EU AI法の透明性義務が動き出した 日本の顧問先に効く7論点

EU AI法の透明性義務が2026年8月から適用され、高リスクAIの規則は延期されました。日本の顧問先を持つ士業が助言の前に整理する7論点と、ヒアリングメモをAIに入れる際の線引きを解説します。

EU AI法の透明性義務が動き出した 日本の顧問先に効く7論点

AI法の透明性義務とは、AIとの対話や生成物である旨を利用者に示す規律のことです。

2026年8月2日から、EUのAI法で新しい透明性のルールが動き出しました。この記事では、EU向けにサービスや製品を出している顧問先を持つ士業が、助言の前に整理しておく七つの論点を扱います。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁および欧州委員会の公表資料で確認しています。欧州委員会は、AIオフィスと各国当局がAI法の執行を開始し、同じ日に新しい透明性ルールの適用が始まると公表しています(出典: 欧州委員会 Commission starts enforcing AI Act rules and new transparency requirements on 2 August)。

何が動き、何が先送りされたのか

結論から書くと、この夏に動いたのは透明性と執行の枠組みであって、高リスクAIの重い要件ではありません。この区別を取り違えると、顧問先に過剰な対応を促すことになります。

動き出したのは、AIとやり取りしていることを利用者に知らせる義務と、AIが生成または改変したコンテンツの表示に関する義務です。欧州委員会は、チャットボットなどの対話型システムが人ではなくAIであることを利用者に伝えること、ディープフェイクにラベルを付けることを挙げています(出典: 欧州委員会 Commission starts enforcing AI Act rules and new transparency requirements on 2 August)。透明性義務の内容については、欧州委員会がガイドラインを別途公表しています。

一方、高リスクAIシステムに関する規則は適用が後ろにずれました。欧州委員会は2025年11月19日に、高リスクAIシステムに関する規則の適用時期を最長で16か月延期する方針を発表しています。ジェトロは、延期の対象に生体認証、重要インフラ、教育、雇用・労務管理、法執行・司法、移民管理、社会保障・公共サービスなどの分野が含まれると整理しています(出典: ジェトロ 欧州委、AI法の高リスクシステムに関する適用延期を提案)。その後の立法手続を経た最終的な適用日については、欧州委員会の実装タイムラインで確認するのが確かです。日付を顧問先に伝えるときは、この公式タイムラインの記載を写す運用にします。

士業側で押さえておきたいのは、日本にもAIに関する法律が別系統で存在する点です。人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第3条は基本理念を定め、その中で研究開発及び活用の過程の透明性の確保その他の必要な施策が講じられなければならない旨を置いています。日本法は推進を主眼とする枠組みで、EUのような事前の適合性評価を課す構造ではありません。顧問先が両方の枠組みに触れる場合、規制の重さが非対称であることを最初に説明しておくと、その後の話が早く進みます。国内の運用指針としては、総務省と経済産業省が公表しているAI事業者ガイドライン(第1.2版)が参照点になります。

顧問先に助言する前に整理する7論点

先に線を引きます。士業が担うのは、顧問先の事業がどのルールの射程に入り得るかを整理して論点を可視化する部分です。EU法の当てはめや適法性の評価は、現地法の実務家と連携する領域として残ります。

第一の論点は、顧問先の立ち位置です。AI法は、AIシステムを開発して市場に出す側と、業務に導入して使う側とで課される内容が違います。多くの日本の中小企業は後者の位置にありますが、自社製品にAI機能を組み込んで欧州へ出している場合は前者の位置にもなります。この切り分けを最初に確認します。切り分けの結果によって、その後に集める資料が変わるためです。使う側であれば導入しているツールの一覧が出発点になり、出す側であれば製品仕様と技術文書が出発点になります。順番を逆にすると、集めた資料が使われないまま残ります。

第二の論点は、EU市場との接点の有無です。欧州に子会社や販売代理店があるか、越境ECで欧州の消費者に販売しているか、欧州の企業へSaaSを提供しているか。接点が無ければ、この話は当面の優先事項から外れます。あるかないかを先に確定させないと、対応の議論が空転します。

第三の論点は、対話型AIの有無です。顧客向けチャットボット、問い合わせ一次対応、音声応答。これらが欧州の利用者に届いているなら、AIであることの明示が論点になります。日本語版の表示だけ整えて多言語版が漏れる例が起きやすい部分です。

第四の論点は、生成コンテンツの表示です。広告素材、商品画像、説明文にAI生成物が混ざっていないか。混ざっている場合、どこで生成し、誰が最終確認したかの記録が残っているか。生成物の表示をどこまで自社の運用として必須にするかの仕分けはAI生成物の透かし検出を必須にするかの6つの仕分けで整理しています。

第五の論点は、調達しているAIツールの素性です。顧問先が使っているツールが誰の提供によるもので、どの機能がAIによるものか。ベンダーへの確認事項はAIツールのベンダーに何を聞くかの確認7項目にまとめています。EU向けの説明を求められたとき、ベンダーからの回答が無いと顧問先が答えられません。

第六の論点は、社内文書の運用です。顧問先が対外文書にAIを使う場合の表示ルールは、EU向けかどうかにかかわらず整理しておく価値があります。運用の作り方は新モデルのAI生成文に透かしが入る場合の対外文書運用で扱っています。

第七の論点は、個人データの越境です。AI法とは別の系統ですが、実務では同時に問題になります。個人情報保護法第28条は外国にある第三者への提供の制限を定め、原則として外国にある第三者への提供を認める旨の本人の同意を得なければならない旨を置いたうえで、委員会規則で定める基準に適合する体制を整備している者などを除く構造になっています。欧州のクラウドへ顧客データを送る構成なら、AI法の話とは別にこの規律を並べて確認する論点になります。

七つの論点は、前半三つが射程の確定、後半四つが実態の確認という構成になっています。前半で射程外と分かった顧問先には、後半のヒアリングを行わない判断もあります。すべての顧問先に同じ棚卸しを課すと、事務所側の工数が読めなくなり、顧問先の側も何のための作業か分からなくなります。射程の確定を先に済ませる設計にしておくと、この二つの問題が同時に減ります。

論点整理の成果物は、一枚の表ではなく二枚に分けると使われやすくなります。一枚目は顧問先の経営層向けで、自社が関係する範囲と関係しない範囲だけを書きます。二枚目は実務担当者向けで、確認事項と担当部署を並べます。同じ内容を一枚に詰め込むと、経営層には細かすぎ、担当者には粗すぎる資料になります。海外規制の相談はとくに、読む相手が二層に分かれるためです。

顧問先の状況を整理するときに使えるプロンプトを示します。実在の顧客情報は入れず、架空のA社に置き換えます。

あなたは士業事務所のアシスタントです。
以下のヒアリングメモから、EU AI法の論点整理用の一覧を作ってください。

【入力】A社へのヒアリングメモ
(ここに貼る。社名・担当者名は「A社」「甲」に置換済み)

出力する列:
1) A社が使っている、または提供しているAI機能の名称
2) その機能に欧州の利用者が接するか(メモから読み取れない場合は「不明」)
3) 対話型か、コンテンツ生成型か、その他か
4) 追加でヒアリングすべき点(1行)

注意:
- メモに書かれていない事実を補わないでください
- EU法の当てはめや適法性の評価は書かないでください
- 「不明」は空欄にせず、必ず「不明」と書いてください
次の資料テキストから、適用開始日と対象範囲だけを抜き出した一覧を作ってください。

【入力】欧州委員会またはジェトロの公表資料のテキスト
(ここに貼る)

出力形式:
1) 日付
2) その日から適用が始まる内容
3) 資料中の該当箇所(見出し名またはページ)

注意:
- 資料に書かれていない日付を追加しないでください
- 資料の記述が曖昧な箇所は「資料に明記なし」と書いてください
- 推測による補完は行わないでください

出力を受け取ったあとの確認は、有資格者が行う工程として固定します。とくに日付は、欧州委員会の公式タイムラインで原本を開いて突き合わせます。生成AIは、延期前の日付と延期後の日付を混在させて出力することがあるためです。

顧問先資料をAIに入れる前に決めておくこと

結論を先に置きます。EU AI法の論点整理そのものは公開情報の読み解きですが、顧問先のヒアリングメモには秘密が入ります。ここで守秘義務の線が立ちます。

判断の起点は、それぞれの資格の守秘義務です。弁護士法第23条は、弁護士又は弁護士であった者がその職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う旨を定めています。顧問先の製品構成や海外展開の計画は、公表されていない段階では業務上知り得た秘密として扱う対象になり得ます。中小企業診断士が経営支援の一環で同じ整理を行う場合も、契約上の守秘条項が同じ役割を果たします。

外部サービスへ渡す側の規律も並行します。ヒアリングメモに担当者の氏名や連絡先が含まれる場合、個人情報保護法第27条の第三者提供の規律が論点になります。個人情報保護委員会は生成AIサービスの利用に関する注意喚起を公表しており、プロンプトに個人情報を入力する場合には、それが特定された利用目的の達成に必要な範囲内であることの確認を求める趣旨を示しています(出典: 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について)。ここでは公表資料の紹介にとどめます。個別の入力行為がこれらの規定との関係でどう評価されるかは、事案ごとの判断になります。

実務で機能している運用は単純です。ヒアリングメモから社名・人名・製品固有名を置換した版を作り、その版だけを生成AIに渡す。置換表は事務所共通で一枚持ち、担当者ごとに流儀が変わらないようにする。置換前後のファイルを両方残すかどうかも決めておきます。この三点が決まっていれば、ツールが変わっても運用は続きます。

顧問先への説明では、AIを使って論点整理を行う旨と、最終的な整理は有資格者が確認する旨を一枚の運用メモに書いて渡す形が採られています。海外規制の相談は顧問先の経営層が関与する案件が多く、社内で共有される機会も増えます。説明の一枚があると、その共有が滞りません。

事務所規程に落とす場合、海外規制の調査業務についてどこまで生成AIを使ってよいかを、国内業務とは別枠で書く事務所があります。公開情報の要約は可、顧問先固有情報の投入は置換後に限る、といった粒度です。海外規制の調査は英語やその他の言語の資料を扱う場面が多く、翻訳目的での投入をどう位置づけるかも決めておく論点になります。公開されている官公庁資料の翻訳と、顧問先から受け取った未公開文書の翻訳では、性格がまったく違います。

もう一点、記録の残し方も設計に含めます。どの資料をいつ確認して、どの版の情報に基づいて整理したか。海外規制は更新が続くため、整理した時点を明記しておかないと、後から見返したときに前提が分かりません。成果物の冒頭に確認日を書く運用を採る事務所があります。顧問先の側も、その日付があることで社内の再確認がしやすくなります。

助言で起きやすい3つの失敗

一つ目は、延期前の日付を前提に助言してしまう失敗です。高リスクAIに関する規則の適用時期は動きました。古い解説記事や、学習データが古い生成AIの出力をそのまま使うと、顧問先に不要な準備を促すことになります。日付は欧州委員会の公式タイムラインで開いて確認する工程を挟みます。

二つ目は、顧問先の立ち位置を確かめずに一般論を渡してしまう失敗です。AI法は、開発して市場に出す側と、業務で使う側とで課される内容が違います。顧問先が使う側だけなのに、開発側向けの要件一覧を渡すと、対応不能な宿題を積むことになります。第一の論点を飛ばさない理由がここにあります。

三つ目は、EU法の当てはめまで踏み込んでしまう失敗です。日本の士業が海外法の適法性を判断する立場にはありません。論点を整理して可視化するところまでを役割とし、判断が要る局面では現地の実務家と連携する構図を、最初に顧問先へ伝えておくほうが後の齟齬が減ります。

回避策は共通していて、成果物に確定した事実と未確定の事実を分けて書くことです。日付、対象範囲、判断が要る箇所。この三つが分かれていれば、顧問先が社内で使いやすくなります。

事務所側の工数と料金の考え方

論点整理の工数は、顧問先の事業構成で振れます。欧州との接点が販売代理店だけの顧問先なら、確認事項は限られます。自社製品にAI機能を組み込み、欧州で直販している顧問先は、製品ごとの棚卸しから始まるため作業量が変わります。第二の論点を最初に置くのは、この振れ幅を早く確定させるためです。

生成AIで短縮できるのは、公開資料の読み込みとヒアリングメモの構造化です。一方、日付の突き合わせと有資格者の確認は短縮できません。むしろ出力の点検という作業が増えるため、全体の工数は単純には減りません。

体制としては、公開資料の読み込みを担当する職員と、顧問先との対話を担当する有資格者を分ける形が回しやすくなります。海外規制は情報の更新が速く、読み込み担当を固定したほうが精度が上がります。

料金設計は、初回の論点整理をスポットで受け、その後の更新情報の提供を顧問料に含める形が採られています。規制の適用日が動く領域なので、一度整理して終わりにすると、次の変更時に顧問先が孤立します。継続的に情報を渡す枠を作っておくほうが、事務所側の説明もしやすくなります。

これから論点になること

一つ目は、透明性義務の実装が現場でどこまで具体化するかです。ラベル表示の方法や機械可読な標識の付け方は、技術仕様の整備と歩調を合わせて固まっていく領域です。顧問先が採用しているツールの提供元が対応するかどうかで、実務の負担が大きく変わります。

二つ目は、高リスクAIの要件が実際に動き出す時期に向けた準備の位置づけです。適用が後ろにずれたことで、準備を止める顧問先と、前倒しで進める顧問先に分かれます。どちらを選ぶかは事業計画の問題であり、士業が決める領域ではありません。ただし、止めた場合に何が積み残るかを可視化しておくのは、助言として意味があります。

三つ目は、日本国内の枠組みとの関係です。AI事業者ガイドラインは版を重ねており、AIエージェントやフィジカルAIの定義が加わっています。国内のガイドラインとEUの規制の両方に触れる顧問先では、社内規程を一本にまとめるか、二本立てにするかの設計判断が出てきます。この判断は、事業の重心がどちらの市場にあるかで変わります。

よくある質問

日本国内だけで事業をしている顧問先にもEU AI法は関係しますか

まずEU市場との接点の有無を確認する順番になります。欧州に販売や提供の経路が無ければ、当面の優先事項からは外れます。ただし取引先が欧州へ供給している場合、サプライチェーンを通じて説明を求められる場面が出てきます。

高リスクAIの規則はいつから適用されますか

欧州委員会は高リスクAIシステムに関する規則の適用時期について延期の方針を示し、その後の立法手続を経ています(出典: ジェトロ 欧州委、AI法の高リスクシステムに関する適用延期を提案)。確定した日付は欧州委員会の実装タイムラインで確認する運用が確かです。

チャットボットに何を表示すればよいですか

欧州委員会は、対話型AIについて利用者が人ではなくAIとやり取りしていることを伝えることを挙げています(出典: 欧州委員会 Commission starts enforcing AI Act rules and new transparency requirements on 2 August)。具体的な表示方法は同委員会のガイドラインに整理されています。個別の実装がどう評価されるかは、現地の実務家と確認する領域になります。

日本のAI法とEUのAI法は何が違いますか

人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律第3条は基本理念を定める構造で、研究開発と活用の推進を主眼としています。EUのAI法は、リスクの区分に応じて事前の要件を課す構造です。枠組みの性格が違うため、片方の対応をもう片方に流用する前提には立てません。

顧問先のヒアリングメモを生成AIに入れてよいですか

事務所として入力範囲を先に決めておく方法が採られています。実務では、社名・人名・製品固有名を置換した版だけを渡す運用が一般的です。判断の起点は各資格の守秘義務と、個人情報保護法第27条の第三者提供の規律になります。

士業がEU法の助言をしてよいのでしょうか

論点の整理と情報提供の範囲と、外国法の適法性判断の範囲は分けて考える運用が採られています。日本の士業が担うのは前者で、判断が要る局面では現地の実務家と連携する構図を、顧問先へ最初に伝えておく形が実務的です。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

記載内容に誤りを見つけられた場合は、お問い合わせよりご指摘ください。確認のうえ速やかに訂正し、訂正履歴を記事内に残します。編集方針の詳細は運営者情報をご覧ください。