統計作成等の特例とは、統計情報等の作成に限り同意を不要とする制度のことです。
顧問先から、うちのデータをAI開発に出しても同意はいらなくなるのか、と聞かれたとき、事務所として返す一次情報は個人情報保護委員会の公布資料に集約されています。この記事では、令和8年改正で新設される統計作成等の特例を、顧問先への説明資料に落とすまでの手順と、生成AIをどこまで下書きに使えるかを整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。改正法は令和8年7月10日の国会で可決・成立し、同年7月17日に公布されました(出典: 個人情報保護委員会 個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律の公布について)。
令和8年改正で新設される統計作成等の特例と、施行までの時間軸
最初に押さえるのは、施行日がまだ決まっていないという事実です。個人情報保護委員会は、改正法が一部を除き公布日から起算して2年を超えない範囲内で政令で定める日から施行されると公表しています(出典: 個人情報保護委員会 公布のお知らせ)。つまり顧問先に対して、もう同意は不要になりました、と伝えるのは早すぎます。いま事務所が担うのは、制度の輪郭と、施行までに社内で何を決めておく必要があるかを先に共有する役割です。
特例の中身は、委員会事務局の概要資料に明示されています。個人データ等の第三者提供と、公開されている要配慮個人情報の取得について、統計情報等の作成にのみ利用される場合は本人同意を不要とするもので、この統計情報等の作成には統計作成等であると整理できるAI開発等が含まれます。該当する規定は新設の第30条の2と第31条の3です(出典: 個人情報保護委員会 個人情報保護法等の一部を改正する法律について)。
現行制度と比べると位置づけが分かりやすくなります。個人情報保護法第27条第1項は、個人データを第三者に提供する場合に原則としてあらかじめ本人の同意を求めています。要配慮個人情報の取得については個人情報保護法第20条第2項が、当初の利用目的を超える取扱いについては個人情報保護法第18条第3項が、それぞれ同意と例外の枠組みを定めています。今回の特例は、この同意原則の外側に、統計情報等の作成という用途限定の出口を新しく開けるものと説明されています。
同意が要らなくなる代わりに、担保のための規律が置かれます。概要資料は、提供元と提供先の氏名・名称や行おうとする統計情報等の作成の内容などの公表、統計情報等の作成のみを目的とした提供である旨の書面による提供元・提供先間の合意、取得者および提供先による目的外利用と第三者提供の禁止を挙げています(出典: 前掲 個人情報保護委員会 概要資料)。顧問先にとっては、同意取得の手間が公表と合意書の手間に置き換わる、という理解がいちばん近いはずです。
同じ改正で、事後の規律も強化されています。重大な違反行為により個人の権利利益が侵害された場合等について課徴金の納付を命じる制度が新設され、対象行為に係る本人の数について1,000人を基準とする大規模事案に限定されると説明されています(出典: 前掲 個人情報保護委員会 概要資料)。統計特例に依拠しながら目的外に使った場合も課徴金の対象になり得る行為として例示されており、緩和と制裁がセットで入った改正だと読めます。
顧問先へ説明する7つの論点を生成AIで下書きする手順
説明資料づくりで生成AIに任せられるのは、一次情報の構造化と文章の下書きまでです。ここでは7つの論点を、事務所の説明資料に落とすまでの流れを追います。
第一の論点は、施行時期の伝え方です。政令待ちである事実をぼかすと、顧問先が前倒しでデータ提供を始めてしまいます。第二は、自社が提供元なのか提供先なのかという立ち位置の確認です。第三は、提供しようとしているデータが統計情報等の作成にのみ使われる建て付けになっているかどうか。第四は、公表事項を誰がどの媒体で出すのか。第五は、書面合意の雛形を誰が用意するのか。第六は、目的外利用の禁止を提供先の社内でどう担保するのか。第七は、課徴金や罰則の強化を含めた事後規律の全体像です。
手順は次のように組みます。
- 一次情報を手元に置きます。個人情報保護委員会の公布ページと概要資料PDFを事務所の共有フォルダに保存し、生成AIに読ませる元データを一次情報だけに絞ります。ここで解説記事を混ぜると、出典の追跡ができなくなります。
- 論点表を作らせます。概要資料の該当ページのテキストを貼り、7つの論点それぞれについて、一次情報に書いてある内容と、まだ政令・規則待ちの内容を分けて書き出させます。この段階では顧問先名や実データは一切入れません。
- 顧問先の業種に合わせて具体化します。ここで初めて業種の粒度(たとえば健康関連サービス、求人媒体、小売)を与えます。個社が特定できる情報は入れず、業種の一般論に留めます。
- 有資格者が原稿を突き合わせます。生成AIの出力を、保存しておいた一次情報と1文ずつ照合します。特に条番号と施行時期は、AIが古い改正内容と混同しやすい箇所です。
- 説明資料に落とします。顧問先向けの資料には、政令・規則待ちの項目を独立した節として残します。確定事項と未確定事項が混ざった資料は、後から責任の所在が曖昧になります。
- 質疑の想定問答を作ります。顧問先の担当者から出そうな質問を生成AIに列挙させ、回答の骨子だけを人が書きます。回答本文をAIに書かせると、規範の断定が混入しやすくなります。
- 更新の担当と時期を決めます。政令・委員会規則・ガイドラインが出た時点で資料を差し替える前提で、担当者と確認頻度を先に決めておきます。
論点表を作る段階のプロンプトは、次のような形です。
あなたは日本の個人情報保護法制に詳しい調査アシスタントです。
以下に貼り付けた資料(個人情報保護委員会の公表資料の抜粋)だけを根拠にしてください。
資料に書かれていない事項は「資料に記載なし」と明記し、推測で補わないこと。
出力形式:
| 論点 | 資料に明記されている内容 | 政令・規則・ガイドライン待ちの内容 | 該当ページ |
論点は次の7つです。
1 施行時期 2 提供元と提供先の立場 3 用途限定の担保 4 公表事項
5 書面合意 6 目的外利用の禁止 7 事後規律(課徴金・罰則)
【資料】
(ここに一次情報のテキストを貼る)
顧問先向けの説明文の下書きには、次のプロンプトを使います。
以下の論点表をもとに、顧問先(業種: ○○、従業員規模: ○名程度)の担当者向けに
説明文の下書きを作成してください。
条件:
- 断定を避け、資料に書かれている事実と、まだ決まっていない事項を必ず区別する
- 「違法」「適法」といった評価を書かない。事実と手続の説明に徹する
- 数字と日付には、論点表のどの行に基づくかを括弧書きで残す
- 1文は60字以内、専門用語は初出時に一言で補う
- 最後に「確認が必要な事項」を箇条書きで3〜5件
【論点表】
(ここに手順2の出力を貼る)
出力をそのまま送らないことが前提です。最終確認は、顧問先との契約関係にある有資格者が行います。生成AIが担うのは、一次情報の要約と文体の整えまでで、顧問先の個別事情への当てはめは人の仕事として残ります。
顧問先資料を生成AIに入れる前に決めておく3つのこと
守秘義務の観点では、入力するデータの粒度を決めることが出発点です。統計特例の説明資料づくりは、公表資料の読み込みが中心なので、顧問先の実データを入れる必要がほとんどありません。それでも実務では、顧問先から送られてきたデータ項目一覧や社内規程の草案をそのまま貼りたくなる場面が出てきます。ここで一度線を引いておきます。
決めておくことの1つ目は、ツールが入力を学習に使うかどうかの確認です。OpenAIは、APIおよびChatGPTのビジネス向けプランについて、既定では入力を学習に使わないとする方針を公開しています(出典: OpenAI Enterprise privacy)。Anthropicも商用サービスの利用規約とプライバシーポリシーでデータの取扱いを示しています(出典: Anthropic Privacy Policy)。事務所として押さえるのは、契約プランごとに扱いが違う点と、方針が改定される点です。導入時に一度確認して終わりにせず、確認日を記録に残す運用が要ります。
2つ目は、守秘義務の根拠を事務所内で共有しておくことです。弁護士法第23条は、弁護士または弁護士であった者が職務上知り得た秘密を保持する権利を有し義務を負うと定めています。税理士法第38条は、税理士が正当な理由なく税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、または窃用してはならないと定め、税理士でなくなった後も同様としています。条文はいずれも、AIに入れてよいかを直接には書いていません。だからこそ、条文の文言を出発点に、事務所として自前の運用ルールを決める必要が出てきます。
3つ目は、顧問先への説明のタイミングです。実務では、顧問先の資料を生成AIに入力する可能性がある業務範囲を、契約更新や年度初めの面談であらかじめ伝えておく事務所があります。個別案件ごとに都度確認する方式を採る事務所もあります。どちらが自事務所に合うかは、案件の回転率と担当者数で変わります。共通するのは、伝えた事実と伝えた日を記録に残している点です。
規程に落とすなら、次の4項目が最低限の骨格になります。使ってよいツールと契約プランの列挙、入力してよい情報の区分(公表資料・匿名化済みデータ・顧問先の実データ)、入力してはいけない情報の明示、そして出力を外部に出す前の確認者の指定です。統計特例のように制度が動いている領域では、規程本体を頻繁に書き換えるより、別紙のツール一覧と情報区分表だけを更新できる構造にしておくと維持しやすくなります。この考え方は、日本弁理士会のAI利活用ガイドラインを事務所ルールに落とす7手順で扱った職能団体のガイドラインの読み方とも重なります。
説明の現場で起きやすい3つの失敗と、その手前で止める方法
1つ目の失敗は、施行済みだと誤解させてしまうことです。改正法は公布済みですが、施行日は政令で定められます(出典: 個人情報保護委員会 公布のお知らせ)。生成AIに説明文を書かせると、公布と施行を区別せずに、今後は同意が不要です、と書いてしまうことがあります。回避策は単純で、資料の冒頭に施行時期の節を独立して置き、そこだけは人が書くことです。
2つ目は、条番号の取り違えです。新設される第30条の2と第31条の3は、施行前の段階ではe-Gov法令検索の現行条文には現れません。生成AIは、この状態でそれらしい条番号を出力することがあります。事務所の運用としては、条番号を書いた箇所すべてについて、現行法ならe-Gov、改正法なら新旧対照表という具合に、参照先を原稿の脇に残しておく方法が確実です。個人情報保護委員会は新旧対照表もあわせて公表しています(出典: 個人情報保護委員会 公布のお知らせ)。
3つ目は、顧問先の実データを説明資料の作成過程で不用意に入力してしまうことです。説明資料づくりは公表資料だけで完結する作業なので、実データが入力ログに残る理由がありません。それでも起きるのは、担当者が、具体例があったほうが分かりやすい、と考えて手元の資料を貼るからです。回避策は、説明資料の作成を公表資料フォルダ内で完結させる運用を明示し、実データの持ち込みが必要になった時点で担当者が有資格者に確認する、という一段の手続きを挟むことです。責任の分界という論点は、税理士業務の無償独占とAI出力の最終承認 責任分界を引く6つの線でも扱っています。
説明対応にかかる工数と、事務所内の役割分担
工数の見積もりは、一次情報の読み込みと、顧問先ごとの個別化に分けて考えると立てやすくなります。公布資料と概要資料の読み込みは事務所で一度だけ行う共通コストで、論点表の作成までを含めても半日程度に収まる規模です(根拠: 概要資料は本文20ページ程度で、統計特例の該当箇所は数ページに限られるため)。顧問先ごとの個別化は、業種の当てはめと質疑の想定に時間が寄ります。
役割分担は、下書きを担当者、確認を有資格者に固定するのが素直です。生成AIを使う場合も、この構図は変わりません。むしろ下書きが速くなるぶん、確認工程が相対的に重くなります。確認者が同時に多数の資料を抱えないよう、顧問先の説明を業種ごとにまとめて実施する事務所もあります。
ライセンス費用の面では、法人向けプランを選ぶ判断が入ります。入力データの学習利用に関する扱いが個人向けプランと異なる場合があるためで、各社の公表するプラン別の説明を確認したうえで選ぶことになります(出典: OpenAI Enterprise privacy)。費用そのものより、どのプランで何が担保されるかを事務所として記録しておくことのほうが、あとから効いてきます。
政令・委員会規則の公表待ちで、いま決められないこと
いま決められないことを明示しておくのが、この論点でいちばん実務的です。個人情報保護委員会は、円滑な施行へ向けて今後、政令、委員会規則、ガイドライン等の検討を行うとしています(出典: 個人情報保護委員会 公布のお知らせ)。統計特例についても、具体的な対象範囲や公表事項等は委員会規則等で定めることが想定されると概要資料に書かれています(出典: 前掲 個人情報保護委員会 概要資料)。
したがって、顧問先が知りたい、自社のこのデータ提供は特例に乗るのか、という問いには、現時点で確定的な答えを返せません。事務所として返せるのは、特例の建て付けと、担保のために求められる公表・合意・目的外利用禁止という3つの柱、そして規則の公表を待つべき論点の切り分けです。
論点になるのは、公表事項の粒度がどこまで求められるかという点と、統計情報等の作成であると整理できるAI開発の範囲がどこで線引きされるかという点です。前者は顧問先の広報体制に、後者は開発委託契約の書きぶりに影響します。規則案のパブリックコメントが出た段階で、顧問先の該当性を再点検する時期を決めておくと、対応が後手になりません。
よくある質問
統計作成等の特例が使えるようになるのはいつからですか
改正法は令和8年7月17日に公布され、一部を除き公布日から起算して2年を超えない範囲内で政令で定める日から施行されます(出典: 個人情報保護委員会 公布のお知らせ)。施行日を定める政令はまだ公表されていないため、現時点では具体的な開始日を示せません。
AI開発のためのデータ提供も特例の対象になりますか
個人情報保護委員会の概要資料は、統計情報等の作成に統計作成等であると整理できるAI開発等が含まれると記載しています(出典: 個人情報保護委員会 概要資料)。ただし具体的な対象範囲は委員会規則等で定めることが想定されると同資料に書かれており、個別のAI開発が対象に含まれるかは規則の公表を待つ必要があります。
同意が不要になるなら、これまでの同意取得はやめてよいのですか
改正法はまだ施行されていないため、現時点の第三者提供は現行の枠組みで判断することになります。個人情報保護法第27条第1項は、例外に当たる場合を除き、あらかじめ本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならないと定めています。施行後の運用変更を検討する場合も、公表や書面合意といった代替の手続が求められる建て付けである点が論点になります。
顧問先の資料を生成AIに入力してよいかは、条文のどこを見ればよいですか
守秘義務の根拠条文は職種ごとに異なります。弁護士は弁護士法第23条、税理士は税理士法第38条が秘密の保持について定めています。いずれも生成AIへの入力の可否を直接には規定していないため、条文の文言を出発点に、事務所ごとの運用ルールと顧問先への説明でカバーする形になります。
課徴金はどのような場合に問題になりますか
個人情報保護委員会の概要資料は、重大な違反行為により個人の権利利益が侵害された場合等について、違反行為によって得られた財産的利益等に相当する額の課徴金の納付を命じることとし、対象行為に係る本人の数について1,000人を基準とする大規模事案に限定すると説明しています(出典: 個人情報保護委員会 概要資料)。統計特例に依拠しながら目的外に利用した場合も、対象となり得る行為として例示されています。
説明資料は誰が最終確認すればよいですか
顧問先と契約関係にある有資格者が確認する運用を採る事務所が多く見られます。生成AIを使う場合も、下書きと確認を分ける構図は変わりません。確認の記録として、参照した一次情報のURLと確認日を資料の管理台帳に残しておく方法があります。
規則やガイドラインが出たら、どこを見直せばよいですか
公表事項の粒度と、統計情報等の作成に含まれるAI開発の範囲が中心になります。この2点は概要資料で委員会規則等に委ねられている旨が示されているため、規則案のパブリックコメント段階から追う価値があります(出典: 個人情報保護委員会 概要資料)。
参考文献
- 個人情報保護委員会 個人情報の保護に関する法律等の一部を改正する法律の公布について(令和8年7月17日)
- 個人情報保護委員会事務局 個人情報保護法等の一部を改正する法律について(令和8年7月)
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- e-Gov法令検索 弁護士法
- e-Gov法令検索 税理士法
- OpenAI Enterprise privacy
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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