日弁連会長談話が示したAI時代の民事司法 弁護士事務所が置く7つの線引き

日弁連が2026年9月1日に公表した会長談話を読み解きます。商事法務研究会の取りまとめと法務省ガイドラインに対する見解、ヒューマン・イン・ザ・ループの徹底を、弁護士事務所の工程に落とす7つの線引きとして整理します。

日弁連会長談話が示したAI時代の民事司法 弁護士事務所が置く7つの線引き

今回の会長談話とは、民事司法での生成AI利用に日弁連が示した見解のことです。

相手方から届いた準備書面が生成AIの出力だったとき、それに気づけるでしょうか。日本弁護士連合会が2026年9月1日に公表した会長談話は、この気づけないおそれを正面から書いています(出典: 日本弁護士連合会 会長談話)。本記事では、談話が何に対して出され、何を論点として挙げたのかを整理し、弁護士事務所の工程にどう落とすかを7つの線引きとしてまとめます。なお本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政と職能団体の見解は各公表資料で確認しています。

2026年8月に出た2つの文書と、9月1日に出た談話

談話は、日弁連が単独の問題提起として出したものではありません。2026年8月に公表された2つの文書を受けた形で出ています(出典: 前掲 会長談話)。

1つは、公益社団法人商事法務研究会に設置されたAI時代における民事司法を考える研究会の取りまとめです。同会のページによると、研究会は令和7年11月7日の第1回から令和8年6月26日の第12回まで開かれ、非公開の分科会が2回挟まれています。ヒアリングでは一般社団法人AIリーガルテック協会、株式会社Legalscape、弁護士ドットコム株式会社が資料を提出しており、資料はいずれも非公開とされています(出典: 商事法務研究会 AI時代における民事司法を考える研究会)。取りまとめの本体と概要は同ページから公開されています。

取りまとめの射程について、談話は、民事訴訟実務における各関係者の生成AI利活用を短期的および中長期的な可能性と課題の両面から検討し、特に争点整理段階の論点を議論したものだと説明しています。加えて、手続案内用チャットボットや書式入力補助といった訴訟手続外での活用にも言及があるとしています。裁判所の中だけの話ではなく、手続の入口にも届く整理になっているわけです。

もう1つは、法務省が2026年8月21日に公表したガイドラインで、表題はビジネス分野におけるAI等法務業務支援サービス提供と弁護士法第72条の関係についてです(出典: 法務省 AI等法務業務支援サービス提供と弁護士法第72条の関係に係るガイドライン等の公表について)。このガイドライン自体の読み方は弁護士法72条の新ガイドラインとAI法務サービスの選び方と答申と新ガイドラインで動いた論点で扱っています。

談話で目を引くのは、評価と不支持を分けて書いている点です。令和5年8月のガイドラインを補完・拡充し、弁護士法第72条の趣旨を踏まえて具体的な指針を示したことは評価できる、としながら、日弁連はこれまで同条の解釈について事件性必要説を支持してきてはおらず、ガイドラインが事件性必要説を前提にしている点は支持しないと明記しています(出典: 前掲 会長談話)。さらに、裁判手続以外の用途が考え難い表題の書面について出力制限をガバナンス上の留意・推奨事項として明記しなかった点にも懸念を示しています。中小規模の事業者が出力された訴状等を用いて自ら訴訟を進め、結果として権利や利益が損なわれる事態を招きかねない、という筋立てです。

もう一段の指摘が、受け手の範囲です。ガイドラインはサービスの受け手として事業者を想定していますが、そこには事業としてまたは事業のために契約の当事者となる個人も入り、フリーランスのような脆弱な個人事業者も含まれると談話は述べています。

談話から逆算する、事務所が置く7つの線引き

談話の中心は、人間中心のAI社会原則(平成31年3月29日 統合イノベーション戦略推進会議決定)が求めるとおり、人間が最終的な判断を行うこと、いわゆるヒューマン・イン・ザ・ループの徹底です。談話はこれを裁判官の側の課題として書くだけで終わらせず、当事者が提出する主張や証拠について、それが生成AIの出力であることやその誤りに気づけないおそれを完全には排除できないと述べ、訴訟代理人である弁護士の役割が極めて大きいと位置づけています。以下は、その位置づけを事務所の工程に置き換えたものです。

第一の線引きは、案件ごとにモデルと実行環境を決めることです。談話は、適正なモデルの選定や情報セキュリティの維持がなされることを含めて注視するという言い方をしています。事務所側に引き取ると、汎用の個人向けプランで進める案件と、学習利用が既定で切られた法人向け環境に限る案件を分ける作業になります。入力は案件の性質と相手方の属性、出力は、この案件はどの環境まで使うという一行の取り決めです。

第二は、相手方の書面と証拠を読む手順に検算を足すことです。従来も主張の整合性は追っていますが、論点は、どの主張が弱いかという従来の見方に加えて、引用されている法令や判例や事実が原典にあるかという確認へ一段増えます。争点整理の初回までに、引用元の原典確認を済ませる時間を見込んでおく運用が現実的です。

第三は、実在確認を独立した工程として切り出すことです。条文はe-Gov法令検索の原文、判例は判例集や裁判所の公開情報にあたるという経路を決め、確認の済んだものに印を付けます。生成AIにこの確認そのものを任せない点が要点です。存在しない条番号や架空の判例が書面に載りかけた事例への対処はAI出力の誤りを見つけたあとの訂正と説明の手順で扱っています。

第四は、提出前のチェックポイントを工程表に固定することです。下書きをAIに作らせるかどうかとは別に、提出物について誰がいつ何を見たのかを残します。訴状と準備書面の下書きを扱う工程設計は訴状と準備書面のAI下書きで守る5工程にまとめています。

第五は、リーガルテック出力の用途を事務所として区切ることです。談話が懸念として挙げたのは、裁判手続以外の用途が考え難い表題の書面を、法的知見の裏付けなしに使って手続が進むことでした。事務所としては、契約書レビューや条項比較のように使う範囲と、裁判所に出す書面の起案として使わない範囲を、ツール単位で分けて書いておく整理になります。

第六は、依頼者と顧問先への説明です。相手は法務部門を持つ企業とは限りません。談話が名前を挙げた脆弱な個人事業者まで視野に入れると、AIの出力をそのまま使わない理由を、平易な言葉で渡せるかが問われます。事務所の説明文書を1枚用意しておくと、相談の初期で使えます。

第七は、記録保全です。入力した内容、返ってきた出力、修正の判断、最終確認者を残します。後から問われるのは結論ではなく過程なので、過程が残っていない運用は説明が難しくなります。専用のツールを入れる話ではなく、案件フォルダの中に確認メモを一枚置くところから始めている事務所もあります。

七つを並べると、新しい作業はほとんどないことが分かります。モデルと環境の線引き、原典確認、提出前の点検、記録。どれも従来から事務所にあった工程で、違うのは、それが生成AIの出力に対しても同じ強度でかかるかという点だけです。談話が弁護士の職責を強調しているのは、代理人が手続全般に関与し、不適切な出力による権利侵害に対して適時に手続的な対応を採り得る立場にあるという理由からでした。工程の強度を保つことが、その立場を実際に使える状態にしておく作業になります。

実在確認の工程で使えるプロンプトの例を2つ挙げます。いずれも架空の事案を前提に、事務所内での下書き補助として使うものです。

あなたは法律文書のファクトチェック補助を行います。
以下の文章から、法令名・条番号・判例の表示(裁判所・年月日・事件番号)をすべて抽出し、
1行1件の確認リストにしてください。
出力は「種別 / 表示されている内容 / 確認先(e-Gov・裁判所サイト等)/ 未確認」の4列で、
あなた自身は実在判断をせず、すべて「未確認」と記載してください。
存在の有無を推測で補わないでください。

対象文章:
"""
(ここに相手方書面または自所の下書きを貼る)
"""
あなたは民事訴訟の争点整理を補助します。
以下は架空の事案(原告A社、被告B社)の準備書面の写しです。
次の3点を出力してください。
1. 主張されている事実と、その根拠として引用されている資料の対応表
2. 引用されている法令・判例のうち、原典にあたって確認する必要がある箇所の一覧
3. 事実の記載に矛盾または時系列の飛びがある箇所
断定的な法的評価は書かず、確認が必要な箇所の指摘に限定してください。

対象:
"""
(ここに架空事案の書面を貼る)
"""

どちらも、返ってきた一覧を代理人自身の手で原典にあてる前提で組んでいます。AIに判断させず、確認すべき箇所を漏らさないための道具として使う形です。

依頼者情報をAIに載せる前に決める守秘義務と規程の線

事務所の側で先に決めておく項目は、守秘義務の根拠と、ツールのデータ取り扱いの2つです。

弁護士法第23条は、弁護士または弁護士であった者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負うと定めています。同法第72条は、弁護士または弁護士法人でない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことなどを禁じる規定です。今回の談話が条文の解釈そのものを動かしたわけではありませんが、事件性必要説を前提とする整理を日弁連が支持していないと明示した点は、ガイドラインを読む前提として押さえる価値があります。

依頼者の情報に個人データが含まれる場面では、個人情報の保護に関する法律第27条の第三者提供の制限と、同法第28条の外国にある第三者への提供の制限が論点になります。海外のAIサービスに資料を渡す運用を採る場合、本人の同意をどの範囲で取るのかという設計が先に来ます。

ツール側の取り扱いは、ベンダーの公式記載で確認します。Anthropicは、既定ではユーザーの入力や出力を生成モデルの学習に使わないと説明しています(出典: Anthropic Is my data used for model training?)。商用利用の条件はCommercial Terms of Serviceに置かれています。個人向けプランと法人向けプランで既定の扱いが違う製品もあるため、事務所で使うプランの記載を見るのが先です。モデル提供事業者の名前ではなく、契約している製品とプランの記載で判断するところが実務の肝になります。

規程に落とすなら、書く項目は多くありません。使用を認めるツールとプランの一覧、案件の性質ごとの入力可否、依頼者情報を入れる場合の同意の取り方、提出物の最終確認者、記録の保存先と保存期間です。これを1枚にまとめて、所内の誰でも見られる場所に置いている事務所があります。弁護士会の会内文献でも生成AIの取り扱いが特集されており、所内ルールの作り方の参考になります(東京弁護士会LIBRAの生成AI特集から拾う実務論点)。

依頼者への説明では、入力する範囲と入力しない範囲を具体物で示すのが伝わります。たとえば、契約書の文言は入れるが当事者名と金額は伏せる、医療記録や前科に関する記載は入れない、といった粒度です。抽象的な安全性の説明より、線の位置を見せたほうが質問が減ります。

現場で起きやすい3つのつまずきと戻し方

1つ目は、相手方書面の検算を省いたまま争点整理に入ってしまうことです。引用された判例が存在しないと気づくのが期日の直前になると、対応の選択肢が狭まります。初回の読み込みと同じ日に確認リストを作る運用にしておくと、時間の余裕が残ります。

2つ目は、所内でツールが野良化することです。誰がどのプランで何を入力したのか追えなくなると、説明が必要になった場面で再現できません。使用を認めるツールを絞り、利用申請を1行でも残す形にするのが、最も手間の少ない対処になります。

3つ目は、依頼者側がすでにAIで作った書面を持ち込むケースです。談話が懸念として挙げた構図が、相談の入口に現れる形です。受任前の相談で、その書面の作成経緯を聞き取る項目を相談票に足しておくと、後から整理し直す手間が減ります。依頼者を責める話ではなく、どこを作り直す必要があるのかを早く特定するための質問として置きます。

費用と工数、誰が運用を持つか

新しい費用は、多くの事務所でツールのライセンス以外にほとんど発生しません。動くのは工数の置き場所です。

確認工程の追加でかかる時間は、書面あたりの引用箇所の数にほぼ比例します。法令と判例の引用が十箇所程度の書面なら、原典にあたる作業は一箇所あたり数分で、合わせて半時間から一時間の範囲に収まることが多い作業です。従来も行っていた確認を、工程として明示し直すだけという事務所もあります。

規程の整備は、初回に半日から丸一日ほどです。使用を認めるツールの棚卸し、入力可否の線引き、記録の置き場所を決めるところまでで一度止め、運用しながら直すほうが早く回ります。

運用の持ち主は、所内で一人決めておくのが扱いやすくなります。少人数の事務所なら事務局長かパートナーのだれかが兼ね、人数が増えた事務所ではツールの窓口と規程の窓口を分ける形です。誰も持っていない状態だと、新しいツールが入るたびに判断が止まります。

2026年後半に残る論点

談話は、日弁連として会員のAIリテラシー向上と弁護士倫理に則した利活用のための研修、各種指針等の整備に継続して取り組むと述べています。指針が具体的にどこまで降りてくるかは公表を待つ段階です(要確認)。

ガイドラインの側では、受け手として消費者を想定した場合にどう考えるのかが残されています。談話はこの点に懸念を示す形で触れていますが、制度としての整理はまだありません。リーガルテック事業者の自主的な取り組みがどこまで進むか、そして裁判所側の運用がどう固まるかが、次に動く部分になります。民事裁判手続のデジタル化と合わせて読む視点は民事裁判の全面デジタル化と生成AIの7論点で整理しています。

事務所の立場では、指針の公表を待つ理由は薄いところです。モデルと環境の線引き、実在確認の工程、記録の保全は、どの指針が出ても前提として残る作業になります。

よくある質問

会長談話には法的な拘束力がありますか

会長談話は、日弁連が公表事項に対する見解を示す文書であり、会員を直接拘束する会規ではありません。ただし談話では、会員のAIリテラシー向上と弁護士倫理に則した利活用のための研修や各種指針等の整備に継続して取り組むと述べられており、今後の指針整備の方向を読む材料になります(出典: 日本弁護士連合会 会長談話)。

事件性必要説を日弁連が支持していないと、ガイドラインの扱いはどうなりますか

ガイドラインは法務省が公表した文書で、日弁連の支持の有無によって内容が変わるものではありません。談話は、同説を前提にしている点を支持しないと述べた上で、具体的な指針を示したこと自体は評価できるとしています。読み手としては、どの立場に立った整理なのかを意識して読む論点になります。

生成AIで訴状の下書きを作ることは差し支えありませんか

公表されている文書の中に、弁護士が自らの業務で下書き補助に使うことを一般に禁じる記載は見当たりません。談話が懸念を示しているのは、法的知見の裏付けのない当事者が出力をそのまま用いて手続を進める場面です。事務所で使う場合は、提出前の確認工程と記録を残す運用が論点になります。

相手方の書面がAI出力かどうかを確かめる方法はありますか

判別の決まった方法は公表されていません。談話も、当事者の提出物について誤りに気づけないおそれを完全には排除できないと述べています。現実的な対処は、出力かどうかを当てることではなく、引用された法令・判例・事実を原典にあたって確かめることです。

裁判官が生成AIを使う場合の論点は何ですか

談話は、裁判官が出力を過信することにより、日本国憲法第76条第3項が保障する職権行使の独立の実質を損なう危険があると指摘しています。裁判所側の運用がどう整理されるかは、公表を待つ段階です(要確認)。

小規模事務所が最初に着手すると効果が出やすい項目はどれですか

使用を認めるツールとプランを1枚に書き出すことです。入力可否の線引きや記録の様式は、そのあとで足せます。所内に何が入っているか分からない状態だと、他の工程を組んでも機能しにくくなります。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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