので、使用頻度が高くなります。
第5は、書面の自己点検です。作成済みの書面を読ませ、数値の食い違いや参照先の不整合を指摘させます。正解を出させるのではなく、疑わしい箇所を挙げさせて担当者が目を通す使い方です。人の目は、自分が書いた文章の誤りを飛ばして読みます。他人の目の代わりとして使う、と考えると位置づけがはっきりします。
第6は、想定問答づくりです。期日の前、依頼者との面談の前、相手方との交渉の前に、聞かれそうなことや出そうな反論を列挙させます。準備の抜けを減らす用途で、経験の浅い担当者ほど効果を感じます。
第7は、事務所内のナレッジ検索です。過去の書面や手控えを引ける状態にすると、担当者が変わっても同じ品質で答えられます。ただし依頼者の情報を含むため、他の6つとは別の設計が要ります。詳細は士業事務所のRAG構築で扱っています。
逆に、向かない使い方も明確です。法的な結論を出させること、判例や条文を知識として尋ねること、見通しを立てさせること。いずれも誤りが混ざりやすく、しかも誤りが検出しにくい領域です。
この向き不向きの差は、確認の手間で説明できます。要約や抽出であれば、元の資料に戻れば正しいかどうかが分かります。一方、判例を尋ねる使い方では、返ってきた内容が正しいかどうかを確かめる作業が、自分で調べる作業とほぼ同じ手間になります。時間の節約にならないどころか、それらしい誤りに引きずられる分だけ危険が増えます。
7つの使いどころに順番を付けるなら、第1と第2から入り、慣れてきたら第3と第5に広げる形が実務に合います。第6の想定問答は、期日や面談の前という明確な場面があるため、担当者が使い始めやすい入口にもなります。
使う指示文の型
事務所で共有する指示文の例を挙げます。固有名詞は記号に置き換えて使います。
時系列の整理に使う型です。
あなたは法律事務所の事務スタッフです。以下の資料から、出来事を時系列に並べてください。
条件:
- 資料に記載がある事実だけを拾い、推測で補わないこと
- 各行は「年月日/出来事/出典(資料中の該当箇所)」の形式にすること
- 日付の記載がないものは「日付の記載なし」として末尾にまとめること
- 法的な評価、見通し、助言を書かないこと
- 固有名詞は A社、甲、乙 のまま扱うこと
資料:
"""
(ここに貼り付け)
"""
書面の自己点検に使う型です。
あなたは書類の点検役です。以下の書面を読み、次の観点で疑わしい箇所だけを列挙してください。
修正案は書かず、指摘のみを出力してください。
観点:
- 日付・金額・数量が書面内で食い違っている箇所
- 参照先(条番号・書証番号・別紙)が書面中に存在しない箇所
- 当事者の表記がゆれている箇所
- 主語が抜けていて誰の行為か読み取れない箇所
出力形式:
- 該当箇所の引用(20字以内)/指摘の理由 を1行ずつ
- 指摘がない場合は「指摘なし」とだけ出力すること
書面:
"""
(ここに貼り付け)
"""
どちらの型でも、AIに結論を出させていない点が共通しています。整理と指摘までを任せ、正しいかどうかの判断は弁護士が行います。この線引きを守っている事務所ほど、導入後の手戻りが少なくなります。
守秘義務と規程 依頼者情報をどう扱うか
法律事務所に固有の設計を書きます。
第1に、入力する情報の区分です。3段階に分けます。公表資料や事務所の汎用文例など、そのまま入力してよいもの。事案に関する記述など、識別できる情報を落としてから入力するもの。係争中の事案に関する所内の見立て、相手方との交渉の経過、依頼者が話した機微な事情など、入力しないもの。
第2に、匿名化の水準です。当事者名を甲、乙に置き換える。金額は桁を丸める。日付は年月までにする。ここまでは基本ですが、法律事務所では事案の筋そのものが特定につながり得ます。業種と地域と規模と時期が揃えば、名前がなくても分かる場面があります。この部分まで抽象化するかどうかを、事案の性質に応じて判断します。
第3に、確認の工程です。弁護士が出力を確認し、確定させる工程を作業フローに明示します。見る観点は、数値、当事者名、参照先の3点に絞ると運用が保ちます。条文や判例が含まれていたら、e-Gov法令検索や裁判所の裁判例検索の原典で確認します。生成AIは実在しない条番号や事件番号を、実在するものと同じ文体で出力します。
第4に、依頼者への説明です。何に使っているか、何を入力しないか、誰が確認するかの3点を答えられる状態にしておきます。日本弁護士連合会の意見書・声明などの公表資料は、所属する団体の考え方を確認する材料になります。
第5に、記録です。どの事件で生成AIを使ったかを事件記録に残します。凝った管理表を作ろうとすると続かないため、既存の事件管理に一項目足す形にしておきます。記録がなければ、何かあったときに範囲を特定することもできません。
第6に、退職時の扱いです。弁護士法第23条は、弁護士であった者にも義務が及ぶ構成を採っています。事務所を離れる人のアカウントを止める手順を、入退職の手続き一覧に組み込んでおきます。契約しているサービスが増えるほど止め忘れが起きやすくなるため、事務所で使っているサービスの一覧を最新に保つ作業とセットで回します。
規程への落とし方は士業事務所のAI利用規程テンプレートで扱っています。
法律事務所で起きている失敗
1つ目は、存在しない判例が書面に載りかけた例です。事件番号と判示内容がもっともらしく組み立てられるため、確認しなければ通ります。裁判例検索で照合する工程を作業フローに固定します。
2つ目は、条番号が実在するのに内容が違った例です。改正前の内容や別の条の内容が書かれている場合があります。条番号の存在だけを確認して安心すると見落とします。
3つ目は、匿名化したつもりで事案が特定できた例です。当事者名を伏せても、業種と所在地と時期が揃えば分かる場面があります。置き換えの範囲に事案の固有の事情を含めます。
4つ目は、無償版に依頼者の資料をそのまま貼り付けた例です。事務所として使ってよいサービスを指定していなかったことが原因です。禁止だけを掲げると隠れて使われるため、代わりに使える環境をセットで用意します。
5つ目は、AIが書いた法的評価が書面に残った例です。指示していないのに見通しや評価が混ざります。指示文で評価を書かせない条件を入れ、確認の観点にも評価表現を入れておきます。
6つ目は、確認工程が形骸化した例です。量が増えるにつれて確認が形だけになります。観点を3点に絞っておくと運用が保ちます。
7つ目は、事務所の文体から外れた書面が出た例です。生成AIの出力には特有の言い回しがあり、読み手には意外と伝わります。既存の書面を文例として一緒に渡す運用と、最終の文言を人が決める運用の両方で対応します。
8つ目は、下ごしらえに使ったつもりが、確認に元の作業より時間がかかった例です。多くの場合、渡した材料が足りていないことが原因です。事務所の既存文例と、匿名化した事案の要素を箇条書きで渡すと、手直しの量が変わります。ゼロから書かせている限り、直す時間は減りません。
費用と体制、導入の順番
費用は、法人向けプランのライセンス料が中心になります。金額は事業者と契約形態で変わるため、各社の料金ページで確認します。契約書のレビューに特化したツールを併用する場合は、これに専用ツールの費用が乗ります。
工数は、初期の設計に集中します。参考値として、入力区分の決定と匿名化の作法の整理に数日、指示文の型づくりと確認工程の設計にさらに数日を見ておくと、無理のない立ち上げになります。
体制では、運用を持つ人を決めます。ツールに詳しい人よりも、業務の流れを知っている人が向きます。あわせて、出力を確定させる弁護士を明示します。
導入の順番としては、第1の要約と第2の抽出から始めます。どちらも元の資料に戻れるため、リスクが低く効果が見えやすくなります。書面の下書きから始めると、事務所としての文章の品質基準をどう置くかという議論が先に来て止まりやすくなります。導入全体の進め方は士業事務所のAI導入の進め方にまとめています。
試す段階では、事件記録ではなく所内の資料を使う方法もあります。事務所の業務手順書、過去に作った汎用の文例、所内会議のメモ。依頼者の情報を含まないため、入力の線引きに気を取られずに操作と精度を確認できます。所内で型が固まってから、事件に関する資料の扱いを検討する順番にすると、議論が噛み合います。
効果の測り方も、対象業務を決めた時点で一行書いておきます。作業にかかる時間でも、差し戻しの回数でも、担当者の実感でも構いません。基準がないと、続けるか止めるかの判断が感覚論になります。厳密な計測を始めると計測そのものが負担になるため、担当者の感覚で足ります。
これから論点になること
相手方から届く書面が、AIで作られている場面が増えます。受け取る側として、どこを確認するかという観点が新たに要るようになります。数値や参照先の不整合は、機械的に拾える部分です。
依頼者の側でもAI利用が進むため、持ち込まれる資料の性質も変わります。根拠が薄い資料が混ざるようになり、受け取る側の確認の手間が増える面があります。
制度面では、個人情報保護法の見直しの議論が続いています。委員会の公表資料は個人情報保護委員会の報道発表で追えます。職能団体の公表資料も、所属する団体のものを定期的に確認する対象になります。
報酬の設計も論点です。下ごしらえにかかる時間が短くなった業務について、価格の根拠をどこに置くかを整理しておくと、交渉の場で軸がぶれません。考え方は士業のAI活用と報酬設計で扱っています。
事務所の中の業務分担にも変化が出ます。これまで若手が担ってきた資料の整理や時系列の作成といった作業が短くなると、若手が経験を積む機会そのものが減る面があります。作業を通じて事案を理解していた部分をどう補うかは、事務所の育成の設計として考える論点になります。AIに任せた工程についても、出力を読んで検算する作業自体が学びになる、という運用にしている事務所もあります。
よくある質問
依頼者の資料を生成AIに入力してよいですか
事務所として先に決めておく問題です。個別の事案で入力が許されるかどうかは、扱う情報の性質と契約内容によって整理が変わるため、弁護士の判断が要ります。実務としては、識別できる情報を落としてから入力する運用、法人向けプランに限定する運用を採る事務所が多く見られます。
AIが出した判例をそのまま使えますか
使わない前提で運用します。生成AIは実在しない事件番号や判示内容を、実在するものと同じ文体で出力します。裁判所の裁判例検索で照合し、確認できなかったものは書きません。
非弁との関係はどう整理しますか
弁護士法第72条は、弁護士または弁護士法人でない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことを制限しています。この規定が生成AIの利用にどう及ぶかは、公表された行政の見解が限られているため、現時点では論点として整理しておく段階です。事務所としては、弁護士が判断し確定させる構造を保つことが実務上の対応になります。
どの業務から始めるのがよいですか
資料の要約と、証拠からの情報抽出です。元の資料が手元にあるため出力を検算でき、時間の削減も体感しやすくなります。書面の下書きから始めると、文章の品質基準の議論が先に来て止まりやすくなります。
匿名化はどこまで行いますか
当事者名、金額、日付の置き換えに加えて、事案の筋そのものが特定につながり得る点まで見ます。業種と地域と規模と時期の組み合わせを抽象化するかどうかは、事案の性質に応じて判断します。
依頼者にAI利用を説明しますか
聞かれる前に答えられる状態にしておく事務所が増えています。何に使っているか、何を入力しないか、誰が確認するかの3点を伝えられれば、たいていの問いに答えられます。
参考文献
- e-Gov法令検索 弁護士法
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- 裁判所 裁判例検索
- 日本弁護士連合会
- 日本弁護士連合会 意見書・声明など
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等
- 法務省
- 情報処理推進機構 情報セキュリティ関連の各種ガイドライン
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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