研究開発AIプラットフォームとは、発明の整理や先行技術の調査をAIが支援する基盤のことです。
発明の相談を受けた段階で、AIにどこまで情報を渡してよいのか。この問いに事務所として答えを持っている弁理士は、まだ多くないはずです。本記事では、リーガルテック株式会社が2026年7月に発表した研究開発AIプラットフォームの展開を材料に、弁理士と中小企業診断士の事務所が導入を検討するときの判断軸を7つに整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、製品の内容は同社のプレスリリースで確認しています。同社は2026年7月9日に、戦略17分野に向けた研究開発AIプラットフォームの本格展開を発表しました(出典:PR TIMES リーガルテック株式会社)。
発表された内容 公表資料から確認できる範囲
最初に、プレスリリースに書かれている事実だけを整理します。同社は、資金調達として今回1.14億円、累計4.93億円を公表し、戦略17分野の研究開発に向けたAIプラットフォームを本格展開するとしています。提供するプロダクトとして、特許調査と発明抽出のMyTokkyo.Ai、知の資産化のナレッジベースであるIPGenius、秘密情報を共有するデータルームのリーガルテックVDRの3つが挙げられています(出典:PR TIMES リーガルテック株式会社)。
AIエージェントの機能として、発明相談、先行技術調査、競合技術分析、技術分類、特許情報分析、研究開発資料の整理が並んでいます。セキュリティについては、アクセス制御、閲覧制限、証跡管理とAI活用を一体で実現するという趣旨の記載があります。対象として想定されているのは、大企業の研究開発部門、知財部門、法務部門です。
ここで、公表資料から読み取れない点を整理しておきます。料金は記載がありません。事務所向けの提供形態、弁理士事務所や診断士事務所が契約者になれるかどうか、入力データの学習利用の扱い、回答の根拠となるデータの範囲、監査ログの具体的な仕様といった点も、プレスリリースの範囲では確認できません。これらは、導入を検討する事務所が同社に直接確認する事項です(要確認)。
また、想定顧客が大企業の部門である点は、事務所の導入判断の前提として重要です。事務所が自ら契約する場合と、依頼者である企業が導入した基盤に事務所が関与する場合とでは、データの責任の所在が異なります。この違いは、後述する判断軸の中でも、最初に切り分ける論点になります。
同社の製品のうち、IPGeniusについては、別の記事で弁理士向けの視点を整理しています。創薬向けの整理ワークフローを扱ったIPGeniusの創薬向け整理ワークフロー 弁理士が見る7判断軸もあわせて参照してください。
発明の情報をAIに渡す前に 特許法の新規性の規定を確かめる
弁理士の業務で、AIへの入力が特別に重い意味を持つのは、出願前の発明の情報を扱うためです。ここで、条文を確認しておきます。特許法第29条第1項は、特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明、公然実施をされた発明、頒布された刊行物に記載された発明、電気通信回線を通じて公衆に利用可能となつた発明を、特許を受けられない発明として列挙しています。
出願前の発明が、意図せず公衆に知られる状態になった場合の扱いについては、特許法第30条が、新規性の喪失の例外を定めています。ただし、この規定を適用するには要件と手続があり、適用の可否は個別の事案で判断される事項です。本記事では、この例外規定を頼りにする運用を勧めません。AIへの入力が、公衆に利用可能となる状態に当たるのかという問いは、ツールの設計と契約に左右されるため、整理を専門家に委ね、事務所としては入力しないという選択肢を先に持つのが、安全側の考え方になります。
つまり、AIを使う前に、事務所として決めておく境界線があります。出願前の発明の技術内容そのものを入力するのか、抽象化した情報にとどめるのか、そもそも入力しないのか。この線引きは、ツールの選定より先に決める事項です。
この線引きが、導入の判断軸1つ目です。発明の技術内容をどの粒度で入力するかを、案件の種類ごとに決めておき、記録に残します。先行技術の調査に使う場合は、出願前の技術内容を、キーワードや分類の形に抽象化して検索する運用が考えられます。ただし、抽象化の度合いによっては、依然として技術内容が推測できる場合があるため、案件ごとの判断になります。
弁理士と診断士で異なる論点 守秘義務の根拠を確かめる
守秘義務の根拠は、資格によって異なります。弁理士については、弁理士法第30条が、弁理士又は弁理士であった者が、正当な理由がなく、その業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならないと定めています。AIサービスへの入力が、この規定との関係でどう整理されるかは、サービスの契約内容と、入力する情報の性質によって変わるため、本記事では判断しません。
中小企業診断士については、経営診断の業務に従事する者の登録と試験が、中小企業支援法第11条と第12条に定められています。ただし、これらの条文は登録と試験に関する規定であり、守秘義務を直接定めたものではありません。診断士の実務では、依頼企業との契約書の秘密保持条項や、所属する団体の倫理の定めが、守秘の根拠になる場面が多いと考えられます。自身の契約や所属団体の規程で確認する事項です(要確認)。
この違いが、判断軸の2つ目です。弁理士は法定の守秘義務を前提に、診断士は契約上の秘密保持を前提に、AIへの入力可否を整理します。どちらの場合も、依頼者への説明と同意の取得が、実務の要になります。依頼企業が、事務所によるAIの利用を制限している場合もあるため、契約書の条項を読み直す工程を置きます。
導入を検討する7つの判断軸
ここから、導入の判断軸を7つに整理します。前提は、弁理士1名と補助者3名で、特許と商標の出願を扱う事務所、または診断士が単独で研究開発型の中小企業を支援する事務所です。(参考文献参照)
1つ目は、前述の入力粒度の線引きです。案件ごとに、何をどの粒度で入力するかを決め、記録します。
2つ目は、守秘の根拠と依頼者の許諾です。弁理士は法定の守秘義務、診断士は契約上の秘密保持を出発点に、依頼者への説明と同意の取得の手順を決めます。
3つ目は、契約者と責任の所在です。想定顧客が大企業の部門であるため、事務所自身が契約するのか、依頼企業の基盤に事務所が参加するのかを、先に切り分けます。後者の場合、データの管理責任は依頼企業の側にあり、事務所は、その基盤の利用規程に従う立場になります。
4つ目は、データの学習利用と保管です。プレスリリースに記載がないため、同社への確認事項です。入力データがモデルの学習に使われるか、どこに保管されるか、削除の手順はどうなっているかを、書面で確かめます。
5つ目は、アクセス制御と証跡の実効性です。公表資料には、アクセス制御、閲覧制限、証跡管理が挙げられています。事務所として、案件ごとに閲覧できる人を分けられるか、操作の記録を後から取り出せるかを、デモで確かめます。
6つ目は、出力の検証工程です。先行技術調査の結果は、調査範囲や検索式に依存します。AIが示した結果を、事務所の従来の調査手順と照らし、見落としがないかを人が確認する工程を残します。この点は、商標調査にAIとJ-PlatPat併用 弁理士が検証する7確認軸でも扱っています。
7つ目は、費用対効果と代替手段です。料金が公表されていないため、見積もりを取ったうえで、従来の調査にかかる時間との比較を、事務所の実測で行います。既存の調査ツールとの重複がないかも、あわせて確認します。
次に、プロンプト例を2本示します。どちらも、依頼者の技術情報を含まない、架空の設定で使う下書きです。
あなたは特許事務所の業務補助です。
以下は架空の発明相談の受付メモです。技術の内容は一般的な表現に置き換えてあります。
- 分野: 架空の機械部品の固定構造
- 相談内容: 既存の構造との違いを整理したい
- 制約: 具体的な寸法や材料、独自の配置は入力していません
先行技術を調べる際に確認すべき観点を、分類の考え方と検索の切り口に分けて、3つずつ挙げてください。
結論は断定せず、担当者が調査で確かめるための手がかりとして出力してください。
最終判断は弁理士が行います。
あなたは事務所の情報管理担当の補助です。
研究開発AIの導入検討にあたり、ベンダーに確認する質問リストを作ってください。
- 観点: 入力データの学習利用、保管場所、削除の手順、アクセス制御、操作ログの取り出し方、契約終了時のデータの扱い
- 対象は架空のB事務所です
- 各質問は1文で、回答を書面で受け取る前提の書き方にしてください
- 断定的な評価は書かない
出力は、観点ごとに質問を1つずつ並べてください。
弁理士事務所と診断士事務所への当てはめ方
同じ判断軸でも、事務所の形によって、重みが変わります。代表的な2つの形で、当てはめ方を整理します。
弁理士の事務所では、出願前の発明を扱うことが日常です。そのため、1つ目の入力粒度の線引きと、4つ目のデータの学習利用が、最初に見る項目になります。加えて、補助者が複数いる事務所では、5つ目のアクセス制御が効いてきます。案件ごとに担当者を分け、閲覧できる範囲を絞れるかどうかは、事務所内の情報管理の実態に直結します。弁理士法人のように、複数の弁理士が所属する場合は、利益相反の確認との関係も出てきます。弁理士法第31条は、弁理士が業務を行い得ない事件の類型を定めており、案件情報をAI上で横断検索できる設計の場合、この確認の運用にどう影響するかを、導入前に確かめる論点になります。
診断士の事務所では、支援先の企業の経営情報、財務情報、開発計画などを扱います。特許出願前の技術情報に触れる場面は、支援の内容によって限られますが、補助金の申請書類の作成支援などで、研究開発の計画を扱うことがあります。この場合は、2つ目の契約上の秘密保持と、3つ目の契約者の切り分けが、重い項目になります。診断士が単独で活動している場合、ベンダーとの契約と、支援先との契約の、両方を管理する責任が1人に集まるため、契約の一覧を作っておくと運用が安定します。(参考文献参照)
どちらの形でも、導入を急がず、過去の案件を使った評価から始める方法が現実的です。評価の結果は、事務所内の記録として残し、本格導入の可否を判断する会議の材料にします。判断の記録は、後日、依頼者から質問を受けたときの説明にも使えます。
ベンダーへの確認を記録として残す運用
導入の検討では、ベンダーとのやり取りが、事務所にとっての重要な証拠になります。口頭の説明だけで判断すると、後から仕様が変わったときに、当時の説明を示せなくなります。
確認は、質問リストを送って、回答を書面で受け取る形にします。回答の日付、回答者、参照した資料を記録し、契約書や利用規約の条項と照合します。回答が契約書の内容と食い違う場合は、契約書の条項が優先されるため、条項の側を確認します。
確認の記録は、導入後も保管します。製品の仕様は更新されるため、更新の都度、記録を見直し、事務所の運用に影響がないかを点検します。この見直しは、年に一度の規程の見直しとあわせて行う方法があります。導入の判断の根拠を残しておけば、担当者が交代しても、経緯を引き継げます。
導入前に決める規程と依頼者への説明
判断軸を、事務所の規程と依頼者への説明に落とす場合の項目を整理します。
規程に書く項目の候補は、AIへの入力を認める情報の範囲、入力を認めない情報の類型、使用するツールと契約の指定、依頼者の同意の取得方法、操作の記録の保存、利用者の権限です。ここに挙げたのは運用例であり、文言は事務所の実情に合わせて決めます。弁理士会のAI利活用に関するガイドラインを事務所の規程へ落とす手順は、弁理士会のAI利活用ガイドラインを事務所内規程に落とす7手順と条項例で整理しています。
依頼者への説明では、AIを補助的に使うこと、出願前の技術内容は原則として入力しない方針であること、入力する場合は事前に同意を得ること、最終的な判断は担当の弁理士が行うことを、契約書か説明資料に書いておく方法があります。依頼者が大企業である場合は、企業側の情報管理規程に、外部AIの利用に関する定めがあることも多いため、依頼者の規程を確認する工程も置きます。
個人情報の観点では、個人情報保護法第27条が、個人情報取扱事業者が、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないと定めています。発明者の氏名などが入力に含まれる場合、この規定との関係が問題になり得ます。整理は、個人情報保護委員会の公表資料などで個別に確認する論点として残します。
ツール側のデータ方針の比較として、汎用の生成AIの公表内容も確認しておきます。OpenAIは、ChatGPT Business、Enterprise、APIについて、デフォルトではユーザーのデータでモデルを学習しないとしています(出典:OpenAI Enterprise privacy)。Anthropicも、Team、Enterprise、APIなどの商用製品について、デフォルトでは入力と出力を学習に使わないとしています(出典:Anthropic Privacy Center)。研究開発AIの基盤についても、同様の情報の開示を、同社に求めておくと、比較の軸がそろいます。
導入で起こりがちな失敗例と回避策
失敗例の1つ目は、出願前の技術内容を、抽象化しないまま入力してしまうケースです。回避策は、案件の受付時に、入力してよい粒度を担当者が確認し、記録に残すことです。入力してよいか迷うときは、上長に相談する運用にします。
失敗例の2つ目は、AIの調査結果を、従来の調査の代わりに使ってしまうケースです。回避策は、AIの結果を補助として位置づけ、従来の手順と併用する期間を設けて、差分を記録することです。
失敗例の3つ目は、依頼企業の規程との食い違いです。依頼企業が、外部のAIサービスへの入力を制限している場合、事務所の判断だけで使うと、契約上の問題になり得ます。回避策は、案件の開始時に、依頼企業の情報管理の方針を確認することです。
失敗例の4つ目は、ツールの機能追加に運用が追いつかないケースです。機能の追加は今後もあり得ます。回避策は、新しい機能が追加された時点で、利用範囲と承認者を規程に反映するまで、既存の運用を維持することです。
費用・工数・体制の見立て
料金は公表されておらず、本記事では金額を推測で示しません。同社に見積もりを求めたうえで、従来の調査にかかる時間との比較を、事務所の実測で行います。
パイロットの工数は、選んだ案件の数と種類に左右されます。最初は、過去に完了した案件のうち、機密性が比較的低いものを使い、AIの調査結果と従来の結果を比べる方法があります。これは、依頼者の情報を扱わずに評価できるため、導入判断の材料を安全に集められます。
体制としては、導入責任者を弁理士の中から決め、ベンダーへの確認事項の窓口を一本化します。補助者への教育は、入力の線引きと、出力の検証工程の2点に絞ると、短い時間で伝えられます。
今後の展望と独自考察
今回の発表は、AIによる先行技術調査や発明の整理が、事務所の外、つまり企業の研究開発部門の側で進むことを示しています。企業の研究者が、AIで発明を整理し、先行技術を確認したうえで、事務所に相談する流れが増える可能性があります。
論点になるのは、次の3点です。1つ目は、依頼企業がAIで整理した発明を、弁理士がどの程度まで前提として受け取るか。2つ目は、AIによる調査の結果に責任を持つのは誰か。3つ目は、調査の一部をAIに任せたとき、弁理士の価値がどこに残るかです。調査の速度が上がるほど、権利範囲の設計や、出願の戦略といった判断の領域が、事務所の専門性の中心になっていくことが論点になります。
同様の論点は、拒絶理由通知の応答でも出ています。関連する整理は、拒絶理由通知の応答書をAIで下書きする 弁理士が引く7つの確認軸も参照してください。
よくある質問
Q. 研究開発AIプラットフォームは、弁理士事務所でも契約できますか。
A. プレスリリースが想定する対象は、大企業の研究開発部門、知財部門、法務部門です。事務所向けの提供形態は記載がないため、同社への確認事項です(要確認)。
Q. 出願前の発明をAIに入力してもよいですか。
A. 入力が特許法第29条の規定との関係でどう整理されるかは、ツールの設計と契約によるため、本記事では判断していません。入力しない、抽象化する、同意を得て入力するといった線引きを、事務所で先に決める運用があります。
Q. 守秘義務の条文は、どこを見ればよいですか。
A. 弁理士は弁理士法第30条が、業務上知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならないと定めています。診断士は、契約の秘密保持条項や所属団体の規程が根拠になる場面が多いため、個別に確認してください(要確認)。
Q. 入力データが学習に使われるかどうかは、どこで分かりますか。
A. プレスリリースには記載がありません。ベンダーへの書面での確認と、契約書の条項の確認を行う事項です(要確認)。
Q. AIの調査結果だけで出願の判断をしてよいですか。
A. 調査結果は検索範囲や条件に左右されます。従来の調査手順と照らし、人が確認する工程を残す運用が考えられます。最終判断は弁理士が行う事項です。
Q. 診断士がこのツールを使う場面はありますか。
A. 研究開発型の中小企業の支援で、知財の棚卸しや競合技術の整理を行う場面が考えられます。ただし、支援先の情報の扱いは、契約の秘密保持条項で確認する事項です。
参考文献
- PR TIMES リーガルテック株式会社 戦略17分野に向け研究開発AIプラットフォームを本格展開
- e-Gov法令検索 特許法
- e-Gov法令検索 弁理士法
- e-Gov法令検索 中小企業支援法
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- OpenAI Enterprise privacy
- Anthropic Privacy Center
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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