AI分担型の税務サービスとは、相談と作業を機械と人で分けて提供する形のことです。
創業初期の法人向けに、年額98,000円(税別)から使える税務サービスが出ました。スタートアップ税理士法人が2026年8月26日に提供を開始したAIBOS(アイボウズ)で、AIによる24時間365日の一次対応と、有資格税理士による確認を組み合わせた構成を採っています(出典: ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始)。この記事では、この価格がどう成立しているかを分解し、既存の税理士事務所が報酬設計を見直すときに使える5つの判断軸を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で確認し、サービスの内容は提供者側の公表情報で確認しています。
この価格はどうやって成立しているのか
先に構造を見ます。公表されている説明によれば、AIBOSは税務サービスを相談と作業に分解し、AIとシステム、専門家がそれぞれ得意な領域を分担することで価格の圧縮を実現したとされています。会計・税務・経営の疑問にAIが24時間365日で対応し、状況を聞き取ったうえで難しい判断が必要な場合は人が対応する。決算書の作成や申告、最終的な税務判断は有資格の税理士が担当する。プランはセルフ、記帳代行、丸投げの3つで、最も安価なセルフプランが年額98,000円(税別)からという構成です(出典: ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始、PR TIMES AIと税理士が分担する新しい税務サービス『AIBOS』の提供を開始します)。
ここで読み違えたくないのは、価格が下がった理由です。税理士が担う部分が消えたわけではありません。決算と申告と最終判断は有資格者が担当すると明記されています。圧縮されたのは、質問への一次対応、状況の聞き取り、記帳のチェックといった、これまで顧問料の中に溶けていた工程です。つまりこれは値下げではなく、業務の切り分けによる価格の再構成だと読めます。
対象顧客の設定も明確です。ベンチャーやスタートアップは経営者が自己流で経理を行う場合が多く、事業規模が小さい段階では顧問契約が負担になり、まだ早いと考えてしまうという課題認識が示されています(出典: ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始)。既存の顧問先を奪いに来る設計ではなく、これまで顧問契約に至らなかった層を取りに行く設計です。この違いは、既存事務所が受ける影響の読み方を変えます。
制度面も押さえておきます。税理士法第52条は、税理士または税理士法人でない者が、この法律に別段の定めがある場合を除くほか税理士業務を行ってはならないと定めています。税理士法第2条は、税務代理、税務書類の作成、税務相談を税理士の業務として掲げています。AIを使うサービスであっても、税理士業務に当たる部分を有資格者が担う建て付けが取られるのは、この枠組みがあるためです。事務所として競合を見るときも、機能の派手さより、どの工程を有資格者が担っていると説明しているかを見るほうが実態に近づきます。
もうひとつ、時間帯の話があります。AIが24時間365日で一次対応するという設計は、価格以上に顧客体験を変える部分です(出典: ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始)。個人事業や創業期の法人にとって、経理の疑問が湧くのは平日の日中とは限りません。土日や深夜に手が止まったとき、翌営業日まで答えが返らない状態と、その場で一次回答が返る状態では、体感が大きく違います。事務所が対抗するとしたら、同じ時間帯対応を人力で用意するのは現実的ではなく、よくある質問を事前に文書化して顧問先が自分で引ける状態にしておく、といった方向になります。
事務所の報酬設計を見直す5つの判断軸
結論から言えば、いま必要なのは値下げの検討ではなく、自分の顧問料が何の対価かを言語化することです。順に見ていきます。
第1の軸は、いまの顧問料に含まれている工程の棚卸しです。月次の記帳確認、証憑の突き合わせ、質問への回答、月次資料の作成、面談、決算と申告。この6つに時間を割り振り、それぞれが月何時間かを1か月だけ実測します。ここが数字で出ていない事務所は、AI分担型のサービスと比べられたときに説明ができません。実測してみると、想定と実態がずれている事務所が少なくありません。面談に時間を使っているつもりで、実際は証憑の不備の問い合わせと再依頼に時間が消えている、という形はよく見られます。この場合、効率化の対象は面談ではなく、証憑の受け渡しの手順のほうになります。
第2の軸は、その工程のうち、機械に寄せられる範囲の見極めです。記帳のチェックや定型的な質問への一次回答は、生成AIとルールの組み合わせで軽くなる領域です。一方で、顧問先の事業の文脈を踏まえた判断、税務調査の想定問答、資金繰りの相談は、人が担う部分として残ります。この線引きを言葉にしておくと、次の軸に進めます。線引きの言葉は、社内向けと顧問先向けで変えないほうが混乱しません。社内では機械化できる工程、顧問先向けには標準化された工程、というように呼び分けると、同じ話をしているのに認識がずれます。どちらにも同じ表現を使い、担当が誰かを明示する形が伝わります。
第3の軸は、価格の建て方です。工程を丸ごと束ねた月額から、基本料と従量部分に分ける形へ移す選択肢があります。基本料には決算と申告、最終判断、年間の面談枠を入れ、記帳代行や随時の相談は選択制にする組み方です。AI分担型のサービスが3プランを並べているのは、この分離を価格表の形で見せているためだと読めます。値付けの考え方は、士業のAI活用と報酬設計でも扱っています。
第4の軸は、対象顧客の再定義です。創業直後の法人を低単価で受けるか、受けないかの判断です。受けないなら、その層に対して自事務所が提供しない理由を説明できる状態にしておく。受けるなら、AIを前提とした低工数のプランを別建てで用意し、既存の顧問先の単価と混ぜない設計にする。混ぜると、既存顧問先から値下げ要求を受けたときに理屈が立たなくなります。
第5の軸は、比較されたときの応答です。顧問先や見込客から、年額98,000円(税別)からという価格のサービスと比べられる場面は増えます(出典: ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始)。そのときに使えるのは、価格の差ではなく工程の差です。次のプロンプトは、自事務所のサービス内容を工程の言葉で書き出すための下書きに使えます。
このフォルダにある当事務所の顧問契約書、業務範囲表、月次報告書のサンプルを読み、
顧問料に含まれる業務を「工程」の単位で洗い出してください。
条件:
- 契約書と業務範囲表に書かれている内容だけを使い、書かれていない業務は加えないでください
- 各工程について「誰が担当するか」「月あたりの想定時間」「顧問料に含まれるか別料金か」の
3点を並べてください。資料から読み取れない項目は「記載なし」としてください
- 出力は表ではなく、工程ごとの段落で書いてください
- 最後に、資料上あいまいだった業務範囲を「要確認」として一覧にしてください
出てきた一覧は、税理士が内容を確認したうえで、顧問先向けの説明資料に落とします。2本目は、その説明資料のたたき台づくりです。
先ほど洗い出した工程一覧をもとに、顧問先向けの説明資料の骨子を作ってください。
条件:
- 他社サービスの名称や価格には触れないでください
- 「AIで効率化しました」ではなく、「どの工程を誰が担当するか」を主語にして書いてください
- 断定的な効果(必ず削減できる等)は書かず、実績値がある部分だけ数字を入れてください
- 数字を入れる箇所には、出典として社内のどの資料から取ったかを併記してください
- 出力は見出しと箇条書きだけにし、本文は書かないでください
最終的な文言の確定と、税務判断に関わる記載の確認は税理士が行います。特に、業務範囲の記載を狭めすぎていないか、含まれない業務が明確かの2点は、契約実務に直結する箇所です。
顧問先データとAIをつなぐときの守秘と規程
論点は、根拠条文、投入するデータの範囲、顧問先への説明の3つです。
税理士法第38条は、税理士が正当な理由がなくて税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、または窃用してはならないと定め、税理士でなくなった後も同様としています。事務所がAIを業務に組み込むとき、最初に置く条文はここです。効率化の議論より前に、どの情報を外に出さないかを決める順序になります。
投入するデータの範囲では、個人情報保護法第27条の第三者提供の制限と、同条第5項第1号が定める委託に伴う提供の位置づけが検討対象になります。個人情報保護委員会は生成AIサービスの利用について注意喚起を公表しており、入力データの取扱いを確認する起点になります(出典: 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等)。実務では、顧問先名と代表者名を事務所内で置き換えてから投入する、決算書の数値のみを扱う、契約形態として学習利用のないものを選ぶ、といった運用例があります。
報酬設計の文脈で見落としがちなのが、説明の順序です。AIを使って効率化したという説明を先に出すと、顧問先の関心は値下げに向かいます。先に出すべきは、どの工程を誰が担当し、最終判断を誰が行うかという役割の説明です。AI分担型のサービスが、決算書の作成や申告と最終的な税務判断は有資格の税理士が担当すると明記しているのも、同じ順序の設計だと読めます(出典: ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始)。
事務所規程に落とすなら、業務範囲表とAI利用ルールを紐づける形が実務的です。業務範囲表の各工程に、AIを使う工程かどうかの印を付け、使う工程については投入してよいデータの区分と確認者を並べます。規程本体にサービス名を書き込まず、別紙の運用表で管理する構成にしておくと、ツールを入れ替えたときの改定が軽くなります。
事務所で起きやすい3つの判断ミス
1つ目は、価格だけを見て追随することです。年額98,000円という数字は、セルフプランという最小構成の入口価格として公表されているものであり、丸投げプランを含む3プラン構成の一部です(出典: ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始)。入口価格に自事務所のフルサービスを合わせにいくと、原価が合わなくなります。
2つ目は、逆に無視することです。この種のサービスが取りに行っているのは、これまで顧問契約に至らなかった創業期の層です。その層が数年後に成長したとき、最初に相談する相手は既に決まっています。既存の顧問先が減らないからといって、将来の入口が細っていないかは別の問題です。
3つ目は、効率化をそのまま値下げに変換することです。AIで工程が軽くなった分をすべて価格に反映すると、事務所の利益は減り、次の投資ができなくなります。軽くなった時間を、面談の頻度、相談への応答速度、税務調査対応の準備といった、人が担う部分に振り向ける設計にできるかが分かれ目です。導入の進め方そのものは、士業事務所のAI導入の進め方で扱っています。
4つ目として挙げておきたいのが、比較資料に他社名と価格を書き込んでしまうことです。顧問先向けの説明で他社サービスを名指しし、価格の優劣を論じる資料は、内容の正確性を保つ手間が増えるうえ、相手の価格改定のたびに更新が必要になります。自事務所が何をどう提供するかだけを書き、比較は顧問先の側に委ねる構成のほうが、資料の寿命が長くなります。
見直しにかかる工数と体制
工数の見立ては3段階です。工程の棚卸しと実測に1か月、価格表と業務範囲表の作り直しに数日、顧問先への説明の準備に数日という配分になります。実測の1か月が長く見えますが、ここを省くと、その後の価格設計が勘に戻ります。担当者ごとに作業時間を記録するだけなので、既存の勤怠や日報の仕組みに項目を足せば足ります。
費用面では、新たな支出はほとんど発生しません。生成AIの契約は既にある事務所が多く、追加で必要なのは資料を整理する時間です。むしろ費用が発生するとすれば、価格表の改定に伴う契約書の巻き直しや、顧問先への説明に要する所内の人件費のほうです。
体制では、価格を決める人と、現場の工数を測る人を分けるのが実務的です。所長が両方を見ると、実測値が希望的な数字に寄ります。工数の記録は担当者が、集計と価格設計は所長が担い、その間に一度、数字が実感と合うかを確認する場を挟む形が回ります。
分解されたのは価格ではなく業務
注視したいのは、このサービスが税務を相談と作業に分けたという点です。従来の顧問料は、この2つを束ねて月額で提示するものでした。束ねていたからこそ、顧問先にとって何にいくら払っているかが見えにくく、事務所にとっても工程別の原価が見えにくかった側面があります。
分解が進むと、比較の軸が変わります。顧問料の総額ではなく、作業の単価と相談の質が別々に評価される。作業の単価は機械化で下がり続ける可能性がある一方、相談の質は下がりません。事務所として時間を振り向けるべき先は、この非対称性が示しています。
もうひとつ、創業期の層にサービスが届く構造ができると、税理士に相談する習慣を持つ企業の母数が増える可能性もあります。入口が広がった先で、事業が複雑になった顧客を誰が受けるのか。そこが次の論点になります。価格競争の話として読むと動きを見誤ります。業務の切り分けが先に進み、価格はその結果として並び替えられている、という順序で見るほうが実態に近いはずです。
事務所の側にできる備えは、分解の作業を自分で先にやっておくことです。外から分解された価格表を突きつけられてから対応するのと、自分の言葉で工程と担当を整理してあるのとでは、顧問先との会話の主導権が変わります。実測に1か月かかる作業ですが、制度改正のように締切があるわけではない分、後回しにされやすい領域でもあります。着手の順序としては、まず売上上位の顧問先から工程を書き出すのが取りかかりやすい形です。
よくある質問
AIBOSはどんなサービスですか
AIと税理士が役割を分担する税務サービスです。スタートアップ税理士法人が2026年8月26日に提供を開始し、AIによる24時間365日の一次対応と、有資格税理士による確認を組み合わせています。プランはセルフ、記帳代行、丸投げの3つで、最も安価なセルフプランが年額98,000円(税別)からとされています(出典: ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始)。
AIが税務相談に答えるのは、税理士法との関係で問題ないのですか
サービス側の説明では、難しい判断が必要な場合は人が対応し、決算書の作成や申告、最終的な税務判断は有資格の税理士が担当するとされています(出典: ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始)。税理士法第52条は税理士業務の制限を定めており、個別のサービスがこの規定との関係でどう評価されるかは、具体的な提供形態に即して検討される論点です。
既存の顧問先が乗り換えるおそれはありますか
公表されている対象は創業初期の法人であり、顧問契約に至っていない層に向けた設計だと説明されています(出典: ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始)。既存顧問先への影響は、事務所ごとの顧客構成によります。売上に占める創業3年以内の法人の比率を出しておくと、影響の大きさが見積もれます。
顧問料を下げるべきでしょうか
一律の答えはありません。判断材料は、工程別の実測工数、顧問先の構成、そして自事務所が人でしか提供できない部分の内容です。効率化で浮いた時間を価格に返すか、提供頻度や対応速度に返すかは、事務所の方針として選ぶ話になります。
価格表はどう作り直せばよいですか
基本料と選択制の部分を分ける形が採りやすい構成です。決算と申告、最終判断、年間の面談枠を基本料に入れ、記帳代行や随時の相談を選択制にします。顧問先にとっては何にいくら払っているかが見え、事務所にとっては工程を減らしたときの価格の説明がしやすくなります。
顧問先にAIの利用を伝える必要はありますか
伝え方の設計が要ります。伝えないまま顧問先の資料を外部サービスへ投入すると、後から説明を求められたときに整理が難しくなります。実務では、投入する情報の範囲、学習利用の有無、最終判断を誰が行うかを、契約書または覚書に記載しておく運用例があります。根拠条文としては税理士法第38条と個人情報保護法第27条が検討の出発点になります。
事務所の工程を実測する時間が取れません
記録の粒度を下げる方法があります。工程を6つ程度に絞り、担当者が1日の終わりに時間配分を大まかに記録するだけでも、傾向はつかめます。分単位の正確さより、どの工程に時間が偏っているかが分かることのほうが、価格設計では役に立ちます。
参考文献
- ネットベンチャーニュース 創業初期の法人向け税務サービス「AIBOS」、提供開始
- PR TIMES AIと税理士が分担する新しい税務サービス『AIBOS』の提供を開始します
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等
- e-Gov法令検索 税理士法第2条(税理士の業務)
- e-Gov法令検索 税理士法第38条(秘密を守る義務)
- e-Gov法令検索 税理士法第52条(税理士業務の制限)
- e-Gov法令検索 個人情報保護法第27条(第三者提供の制限)
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