AI利用に起因するとされる行政手続の急増が、11か国84事例で報告されました。
生成AIで申請書や意見書を書くことが当たり前になった結果、行政サービスの側に何が起きているのか。その実態を各国横断で集めた研究が公表され、TechCrunchが2026年9月10日に報じました。研究チームはこの現象を「エージェンティック・フラッディング(agentic flooding)」と名付けています。日本の事例も対象に含まれており、申請や不服申立ての代理を担う士業事務所にとって、他人事ではない内容です。この記事では、公表された事実関係を整理したうえで、士業事務所が今の段階で見ておける論点を3つに絞って取り上げます。
何が公表されたか:11か国84事例のデータセット
公表されたのは、Chris Schmitz、Lewis Hammond、Alan Chan による論文「Characterizing Agentic Flooding of Government Services」です。2026年8月17日に arXiv で公開され、同年10月12日から14日に開催される AAAI の AI・倫理・社会会議(AIES)の予稿集に採録されています。研究チームは、11の法域・13のサービス領域にまたがる84件の事例を収集し、行政サービスへの申請や苦情の急増が今日すでに広く起きている可能性を指摘しました。
収集の手続きは保守的です。論文本文によれば、調査過程で挙がった候補は2,288サービス(おおむね1か国あたり190件)にのぼりましたが、3つの採用基準をすべて満たしたものは20件に1件に届きませんでした。最大の制約になったのは、需要の急増をAI利用に結び付ける公式または第三者の帰属が必要だという条件です。結果として採用された84件のうち、58件(69パーセント)は影響を受けた行政機関自身がAIの関与に言及しており、残る26件(31パーセント)は第三者の情報源のみが言及しています。
増え方には2つの型があります。同じ論文は、件数そのものが増える量的な急増を50件(60パーセント)、1件あたりの文書が長く複雑になる質的な急増を76件(90パーセント)、その両方が見られるものを42件(50パーセント)と分類しました。ドイツの社会裁判所の事例では、書面が4,000ページを超えたものもあったと記載されています。分量が増えれば、受け取る側の読み込み負担もそのまま増えます。
各国の数字も具体的です。TechCrunchの報道によれば、英国の住宅オンブズマンへの苦情は2022年の2,600件から昨年は7,000件超へと倍以上になり、米国の消費者金融保護局(CFPB)では同じ期間に苦情が5倍に増えました。ブラジルの司法申立てやドイツの議会請願にも同様の伸びが見られます。多くの事例では2022年以前の提出件数はほぼ横ばいで、その後に加速し、しかも伸びが鈍化していない点が共通しています。
日本も対象に:エネルギー基本計画のパブリックコメント
日本の事例も84件のなかに入っています。論文の代表10事例の一覧には、日本の「Strategic Energy Plan Public Consultations」が、量的・質的の両方の急増が見られた事例として挙げられています。これは資源エネルギー庁が実施した第7次エネルギー基本計画(案)に対するパブリックコメントを指すとみられ、同計画は2025年2月18日に閣議決定されています。
さらに論文は、政府側の対応例として、日本の当局が意見募集手続への投稿をIPアドレスで遮断したと記載しています。ただし、この対応について日本側の公表資料で裏取りできる記述は今回確認できておらず、事実関係は要確認です。あわせて、募集手続に寄せられた意見の件数についても、公表ページ上では確認できませんでした。
行政側の反応は限定的ながら存在します。論文によれば、データセットの過半(56パーセント)で政府が明示的に何らかの対応を取っていますが、その多くはAI利用に関する指針の公表など、範囲が狭く拘束力のないものでした。提出のハードルを上げる摩擦型の対応は14件(17パーセント)にとどまります。オーストラリアでは情報公開請求への手数料再導入が検討され、オランダでは不動産評価への異議申立てをめぐり、仲介事業者が手数料を徴収する構図を止める法改正が行われました。
士業事務所が読む3つの論点
第一に、需要の中身です。研究者は取材に対し、見つかった事例の大半は権利のある人が権利のあるものを請求しているケースだと述べています(TechCrunch)。つまり、これは不正な大量申請の話に還元できません。従来は手続の負担が重すぎて申請そのものを諦めていた層が、AIによって申請できるようになったという読み方が成り立ちます。行政書士や司法書士が日常的に扱う許認可や登記まわりの手続でも、本人申請の裾野が広がる方向に働く可能性があります。事務所としては、代書そのものの価値と、要件の見極めや行政との折衝の価値を分けて説明できるかが問われる局面です。関連して、行政書士の許認可業務でAI下書きと自治体様式をどう扱うかも整理しています。
第二に、どのサービスが先に影響を受けるかです。論文は、金銭的な見返りが大きく、かつ提出要件が複雑で従来は需要が抑えられてきたサービスほど、近い将来のリスクが高いと整理しています。裁判上の請求や税務申告がその例として挙げられています。逆に、年に1回といった提出回数の上限があるサービスや、対面が必要な手続、複雑なログインを要するポータルは、急増しにくいとされます。日本の手続で言えば、オンライン化の進んだ電子申請ほど影響を受けやすい構図になります。自分の事務所が扱う手続がこの軸のどこに位置するかを見ておくと、繁閑の見通しが立てやすくなります。
第三に、行政側の対応が事務所の業務に跳ね返る点です。論文は、摩擦を加える対応は導入が速い一方で、公共サービスへの公平なアクセスとのトレードオフを生むと指摘しています。手数料の再導入、本人確認の厳格化、1人あたりの提出回数制限、行政サイトでのボット遮断などが候補として挙げられています。これらはいずれも、代理人として手続を回す側の工数や前提を変えます。同時に、デジタルIDの整備は本人確認の負担を下げ、既知データの事前入力によって申請の手間そのものを減らす方向にも働くと整理されており、100を超える法域が基盤を持つものの成熟度には大きな差があるとされています。日本ではマイナポータル連携による電子申請がこの流れに重なります。
なお、申請書や意見書の下書きに生成AIを使う場合、入力した依頼者情報がどう扱われるかは、事務所の情報管理の前提に関わります。今回の論文と報道はツールごとの学習利用の可否に触れていないため、利用中のサービスの規約とプライバシーポリシーを原典で確認する段階です。
今後の動き
論文自身が、方法論上の限界として、AIが急増を直接引き起こしたという因果の主張はしていないと明記しています。需要は政策変更や景気など多くの要因に左右されるため、今回のデータは「広く起きていそうだ」という水準の指摘にとどまります。その前提で見ると、注目点は3つです。伸びが鈍化するか、行政側が摩擦型と処理能力増強型のどちらに寄るか、そしてその選択が手続の使いやすさをどう変えるか。研究チームは、摩擦に頼らずに対処できる短期の打ち手を提案しており、構造化フォームの採用や本人確認基盤の統合がその中心に置かれています。
日本の場合、意見募集や審査請求、各種許認可のオンライン窓口が同じ論点の上にあります。行政側が様式や受付方法を見直せば、代理人としての手順書も更新の対象になります。AIES での発表は2026年10月12日から14日で(論文の採録情報)、そこでの議論や各国の反応が次の手がかりになりそうです。
まとめ
11か国84事例のデータは、AIで作られた申請や苦情が行政サービスの現場を変えつつあることを示しました。大半は正当な請求であり、単なるスパムの話ではありません。日本のパブリックコメントも事例に含まれています。士業事務所としては、本人申請の裾野が広がる方向と、行政側の対応で手続の前提が変わる方向の両方を、同時に見ておく段階です。
参考文献
- TechCrunch: AI agents are flooding public services with new requests
- arXiv: Characterizing Agentic Flooding of Government Services(論文概要)
- arXiv: 同論文 HTML 全文
- 資源エネルギー庁: 第7次エネルギー基本計画(案)に対するパブリックコメント
- 経済産業省: 第7次エネルギー基本計画が閣議決定されました
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引用元: TechCrunch
本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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