税制改正の情報収集とは、大綱から通達までを追い顧問先に伝える業務のことです。
令和8年度税制改正の大綱は令和7年12月26日に閣議決定され、所得税の基礎控除の引上げや給与所得控除の最低保障額の引上げが盛り込まれました(出典: 財務省 令和8年度税制改正の大綱の概要)。この記事では、大綱から法令、通達、顧問先への通知までの情報の流れをAIで回す工程を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。
大綱から通達まで、情報が届く順番を先に押さえる
情報収集を自動化する前に、情報が発生する順番を整理しておく価値があります。順番を知らないまま網を張ると、同じ内容を何度も追いかけることになります。
出発点は大綱です。財務省が税制改正の概要のページで年度ごとの大綱を公開し、令和8年度分は令和8年度税制改正のページにまとまっています。大綱は目次とHTML版、PDF版が並ぶ構成で、目次から章ごとに読めます。この段階で分かるのは方向性であり、条文はまだありません。
次に法律です。大綱の内容が法律案となり、成立して公布されます。令和8年度の改正では所得税法等の一部を改正する法律が成立し、国税庁の資料で法律番号が示されています。条文そのものはe-Gov法令検索で追える段階に入ります。
その次が通達です。国税庁が法令解釈通達のページで基本通達の改正を公開します。令和8年度分では、所得税基本通達の一部改正、法人税基本通達等の一部改正、相続税法基本通達等の一部改正が順に出ています。実務の細部が決まるのはこの段階で、顧問先への説明が具体化できるのもここからです。
最後が国税庁の解説資料とパンフレットです。令和8年度の基礎控除の引上げについては、国税庁が令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の引上げ等についてのページを設けています。同ページの資料は、基礎控除の引上げ、給与所得控除の最低保障額の引上げ、扶養親族等の所得要件の改正等について、原則として令和8年12月1日に施行され令和8年分以後の所得税について適用されるという整理を示しています。法人税関係については令和8年度法人税関係法令の改正の概要が公開されています。
地方税は経路が別です。地方税法の改正は総務省の所管で、国税の大綱と同じ書面に載っていても詳細の公表元が変わります。国税だけを追っていると、住民税と事業税の改正が抜けます。住民税と事業税の取扱いは、市区町村や都道府県の公表資料にまで枝分かれします。国税の大綱に地方税の項目が並んでいても、条文と実務の細部は別の資料を開くことになります。顧問先の所在地が複数の自治体にまたがる事務所では、追う対象の一覧に自治体のページを足す判断も出てきます。
この4段階を頭に入れると、AIに何をさせるかが見えてきます。大綱の段階では要点の抽出、法律の段階では条文の突き合わせ、通達の段階では変更点の差分抽出、資料の段階では顧問先向けの言い換えです。段階ごとにやることが違うため、ひとつのプロンプトで全部を済ませようとすると精度が落ちます。
情報収集を回す6工程と、AIに任せる範囲
第1工程は、追う対象の固定です。財務省の税制改正のページ、国税庁の法令解釈通達のページ、国税庁の新着情報、総務省の地方税のページを一覧にします。一覧はブラウザのブックマークではなく、事務所で共有するファイルに置きます。担当者が変わっても引き継げる形にしておくのが目的です。
第2工程は、確認の頻度と担当の決定です。大綱が出る12月と、法律が成立する年度末から4月にかけて、通達が出る時期が繁忙期と重なります。実務では、月1回の定例確認と、大綱公表後の2週間の集中確認を分ける組み方が回ります。担当はひとりに固定し、代替の担当も決めておきます。
第3工程は、原典の取得です。ここはAIに任せません。生成AIに最新の改正内容を尋ねると、古い年度の内容や存在しない条項が混ざります。原典は財務省と国税庁のページから自分で開き、PDFなら手元に保存します。保存先を年度ごとのフォルダに固定すると、後の確認が速くなります。
第4工程は、要点の抽出です。ここからAIが効きます。保存した原典のテキストを渡し、顧問先の業種と規模に関係する項目だけを抽出させます。この工程で入力するのは公表資料であり、顧問先の情報は含まれません。守秘の観点でもっとも気楽に使える工程で、生成AIの導入をここから始める事務所が多いのも理にかなっています。
第5工程は、顧問先への当てはめです。抽出した改正項目を、顧問先ごとにどう影響するかへ落とします。ここは慎重に設計します。顧問先の決算数値や個別事情を入力すると守秘の論点に入るため、実務では業種と規模を抽象化した設定だけを渡し、当てはめの骨組みをAIに作らせて税理士が仕上げる形を採ります。
第6工程は、通知の作成と発信です。顧問先向けの案内文を作ります。AIが効くのは、専門用語の言い換えと、業種別の書き分けです。改正の内容は同じでも、製造業と飲食業では関心の置き所が変わります。同じ原稿から業種別に3種類を作るという作業は、AIに向いています。
要点の抽出に使うプロンプトの例です。原典のテキストだけを扱い、顧問先の情報は入れません。
あなたは税制改正の資料整理を支援するアシスタントです。
以下は公表資料から貼り付けたテキストです。
【資料】
(財務省または国税庁の公表資料のテキストを貼る)
次の形式で整理してください。
1. 改正項目名
2. 変更前と変更後(資料に書かれている範囲のみ)
3. 適用開始時期(資料に書かれている範囲のみ)
4. 影響を受ける納税者の区分(個人・法人・給与所得者など)
5. 資料に記載がない事項は「資料に記載なし」と明記
やらないこと:
- 資料に書かれていない数値や施行日を補うこと
- 条番号を推測して書くこと
- 個別の事案への当てはめ
顧問先向けの通知文を業種別に書き分けるプロンプトの例です。
以下の改正項目について、顧問先向けの案内文を3種類作ってください。
【改正項目の要点】
(第4工程で整理した要点を貼る。顧問先の個別情報は含めない)
作る3種類:
1. 製造業(従業員50名規模)向け
2. 飲食業(店舗3つ・パート中心)向け
3. 個人事業主向け
各案の条件:
- 800字以内
- ですます調
- 冒頭2文で結論を書く
- 専門用語は初出時に1行で説明を添える
- 個別の判断は当事務所にご相談くださいで締める
- 断定的な税額の見込みは書かない
- 表は使わない
出力された案内文は、税理士が原典と突き合わせてから発信します。AIの出力に人の承認をどこで挟むかという設計は、AIエージェントの人間介在をどこに置くかで別の角度から整理しています。業務別のAIの使いどころは税理士のAI活用にまとめてあります。
6工程を通して見ると、AIが受け持つのは第4工程と第6工程だけです。原典を取る工程と施行日を確かめる工程は人が持ち続けます。この配分は物足りなく見えるかもしれませんが、情報収集の工数の多くは通知文を書く時間に消えているため、そこが縮むだけで体感は変わります。工程を分けずに全部をAIに投げた事務所が最初につまずくのは、原典を確かめる習慣が抜ける点にあります。
顧問先の数値をAIに入れる前に、事務所が決める4つのこと
情報収集の工程は公表資料が中心のため守秘の負荷が軽い一方、第5工程の当てはめで顧問先の情報に触れます。ここで線を引いておきます。
ひとつめは、入力してよいデータの範囲です。税理士法第38条は、税理士が正当な理由がなくて税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、または窃用してはならないと定めています。同条は税理士でなくなった後についても同様と定めています。この枠組みはAIを使うかどうかに関係なくかかります。実務では、決算書と申告書の数値そのものは入れず、業種と従業員規模だけを抽象化して渡す線を引く事務所があります。
ふたつめは、従業者の監督です。税理士法第41条の2は、税理士が税理士業務を行うため使用人その他の従業者を使用するときは、税理士業務の適正な遂行に欠けるところのないよう当該使用人その他の従業者を監督しなければならないと定めています。事務所の担当者が個人アカウントの生成AIを使っている状態は、この監督の枠組みと正面から関わります。使ってよいツールとアカウントを事務所として指定し、一覧を配る運用が出発点になります。
みっつめは、ツール側のデータ利用ポリシーです。確認する項目は、入力が提供者側の学習に使われるか、データの保存期間、保存先のリージョン、契約終了時の削除手順の4点です。契約プランによって扱いが変わるサービスは珍しくなく、無料プランでは改善目的の利用があり法人向けプランでは無いという設計が一般的です。ベンダーの公式ドキュメントの記述を議事録に引き写し、口頭説明だけで判断しない運用が安全側に寄ります。ガバナンスの枠組みを体系的に組む方法はNIST AI RMFを士業事務所に落とすで扱っています。
よっつめは、顧問先への説明です。生成AIを業務に使うことを顧問先に伝えるかどうかは、事務所の方針として決めておく事項です。顧問契約書や業務説明の書面に、業務の遂行にあたり秘密保持の措置を講じた上で情報処理の技術を利用する場合がある旨を書いておく運用例があります。書いてあれば顧問先から問われたときに即答でき、書いていなければ担当者が個別に説明を作ることになります。
税務調査の場面まで視野に入れると、記録の意味が変わってきます。国税通則法第74条の2は、国税庁等または税関の当該職員が所得税、法人税、地方法人税または消費税に関する調査について必要があるときの質問検査権を定めています。調査で説明を求められる局面では、どの資料に基づいて判断したかを示せる状態にあるほうが対応が軽くなります。AIの出力をそのまま採用したのか、原典で確認して採用したのかを記録に残しておく価値はここにあります。書面添付の実務との関係でも同じことがいえます。税理士法第33条の2は、税理士または税理士法人が申告書を作成したときに、その作成に関し計算し、整理し、または相談に応じた事項を財務省令で定めるところにより記載した書面を当該申告書に添付することができると定めています。添付する書面の内容を組み立てる過程で、根拠の出どころが整理されているかどうかが効いてきます。
この4点を決める順序にも意味があります。入力範囲を決めないままツールを選ぶと、選んだ後にそのツールでは扱えないデータがあると分かり、選定をやり直すことになります。範囲を先に固めておけば、ベンダーへの質問が具体化し、比較の軸が揃います。所内で判断が分かれる論点でもあるため、所長と担当者で一度まとめて決めてしまうほうが、案件ごとに迷うより早く収まります。
情報収集の自動化で起きる3つの事故と、止め方
ひとつめは、生成AIに直接最新の改正内容を尋ねてしまうケースです。返ってくる内容は前年度の改正だったり、存在しない条項だったりします。形式が整っているため、急いでいる局面ほど気づきません。止め方は、第3工程の原典取得を人の作業として固定することです。AIには原典のテキストを渡すだけにし、AI自身の知識に頼らせない設計にします。
ふたつめは、施行日を取り違えるケースです。同じ改正の中でも、所得税と法人税と相続税で適用開始の時期が分かれます。令和8年度の改正では、基礎控除の引上げ等について原則として令和8年12月1日施行、令和8年分以後の所得税に適用という整理が国税庁の資料で示されていますが、相続税法基本通達等の改正後の取扱いは令和8年4月1日から適用という別の日付が置かれています。止め方は、要点整理の様式に適用開始時期の欄を作り、資料に記載がない場合は記載なしと書かせることです。空欄を許すと、後で誰かが記憶で埋めます。
みっつめは、顧問先向けの通知文に断定的な税額の見込みが入るケースです。AIに案内文を書かせると、親切に具体的な減税額を計算して書いてくることがあります。個別の事情を知らないまま出た数字は、顧問先の誤解につながります。止め方は、プロンプトの制約に断定的な税額の見込みを書かないことを明記し、発信前の確認で数字の有無を見る工程を置くことです。
3つに共通するのは、AIの性能ではなく、原典との接続の設計が原因という点です。原典を人が取り、AIには整理と言い換えだけをさせる配分にすると、この3つは起きにくくなります。
費用と工数、誰が情報収集を持つか
費用は汎用の生成AIの法人プランで足りる領域です。情報収集の工程で扱うのは公表資料が中心のため、専用ツールを入れる必要性は薄くなります。所属税理士と担当者の人数分のライセンスを見積もり、各ベンダーの公式料金ページで最新の金額を確認する運用が安全側に寄ります(参考: 各ベンダーの公式料金ページ)。
工数は工程で分かれます。原典の取得と施行日の確認は縮みません。要点の抽出と業種別の書き分けは大きく縮みます。実務の感覚では、顧問先向けの通知文を業種別に3種類作る作業が、下書きの生成で半分以下の時間に収まります(参考値。顧問先の業種構成と既存の雛形の有無で変動します)。逆に、原典を読み込んで施行日を確認する作業は、AIを入れても同じ時間がかかります。
持ち主は、事務所内でひとりに固定します。情報収集を全員の共通業務にすると、誰も見ていない期間が生まれます。担当を決め、月1回の定例で共有し、大綱公表後は集中確認の期間を設けます。共有の場では、原典のリンクと要点整理の表を一緒に回すと、担当以外も原典に当たれる状態が保てます。電子帳簿保存法のように要件が段階的に動く制度は、同じ枠組みで追うと取りこぼしが減ります。要件緩和の動きは電子帳簿保存法の2026年で、義務化への対応は電子帳簿保存法の完全義務化とAI対応で扱っています。
令和9年度に向けて何が論点になるか
論点は3つの方向に伸びます。ひとつは、公表資料の機械可読性です。財務省と国税庁の資料はPDFが中心で、表の構造がテキスト化しにくい形式のものが残ります。AIに渡す前の整形作業が実務の手間として残る領域で、資料の形式が変われば工数の見積もりも変わります。
ふたつめは、地方税の追跡です。国税の情報が整理されるほど、地方税の抜けが目立ちます。事務所として総務省の公表資料を追う担当を置くかどうかが、来年度の宿題になります。
みっつめは、顧問先への発信の頻度です。改正の情報を速く出すほど問い合わせが増えます。問い合わせの受け皿を用意せずに発信を増やすと、繁忙期に負荷が集中します。発信の設計と受け皿の設計を一緒に考える余地があります。
よくある質問
生成AIに最新の税制改正を聞いてもよいですか
原典の取得には向きません。生成AIの回答には前年度の内容や存在しない条項が混ざることがあり、形式が整っているため見分けが付きにくいという性質があります。実務では、財務省と国税庁のページから原典を人が取り、そのテキストをAIに渡して整理させる形が採られています。
顧問先の決算数値をAIに入れてよいですか
事務所として先に決める話です。税理士法第38条は税理士業務に関して知り得た秘密の保持について定めており、この枠組みはAIを使うかどうかに関係なくかかります。実務では、決算書の数値は入れず、業種と規模を抽象化した設定だけを渡す線を引く事務所があります。
令和8年度改正の適用開始はいつからですか
改正項目ごとに分かれます。基礎控除の引上げ等については、国税庁が令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の引上げ等についてのページで、原則として令和8年12月1日に施行され令和8年分以後の所得税について適用されるという整理を示しています。相続税法基本通達等の改正後の取扱いは令和8年4月1日から適用とされており、日付が異なります。個別の適用時期は各原典で確認する運用が求められます。
担当者が個人アカウントで生成AIを使っています
使ってよいツールとアカウントの指定からです。税理士法第41条の2は、税理士が使用人その他の従業者を使用するときに、税理士業務の適正な遂行に欠けるところのないよう監督しなければならないと定めています。法人契約のアカウントに集約し、一覧を配る運用が出発点になります。
通達の差分をAIに取らせてよいですか
改正前後のテキストを両方渡す形なら使える工程です。国税庁の法令解釈通達のページから原典を取り、旧文と新文を並べて差分を整理させます。AI自身の記憶に旧文を補わせると、変わっていない箇所が変わったように見える出力になります。
顧問先向けの案内文に減税額を書いてよいですか
個別の事情を知らないまま出た数字は誤解につながります。実務では、案内文には改正の内容と適用時期までを書き、金額の見込みは個別の相談で扱う切り分けを採る事務所があります。プロンプトの制約に断定的な税額の見込みを書かないことを明記しておくと、下書きの段階で入り込みません。
情報収集の記録は何を残せばよいですか
原典のリンク、取得日、要点整理、AIに渡した範囲、採否の判断の5項目です。表計算ソフトで足ります。税務調査で説明を求められる局面や、書面添付の内容を組み立てる局面で、根拠の出どころをたどれる状態が効いてきます。
参考文献
- e-Gov法令検索 税理士法(第1条、第33条の2、第38条、第41条の2)
- e-Gov法令検索 国税通則法(第74条の2 質問検査権)
- 財務省 税制改正の概要
- 財務省 令和8年度税制改正の大綱の概要
- 財務省 令和8年度税制改正の大綱(目次)
- 国税庁 法令解釈通達
- 国税庁 令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の引上げ等について
- 国税庁 令和8年度法人税関係法令の改正の概要
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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