英国でAI生成の労働紛争申立てが急増、未処理6万件が示す士業の論点

英国の労働審判所で未処理6万件、AI生成の労働紛争申立ての増加が遅延要因の一つと報告されました。代理人を立てない当事者の生成AI利用は米国でも数字で確認されています。日本の弁護士・社労士事務所が押さえる4つの実務論点を整理します。

英国の労働審判所で、AI生成の申立書増加が未処理案件6万件の一因と報告されました。

英国の労働紛争解決を担う労働審判所(Employment Tribunal)で、生成AIを使って作成された申立書が増え、審理の遅延を押し上げているという分析が相次いで公表されています。未処理の申立ては2022年秋の3万2,000件から現在およそ6万件へと倍増し、一部の当事者は最終審理まで最長5年待つ状況だとICLGが報じています。日本の弁護士事務所・社会保険労務士事務所にとっても、相手方が生成AIで書いた申立書や苦情申出を受け取る場面は現実味を帯びてきました。本記事はこの報告内容と、日本の士業事務所が読み取れる論点を整理します。

法廷を模したイメージ。代理人を立てない当事者が生成AIで書面を作る動きが各国の裁判所に影響を与えている

何が起きたか:AI生成の労働紛争申立てと未処理6万件

英国の労働審判所では、未処理の申立てが2022年秋の約3万2,000件から現在の約6万件へと倍増し、2024年初頭から2025年初頭の1年だけで1万5,000件増えたと報告されています。この分析は、英国の労働法実務家団体である Employment Lawyers Association(ELA)が支援した報告書「Reimagining Employment Dispute Resolution and Enforcement」によるもので、法学者のCatherine Barnardと法廷弁護士のSarah Fraser Butlin KCが執筆しました。報告内容は法律実務メディアのICLGが2026年5月21日に伝えています。

同報告は、遅延の要因を単一のものとしては説明していません。指摘されているのは、審理の入口で争点を切り落とす仕組みが労働審判所に乏しいこと、差別・公益通報事案が15〜20年前は全体の20〜25%だったのに対し現在は60〜70%を占めるまで構成が変わったこと、そして「代理人を立てない当事者(litigants-in-person)による生成AIの利用が、無関係な資料を大量に含む文書量の多い事件を増やしている」という点です。ELAは、段階施行が進む Employment Rights Act 2025 によって申立件数がさらに増えると見ており、政府見通しの17%増に対し、実際は3分の1程度の増加になると予想しています(出典: ICLG)。

AI生成書面の何が実務を重くするのか

重くなる理由は、書面の見た目が整うほど、争点の絞り込みが後ろにずれるからです。英国の法廷弁護士事務所 St Philips Chambers は2026年3月、AIで作られた申立書は一見網羅的に見えるものの、法的な構成と事実の精度を欠くことが多いと述べています。実際に頻出する型として挙げられているのは、事実的な裏づけなく複数の差別事由をまとめて主張する申立て、まだ在職している人が不当解雇を申し立てる例、そして本人が有していない属性を根拠にした主張です。

英国の法律事務所 Boyes Turner が2026年6月に公開した実務家の対談でも、労働審判官がAI生成書面に慎重な姿勢を見せ始めていること、書面が長大・複雑化していること、架空の判例や不正確な法的主張が混入すること、そしてAIが当事者に過剰な自信を与えて和解協議が難しくなることが論点として挙げられています。同対談では、オープンなAIツールを使う際の秘密保持と特権の問題にも触れられています。開示資料の確認や文書レビューでAIを使う効率化の側面と、判断の質を人が担保する必要性を並べて論じている点が特徴です。

同じ現象は米国でも観測されています。MIT Technology Review が2026年6月に伝えたところでは、2005年から2026年までの連邦民事事件450万件を対象にした研究で、代理人を立てない当事者による提訴の割合は2022年の11%から2025年に16.8%へ上昇し、そうした事件内での書面提出数は2023年以前の水準から倍以上になりました。無作為抽出した1,600件の裁判文書をAI文章検出ツールにかけたところ、AI生成の記述を含むと判定された割合は2023年の1%から2026年には18%へ上がっています。

日本の士業事務所が今のうちに見ておける論点

日本でも、労働審判・あっせん・団体交渉の申入れといった場面で、相手方がAIで作成した書面を持参する可能性は高まっていきます。英国と米国の報告から読み取れる論点は、少なくとも次の4つに整理できます。

第1に、初動の争点整理コストが前倒しで増える点です。書面が長くなっても争点が明確になるとは限らないため、受任直後に「主張されている事実」と「法的に意味を持つ事実」を分ける作業に時間を割く事務所が出てきています。第2に、架空判例・架空条文の確認が工程として必要になる点です。相手方書面に含まれる引用の実在確認を、反論の前段に組み込む運用が考えられます。この検証手順は当サイトの生成AIの架空判例を検証する実務手順で扱っています。

第3に、依頼者側の期待値の管理です。相手方だけでなく依頼者もAIで見通しを立てて来る場面が増えるため、AIが出した金額感や勝敗の見立てをどう扱うかが相談の入口の課題になります。ハルシネーションの一般的な性質と業務上の扱いは生成AIのハルシネーション対策にまとめています。第4に、事務所側がAIを使うときの情報の取り扱いです。Boyes Turner の対談が触れているとおり、オープンなツールに事件情報を投入する場面では秘密保持の設計が論点になります。入力データが学習に使われるかどうかはツールごとに条件が異なるため、ベンダーの公表資料で個別に確認する段階です。日本の労働紛争件数の推移や国内でのAI生成書面の実態は、公表統計としてはまだ確認できていないため、ここでは要確認としておきます。

なお ELA は、少額の申立てを対象とする低額トラックや、審理日数と証拠量に上限を設ける中間トラックなど、価値に応じた3層構造への再編や調停の義務化を提案しています。日本の民事手続のIT化と併せて、紛争解決手続そのものの設計変更が各国で動いていることは、民事裁判のIT化全面施行への対応とあわせて見ておく価値があります。

まとめ

英国の労働審判所で未処理6万件という水準に達した背景の一つとして、代理人を立てない当事者による生成AI利用が挙げられました。米国でも同種の傾向が数字で確認されています。日本の士業事務所にとっては、争点整理の前倒し、引用の実在確認、依頼者の期待値管理、事務所側の情報取扱いという4点が当面の検討材料になります。

参考文献

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引用元: ICLG

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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