弁護士法72条のAI明確化とは、AIリーガルテックと非弁規制の線引きを政府が整理し直す動きのことです。
弁護士法72条をめぐる議論の焦点は、条文の文言解釈から、AIガバナンスをどう設計するかという体制の話へ移りつつあります。この記事では、2026年1月9日の規制改革推進会議デジタル・AIワーキング・グループで何が示され、事務所側の運用として何を先に決めておけるのかを整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。同ワーキング・グループでは、経団連が提出した資料に基づき、法的判断を求められる頻度が増加したと回答した企業が52%にのぼることが報告されました(出典: 内閣府 規制改革推進会議 第6回デジタル・AIワーキング・グループ 議事次第)。
2026年1月のワーキング・グループで動いた「解釈から体制へ」の軸
まず押さえるべき事実は、法務省が2023年8月のガイドラインについて、現状に合わせた再整理の必要性を公表の場で認めた点です。理由は単純で、予測可能性を高めるつもりで出した指針が、逆に事業者の萎縮を招いた面があると当局自身が観測しているためです。
条文そのものは変わっていません。弁護士法第72条は、弁護士または弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で訴訟事件その他一般の法律事件に関して鑑定・代理・仲裁もしくは和解その他の法律事務を取り扱い、またはこれらの周旋をすることを業とすることを禁じています。同条のただし書は、この法律または他の法律に別段の定めがある場合を除くと定めています。ここで規制の対象になっているのは行為であって、ツールやソフトウェアという物ではありません。法務省大臣官房司法法制部は、この点を規制改革推進会議の場で改めて強調しています。
このワーキング・グループには、日本経済団体連合会、AIリーガルテック協会、日本組織内弁護士協会理事の渡部友一郎、早稲田大学の石田京子を含むリーガルテック研究会、そして法務省の五者が資料を提出しました(出典: 内閣府 規制改革推進会議 第6回デジタル・AIワーキング・グループ 議事次第)。議論の中身は互いに立脚点が異なります。経団連は企業法務の人員不足と業務逼迫を起点に、AIが書面を自動修正し法務部員が最終チェックに回る分業モデルを求めました。AIリーガルテック協会は、グレーゾーン解消制度の回答に繰り返し現れる、違反する可能性があるという表現が萎縮の源になっていると指摘しました。リーガルテック研究会は、弁護士法72条が昭和8年に事件屋の排除を目的として設けられた経緯を挙げ、当時の紛争介入防止の論理をそのまま現代のAIに当てるのは無理があるという見方を示しました。
法務省が示した方向性は、ハードローとソフトローの併用による段階的解決です。法改正は機動性に欠け、刑罰法規であるためホワイトリスト化も難しい。そこで省内にタスクフォースを立ち上げ、有識者やステークホルダーとの対話を通じて整理を進めると表明しました。座長の中室牧子は締めくくりで、検討会の速やかな設置、条文解釈にとどまらない検討範囲、諸外国の規制状況の調査、AIガバナンスと協調規制の視点、新法の制定を選択肢から外さないこと、そして2026年6月の最終答申で一定の回答を示すことを挙げています(出典: 日本組織内弁護士協会 規制改革推進会議2026年1月9日開催の議論速習)。
事務所の立場で読むべき論点はここです。議論の重心が、この機能は72条に当たるのかというミクロな当てはめから、どういう体制でAIを回していれば信頼できるとみなされるのかというガバナンス設計へ移っています。つまり、制度が固まるのを待つ姿勢よりも、自分の事務所のAI運用体制を先に文書化しておくほうが、どちらに転んでも無駄になりにくい局面です。
なお、最終答申以降の具体的な結論や、法務省タスクフォースの検討状況の最新版については、本記事執筆時点で公表資料を確認できていません。要確認の事項として扱ってください。
弁護士事務所がAIを使う場面の線引きを先に文書化する5ステップ
結論から書くと、事務所内でのAI利用と、事務所が外部へAI機能を提供する行為は、まったく別の話として整理しておくのが実務的です。前者は弁護士が自らの業務にツールを使う話で、後者はサービス提供という行為の話だからです。法務省はワーキング・グループの質疑で、サービスの提供主体が弁護士である場合や、利用者が弁護士として業務に用いる場合については、原則として同条違反にはならないという見解を改めて示しています(出典: 日本組織内弁護士協会 規制改革推進会議2026年1月9日開催の議論速習)。
ステップ1 事務所のAI利用を4つの層に分ける
紙1枚で構いません。第1層は事務所内部の下書き生成(起案、要約、リサーチメモ)。第2層は依頼者へ渡す成果物の作成補助。第3層は依頼者が自分で操作するツールの提供。第4層は依頼者以外の一般利用者へ向けた機能提供です。層が下がるほど、行為として外部に出ていく度合いが強くなります。この分け方を最初に決めておくと、新しいツールが出るたびにゼロから悩まずに済みます。
ステップ2 各層で有資格者が関与する地点を決める
第1層なら出力をそのまま外に出さないことが関与地点になります。第2層なら、依頼者へ渡す前に担当弁護士が全文を確認し、確認済みであることを記録に残す運用です。ここを曖昧にしたままAIで効率化したと説明しても、後から中身を裏づけられません。関与地点は工程表に書き込み、チェックした人の氏名と日付を残す形にします。
ステップ3 ツール側のデータ取扱いを1枚に落とす
契約書レビューや判例調査に使うツールごとに、入力データが学習に使われるか、保存期間はどれくらいか、保存先のリージョンはどこか、退会時に消去されるかを書き出します。ベンダーの公式ドキュメントの該当箇所のURLを併記しておくと、更新があったときに差分を追えます。
ステップ4 プロンプトの型を事務所で共通化する
個人が思いつきで打つ状態を放置すると、品質も守秘義務も揃いません。次の型を事務所の共有フォルダに置いて、そこから使う運用にします。架空の当事者名を使う点も型に組み込みます。
あなたは契約実務の下書き支援ツールです。以下の条件で作業してください。
【前提】
- 当事者は架空の「甲社」「乙社」とし、実在の固有名詞は入れないこと
- 法的評価や結論の断定は行わず、確認が必要な論点の列挙にとどめること
【入力】
{契約書の条項テキストを貼付}
【出力】
1. この条項で意味が一義に定まらない語句を列挙
2. 甲社に不利に働き得る解釈の余地がある箇所を列挙(評価はせず、箇所の指摘のみ)
3. 担当弁護士が確認すべき論点を優先度順に5つ
4. 参照した一般的な条項パターンがあれば、その一般名称のみ記載
出力の末尾に「担当弁護士の確認前の下書きです」と必ず記載してください。
ステップ5 出力の検証工程を手順に組み込む
生成AIは条番号や裁判例の事件番号を誤って出力することがあります。事務所として決めておくのは、条文は例外なくe-Gov法令検索の原文で確認する、裁判例は裁判所の裁判例検索で事件番号と判決日を照合する、という二点です。この確認をやったかどうかを記録に残す欄を、チェックリストに1行足すだけでも運用は変わります。次の型は、下書きに含まれる引用の洗い出しに使えます。
以下の文書から、事実確認が必要な記述だけを抽出してください。
【入力】
{AIが生成した下書き}
【抽出対象】
- 法令名と条番号の組み合わせ
- 裁判例の表示(裁判所名・判決年月日・事件番号)
- 数値、割合、金額、期日
- 官公庁の資料名
【出力形式】
「記述 / 確認先(e-Gov・裁判所・官公庁サイトのいずれか) / 未確認」
の3列で、1行ずつ列挙してください。評価やコメントは書かず、抽出のみ行ってください。
この2本の型を回すだけで、下書きの質は上がり、確認にかかる時間は読めるようになります。事務所内での運用ルールづくりについては、士業事務所の生成AI権限設定 有資格者と補助者で分ける5階層のルールでも階層別の整理を扱っています。
業務システムとの連携を考える場合は、AIが事務所の顧客データや案件データに直接触れる構成になるかどうかで、決めるべきことが変わります。連携の設計論はMCPで士業事務所のシステム連携を設計する 先に決める5つの線引きに整理があります。
顧問先資料をAIに入れる前に決めておく3つのこと
守秘義務の根拠は明確です。弁護士法第23条は、弁護士または弁護士であった者が、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し義務を負うと定めています。同条のただし書は、法律に別段の定めがある場合を除くとしています。この条文をどう自分の事務所の運用に落とすかが、AI導入の設計そのものになります。
第一に決めるのは、入力してよい情報の範囲です。実務では、依頼者名や当事者名を伏せた条項テキストだけを入力する運用、依頼者から個別に同意を得た案件に限る運用、クローズドな環境に限定して制限を緩める運用など、複数のやり方が採られています。どれを採るかより、どれを採ったかを文書に書き、所内で共有しているかどうかが効きます。
第二に決めるのは、ツール側の学習利用の扱いです。主要ベンダーは、法人向けプランと個人向けプランで入力データの学習利用の既定値を分けています。OpenAIはエンタープライズプライバシーのページで、業務向け製品に投入したデータを既定では学習に用いない旨を公表しています。事務所として確認したいのは、契約しているプランで学習利用がどうなっているか、管理者側で設定を上書きできるか、ログの保存期間はどれだけか、という三点です。ベンダーの表記は更新されるため、確認日を記録に残す運用にしておくと後で困りません。
第三に決めるのは、依頼者への説明の仕方です。委任契約書や重要事項の説明の中で、AIを補助的に使用すること、最終的な判断と責任は担当弁護士が負うこと、入力する情報の範囲を明示する条項を置く事務所があります。日本弁護士連合会は会員向けの各種情報を公表しており、所属単位会の会報でも実務上の論点整理が出ています。東京弁護士会の会報での整理については、東京弁護士会LIBRAの生成AI特集を読む 事務所が確認する6つの論点で扱いました。
規程に落とす場合、条文の形にする必要はありません。入力してよい情報、入力してはいけない情報、使ってよいツール、有資格者が確認する地点、記録の残し方。この五項目を、それぞれ数行で書き切ったものが一枚あれば、所内の運用は揃います。長い規程を作って誰も読まない状態にするより、1枚を全員が読んでいる状態のほうが実務では機能します。
補助者や事務スタッフが操作する場合は、権限の設計も併せて決めます。誰がどのツールにアクセスでき、どの層の作業まで任せるのか。ここが曖昧なまま人数が増えると、誰が何を入力したのか追えなくなります。
AIリーガルテック導入でつまずいた3つのパターン
失敗の型はおおむね決まっています。ひとつめは、下書きに含まれた条番号を確認せずに書面へ載せかけたケースです。生成AIは条番号を自然な形で誤って出力します。実在する法令名と、実在しない条番号の組み合わせは、読んでも違和感が出にくいのが厄介な点です。回避策は単純で、条文はe-Gov法令検索の原文を開いて突き合わせる工程を、書面作成のチェックリストに固定してしまうことです。
ふたつめは、依頼者への説明を省いたまま、案件資料をクラウド型のツールへ投入していたケースです。後から依頼者に問われたときに、いつ何を入力したのかを説明できない状態になります。回避策は、入力範囲を委任契約か個別の同意で先に押さえておくこと、そして入力の記録を残すことです。記録といっても、案件番号と入力した資料の種別と日付を一覧に足すだけで足ります。
みっつめは、所内でツールの利用が野良化したケースです。個人が自分のアカウントで契約し、事務所の管理外で案件資料を扱う状態が生まれます。管理者から見ると、どのツールが使われているのかすら把握できません。回避策は、使ってよいツールのリストを作り、それ以外は使わないという一点だけを決めることです。リストは短くて構いません。むしろ長いと守られません。
もうひとつ、制度側で起きやすいのは、政府の検討が進んでいることを理由に、まだ整理されていない領域へ先回りして踏み込むことです。ワーキング・グループの議論は方向性が示された段階であって、具体的な結論が出た段階ではありません(出典: 内閣府 規制改革推進会議 第6回デジタル・AIワーキング・グループ 議事次第)。方向性と結論を混同しないことが、この局面では効きます。
導入にかかる費用と、誰が運用を持つか
費用は、ツールのライセンス費と、体制づくりの工数に分かれます。ライセンス費は提供形態によって幅があり、契約書レビュー系の専用サービスと汎用の生成AIでは価格帯が異なります。汎用の生成AIについては、各ベンダーが公表している月額単価と従量課金の単価を確認したうえで、事務所の想定利用量を掛けて見積もるのが早道です。契約書レビュー専用サービスの機能面は、LegalOnアシスタントの導入判断|契約書修正AIエージェント7つの検証軸で整理しています。
見落とされやすいのは体制づくりの工数です。前述の一枚の運用ルールを作り、所内で説明し、チェックリストを既存の書面作成フローに組み込むまでを考えると、少人数の事務所でも初期に十数時間はかかります。ここを誰が持つかを決めないまま導入すると、ツールだけ契約して使われない状態になりがちです。
現実的な持ち方は、弁護士ひとりと事務局ひとりの二人で運用オーナーを組む形です。弁護士側は有資格者の確認地点と入力範囲の判断を、事務局側はアカウント管理と記録の運用を担当します。月に一度、短時間でよいので、使われ方とヒヤリハットを共有する場を持つと、野良化は起きにくくなります。
効果測定は、削減時間で追うのが分かりやすい方法です。導入前に、対象業務の一件あたりの所要時間を実測しておきます。測定していない状態で、速くなった気がすると言うだけでは、更新契約の判断材料になりません。測定の手順はAI導入の年間削減時間をどう検証するか 税理士事務所の測定7手順で税理士事務所の例として整理していますが、考え方は職種を問わず使えます。
制度が固まる前に事務所が取れる打ち手
今後の焦点は、法務省のタスクフォースがハードローとソフトローをどう組み合わせるかに移ります。新法の制定を選択肢から外さない方針が示された以上、指針の改訂だけで終わらない可能性も残っています。事務所の側から見ると、どちらに転んでも共通して問われるのは、誰がどの地点で判断したのかを説明できる状態にあるかどうかです。
もうひとつの論点は、AIガバナンスの評価軸が業界の外から持ち込まれる可能性です。ワーキング・グループでは、医療機器の審査制度のような、開発者側の安全性評価やマネジメント体制を多角的に見る手法が例として挙げられました。この発想が定着すると、ツールの機能ではなく、それを回す組織の体制が評価対象になります。事務所として先に整えておけるのは、まさにその体制のほうです。
自主的な規律や消費者保護の観点から質を担保するという考え方も示されました。仮にその方向で整理が進むなら、事務所が自ら運用記録を持っていることの価値は上がります。制度の結論を待つ期間を、記録の型を作る期間に充てるのが、いま取れる打ち手として無理がありません。
よくある質問
弁護士が自分の業務でAIを使うことは非弁の問題になりますか
法務省はワーキング・グループの質疑で、サービスの提供主体が弁護士である場合や、利用者が弁護士として業務に用いる場合については、原則として同条違反にはならないという見解を示しています(出典: 日本組織内弁護士協会 規制改革推進会議2026年1月9日開催の議論速習)。ただし、これは条文の適用に関する当局の説明であり、個別の事案の評価は担当弁護士の判断によります。
令和5年8月の法務省ガイドラインはもう使えないのですか
現時点で撤回された事実は公表されていません。法務省は提出資料で、当時の技術水準に基づくものであり現状に合わせた再整理が必要だという認識を示しています。ガイドラインの位置づけは、タスクフォースの検討結果によって変わる可能性があるため、続報の確認が要ります。
事務所の規程はいま作るべきか、制度が固まるまで待つべきか
いま作っておくほうが手戻りは少なくなります。理由は、議論の重心が条文解釈からガバナンス体制へ移っており、どの結論になっても、誰がどの地点で確認したのかを説明できる記録が求められる構図が共通しているためです。
AIが出力した条番号はどこまで確認が必要ですか
書面や依頼者へ渡す成果物に載せるものは、すべてe-Gov法令検索の原文で確認する運用を採る事務所があります。生成AIは実在する法令名と実在しない条番号を自然に組み合わせて出力することがあり、読み流すと気づきにくいためです。
依頼者への説明はどのタイミングで行うのが実務的ですか
委任契約の締結時に、AIを補助的に使用すること、最終的な判断は担当弁護士が行うこと、入力する情報の範囲を書面で示す運用が採られています。案件の途中で新しいツールを導入する場合は、その時点で改めて説明する形になります。
顧問先の企業からAIで契約書レビューをしてよいかと聞かれたら何を答えればよいですか
事実として伝えられるのは、規制改革推進会議のワーキング・グループで政府の検討が進んでいること、法務省が省内タスクフォースの設置を表明したこと、条文自体は改正されていないことの三点です(出典: 内閣府 規制改革推進会議 第6回デジタル・AIワーキング・グループ 議事次第)。個別の企業のサービス利用に関する評価は、契約内容と利用形態を確認したうえでの判断になります。
小規模事務所でも運用記録は必要ですか
規模に関わらず、入力した資料の種別と日付、確認した担当者の氏名を残す最小限の記録から始める事務所があります。案件管理表に三列足すだけでも、後から説明できる状態には近づきます。
参考文献
- e-Gov法令検索 弁護士法第72条
- e-Gov法令検索 弁護士法第23条
- 内閣府 規制改革推進会議 第6回デジタル・AIワーキング・グループ 議事次第
- 法務省 弁護士法(その他)
- 日本組織内弁護士協会 規制改革推進会議2026年1月9日開催の議論速習
- 日本弁護士連合会
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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