公認会計士のAI活用とは、資料の把握と文書化をAIに寄せる業務設計のことです。
公認会計士の業務は、監査とそれ以外で性質が大きく異なります。同じ生成AIでも、当てられる場面と、慎重な検討が要る場面が分かれます。この記事では、業務を2つに分けたうえで、それぞれの使いどころと守秘義務上の設計を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。生成AIサービスの利用については個人情報保護委員会の注意喚起が判断の出発点になります。
監査と非監査を分ける理由
まず、業務の性質の違いを押さえます。ここを混ぜると、議論がかみ合いません。
公認会計士法第2条は、他人の求めに応じ報酬を得て財務書類の監査又は証明をすることを業とすると定め、同条はそのほかの業務についても規定を置いています。監査は、第三者に対する意見の表明を伴う業務であり、手続と証拠の関係が厳格に問われます。
この性質から、監査業務でAIを使う場合は、監査手続としての位置づけを整理する必要が出てきます。手続の一部を機械に任せたときに、その結果を監査証拠としてどう扱うか。この論点は、事務所が単独で決めるものではなく、監査の基準や実務指針の枠組みの中で検討されるものです。日本公認会計士協会の専門分野に関する情報で、公表されている考え方を確認します。
一方、非監査の業務は事情が違います。コンサルティング、株価算定、内部統制の構築支援、財務デューデリジェンス、開示書類の作成支援。これらは意見表明を伴わない業務であり、生成AIの当てどころは他の士業と近くなります。
したがって、事務所としての導入は、非監査の業務から始めるほうが進みます。監査業務については、基準や指針の動向を追いながら、事務作業の部分に限定して検討する。この順番が現実的です。
もう一点、監査法人と個人の事務所では、検討の進め方が変わります。組織的な品質管理の仕組みを持つ監査法人では、既存の枠組みの中で位置づける作業になります。個人の事務所では、扱う業務の構成によって判断が変わります。事務所全体の設計は士業のAI活用ガイドで扱っています。
非監査業務での使いどころ
効果が出やすい順に挙げます。
第1は、資料の把握です。デューデリジェンスや株価算定では、対象会社の資料を大量に読み込む作業が発生します。契約書、議事録、財務資料、規程類。読むだけで日数がかかる分量を、下ごしらえとして整理させます。
第2は、情報の抽出です。契約書から特定の条項を拾う、議事録から決議事項を拾う、規程から該当箇所を抜き出す。探して並べる作業は人がやると時間だけが溶けるため、投資対効果がはっきりします。
第3は、文書の下書きです。報告書の構成に沿って内容を埋める作業。事務所の既存の様式を一緒に渡すと、手直しの量が減ります。
第4は、言い換えです。会計や監査の議論を、依頼者の経営陣に向けて平易に書き直す作業。この翻訳作業は、公認会計士の業務の相当部分を占めます。
第5は、資料の自己点検です。作成済みの資料を読ませ、数値の食い違いや前後の矛盾を指摘させます。合計と内訳の不一致、参照先の不整合といった機械的に拾える部分に効きます。
第6は、想定問答づくりです。経営陣への説明の前、委員会への報告の前に、聞かれそうなことを列挙させます。準備の抜けを減らす用途です。
第7は、事務所内の資料検索です。過去の報告書や作業記録を引ける状態にすると、担当者が変わっても同じ品質で答えられます。ただし依頼者の情報を含むため、別の設計が要ります。詳細は士業事務所のRAG構築で扱っています。
向かない使い方も明確です。会計基準の解釈を尋ねること、数値の算定そのものを任せること、結論を出させること。いずれも誤りが混ざりやすく、しかも誤りが検出しにくい領域になります。
向き不向きの差は、確認の手間で説明できます。資料の把握や情報の抽出であれば、元の資料に戻れば正しいかどうかが分かります。一方、基準の解釈を尋ねる使い方では、返ってきた内容を確かめる作業が自分で調べる作業とほぼ同じ手間になります。時間の節約にならないどころか、それらしい誤りに引きずられる分だけ危険が増えます。
7つの中で、事務所の規模による差が出るのが第7の資料検索です。担当者が数名の事務所では、全員が全案件を把握している場合があり、検索できる状態にする効果は限られます。担当者が入れ替わる規模になってから検討する順番でも遅くありません。
もう一つ、業務の性質による差もあります。同種の案件を繰り返し扱う事務所では、指示文の型が効きやすくなります。案件ごとに構成が大きく変わる業務では、型を作る労力に対して効果が読みにくくなります。まず繰り返しの多い業務で試し、そこで得た型を他に広げる順番が無駄になりません。
使う指示文の型
事務所で共有する指示文の例を挙げます。固有名詞は記号に置き換えて使います。
契約書や規程からの情報抽出に使う型です。
あなたは資料から情報を抜き出す役です。以下の資料から、指定した項目だけを抽出してください。
抽出する項目:
- 契約期間・更新に関する記載
- 解除・解約に関する記載
- 支払条件に関する記載
- 権利の帰属に関する記載
- 報告・通知の義務に関する記載
条件:
- 該当する記載がない項目は「記載なし」と出力すること
- 抽出した箇所は、資料中の表現をそのまま引用すること
- 条項番号やページを併記すること
- 会計上の評価や判断を書かないこと
- 当事者は A社、B社 のまま扱うこと
資料:
"""
(ここに貼り付け)
"""
作成した資料の点検に使う型です。
あなたは書類の点検役です。以下の資料を読み、次の観点で疑わしい箇所だけを列挙してください。
修正案は書かず、指摘のみを出力してください。
観点:
- 数値・日付・金額が資料内で食い違っている箇所
- 合計と内訳が合っていない箇所
- 参照先(別紙・図表番号・注記番号)が資料中に存在しない箇所
- 同じ意味で表記がゆれている用語
出力形式:
- 該当箇所の引用(20字以内)/指摘の理由 を1行ずつ
- 指摘がない場合は「指摘なし」とだけ出力すること
資料:
"""
(ここに貼り付け)
"""
どちらの型でも、AIに判断させていない点が共通しています。抽出と指摘までを任せ、結論は公認会計士が出します。この分担を作業フローに明示しておくと、担当者が迷いません。
守秘義務と規程 依頼者情報をどう扱うか
公認会計士の守秘義務は公認会計士法第27条に置かれています。同条は、正当な理由がなく業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならないと定めており、公認会計士でなくなった後にも及ぶ構成です。
扱う情報の性質も押さえておきます。監査や財務デューデリジェンスで扱うのは、対象会社の未公表の財務情報です。開示前の数値、進行中の交渉、経営陣の見立て。外に出たときの影響が大きい種類の情報になります。上場会社が関わる場面では、未公表の重要事実の扱いという別の論点も重なります。
設計として決めるのは4点です。第1に、入力してよい情報の区分。公表資料と事務所の汎用文例はそのまま、依頼者の資料は識別できる情報を落としてから、未公表の財務数値や進行中の案件に関する記述は入力しない。この3段階が出発点になります。
第2に、匿名化の水準です。会社名を記号に置き換えても、業種と規模と時期が揃えば特定できる場面があります。特に、上場会社や、業界で数が限られる会社を扱う場合は、この点まで含めて判断します。
第3に、確認の工程です。出力を外に出す前に、数値、固有名詞、参照先の3点を確認します。条文が含まれていたらe-Gov法令検索の原典で確認します。生成AIは実在しない条番号を、実在するものと同じ文体で出力します。
第4に、記録です。どの案件でどの資料を入力したかを記録に残します。既存の案件管理に一項目足す形で足ります。
個人情報の側では、安全管理措置が個人情報の保護に関する法律の個人情報保護法第23条に置かれています。ただし、資格法の守秘義務の対象は個人情報に限られないため、法人の財務情報が抜け落ちないように設計します。規程への落とし方は士業事務所のAI利用規程テンプレートで扱っています。
監査業務で検討するときの視点
監査業務については、非監査とは別の視点が要ります。
第1に、手続としての位置づけです。監査手続の一部を機械に任せた場合、その結果を監査証拠としてどう扱うかが問われます。この論点は事務所が単独で決めるものではなく、監査の基準や実務指針の枠組みの中で検討されます。
第2に、品質管理の仕組みとの関係です。監査法人では、既存の品質管理の枠組みの中に位置づける作業になります。誰がどの段階で確認するか、記録をどう残すかが、既存の仕組みと整合する必要があります。
第3に、被監査会社との関係です。被監査会社の資料を外部のサービスに入力することについて、被監査会社の側の理解が要る場面があります。事前の確認を欠くと、後から問題になります。
第4に、独立性への影響です。導入する道具の提供元と被監査会社の関係によっては、検討が要る場面が生じ得ます。
現時点で言えるのは、監査業務におけるAIの利用は、事務作業の部分から慎重に検討する領域だということです。日本公認会計士協会の専門分野に関する情報や協会の公表情報で、公表されている考え方を確認しながら進めます。金融庁の公表資料は金融庁のサイトで確認できます。
事務作業の部分とは、たとえば会議の記録の整理、被監査会社から受け取った資料の一覧化、作業の進捗をまとめる文書の作成といった業務です。これらは監査手続そのものではなく、手続を支える周辺の作業になります。ここから始めれば、手続としての位置づけという難しい論点に踏み込まずに、道具の使い勝手を確認できます。
進め方としては、監査法人であれば品質管理の担当部門と早い段階で認識を合わせておきます。現場で使い始めてから組織として整理する順番になると、すでに広がった使い方を後から止めることになり、負担が大きくなります。使ってよい範囲を先に決め、その範囲で試す。この順番のほうが結果として速く進みます。
導入でつまずくパターン
1つ目は、監査と非監査を分けずに検討した例です。監査業務の論点の重さに引きずられて、非監査業務での導入まで止まります。
2つ目は、会計基準の解釈をAIに尋ねた例です。それらしい説明が返りますが、根拠を確かめる作業が自分で調べる作業と同じ手間になります。
3つ目は、数値の算定そのものを任せた例です。計算は表計算や専用のソフトの領域であり、生成AIに向く作業ではありません。
4つ目は、匿名化したつもりで対象会社が特定できた例です。業種と規模と時期が揃えば、名前を伏せても分かる場面があります。
5つ目は、被監査会社や依頼者への確認を省いた例です。相手方の社内規程で外部のAIサービスへの情報の提供が制限されている場合があります。
6つ目は、確認工程が形骸化した例です。繁忙期に量が増えると、確認が形だけになります。観点を3点に絞っておくと運用が保ちます。
7つ目は、担当者ごとに使い方が分かれ、成果が共有されなかった例です。うまくいった指示文が個人の中に閉じたままだと、事務所の型になりません。月に一度、短くてよいので持ち寄る場を作ります。
8つ目は、若手の育成への影響を考えなかった例です。資料を一つずつ読み込む作業を通じて対象会社を理解していた部分が、道具に置き換わると学びの機会が減ります。抽出結果を検算する作業自体を学びとして位置づける、といった運用で補っている事務所もあります。道具を入れる判断と、育成の設計は別に考えます。
費用と体制、導入の順番
費用は、法人向けプランのライセンス料が中心になります。金額は事業者と契約形態で変わるため、各社の料金ページで確認します。監査法人では、既存の情報システムの枠内で使える選択肢を優先すると、管理の負担が増えません。
工数は、初期の設計に集中します。参考値として、入力区分の決定と匿名化の作法の整理に数日、指示文の型づくりと確認工程の設計にさらに数日を見ておくと、無理のない立ち上げになります。
体制では、運用を持つ人を決めます。あわせて、出力を確定させる公認会計士を明示します。監査法人では、品質管理の担当部門との調整も要ります。担当が決まっていないと、現場ごとに違う運用が生まれ、後から揃えるのが難しくなります。
導入の順番としては、非監査業務の資料把握と情報抽出から始めます。どちらも元の資料に戻れるため、リスクが低く効果が見えやすくなります。導入全体の進め方は士業事務所のAI導入の進め方にまとめています。
これから論点になること
被監査会社や依頼者の側でもAI利用が進むため、受け取る資料の性質が変わります。整理された資料が届く一方で、その整理の正しさを確認する作業が新たに発生します。整った資料ほど警戒が緩みやすい点は、注意しておく必要があります。
制度面では、個人情報保護法の見直しの議論が続いています。委員会の公表資料は個人情報保護委員会の報道発表で追えます。会計や監査に関する枠組みについては、金融庁と日本公認会計士協会の公表資料を追う体制が要ります。
報酬の設計も論点です。資料の把握にかかる時間が短くなった業務について、価格の根拠をどこに置くかを整理しておくと、交渉の場で軸がぶれません。考え方は士業のAI活用と報酬設計で扱っています。
よくある質問
監査業務でAIを使ってよいですか
手続としての位置づけを整理する必要があります。監査手続の一部を機械に任せた場合、その結果を監査証拠としてどう扱うかが問われるためです。この論点は事務所が単独で決めるものではなく、監査の基準や実務指針の枠組みの中で検討されます。日本公認会計士協会の公表資料で考え方を確認します。
どの業務から始めるのがよいですか
非監査業務の資料把握と情報抽出です。元の資料が手元にあるため出力を検算でき、時間の削減も体感しやすくなります。監査業務は、基準や指針の動向を追いながら、事務作業の部分に限定して検討します。
会計基準の解釈を尋ねてよいですか
尋ねる使い方は誤りが混ざりやすくなります。返ってきた内容を確かめる作業が、自分で調べる作業とほぼ同じ手間になります。確認済みの資料を渡して、その中から探させる形にします。
依頼者の未公表の財務情報を入力してよいですか
事務所として先に決めておく問題です。未公表の数値や進行中の案件に関する記述は入力しない区分に置く例が多く見られます。上場会社が関わる場面では、未公表の重要事実の扱いという別の論点も重なります。
被監査会社への確認は要りますか
相手方の社内規程で外部のAIサービスへの情報の提供が制限されている場合があります。事前の確認を欠くと後から問題になるため、資料を受け取る段階で扱いを確認しておく事務所が出てきています。
匿名化はどこまで行いますか
会社名や担当者名の置き換えに加えて、業種と規模と時期の組み合わせまで見ます。業界で数が限られる会社を扱う場合、名前を伏せても特定できる場面があるためです。
参考文献
- e-Gov法令検索 公認会計士法
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- 日本公認会計士協会
- 日本公認会計士協会 専門分野
- 金融庁
- 金融庁 政策・審議会等
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等
- 情報処理推進機構 情報セキュリティ関連の各種ガイドライン
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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