相続税の予測AIとは、申告漏れリスクをスコア化する国税庁の予測モデルのことです。
相続税の申告書は、提出した時点で機械的にリスク判定を受ける前提に変わりました。この記事では、国税庁が公表した予測AIの仕組みを読み解き、税理士事務所が申告書を出す前に整えておく7つの工程をまとめます。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。国税庁の国税庁におけるAIの活用(令和8年7月)によると、令和6事務年度の相続税の調査等による追徴税額は962億円で、簡易な接触の事績の公表を始めた平成28事務年度以降で最高となりました。
国税庁の予測AIが相続税の何を見ているのか
結論から書くと、国税庁の予測AIは調査の要否そのものを決めていません。担っているのは候補の絞り込みまでです。同じ国税庁におけるAIの活用(令和8年7月)は、保有する膨大なデータを予測AIで分析して各税目等の申告漏れリスクを判定しスコア化する予測モデルを構築したこと、その判定結果に加えて申告書や各種資料情報を併せて分析し、職員が調査の要否や優先度を最終的に判断する運用であることを明記しています。同資料は、この予測モデルの判定結果が全国すべての国税局・税務署で活用されているとも記載しています。
スコアの材料になるのは、申告書そのものだけではありません。同資料は、法定調書・資料情報・決算情報・調査事績といった保有データを加工して予測モデルに投入する流れを図で示しています。相続税でいえば、生命保険金や退職手当金の支払調書、国外送金等調書、金地金の売買に関する支払調書などが、申告書とは別ルートで税務署に届いている情報にあたります。事務所側から見ると、申告書に書いた内容と、税務署がすでに持っている資料情報との整合が取れているかどうかが、そのまま整合性の点検項目になります。
数字の並びも押さえておきたいところです。同資料によれば、令和6事務年度の追徴税額は所得税が1,431億円で過去最高、法人に対する調査等による法人税・消費税が3,672億円で直近10年で最高、相続税が962億円でした。同資料には、調査対象の全てが予測モデルを活用した事案ではないとの注記が添えられているため、追徴税額の増加がそのままAIの成果だと読むのは適切ではありません。それでも、リスク判定の仕組みが全国展開されている以上、申告書の作り方が調査対象の選定に影響し得る局面は増えていきます。
もうひとつ見逃せないのが、システム更改との関係です。同資料は、令和8年9月の国税システムの更改において従来書面で管理していた情報のデータ化などによりデータで管理する情報が増加することを踏まえ、構築してきた予測モデルの精度を向上させる方針を示しています。つまり、これまで紙で眠っていた情報が機械可読になるぶん、突合の密度が上がる方向に進みます。事務所として先に手を打つなら、次期システムの稼働時期に合わせた顧問先案内が起点になります。この点はKSK2が9月24日稼働 税理士事務所が顧問先に出す事前案内7工程でも整理しています。
なお、相続税の申告そのものの期限は相続税法第27条に定めがあり、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内と規定されています。質問検査権の根拠は国税通則法第74条の2です。予測AIの話は、この枠組みの外側にある新しい制度ではなく、既存の調査選定の内側で使われている道具だと捉えるのが実態に近い読み方です。
申告書を出す前にAIと回す7つの点検工程
ここからが実務です。以下の7工程は、生成AIに下書きさせ、税理士が最終確認する前提で組んでいます。AIが担うのは抜け漏れの列挙と突合の下ごしらえで、評価額の判断と申告書への採否は有資格者が引き取ります。
第1工程は、資料情報との突合リストを作ることです。相続人から預かった資料と、税務署に届いていると想定される資料情報を並べ、どちらか一方にしかない項目を洗い出します。生命保険金の支払調書、退職手当金、国外送金等調書、金地金の売買、不動産の売買契約書といった典型項目をチェックリスト化し、顧問先ごとに該当・非該当を埋めていく形にします。ここで生成AIに任せるのは、この相続で当たるべき資料の種類を列挙させるところまでで、実際に何が届いているかの推測はさせません。
第2工程は、名義預金と生前贈与の時系列整理です。被相続人と相続人の口座の入出金を年単位で並べ、まとまった移動があった時期と金額を抽出します。通帳をスキャンしてAI-OCRにかけ、CSVに落としてから生成AIに時系列サマリを作らせると、10年分でも1件あたり30分程度で一覧になります(出典: 本記事の想定値であり、公表統計ではありません。事務所ごとに差が出るため、最初の3件で実測してから標準時間を置き直してください)。出力されたサマリは、あくまで確認用の索引であり、贈与の成立に関する判断は税理士が行います。
第3工程は、財産評価の前提メモを残すことです。小規模宅地等の特例を使うか、地積規模の大きな宅地の評価を適用するか、非上場株式の評価方式をどれにするか。選択した前提と、選ばなかった選択肢を却下した理由を、申告書とは別のメモとして残します。生成AIには、この前提条件で検討が要る論点を列挙する指示を投げ、出てきた論点のうち検討済みのものに印を付けていく使い方が合います。
第4工程は、申告書の記載内容と添付書類の整合チェックです。財産の種類ごとに、評価の根拠資料が添付されているか、金額が一致しているかを機械的に照合します。ここは表計算のチェックシートとAIの併用が効きます。
第5工程は、想定質問への回答準備です。調査で聞かれやすい論点を先に潰しておきます。
第6工程は、顧問先への説明です。国税庁が予測モデルを全国展開している事実と、それでも最終判断は職員が行う運用であることを、公表資料に沿って正確に伝えます。ここで誇張すると、かえって不要な不安を招きます。
第7工程は、事務所内のレビューです。担当者以外の税理士が、第1工程の突合リストと第3工程の前提メモだけを見て、追加で確認したい点を挙げます。申告前の事前チェックの組み立ては相続税調査の非違割合は82.3% 税理士がAIで固める申告前チェック7工程も参考になります。
プロンプト例を2本置きます。実在の顧問先情報は入れず、架空の甲・乙で書いています。
あなたは相続税申告の実務補助です。以下の前提で、申告書提出前に
確認すべき資料の種類を列挙してください。推測での金額記載は禁止し、
「確認が必要な項目」としてのみ出力してください。
前提:
- 被相続人 甲(2026年4月死亡、東京都在住、元会社役員)
- 相続人 乙(長男)、丙(長女)
- 判明している財産: 自宅土地建物、上場株式、預貯金3行
- 未確認: 生命保険、退職手当金、国外資産、贈与の有無
出力形式:
1. 資料名
2. 入手先
3. その資料で確認したい事項
4. 未入手の場合に申告書へ与える影響
以下は架空の口座入出金データ(CSV)です。年ごとに、100万円以上の
入出金を抽出し、相手方が判明するものは相手方名を併記した時系列表を
作成してください。贈与かどうかの判断は行わず、事実の抽出のみ行って
ください。判断が必要な箇所には「要確認」と付記してください。
CSV:
(ここに通帳データを貼付)
出力された結果をそのまま申告書に転記する運用は避けます。生成AIは金額の桁を取り違えることがあり、原本との照合を挟まないと誤りが下流まで流れます。
顧問先の相続資料をAIに入れる前に決めておく3つのこと
相続の資料は、士業が扱うデータのなかでも機微性が高い部類です。被相続人の病歴に触れる診断書、家族関係の事情が書かれたメモ、相続人間の連絡記録などが混ざります。税理士法第38条は、税理士が正当な理由がなくその業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならないと定めています。この条文はAIへの入力行為を直接の対象にしていませんが、入力先の事業者がどうデータを扱うかを事務所が把握していない状態は、説明責任の面で弱い立場になります。
決めておくことの1つ目は、入力先のデータ利用ポリシーです。OpenAIはEnterprise privacyで、APIおよびビジネス向けプランの入力データを既定では学習に使用しないと説明しています。AnthropicもPrivacy Centerで商用利用時のデータの取り扱いを公開しています。どのプランでどう扱われるかはプランごとに異なるため、事務所が契約している具体的なプラン名まで特定して記録を残す運用が要ります。ベンダーへの確認項目はAIツールのベンダーに何を聞くか 士業事務所の確認7項目と質問文にまとめています。
2つ目は、入力してよい情報の粒度です。実務上は、固有名詞と金額を残したまま入れる運用と、匿名化してから入れる運用のどちらを既定にするかを、業務の種類ごとに決めている事務所があります。相続でいえば、財産評価の論点整理は匿名化しても成立しますが、通帳データの時系列化は金額が要るため匿名化の余地が狭くなります。後者をクラウドに入れないと決め、ローカルで動く表計算とマクロに寄せる選択も現実的です。
3つ目は、顧問先への説明と同意の取り方です。委任契約書または業務委託契約書に、AIを補助的に利用する旨と、利用するツールの類型、最終判断は税理士が行う旨を書き加えている事務所があります。契約書の条項を変える場合、既存契約の変更手続をどう回すかまで含めて設計しないと、新規受任分だけ条項が入って既存顧問先が空白になります。
事務所規程に落とす場合の記載例としては、利用可能ツールの列挙、業務類型ごとの入力可否、ログの保存期間、違反時の報告ルートの4点を置く構成が扱いやすいと考えられます。規程の参照元の整理は生成AIガイドラインの参照元を5系統に整理 事務所規程に落とす7手順で扱っています。
相続案件でAIを使って起きやすい3つの失敗
1つ目は、評価額の根拠をAIの出力に依存してしまう失敗です。路線価や倍率の数値をAIに答えさせ、原典の路線価図を開かずに申告書へ載せてしまうケースが想定されます。生成AIは年度違いの数値をもっともらしく返すことがあります。財産評価に使う数値は、国税庁の路線価図・評価倍率表で該当年分を開いて確認する工程を、手順書のなかに固定で置いておく必要があります。
2つ目は、相続人の個人情報が事務所の外へ流れる失敗です。担当者が個人アカウントの無料プランで通帳画像を要約させた、という形の事故が典型です。事務所として契約しているプラン以外の利用を禁じる規程があっても、禁止だけでは止まりません。事務所契約のアカウントを全員に配り、使える道具を先に用意してから禁止を書く順序にしないと、実効性が出ません。
3つ目は、AIが作った想定問答を顧問先にそのまま渡してしまう失敗です。想定問答は事務所内の準備資料であって、顧問先に配る文書としては前提の説明が足りません。相続人が、この回答どおりに答えればよいと受け取ると、実際の調査で食い違いが出たときに信頼を損ないます。顧問先に渡す資料は、想定問答ではなく、当日までに用意しておく資料の一覧に翻訳してから渡す形が安全です。
7工程を回すのにかかる費用と工数の目安
費用面では、生成AIのビジネスプランが1ユーザーあたり月額数千円規模から、AI-OCRが月額1万円台から、という価格帯が目安になります(出典: 本記事の想定レンジであり、公表統計ではありません。金額はベンダーとプランで変わるため、OpenAIの料金ページなどの公式情報で都度確認してください)。ここでは金額を断定せず、構成要素だけ挙げます。必要なのは、生成AIのビジネスプラン、通帳や資料をデジタル化するAI-OCR、そして突合用の表計算環境の3つです。
工数面では、7工程のうち第1工程と第2工程が最も重く、初回は1件あたり3時間から4時間かかる想定で見ておくと計画が崩れにくくなります(出典: 本記事の想定値であり、公表統計ではありません)。2件目以降はチェックリストとプロンプトが固まるため、体感で半分程度まで下がったという声もありますが、これは事務所の案件構成によって差が大きい部分です。自事務所での実測を3件分取ってから標準時間を置き直す進め方を推奨します。
体制は、担当者1名に加えて、第7工程のレビューを持つ税理士1名の2名構成が最小単位になります(出典: 本記事の想定構成です)。レビュー担当は案件の詳細を追わず、突合リストと前提メモだけを見る役割に限定すると、1件あたり30分程度で回せます(出典: 本記事の想定値であり、公表統計ではありません)。
システム更改後に論点になること
令和8年9月の国税システム更改でデータ化される情報が増えると、予測モデルの精度向上が進むと国税庁は説明しています。ここから先、事務所側で論点になるのは3つです。
第1に、申告書の「書き方」の重みです。添付書類の不足や記載の不整合は、これまでも指摘の端緒でしたが、機械的な突合の対象が広がるぶん、形式面の精度が結果に効く場面が増えていきます。第2に、事務所の記録の残し方です。どの前提でどう評価したかを後から説明できる状態にしておくことが、調査対応の速度をそのまま左右します。第3に、顧問先への説明の設計です。AIが選ぶから危ないという説明ではなく、選定の材料になる情報を先に揃えておくという方向へ組み替えられるかが、事務所の差になっていきます。
税務調査の選定にAIが入る流れ全体の読み方は所得税の追徴税額1431億円が過去最高 AI選定時代に税理士が組む7工程でも扱っています。
よくある質問
相続税の申告書はAIだけで審査されているのですか
いいえ、そうではありません。国税庁におけるAIの活用(令和8年7月)は、予測モデルの判定結果に加えて申告書や各種資料情報等を併せて分析・検討し、職員が調査の要否や優先度を最終的に判断すると説明しています。AIは候補の絞り込みに使われる道具という位置づけです。
予測AIのスコアは納税者や税理士に開示されますか
公表されている資料の範囲では、個別のスコアを開示する仕組みは示されていません。国税庁の公表資料は予測モデルの構築と活用の枠組みを説明したものであり、個別案件の判定結果の開示には触れていないため、この点は要確認の扱いになります。
顧問先の通帳データを生成AIに入れても守秘義務の問題はありませんか
入力先のデータの取り扱いを事務所が把握しているかどうかが論点になります。税理士法第38条は秘密を守る義務を定めていますが、AI利用の可否を直接定めた規定ではありません。ベンダーのデータ利用ポリシーを確認し、顧問先への説明と同意の取り方を事務所として決めておく運用が現実的です。
令和6事務年度の相続税の追徴税額962億円はAIの成果ですか
そう読むのは正確ではありません。同じ国税庁の公表資料には、調査対象の全てが予測モデルを活用した事案ではないとの注記が添えられています。追徴税額の増減には、調査件数や事案の構成など複数の要因が関わります。
小規模な事務所でも7工程を回せますか
回せます。第1工程のチェックリストと第2工程のプロンプトを一度作れば、以降は使い回せる資産になります。むしろ担当者が少ない事務所ほど、レビュー担当を固定しやすく、工程が崩れにくい面があります。
AI-OCRを入れないと始められませんか
いいえ。第1工程の突合リストと第3工程の前提メモは、表計算と生成AIだけで始められます。AI-OCRが効くのは通帳の枚数が多い案件で、案件構成によっては後回しでも支障がありません。
国税庁自身は生成AIをどう使う予定ですか
国税庁におけるAIの活用は、デジタル庁のガバメントAI「源内」を基に独自の生成AI利用環境を令和8年度中に構築し、業務利用を開始する予定だと記載しています。想定ユースケースとして、文書作成・要約、翻訳、データ加工、法令・判例等の検索が挙げられています。
参考文献
- 国税庁 国税庁におけるAIの活用(令和8年7月)
- 国税庁 税務行政のデジタル・トランスフォーメーション
- e-Gov法令検索 相続税法第27条
- e-Gov法令検索 国税通則法第74条の2
- e-Gov法令検索 税理士法第38条
- 国税庁 路線価図・評価倍率表
- OpenAI Enterprise privacy
- Anthropic Privacy Center
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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