リーガルテックとは、法務や法律実務を支える技術やサービスの総称のことです。
事件管理、契約書レビュー、証拠の整理、期日の管理、電子署名。リーガルテックと呼ばれる領域は広く、どこから手を付けるかで結果が変わります。この記事では、弁護士事務所がリーガルテックを導入するときの順番と、生成AIを含む道具の選び方を、実務の段取りに沿って整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。生成AIサービスの利用については個人情報保護委員会の注意喚起が判断の出発点になります。
導入の順番を間違えると何が起きるか
先に失敗の形を書きます。多くの事務所が同じ順番でつまずきます。
よくあるのは、話題になっている道具から入る形です。契約書レビューの支援ツールや生成AIが注目されると、そこから検討を始めます。ところが事務所の実務で時間を食っているのは、別の作業であることが少なくありません。事件の情報が担当者ごとに散らばっている、期日の管理が個人の手帳に依存している、書面のファイルがどこにあるか分からない。こうした基盤の問題を残したまま先端の道具を入れても、効果が出ません。
もう一つの失敗は、複数の道具を同時に入れる形です。どれが効いたのか分からなくなり、費用だけが積み上がります。担当者も、覚えることが多すぎて従来のやり方に戻ります。
3つ目の失敗は、事務所の情報管理を設計せずに始める形です。依頼者の情報を扱う道具が増えるほど、把握すべき対象が増えます。誰がどのサービスに何を入れているかを事務所が把握できない状態で数が増えると、後から整理するのが難しくなります。
正しい順番は、基盤から先端へ、内側から外側へ、です。事件と文書の管理を整え、次に日常の作業を支える道具を入れ、そのうえで生成AIを含む判断支援の道具を検討する。この順番であれば、それぞれの効果が測れます。
導入全体の進め方は士業事務所のAI導入の進め方にまとめています。ここでは弁護士事務所に固有の部分を書きます。
第1層 事件と文書の管理を整える
最初に手を付けるのはここです。地味な作業ですが、後の層の効果を決めます。
やることは3つです。第1に、事件の情報がどこにあるかを一覧にします。事件記録、書面のファイル、メールのやり取り、手控え。散らばっている状態のままでは、どの道具を入れても効果が限定されます。
第2に、文書の保存場所を一本化します。担当者の端末に散らばっている状態は、業務の効率だけでなく、守秘義務の管理の面でも問題になります。弁護士の守秘義務は弁護士法第23条に置かれており、職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負うと定められています。どこに何があるかを事務所が把握できていない状態は、この義務の履行を支える体制として弱くなります。
第3に、命名と分類の規則を決めます。ファイル名の付け方、フォルダの構成、事件番号の振り方。ここが揃っていないと、後で検索できる状態にする作業が難しくなります。
この層の作業は、道具を入れなくても進められます。むしろ、道具を入れる前にやっておくほうが、選定の判断が正確になります。何がどこにあるかを把握して初めて、どの道具が要るかが見えてきます。
参考値として、事務所の規模にもよりますが、棚卸しと規則の整備に数日から2週間ほど見ておくと、無理のない進め方になります。事件数が多い事務所では、過去の分をさかのぼるかどうかで作業量が大きく変わります。過去分は現状のまま残し、新規の事件から新しい規則を適用する、という割り切りも実務では有効です。
第2層 日常の作業を支える道具
基盤が整ったら、日常の作業を支える道具を検討します。
この層に入るのは、事件管理のシステム、期日の管理、文書の共有、電子署名といった道具です。いずれも判断を伴わない作業を支えるもので、導入の判断が比較的単純になります。
見る点は3つです。第1に、事務所の既存環境と噛み合うか。Microsoft 365を基盤にしている事務所、Google Workspaceを使っている事務所では、同じアカウント管理の枠内で動く選択肢が扱いやすくなります。管理する対象が増えないことは、運用上の大きな利点です。
第2に、担当者が使い方を覚えられるか。設定が複雑な道具は、担当者が変わるたびに立ち上げ直しになります。第3に、退職時にアカウントを止められるか。契約が増えるほど、止め忘れが起きやすくなります。
電子署名については、電子署名及び認証業務に関する法律が枠組みを定めています。行政手続のオンライン化の動きはデジタル庁の重点計画で確認できます。制度側の整備が進むほど、この層の道具の重みが増していきます。
この層で重要なのは、欲張らないことです。機能が多い道具ほど設定が複雑になり、使う機能は結局限られます。必要な範囲に絞り、足りない部分が見えてから広げる順番のほうが、無駄が出ません。
事件管理のシステムを検討する場合、事務所の業務の型との相性を見ます。企業法務が中心の事務所と、一般民事や家事が中心の事務所では、管理したい項目が違います。案件の進行を管理する軸が、期日なのか、依頼者との連絡なのか、書面の作成状況なのか。ここが噛み合わないと、システムに入力する作業だけが増えます。
導入の順番としては、まず一つの業務で使い始めます。事務所全体に一度に広げると、担当者ごとに使い方が分かれ、後から揃えるのが難しくなります。少人数で試し、事務所としての使い方を決めてから広げる。この段取りは、どの層の道具でも共通します。
第3層 判断を支える道具と生成AI
基盤と日常の道具が整ってから、判断を支える層に進みます。生成AIを含む道具はここに入ります。
この層で扱うのは、資料の要約、証拠からの情報抽出、書面の下書き、契約書の差分抽出、想定問答づくりといった作業です。いずれも最終的な判断は弁護士に残り、道具が担うのは下ごしらえまでになります。
選ぶときに見るのは4点です。入力が学習に使われるか。データはどれくらいの期間保持されるか。処理はどの地域で行われるか。管理者が利用状況を把握できるか。この4点を、契約しようとしているプランについて公式ドキュメントで確認します。Anthropicはプライバシーポリシーと商用利用規約を、GoogleはGemini APIの利用規約を、MicrosoftはMicrosoft 365 Copilotのプライバシーを公開しています。
契約書のレビューに特化した道具については、扱う契約の種類との相性が判断の分かれ目になります。詳細は契約書レビューAIの比較軸で扱っています。
この層で使う指示文の例を挙げます。証拠や資料から時系列を作る作業です。
あなたは法律事務所の事務スタッフです。以下の資料から、出来事を時系列に並べてください。
条件:
- 資料に記載がある事実だけを拾い、推測で補わないこと
- 各行は「年月日/出来事/出典(資料中の該当箇所)」の形式にすること
- 日付の記載がないものは「日付の記載なし」として末尾にまとめること
- 法的な評価、見通し、助言を書かないこと
- 当事者は 甲、乙 のまま扱うこと
資料:
"""
(ここに貼り付け)
"""
作成した書面の点検に使う型です。
あなたは書類の点検役です。以下の書面を読み、次の観点で疑わしい箇所だけを列挙してください。
修正案は書かず、指摘のみを出力してください。
観点:
- 日付・金額・数量が書面内で食い違っている箇所
- 参照先(条番号・書証番号・別紙)が書面中に存在しない箇所
- 当事者の表記がゆれている箇所
- 主語が抜けていて誰の行為か読み取れない箇所
出力形式:
- 該当箇所の引用(20字以内)/指摘の理由 を1行ずつ
- 指摘がない場合は「指摘なし」とだけ出力すること
書面:
"""
(ここに貼り付け)
"""
いずれも、AIに結論を出させていない点が共通しています。整理と指摘までを任せ、判断は弁護士が下します。
守秘義務と規程 層をまたいで共通する設計
3つの層に共通して、事務所として決めておくことがあります。
第1に、使ってよいサービスの指定です。事務所が契約した法人向けのプランに限る、という形にしている事務所が増えています。サービス名は規程本体に書き込まず、所内の一覧で管理する構成にしておくと、入れ替わっても規程を直さずに済みます。
第2に、入力してよい情報の区分です。3段階に分けます。公表資料や事務所の汎用文例など、そのまま入力してよいもの。事案に関する記述など、識別できる情報を落としてから入力するもの。係争中の事案に関する所内の見立て、相手方との交渉の経過など、入力しないもの。
第3に、出力を外に出す前の確認です。誰が、どの段階で、何を見るか。観点を数値、当事者名、参照先の3点に絞ると運用が保ちます。条文や判例が含まれていたら、e-Gov法令検索や裁判所の裁判例検索の原典で確認します。
第4に、記録です。どの事件でどの道具を使ったかを事件記録に残します。既存の事件管理に一項目足す形で足ります。
個人情報の側では、安全管理措置が個人情報の保護に関する法律の個人情報保護法第23条に置かれています。ただし、資格法の守秘義務の対象は個人情報に限られないため、個人情報保護法の枠組みだけで線引きを作ると、法人の事案や交渉の見通しが抜け落ちます。
規程への落とし方は士業事務所のAI利用規程テンプレートで扱っています。日本弁護士連合会の意見書・声明などの公表資料は、所属する団体の考え方を確認する材料になります。
導入でつまずくパターン
1つ目は、基盤を飛ばして先端の道具から入った例です。事件の情報が散らばったまま判断支援の道具を入れても、材料を集める作業が残ります。
2つ目は、複数の道具を同時に入れた例です。どれが効いたのか分からなくなり、担当者も覚えきれません。一つずつ入れて効果を確認します。
3つ目は、機能の多さで選んだ例です。使う機能は限られます。設定が複雑になるほど、担当者が使いこなせないまま契約が続きます。
4つ目は、実務の担当者を評価に入れなかった例です。ツールに詳しい人が試して良いと判断したものが、実際に業務を回す人には使いにくかった、という食い違いが起きます。
5つ目は、契約の解約条件を見ずに始めた例です。年間契約が前提の道具では、合わないと分かっても途中で止められません。試用の期間があるか、月単位で解約できるかを契約前に確認します。
6つ目は、導入後の担当者への共有を省いた例です。契約したものの使い方が伝わらず、一部の人しか使わない状態になります。選定の段階で、立ち上げにかかる工数も見込んでおきます。
7つ目は、道具ごとに情報の置き場所が増えた例です。事件管理のシステム、文書共有のサービス、生成AIの会話履歴。それぞれに事案の情報が残り、事務所として全体を把握できなくなります。道具を増やすときは、何がどこに残るかを一覧に加える作業をセットにします。
8つ目は、導入したものの旧来のやり方が並行して残った例です。新しいシステムに入力しつつ、従来の管理表も更新し続ける。作業が二重になり、担当者の負担が増えます。切り替えの日を決め、旧来のやり方を止める判断を所長が下す必要があります。この判断を先送りすると、導入の効果は出ません。
費用と体制、補助金の扱い
費用は層によって性質が変わります。第1層の基盤整備は、道具というより工数の投資になります。第2層は月額のライセンス料が中心です。第3層は、汎用サービスであれば一アカウントあたり月額数千円の水準、特化型ツールであれば件数や機能に応じた費用が乗ります。金額は事業者と契約形態で変わるため、各社の料金ページで確認します。
工数は第1層に集中します。ここを外部に任せることは難しく、事務所の中で進める作業になります。逆に、第2層と第3層の選定は外部の助言が効く領域です。
体制では、導入を持つ人を決めます。ツールに詳しい人よりも、業務の流れを知っている人が向きます。止める判断を正しく下せるかどうかが分かれ目になるためです。
補助金の活用を検討する場合は、IT導入補助金の公式サイトで対象ツールと申請要件を確認します。登録されたITツールが対象になるため、使いたい道具が登録されているかを先に調べます。中小企業向けの支援制度全般は中小機構の情報にまとまっています。
これから変わること
行政手続のオンライン化が進むほど、事務所が扱うデータの形が変わります。紙をスキャンして読む作業より、最初から構造化されたデータを扱う作業が増えます。第1層の整備が効いてくる場面が広がります。
生成AIの機能が、事件管理のシステムや文書管理の道具に組み込まれる動きも進みます。汎用のサービスを別に契約する必要が薄れる業務も出てくるため、第2層と第3層の境目は今後曖昧になっていきます。
制度面では、個人情報保護法の見直しの議論が続いています。委員会の公表資料は個人情報保護委員会の報道発表で追えます。規定が変われば、入力ルールも見直しの対象になります。
事務所として押さえておきたいのは、道具が変わっても第1層の整備は無駄にならないという点です。何がどこにあるかを把握し、命名と分類の規則を持っている事務所は、どの道具を入れても立ち上げが速くなります。逆に、基盤が整っていない事務所は、道具を入れ替えるたびに同じところでつまずきます。
もう一つ、依頼者の側の変化も見ておきます。企業の法務部門でリーガルテックの利用が進むと、事務所とのやり取りの形も変わります。書面をやり取りする形から、共通の場で作業する形へ移る場面が出てきます。事務所として、依頼者の環境に合わせられるかどうかが、選ばれる条件の一つになっていきます。
よくある質問
どこから手を付けるのがよいですか
事件と文書の管理から始めます。情報が散らばったまま先端の道具を入れても、材料を集める作業が残るため効果が限定されます。棚卸しと保存場所の一本化、命名と分類の規則の整備は、道具を入れなくても進められます。
複数の道具を同時に入れてもよいですか
一つずつ入れて効果を確認するほうが結果として早くなります。同時に入れると、どれが効いたのか分からなくなり、担当者も覚えきれません。
生成AIはどの段階で検討しますか
基盤と日常の道具が整ってからが順当です。判断を支える層に位置づけられるため、材料となるデータが整理されているほど効果が出ます。順番を飛ばしても使えますが、効果は限定されます。
過去の事件記録もさかのぼって整理しますか
事務所の規模と事件数によって判断が変わります。過去分は現状のまま残し、新規の事件から新しい規則を適用する割り切りも実務では有効です。さかのぼる場合は、作業量を見積もってから着手します。
外部に任せられる部分はどこですか
第2層と第3層の選定は外部の助言が効きます。一方、第1層の基盤整備と、入力してよい情報の区分の決定は事務所の中で進める作業になります。業務内容と依頼者の性質によって変わるため、外から決められる部分ではありません。
効果はどう測りますか
層ごとに測る対象が変わります。第1層は探す時間の変化、第2層は事務作業の時間、第3層は下ごしらえの時間です。導入前に現状を一行書いておき、導入後に比べる程度で判断には足ります。
参考文献
- e-Gov法令検索 弁護士法
- e-Gov法令検索 電子署名及び認証業務に関する法律
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- デジタル庁 デジタル社会の実現に向けた重点計画
- 裁判所 裁判例検索
- 日本弁護士連合会 意見書・声明など
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等
- IT導入補助金
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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