行政書士のAI活用とは、書類作成の工程にAIを組み込む運用のことです。
AIに任せられるのは書類の下書きまでで、どこからが行政書士の判断になるのか。この記事では、行政書士事務所が生成AIを業務に入れるときの業務範囲の線引きと、規程に落とす項目を、条文と総務省の公表資料の範囲で整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。制度の所管は総務省自治行政局で、制度の概要は行政書士制度のページにまとまっています。
行政書士法はAIの活用をどう位置づけているか
意外に思われるかもしれませんが、行政書士法にはデジタル技術の活用を促す条文が置かれています。行政書士法第1条の2第1項は、行政書士が常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正かつ誠実にその業務を行わなければならないと定めています。続く第2項は、行政書士がその業務を行うに当たっては、デジタル社会の進展を踏まえ、情報通信技術の活用その他の取組を通じて、国民の利便の向上及び当該業務の改善進歩を図るよう努めなければならないと定めています。技術の活用が職責の側から要請されている構造です。
この条文の建て付けは、AI導入の社内説明で使えます。生成AIを入れるかどうかを効率化の話としてだけ扱うと、所内の慎重派との議論が平行線になります。職責の条文が技術活用に触れているという事実は、議論の土台を変える材料になります。
業務の範囲そのものは行政書士法第1条の3に書かれています。同条第1項は、行政書士が他人の依頼を受け報酬を得て、官公署に提出する書類その他権利義務又は事実証明に関する書類を作成することを業とすると定めています。この書類には、作成に代えて電磁的記録を作成する場合における当該電磁的記録が含まれる旨も同項に明記されています。紙かデータかを問わない書き方になっている点が、AIで生成したファイルの扱いを考えるときの出発点になります。
外側の線は同条第2項です。同項は、前項の書類の作成であっても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、業務を行うことができないと定めています。他の法律による制限の代表が弁護士法第72条で、同条は弁護士または弁護士法人でない者が、報酬を得る目的で訴訟事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱うことを業とすることができないと定め、この法律または他の法律に別段の定めがある場合を除くという但し書きを置いています。登記の側は司法書士法第3条が業務の範囲を列挙しており、登記または供託に関する手続の代理などが挙げられています。
生成AIが入ってきて何が変わるかというと、外側の線を越える出力が簡単に手元に届くようになった点です。依頼者から相談の経緯を聞き取り、その内容を生成AIに投げれば、法的な見通しや交渉方針まで書いた文章が返ってきます。返ってきた文章を依頼者に渡すかどうかは事務所の判断であり、AIが出したから渡してよいという理屈は成り立ちません。線は条文の側にあり、道具の側にはありません。
総務省の側の動きも押さえておきます。総務省は行政書士法の一部を改正する法律の公布についての通知を令和7年6月に各府省へ発しており、制度に関する通知や事務連絡は通知・事務連絡のページに集約されています。施行規則の改正についても意見募集の結果が公表されています。制度の細部は省令に降りてくるため、原典を追う経路をこの2つのページに固定しておくと取りこぼしが減ります。
書類作成にAIを噛ませる6論点と、線の引き方
論点を6つに分けます。上から順に決めると、下の論点の判断が楽になります。
第1に、工程の切り分けです。書類作成の工程を、聞き取り、事実の整理、様式の選定、記載内容の下書き、添付書類の確認、提出前の点検の6つに分けます。このうちAIに任せやすいのは事実の整理と記載内容の下書きです。様式の選定と添付書類の確認は、自治体ごとの運用差が大きく、AIの出力が古い様式を前提にしていることがあります。ここは原典の確認を人が持ちます。
第2に、出力の使い方です。生成AIの出力を依頼者にそのまま渡すのか、事務所の内部資料として使うだけなのかを決めます。内部資料に限定すると判断が単純になります。渡す場合は、渡してよい内容の範囲を先に決めておきます。
第3に、法的な見通しを含む出力の扱いです。AIは聞かれていない判断まで書いてくることがあります。相手方への請求が認められる見込み、交渉の進め方、訴訟になった場合の見通しといった記述が下書きに混ざります。これらを削る工程を明示的に置きます。削る担当を決めていない事務所では、忙しい局面で残ります。
第4に、依頼者からの相談の切り分けです。書類作成に付随する相談と、法律事件に関する法律事務の相談は、条文の枠組みが違います。相談の内容が後者に寄ってきたときに、どこで話を止め、どこに紹介するのかを事務所として決めておきます。紹介先の弁護士との関係を作っておくほうが、その場での判断が楽になります。
第5に、記録です。AIに何を入れ、何が返り、どう判断したかを案件ごとに残します。行政書士法第13条の22は、都道府県知事が必要があると認めるときに、当該職員に行政書士または行政書士法人の事務所に立ち入り、その業務に関する帳簿及び関係書類を検査させることができると定めています。同条は、これらの作成または保存に代えて電磁的記録の作成または保存がされている場合における当該電磁的記録が含まれる旨も明記しています。電磁的記録が検査の対象に含まれる建て付けである以上、AIに関する記録の保存場所と保存期間を決めておく実務上の意味があります。
第6に、所内の統一です。担当者ごとにAIの使い方が違う状態を放置すると、事務所全体の運用が説明できなくなります。使ってよいツール、入力してよいデータ、削る記述の種類を1枚にまとめ、全員に配ります。
事実の整理に使うプロンプトの例です。依頼者の氏名や住所は入れず、事実の骨組みだけを渡します。
あなたは申請書類の作成を補助するアシスタントです。
以下は架空の事案設定です。実在の依頼者情報は含みません。
【事案設定】
申請の種類: 建設業許可の新規申請(架空のC社)
C社の状況: 設立から3期、常勤役員の経験年数は要確認、専任技術者の候補が2名
(ここに聞き取りメモを事実だけに整理したものを貼る)
次の3点を出力してください。
1. 申請にあたって確認が要る事実を項目立てで列挙
2. 各項目について、どの資料で確認できるかの候補
3. 現時点の情報では判断できない事項を明示
やらないこと:
- 許可が下りる見込みについての予測
- 法的な評価や結論の断定
- 条番号や様式番号を推測して書くこと
- 自治体ごとの運用差についての断定
下書きから範囲外の記述を洗い出すプロンプトの例です。
以下は当事務所が作成した文書の下書きです。
次の観点だけで指摘を返してください。指摘は箇条書きで。
1. 相手方に対する請求の見込みや成否について書いている箇所
2. 交渉の進め方や和解の条件について書いている箇所
3. 訴訟や審査請求になった場合の見通しについて書いている箇所
4. 登記手続の代理や登記申請書類の作成に踏み込んでいる箇所
5. 法令の適用について断定的な結論を書いている箇所
やらないこと:
- 文章の書き換え案の提示
- 内容の当否についての評価
【下書き】
(ここに下書きを貼る。依頼者名はC社等に置き換えたもの)
洗い出された箇所を削るか残すかは、行政書士本人が判断します。AIの出力に人の承認をどこで挟むかという設計は、AIエージェントの人間介在をどこに置くかで別の角度から整理しています。弁護士法第72条とAIの関係をめぐる制度側の議論は弁護士法72条とAIの明確化で扱っています。
依頼者情報をAIに入れる前に、事務所が決める4つのこと
書類作成の材料は依頼者から預かった情報です。ここでの設計が事務所の信用に直結します。
ひとつめは、入力してよいデータの範囲です。行政書士法第12条は、行政書士が正当な理由がなく、その業務上取り扱った事項について知り得た秘密を漏らしてはならないと定めています。同条は行政書士でなくなった後も同様と定めています。この枠組みはAIを使うかどうかに関係なくかかります。実務では、依頼者の氏名、住所、生年月日、法人の登記情報を伏せ、事実の骨組みだけをAIに渡す線を引く事務所があります。伏せる作業を誰がやるかを決めておかないと、締切が近い局面で省略されます。
ふたつめは、ツール側のデータ利用ポリシーです。確認する項目は、入力が提供者側の学習に使われるか、データの保存期間、保存先のリージョン、契約終了時の削除手順の4点です。個人情報保護委員会は令和5年6月2日に生成AIサービスの利用に関する注意喚起等についてを公表し、個人情報を含むプロンプトを入力する場合には特定した利用目的の達成に必要な範囲内であることを確認する必要がある旨を示しています。同資料は、提供者が入力情報を学習データとして利用する場合、利用者から提供者への提供にあたるという整理にも触れています。契約プランによって扱いが変わるサービスは珍しくないため、ベンダーの公式ドキュメントの記述を議事録に引き写す運用が安全側に寄ります。
みっつめは、依頼者への説明です。生成AIを業務の補助に使うことを依頼者に伝えるかどうかは、事務所の方針として決めておく事項です。委任契約書や業務説明の書面に、業務の遂行にあたり秘密保持の措置を講じた上で情報処理の技術を利用する場合がある旨を書いておく運用例があります。書いてあれば依頼者から問われたときに即答でき、書いていなければ担当者が個別に説明を作ることになります。
よっつめは、記録の保存と削除です。AIに投げたプロンプト、返ってきた出力、伏せる前の元資料が、担当者の端末やクラウドストレージに散らばります。規程に落とすなら、保存場所を案件フォルダに限定すること、AIツールに接続されたフォルダに元資料を置かないこと、案件終了時に途中生成物を削除する手順、所員の退職時のアカウント処理の4点が最小構成になります。万一の漏えいに備えた対応の順序は個人情報の漏えい報告と暗号化の境界線で扱っています。ガバナンスの枠組みを体系的に組む方法はNIST AI RMFを士業事務所に落とすで整理しています。
この4点を決める順序にも意味があります。入力範囲を決めないままツールを選ぶと、選んだ後にそのツールでは扱えないデータがあると分かり、選定をやり直すことになります。範囲を先に固めておけば、ベンダーへの質問が具体化し、比較の軸が揃います。ひとり事務所であっても、決めた内容を文書にしておく価値はあります。補助者を雇ったときに、そのまま渡せる形になるからです。
AIが生成した文章の権利関係も、規程の項目として置いておきます。生成物の扱いをめぐる行政の整理は生成AIと著作権 文化庁の考え方で扱っています。申請書類の記載そのものより、事務所のウェブサイトや案内文にAI生成の文章や画像を使う場面で関わってくる論点です。
非弁の疑いを招く3つの表示と、書き換え方
業務範囲の話は、書類の中身だけでなく、事務所の外向きの表示にも及びます。
ひとつめは、ウェブサイトの表示です。弁護士法第74条第1項は、弁護士または弁護士法人でない者が、弁護士または法律事務所の標示または記載をしてはならないと定めています。同条第2項は、弁護士または弁護士法人でない者が、利益を得る目的で、法律相談その他法律事務を取り扱う旨の標示または記載をしてはならないと定めています。生成AIにサイトの文章を書かせると、集客を意識して相談を強調する表現が出てきます。法律相談を想起させる語がそのまま残ると、この条文の枠組みと交わる可能性が出てきます。書き換えの方向は、扱う手続の名称を具体的に並べる形です。何ができるかを手続名で示すほうが、依頼者にも分かりやすくなります。
ふたつめは、サービス名の付け方です。AIを使った新しいメニューを作るときに、法的な判断を提供するかのような名称を付けてしまう例があります。名称は書類作成の支援であることが分かる語に寄せ、生成AIに候補を出させる場合も、法律相談を想起させる語を除く条件をプロンプトに書いておきます。
みっつめは、チャットボットの応答です。事務所のサイトに生成AIのチャットを置くと、訪問者の質問に対して法的な見通しを答えてしまうことがあります。設置する場合は、答える範囲を手続の一般的な流れと必要書類の説明に限定し、個別の判断は面談で扱う旨を返す設計にします。応答のログを定期的に読み、範囲外の回答が出ていないかを確認する担当を決めておく運用も要ります。
3つに共通するのは、AIの性能ではなく表示の設計が原因という点です。生成AIは集客に効く表現を選ぶよう学習しており、こちらが条件を書かなければ範囲の外まで踏み出します。条件を先に書くという一手間が、事務所を守ります。
費用と工数、記録は何を残すか
費用は汎用の生成AIの法人プランで足りる領域です。ひとり事務所から数名規模の事務所が多いため、利用者数に比例した月額課金で見積もれます。管理者が入力の扱いを固定できるプランを選ぶと、補助者を含めた運用が揃います。各ベンダーの公式料金ページで最新の金額を確認し、見積書の記載と突き合わせる運用が安全側に寄ります(参考: 各ベンダーの公式料金ページ)。
工数は工程で分かれます。聞き取りメモの整理と下書きの作成は縮みます。様式の選定と添付書類の確認、自治体ごとの運用差の確認は縮みません。範囲外の記述を洗い出す工程は、AIを使うほど増える方向に働きます。導入の効果を測るなら、案件全体の時間ではなく工程ごとの時間で見るほうが実態に合います(参考値。取り扱う手続の種類と補助者の有無で変動します)。
記録は5項目です。AIに渡した範囲、使ったツール名、返ってきた出力のうち採用した部分、削った記述の種類、最終判断をした者です。表計算ソフトで足ります。行政書士法第13条の22が電磁的記録を検査の対象に含めている建て付けを踏まえると、記録の保存場所と保存期間を決めておくことに実務上の意味があります。保存期間は、案件の書類の保存期間と揃えておくと管理が単純になります。
責任の持ち主は動きません。作成した書類の内容についての責任は行政書士にあり、AIを使ったかどうかで変わるものではありません。補助者がいる事務所では、補助者がどの工程でAIを使ってよいかを規程で示し、提出前の点検は行政書士本人が持つ分担が回りやすい形です。
2027年に向けて業務範囲の何が論点になるか
論点は3つの方向に伸びます。ひとつは、電磁的記録をめぐる制度の細部です。行政書士法第19条第1項は、行政書士または行政書士法人でない者が、他人の依頼を受けいかなる名目によるかを問わず報酬を得て、業として第1条の3に規定する業務を行うことができないと定めた上で、他の法律に別段の定めがある場合と、定型的かつ容易に行えるものとして総務省令で定める手続について総務省令で定める者が電磁的記録を作成する場合を但し書きで除いています。省令で何が定められるかによって、実務の風景が変わり得る領域です。総務省の通知と省令改正の動きを追う価値があります。
ふたつめは、AIサービス側の提供形態です。利用者が自分で申請書類を作れるサービスが増えるほど、行政書士の業務との関係が論点になります。事務所が自分の業務にAIを使う場面と、AIサービスが利用者に書類作成を提供する場面は、論点の位置が違います。両者を混ぜて議論すると話が進みません。
みっつめは、隣接士業との境界です。生成AIは求められれば登記や税務にも踏み込んだ出力を返します。司法書士法第3条や税理士法が定める業務の範囲との関係を、下書きの点検工程でどう見るかが実務の課題として残ります。紹介先の関係を作っておくことが、結局のところ一番効く備えになります。
よくある質問
行政書士がAIで書類の下書きを作ってよいですか
道具の使用そのものを禁じる規定は、公表されている条文の中に見当たりません。行政書士法第1条の2第2項は、デジタル社会の進展を踏まえ情報通信技術の活用その他の取組を通じて国民の利便の向上及び業務の改善進歩を図るよう努めなければならないと定めています。論点になるのは、AIに入力する情報の扱いと、出力の中に業務範囲の外に出る記述が混ざらないかという点です。
AIが法的な見通しを書いてきました。そのまま依頼者に渡してよいですか
事務所として先に決める話です。行政書士法第1条の3第2項は、書類の作成であってもその業務を行うことが他の法律において制限されているものについては業務を行うことができないと定めており、他の法律による制限として弁護士法第72条が置かれています。実務では、法的な見通しに関する記述を削る工程を明示的に設け、削る担当を決めておく運用が採られています。
依頼者の氏名や住所をAIに入れてよいですか
事務所として先に決める話です。行政書士法第12条は業務上取り扱った事項について知り得た秘密の保持を定めており、この枠組みはAIを使うかどうかに関係なくかかります。個人情報保護委員会の生成AIサービスの利用に関する注意喚起等については、個人情報を含むプロンプトの入力について確認すべき点を示しており、社内説明の材料として使えます。
事務所のサイトに生成AIのチャットを置いてよいですか
置く場合は答える範囲を先に決める運用が求められます。弁護士法第74条第2項は、弁護士または弁護士法人でない者が利益を得る目的で法律相談その他法律事務を取り扱う旨の標示または記載をしてはならないと定めています。応答の範囲を手続の一般的な流れと必要書類の説明に限定し、ログを定期的に確認する担当を決める運用例があります。
AIに関する記録はどれくらい残せばよいですか
案件の書類の保存期間と揃える運用例があります。行政書士法第13条の22は、都道府県知事が業務に関する帳簿及び関係書類を検査させることができると定め、電磁的記録が含まれる旨も明記しています。保存場所を案件フォルダに限定し、保存期間を決めておくと管理が単純になります。
ひとり事務所でも規程を作る意味はありますか
あります。決めた内容を文書にしておくと、補助者を雇ったときにそのまま渡せます。依頼者から運用を問われたときの回答も揃います。最小構成は、使ってよいツールの列挙、入力を禁止するデータの列挙、削る記述の種類、記録の保存場所と期間の4項目です。
登記や税務に踏み込んだ出力が返ってきます
削る工程を置く運用が採られています。司法書士法第3条は登記または供託に関する手続の代理などを司法書士の業務として列挙しており、生成AIはこの範囲に踏み込んだ記述を返すことがあります。点検の観点に登記手続と税務の項目を加え、該当箇所を洗い出す形が実務的です。紹介先の司法書士や税理士との関係を作っておくと、その場での判断が楽になります。
参考文献
- e-Gov法令検索 行政書士法(第1条の2 職責、第1条の3 業務、第12条、第13条の22、第19条)
- e-Gov法令検索 弁護士法(第72条、第74条)
- e-Gov法令検索 司法書士法(第3条 業務)
- 総務省 行政書士制度
- 総務省 行政書士制度 通知・事務連絡
- 総務省 行政書士法の一部を改正する法律の公布について(通知)
- 総務省 行政書士法施行規則の一部を改正する省令(案)に対する意見募集の結果
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について
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