給与計算の自動化とAI 計算はシステム、AIは周辺という切り分け

給与計算の自動化を工程別に整理。計算はシステム、情報整理と確認と説明にAIという切り分けと、個人情報の扱い、システム選定の見直し方を解説します。

給与計算の自動化とAI 計算はシステム、AIは周辺という切り分け

給与計算の自動化とは、計算をシステムに、確認と説明をAIに寄せる設計のことです。

給与計算にAIを使いたいという相談は増えていますが、計算そのものは生成AIが向く作業ではありません。向くのは、その周辺にある確認と説明の部分です。この記事では、給与計算の業務を工程に分け、どこに何を当てるかを整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。生成AIサービスの利用については個人情報保護委員会の注意喚起が判断の出発点になります。

計算そのものは生成AIに向かない

先に結論を書きます。給与の計算は、給与計算システムの領域です。

理由は3つあります。第1に、計算は正確さが前提の作業であり、それらしい数字が返る仕組みは適しません。第2に、計算のルールは制度と事業所の規程で決まっており、そのルールを正確に反映した仕組みがすでに存在します。第3に、計算の結果は従業員に直接影響するため、誤りの影響が大きくなります。

この3つは、生成AIの性質から来る制約です。道具の性能が上がっても、計算の正しさを検証する機能が組み込まれているわけではありません。したがって、性能の向上を待って計算に使うという判断にはなりません。役割の違いとして、最初から切り分けておきます。

生成AIは、与えられた文脈に続く自然な内容を組み立てる仕組みです。数値の計算においても、それらしい値を返すことがあります。検算しなければ気づかず、検算するなら最初からシステムで計算したほうが速くなります。

したがって、給与計算の自動化を考えるときに検討するのは、給与計算システムの機能と、その周辺の作業です。生成AIを当てるのは、システムの外にある作業になります。

事務所全体での使いどころは社労士のAI活用で扱っています。

給与計算の業務を工程に分ける

工程を分けると、システムと生成AIの住み分けが見えます。

第1の工程は、顧問先からの情報の受け取りです。勤怠のデータ、変更事項、支給や控除の追加。形式が顧問先ごとに違い、この整理に時間がかかります。

第2の工程は、システムへの取り込みです。データの形式を整え、システムが読める形にします。

第3の工程は、計算です。システムが行います。

第4の工程は、結果の確認です。前月との比較、異常値の検出、金額の妥当性の確認。

第5の工程は、顧問先への報告と説明です。計算結果の送付、変更点の説明、質問への回答。

第6の工程は、記録と保管です。

このうち生成AIが効くのは、第1の情報整理、第4の確認の下ごしらえ、第5の説明文の作成です。第2はデータ処理の領域、第3はシステム、第6は保管の仕組みの問題になります。

工程1 顧問先からの情報を整理する

最も手間がかかる工程です。

顧問先から届く情報は、形式がそろっていません。表計算のファイル、メールの本文、紙のメモ、口頭での連絡。これらを整理して、システムに取り込める形にする作業が発生します。

生成AIが効くのは、届いた情報の中身を項目ごとに整理する部分です。誰について、どの月の、何が変わったか。この整理があると、取り込みの作業が単純になります。

ただし、ここで扱うのは従業員の個人情報です。氏名、給与額、家族の状況。そのまま外部のサービスに渡すことには慎重な判断が要ります。記号に置き換えたうえで構造だけを整理させるか、そもそも外部に出さない設計を選ぶかを、事務所として決めます。

現実的には、顧問先との間で情報の出し方を決めるほうが効果が大きくなります。事務所が用意した様式で提出してもらう、変更事項は決まった項目で連絡してもらう。この取り決めができれば、整理の作業そのものが減ります。

道具より取り決めが先、という順番は、給与計算の業務では特に当てはまります。整理の作業を機械で速くするより、整理が要らない形で届くようにするほうが、根本の解決になります。

取り決めを進めるときは、顧問先の負担も見ます。事務所が楽になる形が、顧問先にとって手間になることもあります。双方が使える形にするには、顧問先の担当者と話しながら決める必要があります。一方的に様式を送って終わりにすると、使われないまま元の形に戻ります。

工程4 確認の下ごしらえ

計算の結果を確認する工程でも、生成AIが使えます。

見るのは、前月との差です。給与額が大きく変わった人、控除の項目が増減した人、支給の項目が追加された人。これらは説明が付くはずの変化であり、説明が付かないものが確認の対象になります。

この作業は、システムの機能で行える場合もあります。差分の表示や異常値の検出を持つシステムであれば、そちらを使うほうが確実です。システムに機能がない場合、あるいは複数の顧問先を横断して見たい場合に、生成AIが使えます。

あなたは数値の点検役です。以下の2つの一覧を比較し、変化が大きい項目だけを列挙してください。

観点:
- 支給額の合計が前回から大きく変わっている行
- 前回にない項目が追加されている行
- 前回にあった項目がなくなっている行
- 控除額の合計が前回から大きく変わっている行

条件:
- 変化の理由を推測して書かないこと
- 金額の妥当性についての判断を書かないこと
- 対象者は 甲、乙、丙 のまま扱うこと
- 変化がない行は出力しないこと

前回の一覧:
"""
(記号に置き換えた一覧を貼り付け)
"""

今回の一覧:
"""
(記号に置き換えた一覧を貼り付け)
"""

出力された行が、確認の対象になります。実際に問題かどうかは人が判断します。多くは説明が付く変化であり、説明が付かないものだけが調査の対象になります。

この使い方でも、氏名は記号に置き換えます。金額そのものは処理の対象になるため置き換えられませんが、誰のものかが分からなければ、情報としての重みは下がります。

工程5 顧問先への説明

計算結果を送るときの説明文にも、生成AIが使えます。

制度が変わった月、社会保険料の改定があった月、賞与の支給がある月。通常と違う点がある月は、説明を添えないと問い合わせが増えます。

あなたは事務所の文書作成を手伝う役です。
以下の「変更点のメモ」をもとに、顧問先向けの説明文を作成してください。

条件:
- ですます調で統一すること
- 一文は60字以内を目安にすること
- メモに書かれていない事実や理由を足さないこと
- 数値・日付・制度の名称はメモのまま変更しないこと
- 個別の従業員についての判断や見通しを書かないこと
- 事業所は A社、従業員は 甲、乙 のまま扱うこと

変更点のメモ:
"""
(ここに貼り付け)
"""

説明文は、事務所の文体に整えてから送ります。生成AIの出力には特有の言い回しがあり、読み手には意外と伝わります。

質問への備えも用意しておくと役に立ちます。変更があった月に出そうな質問を列挙させ、回答は人が用意する。この準備があると、問い合わせへの対応が速くなります。

守秘義務と規程 個人情報の扱いが中心になる

給与計算で扱うのは、個人情報の中でも取扱いに注意を要する種類の情報です。

社会保険労務士の守秘義務は社会保険労務士法第21条に置かれています。正当な理由がなくて業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならないと定められています。

個人情報の側では、安全管理措置が個人情報の保護に関する法律の個人情報保護法第23条に、第三者提供の制限が個人情報保護法第27条に置かれています。給与のデータには、氏名、生年月日、給与額、家族の情報、健康保険や年金に関する情報が含まれます。

決めるのは4点です。第1に、入力してよい情報の区分。氏名と給与額の組み合わせは、入力しない区分に置く事務所が多く見られます。マイナンバーは、扱いがさらに厳格になります。

第2に、記号への置き換えの作法です。氏名を記号にする、部署名を伏せる、金額の桁を丸めるかどうか。金額を丸めると確認の作業にならないため、氏名だけを置き換える形が現実的です。

第3に、確認の工程です。出力を外に出す前に、数値、日付、制度の名称の3点を確認します。

第4に、記録です。どの顧問先の業務でAIを使ったかを記録に残します。

顧問先への説明は、他の業務より重みが大きくなります。顧問先は自社の従業員の給与情報を預けている立場です。何に使っているか、何を入力しないか、誰が確認するかの3点を答えられる状態にしておきます。全国社会保険労務士会連合会の公表情報は、所属する団体の考え方を確認する材料になります。規程への落とし方は士業事務所のAI利用規程テンプレートで扱っています。

システムの選定を先に見直す

生成AIを検討する前に、給与計算システムの機能を確認します。

多くのシステムが、勤怠データの取り込み、差分の表示、明細の配信といった機能を持っています。事務所が手作業で行っている部分に、すでに機能がある場合があります。

確認する点は3つです。第1に、顧問先からのデータの取り込みが自動化できるか。第2に、前月との差分を表示する機能があるか。第3に、明細の配信を顧問先が直接行えるか。

これらの機能を使えば、生成AIを別に契約しなくても工程が軽くなります。逆に、システムに機能がないまま生成AIを足しても、根本の作業量は変わりません。

電子申請の枠組みについては、日本年金機構の電子申請に関する情報で確認できます。社会保険の手続と給与計算は連動する部分が多く、あわせて見直すと効果が出ます。

事務所の中の作業分担を見直す

給与計算の業務は、担当者ごとに顧問先を持つ形が一般的です。この分担が、効率化の設計に影響します。

担当者ごとに顧問先を持つ形では、やり方も担当者ごとに固まります。同じ作業を別のやり方で行っている状態が生まれ、事務所として改善しにくくなります。誰かが工夫しても、その工夫が他に広がりません。

改善の材料を集めるには、共有の場が要ります。月に一度、短くてよいので、うまくいったやり方を持ち寄る。この場があるかないかで、事務所としての改善の速度が変わります。

もう一つ、工程ごとに担当を分ける形も検討の余地があります。情報の受け取りと整理を一人がまとめて行い、計算と確認を担当者が行う。分けることで、整理の作業だけを効率化する余地が生まれます。ただし、顧問先との関係が分断されるため、事務所の規模と方針によって判断が変わります。

繁忙期の負荷の平準化も、工程の設計に関わります。給与計算は締切が集中するため、その前後で作業量が大きく変わります。情報の受け取りを早めに済ませる取り決めができれば、締切前の負荷が下がります。この取り決めは、道具を入れるより先に効く改善です。

導入でつまずくパターン

1つ目は、計算そのものを生成AIに任せた例です。それらしい数字が返るぶん、誤りに気づきにくくなります。計算はシステムの領域です。

2つ目は、システムの機能を確認せずに生成AIを足した例です。すでに機能がある部分に別の道具を重ねても、作業量は変わりません。

3つ目は、氏名と給与額をそのまま入力した例です。給与計算で扱う情報の中核であり、扱いが最も重い部類に入ります。

4つ目は、顧問先との情報の出し方を決めずに整理だけを効率化しようとした例です。届く形式がばらばらである限り、整理の手間は残ります。

5つ目は、確認の結果を推測で埋めた例です。変化の理由を生成AIに書かせると、もっともらしい説明が付きます。理由は人が調べます。

6つ目は、繁忙期に導入を始めた例です。給与計算には締切があり、新しいやり方を試す余裕がありません。着手は余裕のある時期に行います。

7つ目は、効率化の効果を測らずに進めた例です。工程ごとにかかっている時間を導入前に把握しておかないと、何が改善したのか説明できません。担当者の感覚で一行書いておく程度で足ります。

8つ目は、顧問先の担当者が交代したときに取り決めが引き継がれなかった例です。情報の出し方を決めても、顧問先の側の担当が変わると元に戻ることがあります。取り決めを書面にして双方が持っておくと、引き継ぎの際に残ります。

費用と体制、導入の順番

費用は、給与計算システムのライセンス料が中心になります。生成AIを併用する場合、一アカウントあたり月額数千円の水準が目安になります。金額は事業者と契約形態で変わるため、各社の料金ページで確認します。

工数は、顧問先との取り決めに集中します。参考値として、事務所の様式を用意するのに数日、顧問先への案内と切り替えに数か月を見ておくと、無理のない進め方になります。顧問先が関わる部分は、事務所の都合だけでは進みません。

体制では、標準を決める人を置きます。顧問先ごとにやり方が分かれると、担当者の引き継ぎが難しくなります。

導入の順番としては、まずシステムの機能の確認、次に顧問先との取り決め、最後に生成AIの活用という形になります。この順番を守ると、無駄な投資を避けられます。導入全体の進め方は士業事務所のAI導入の進め方にまとめています。

これから変わること

給与計算システムの側にAIの機能が組み込まれる動きが進みます。勤怠データの読み取り、異常値の検出、説明文の生成。これらがシステム内で完結すれば、汎用の生成AIを別に契約する必要は薄れます。

顧問先の側でも、自社で処理を進める動きが出ています。事務所が担う範囲が変わると、報酬の設計も見直しの対象になります。考え方は士業のAI活用と報酬設計で扱っています。

制度面では、個人情報保護法の見直しの議論が続いています。委員会の公表資料は個人情報保護委員会の報道発表で追えます。給与のデータは扱いが重い情報であるため、この動きは実務に直接影響します。

労働関係の制度も改正が続きます。厚生労働省の公表資料を追う体制は、道具を使うかどうかにかかわらず要ります。

よくある質問

給与計算そのものにAIを使えますか

計算は給与計算システムの領域です。生成AIはそれらしい数字を返すことがあり、検算しなければ気づきません。検算するなら最初からシステムで計算したほうが速くなります。

どの工程にAIが効きますか

顧問先からの情報の整理、計算結果の確認の下ごしらえ、顧問先への説明文の作成です。いずれもシステムの外にある作業であり、人が手を動かしていた部分になります。

氏名と給与額を入力してよいですか

給与計算で扱う情報の中核であり、扱いが最も重い部類に入ります。入力しない区分に置く事務所が多く見られます。確認の作業で使う場合は、氏名を記号に置き換える形にします。

何から始めるのがよいですか

給与計算システムの機能の確認からです。勤怠データの取り込み、差分の表示、明細の配信といった機能がすでにある場合があります。機能を使わないまま別の道具を足しても、作業量は変わりません。

顧問先との取り決めは何を決めますか

情報の出し方です。事務所が用意した様式で提出してもらう、変更事項は決まった項目で連絡してもらう。この取り決めができれば、整理の作業そのものが減ります。道具より取り決めが先という順番になります。

導入はいつ始めますか

繁忙期を避けます。給与計算には締切があり、新しいやり方を試す余裕がありません。顧問先との取り決めが関わる部分は数か月かかるため、余裕のある時期に着手します。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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