架空判例とは、生成AIが実在しない裁判例を作り出す現象のことです。
生成AIが出力した裁判例が実在しなかった、という報告が各国で相次いでいます。この記事では、書面や意見書に載せる前に架空判例と架空条文を止めるための5つの関門と、検証したことを後から示せる記録の残し方を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、職能団体の見解は各会の公表資料で確認しています。米国では、生成AIが作り出した架空の判例や虚偽の引用を含む準備書面を提出した原告側弁護士に対し、カンザス連邦地方裁判所が制裁を科す決定を出したと報じられています(出典: ITmedia AI+|ChatGPTで存在しない判例を引用 米国の弁護士に制裁、出禁や罰金)。
架空判例はなぜ生まれ、どこで実際に問題になったか
結論から言えば、架空判例は生成AIの欠陥ではなく仕様の副産物です。大規模言語モデルは、次に来る語をそれらしく選ぶ仕組みで文章を作ります。判例の引用形式は定型性が高く、事件名、裁判所名、年月日、掲載誌の巻号という並びは、モデルにとって最も真似しやすい型の1つです。中身の事件が実在するかどうかを確かめる仕組みは、モデル自体には組み込まれていません。だから、実在の裁判所名と実在の掲載誌名を組み合わせた、存在しない裁判例が滑らかに出てきます。
やっかいなのは、この出力が壊れて見えないことです。日付の桁が足りない、裁判所名が架空、といったわかりやすい破綻があれば気づけます。実際に出てくるのは、書式が完璧で、事案の要旨まで整っていて、しかも自分が主張したい結論にぴったり合う判例です。忙しい実務家ほど、探していたものが見つかったと感じてそのまま採用してしまいます。
海外の事例は既に複数あります。前掲のITmediaの報道によると、カンザス連邦地方裁判所は2026年2月2日、架空の判例や虚偽の引用を含む書面を提出した原告側弁護士5人に制裁を科す決定を出しました。中心となった弁護士には5,000ドルの罰金、当該裁判所への出廷資格の取消し、免許を持つ州の懲戒当局への自己申告が命じられたとされています(出典: 前掲ITmedia記事)。別の事例では、ミシシッピ州の裁判官が、双方の弁護士4人について人間による適切な確認を経ないままAIで書面を作成したと判断し、罰金を科したと報じられました(出典: Business Insider Japan|裁判官は「AIのでっち上げ」に忍耐を失いつつある)。
日本の実務でも、この論点は職能団体の側から扱われ始めています。東京弁護士会の会報LIBRAは、2026年7・8月合併号で弁護士業務における生成AIの利活用と留意点を特集しました(出典: 東京弁護士会|LIBRA 2026年7・8月合併号)。生成AIを使うかどうかではなく、使ったうえで何をどう確かめるかへ議論の重心が移っている状況です。
架空判例の問題は弁護士に限りません。司法書士が登記実務で先例や通達を確認する場面、税理士が裁決事例を参照する場面、社会保険労務士が行政通達を引く場面でも、同じ形の誤りが起こります。裁判例より通達や先例のほうが検索可能な一次情報の整備が薄い領域もあり、確かめようとしたときの手間はむしろ大きくなります。加えて、生成AIは条文でも同じことをします。実在する法律の、実在しない条番号を出す。あるいは改正で移動した条番号を旧番号のまま出す。後者は改正の多い分野ほど頻発し、しかも法律名が正しいぶん気づきにくくなります。
引用前に通す5つの関門
やることは、AIの出力を疑うのではなく、通す道を1本に固定することです。以下の5つの関門を順に通ったものだけが書面に載る、という運用にします。
第1の関門は、出力段階での分離です。生成AIに調査をさせるとき、事実の主張と根拠の提示を同じ回答に混ぜさせない指示を最初に入れます。具体的には、根拠として挙げる裁判例や条文を回答本文から切り離し、末尾に一覧として出させます。一覧になっていれば、次の関門でそのまま検証リストとして使えます。本文に埋め込まれた状態では、どれが検証対象なのかを人が抜き出す手間が発生し、その手間が省略の入口になります。
第2の関門は、一次情報のデータベースでの実在確認です。裁判例なら裁判所の裁判例検索、条文ならe-Gov法令検索、判例集に載っているものなら事務所が契約している商用データベースで、実際に開いて確かめます。ここで確かめるのは3点です。その事件が存在するか、裁判所名と年月日が一致するか、そして判示事項が引用したい趣旨と合っているか。3点目が抜けると、実在するが趣旨が違う裁判例を引くという別の誤りが残ります。生成AIは、実在する判例の判示内容を作り替えることもあります。
第3の関門は、原典本文の目視です。データベースで件名が見つかったところで止めず、本文を開いて該当箇所を読みます。引用する一文があるなら、その一文が本文に実在することを画面上で確認します。この工程は代替できません。要旨だけを読んで採用すると、要旨に書かれていない限定条件を落とすことになります。
第4の関門は、条番号の突き合わせです。法律名だけでなく、条・項・号まで原文に当てて確かめます。特に改正が続いている分野では、施行日ごとに条番号が動きます。e-Gov法令検索で該当条文を開き、条見出しと本文を読んで、引用したい規律がその条にあるかを見ます。ここで確かめた法令名と条番号は、次の関門で記録に残します。
第5の関門は、有資格者による最終確認と記録です。書面に載せる判断は有資格者が行い、確認した日付、使ったデータベース、開いたURLまたは掲載誌の巻号を、案件ファイルに残します。記録を残す目的は2つあります。1つは、後日問われたときに検証の事実を示せること。もう1つは、事務所内で誰がどこまで確かめたかを可視化し、二重確認の抜けを防ぐことです。
この5つを回すためのプロンプト例を挙げます。架空の当事者表記を使っています。
あなたは法務調査の補助者です。以下の論点について整理してください。
論点: 甲が乙に対して負う契約上の義務の範囲について、
一般論として議論されている枠組みを説明してください。
出力の形式:
1. 本文では、あなたが説明する一般的な枠組みだけを書いてください。
本文の中に裁判例名・条番号・年月日を書かないでください。
2. 本文のあとに「要検証リスト」という見出しを立て、
関連しうる裁判例と条文を箇条書きで挙げてください。
3. 要検証リストの各項目には、あなたの確信度を
高・中・低の3段階で必ず付けてください。
4. 確信度が中または低の項目には、
なぜ確信が持てないのかを一行で添えてください。
本文と検証対象が分かれ、確信度の低いものが最初から目印付きで出てきます。次に、出てきた候補をひとつずつ潰すためのプロンプトです。
以下の裁判例について、あなたの記憶だけで答えないでください。
対象: {裁判所名}{年月日}{事件の通称}
次の形式で回答してください。
- あなたの手元の情報だけでは実在を確認できない場合は、
「確認できません」とだけ答えてください。
- 推測で年月日や事件番号を補わないでください。
- 実在すると答える場合は、判示事項の要旨を3行以内で示し、
そのうえで「一次情報での確認が必要です」と明記してください。
このプロンプトの狙いは、AIに確認させることではありません。AIが自信を持って答えた項目と、答えを渋った項目を分けることです。渋った項目は、そもそも候補から外す判断がしやすくなります。自信を持って答えた項目こそ、第2から第4の関門を丁寧に通す対象になります。
運用に落とすときは、案件ファイルに検証記録の様式を1つ置いておくと定着します。記録する項目は、引用箇所の識別子、検証したデータベース名、開いたURL、確認日、確認者、そして判示事項が引用趣旨と合致するかの判定です。様式が決まっていれば、担当者が代わっても抜けません。
守秘義務と検証の外部委託をめぐる論点
検証の話は、そのまま守秘義務の話につながります。生成AIに調査させる時点で、何を入力したかが問われるからです。
まず、入力の中身です。事案の詳細を書けば書くほど、AIの回答は的確になります。同時に、依頼者の情報が外部サービスへ渡ります。弁護士法第23条は秘密保持の権利と義務を定めており、司法書士法第24条、税理士法第38条、社会保険労務士法第21条にもそれぞれ秘密を守る義務に関する定めが置かれています。実務では、当事者名と固有の数値を伏せ、法律構成に必要な事実だけを抽象化して入力する運用を採る事務所があります。前掲の第1の関門で示したプロンプト例が架空の当事者表記を使っているのは、この考え方に沿っています。
次に、入力データが学習に使われるかどうかです。同じサービスでも、個人向けプランと法人向けプランで扱いが異なる場合があります。事務所として使うなら、契約するプランの公式ドキュメントで学習利用の有無、保存期間、管理者による会話履歴の閲覧可否を確認したうえで、規程に書き込む段階になります。この確認の観点は、士業のチカラの生成AIの法人プランと学習利用の比較で整理しています。
3点目は、検証工程そのものを外部に出すかどうかです。判例の実在確認は定型作業なので、事務スタッフや外部の調査会社に任せたくなります。ただし、確認対象のリストには事案の輪郭が現れます。どの論点をどの角度から調べているかは、それ自体が案件情報です。外部に出すなら、秘密保持契約の範囲と、渡す情報を論点だけに絞る設計が要ります。事務所内のスタッフに任せる場合も、アクセスできる案件情報の範囲を決めておく形が扱いやすくなります。
4点目は、依頼者への説明です。生成AIを調査補助に使うこと自体を告知するかどうかは、事務所の方針によって分かれます。委任契約書に利用の範囲と検証体制を1条置く運用を採る事務所があります。説明する範囲の考え方は依頼者へのAI利用の説明と告知で扱っています。説明しておく実務上の利点は、後で問題が起きたときではなく、平時に検証体制を言語化できる点にあります。
5点目は、事務所規程への落とし方です。禁止事項の列挙だけでは運用が止まります。実務で回っているのは、入力してよい情報の範囲、使ってよいサービス、検証の必須工程、記録の保存場所という4点を書き、判断に迷ったときの相談先を明記する形です。規程の骨子の作り方は事務所のAI利用ガイドラインの作り方に整理しています。
実際に起きやすい失敗の型
第1の型は、締切直前の省略です。書面提出の当日、追加の根拠が1本欲しくなり、AIに聞いて出てきた判例をそのまま脚注に入れる。この場面では、検証の関門が形骸化します。回避策は、提出前日を検証の締切に設定し、当日に追加された引用は原則として載せない運用にすることです。人の意志ではなく手順で止めます。
第2の型は、要旨だけで採用する失敗です。データベースで件名が見つかったので実在は確かめた、しかし本文は開いていない。この状態で引用すると、判示の射程を誤ります。生成AIが作る誤りには、実在する判例の判示内容を自分の主張に都合よく言い換えるものが含まれます。件名の実在確認と、判示内容の一致確認は別の作業です。
第3の型は、条番号の旧番号引きです。改正が続く分野では、条文の内容は残ったまま番号だけが動くことがあります。生成AIの学習時点が改正前であれば、旧番号を返します。法律名が正しく、条文の趣旨も合っているため、原文に当てるまで気づきません。回避策は単純で、引用するすべての条番号をe-Gov法令検索で開くことです。この作業は1件あたり1分もかかりません。
第4の型は、事務所内での再利用です。一度作った書面のひな形に架空判例が紛れ込むと、以後の案件に自動的に引き継がれます。ひな形を更新するときは、引用部分の検証記録を添付する運用にしておくと、出どころ不明の引用が残りません。
費用・工数・体制
費用面では、一次情報の確認に使うe-Gov法令検索と裁判所の裁判例検索は無償で利用できます。判例集の全文を扱うなら商用データベースの契約が要りますが、これは生成AIの導入とは別に多くの事務所が既に持っている費用です。生成AI側の追加費用は、法人向けプランの利用者ごとの月額が中心になります。
工数の目安を置くと、引用1件あたりの検証は、データベース検索と本文の目視を合わせて5分から10分です。書面1通に引用が5件あれば、30分から1時間の追加工数になります。この時間は削れません。削れるのは、その前段の調査時間のほうです。論点の整理と候補の洗い出しを生成AIに任せることで浮いた時間を、検証に振り替える構図になります。
体制としては、候補の洗い出しと一次情報での実在確認を事務スタッフ、判示内容と引用趣旨の一致確認と最終判断を有資格者、という分担が回しやすい形です。前者は手順書で標準化でき、後者は代替できません。この線引きを最初に決めておくと、担当者が増えたときに揺れません。事務所全体でのAI導入の進め方は士業事務所のAI導入の進め方で扱っています。
今後の論点
第一の論点は、検証の証明責任です。海外の制裁事例で問われたのは、誤りが混じったこと自体よりも、人による確認を経ずに提出したことでした。日本の実務でも、検証したという事実をどう示すかが論点になります。記録を残す運用は、その備えとしての意味を持ちます。
第二の論点は、AI検索型の調査ツールの扱いです。出典リンクを付けて回答するツールが増えていますが、リンクが並んでいることと、その記述がリンク先に書いてあることは別です。出典付きの出力ほど検証を省きたくなる誘因が働くため、関門の設計はむしろ厳しくする必要が出てきます。
第三の論点は、職能団体の指針の展開です。東京弁護士会の会報が特集を組んだように、各会での議論は進んでいます。今後、各士業でどのような水準の確認が求められるかが具体化していく段階であり、事務所としては現時点の自分たちの手順を書き出しておくことが、指針が出たときの差分確認を容易にします。
よくある質問
生成AIに判例検索をさせること自体に問題はありますか
論点になるのは、検索させることではなく、出力をそのまま使うことです。候補の洗い出しに使い、一次情報で実在と内容を確かめてから採用する運用であれば、実務で回している事務所があります。事務所として決めておくのは、入力してよい情報の範囲と、検証を誰が行うかの2点です。
出典リンク付きで回答するAIなら検証は不要ですか
不要にはなりません。リンクが付いていても、そのリンク先に当該記述が無い場合があります。ドイツでの事例に関する報道では、AI要約の正答のうち相当数がリンク先の情報源では裏づけられなかったとする分析が紹介されています(出典: The Decoder|ミュンヘン地裁の判決に関する記事)。リンクを開いて本文を読む工程は残ります。
条文の確認はどこで行えばよいですか
e-Gov法令検索の原文で行います。法令名で検索し、該当条文を開いて条見出しと本文を読みます。改正で条番号が動いている場合があるため、生成AIが出した番号を信じずに、規律の内容から該当条を探す進め方が安全です。
検証記録はどこまで残せばよいですか
引用箇所の識別子、確認したデータベース名、開いたURL、確認日、確認者を残している事務所があります。案件ファイルに1枚の様式として綴じておく形が定着しやすく、担当者が交代しても引き継げます。保存期間は事務所の文書管理規程に合わせる形です。
事務スタッフに検証を任せてよいですか
実在確認までを任せ、判示内容と引用趣旨の一致確認を有資格者が行う分担を採る事務所があります。前者は手順書で標準化できる作業です。後者は法的な評価を伴うため、有資格者の工程として残す設計が現実的です。
架空判例を書面に載せてしまったらどうなりますか
海外では、裁判所が制裁を科した事例が報じられています。日本での扱いは事案ごとに異なるため、一般化はできません。実務としては、気づいた時点で速やかに訂正の申立てを行い、経緯と再発防止の手順を記録に残す対応が採られています。
小規模事務所でも同じ手順を回せますか
回せます。5つの関門のうち、追加費用が発生するのは商用データベースの部分だけで、e-Gov法令検索と裁判所の裁判例検索は無償です。むしろ人数が少ないほど手順の統一は簡単で、検証記録の様式を1つ決めるところから始められます。
参考文献
- e-Gov法令検索|弁護士法
- e-Gov法令検索|司法書士法
- e-Gov法令検索|税理士法
- 裁判所|裁判例検索
- 東京弁護士会|LIBRA 2026年7・8月合併号 特集 弁護士業務における生成AIの利活用と留意点
- ITmedia AI+|ChatGPTで存在しない判例を引用 米国の弁護士に制裁、出禁や罰金
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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