明細書へのAI活用とは、未公開情報を外に出さず使える範囲を決める設計のことです。
明細書の作成に生成AIを使いたいという声は多く聞かれますが、この業務には他の士業にない制約があります。扱うのが出願前の発明の内容、つまり公になっていない技術情報だからです。この記事では、制約を前提としたうえで、どこまでAIを当てられるかを整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。生成AIサービスの利用については個人情報保護委員会の注意喚起が判断の出発点になります。
制約の中身を正確に押さえる
制約を漠然と捉えると、使える場面まで止めてしまいます。中身を分解します。
制約の核心は、出願前の発明の内容が公になっていない情報である点にあります。営業秘密の枠組みは不正競争防止法第2条に定義が置かれており、公然と知られていないことが要素の一つになっています。外部のサービスに入力する行為が、この状態にどう影響するかは、契約の内容と事業者の扱いによって整理が変わり得るため、個別の判断が要る領域です。
あわせて、弁理士の守秘義務は弁理士法第30条に置かれています。正当な理由がなく業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならないと定められており、弁理士でなくなった後にも及ぶ構成です。
もう一つ、依頼者の側の事情があります。企業の知財部門では、自社の技術情報を外部のAIサービスに入れることを社内規程で禁じている例が増えています。事務所が問題ないと判断しても、依頼者の規程と衝突すれば使えません。
これら3つが重なるため、明細書の作成という中核の業務では、外部のサービスを使える範囲が限られます。この事実を出発点にして、使える範囲を設計します。
一方で、制約が及ばない部分もあります。事務所の様式、公開済みの自社の書面、公開特許公報。これらは公になっている情報であり、扱いが変わります。事務所全体での使いどころは弁理士のAI活用で扱っています。
明細書作成の工程を分ける
工程を分けると、制約が及ぶ範囲がはっきりします。
第1の工程は、発明の把握です。依頼者から発明の内容を聞き取り、何が新しいのかを理解します。ここで扱うのは未公開情報そのものです。
第2の工程は、先行技術の確認です。公開されている文献を調べます。ここで扱うのは公開情報です。
第3の工程は、請求項の構成です。発明の何を、どの範囲で権利にするかを組み立てます。判断が集中する工程であり、未公開情報を扱います。
第4の工程は、明細書の記述です。課題、解決手段、実施例、効果。文章として書く作業が中心になります。未公開情報を扱います。
第5の工程は、図面と符号の整理です。図面の説明と本文の対応、符号の一致を確認します。
第6の工程は、全体の点検です。請求項と明細書の対応、用語の統一、数値の一致を確認します。
このうち、未公開情報を扱わずに済むのは第2の工程だけです。第5と第6は未公開情報を含む書面を扱いますが、確認の作業であるため、事務所内で完結する形にできる場合があります。
事務所の様式と過去の公開済み書面を使う
制約の中でも使える方法があります。事務所の資産を材料にする形です。
事務所には、これまで作成してきた明細書の蓄積があります。すでに公開されたものであれば、公になっている情報です。これらから、事務所としての書き方の型を抽出できます。
抽出するのは、章立ての構成、用語の使い方、記述の粒度、定型的な表現です。これらは発明の内容そのものではなく、書き方の枠組みになります。
あなたは文書の型を抽出する役です。以下の公開済みの明細書から、書き方の枠組みだけを
抽出してください。
抽出する項目:
- 章立ての構成と順序
- 各章で記述されている内容の種類
- 定型的に使われている言い回し
- 用語の表記の作法(送り仮名、漢字とかなの使い分けなど)
条件:
- 発明の内容そのものを出力しないこと
- 技術的な事項を抽出しないこと
- 具体的な数値や構成を出力しないこと
- 枠組みとして繰り返し使える形で出力すること
公開済み明細書:
"""
(ここに貼り付け)
"""
抽出した枠組みは、事務所の様式として使えます。この様式自体には発明の内容が含まれないため、扱いが軽くなります。
新人の教育にも使えます。事務所としての書き方が明示的な形になれば、指導が具体的になります。これまで先輩の書面を読んで覚えていた部分が、文書として渡せるようになります。指導する側の負担も下がります。
抽出した枠組みは、担当者ごとの書き方の差を埋める役にも立ちます。同じ事務所でも、担当する技術分野や経験によって、記述の粒度や用語の使い方に差が出ます。差そのものが悪いわけではありませんが、依頼者から見たときの一貫性という観点では、そろっているほうが望ましくなります。
枠組みを作る作業自体が、事務所として何を大事にしてきたかを言語化する機会にもなります。なぜこの順番で書くのか、なぜこの表現を使うのか。これまで感覚で共有されていた部分が言葉になると、新しい書き方を検討するときの土台にもなります。道具を入れるかどうかにかかわらず、この整理には価値があります。
第2の工程 先行技術の確認に使う
未公開情報を扱わずに済む唯一の工程です。ここは制約なく使えます。
公開文献を読み込ませ、構成要素を抽出させる。複数の文献を並べて、記載されている内容の対応関係を整理させる。これらは公開情報を扱う作業であり、入力の判断が軽くなります。
あなたは技術文献から情報を抜き出す役です。以下の公開文献から、指定した項目だけを
抽出してください。
抽出する項目:
- 請求項に記載された構成要素
- 実施例に記載された条件・数値の範囲
- 解決しようとする課題として記載されている内容
- 効果として記載されている内容
条件:
- 文献に記載がない項目は「記載なし」と出力すること
- 抽出した箇所は、文献中の表現をそのまま引用すること
- 段落番号や請求項番号を併記すること
- 新規性や進歩性についての評価を書かないこと
- 一般的な技術知識で補わないこと
公開文献:
"""
(ここに貼り付け)
"""
ここで注意するのは、検討中の発明の内容を質問に含めないことです。この文献は自社の発明とどう違うか、という聞き方をすると、未公開情報を渡すことになります。文献の内容だけを整理させ、対比は人が行います。
この線引きは、担当者に伝わりにくい部分でもあります。公開文献を扱う作業だから安全、という理解だけでは、質問文に未公開情報が混ざります。何を書かないかまで含めて共有しておきます。
第5と第6の工程 点検に使う
書き上げた書面の点検も、効果が出やすい工程です。ただし、扱うのは未公開情報を含む書面になります。
外部のサービスを使わない原則を置いている事務所では、この工程でも使えません。事務所内で完結する仕組みを持っている場合、あるいは依頼者の了解を得ている場合に限られます。
点検で拾えるのは形式の不整合です。請求項に記載された用語で明細書中に対応がないもの、符号の不一致、用語の表記のゆれ、数値の範囲の食い違い。分量が多い書面ほど、人が全文を突き合わせると見落とします。
記載が要件を満たしているかどうかは判断の領域です。特許法第36条は特許出願について定めており、願書に記載する事項が規定されています。要件の確認は原典で行い、判断は弁理士が下します。
点検を機械に通したから確認が済んだ、という理解が広がると、内容の検討が形骸化します。役割の違いを所内で明確にしておきます。
守秘義務と規程 依頼者との取り決めが起点になる
設計の中心は、依頼者との取り決めです。
受任の段階で確認するのは3点です。第1に、依頼者の情報管理の規程で外部のAIサービスの利用について定めがあるか。第2に、定めがある場合、その内容はどうか。第3に、定めがない場合、事務所の運用を説明して了解を得られるか。
聞かずに進めると、後から判明したときに信頼を損ねます。特に企業の知財部門は、この点に敏感です。
事務所として決めるのは4点です。第1に、入力してよい情報の区分。公開情報はそのまま、事務所の様式は識別できる情報を落としてから、未公開の発明の内容は入力しない。第2に、依頼者ごとの例外の扱い。第3に、確認の工程。用語、符号、数値、条番号の4点を見ます。第4に、記録です。
個人情報の側では、安全管理措置が個人情報の保護に関する法律の個人情報保護法第23条に置かれています。発明者の個人情報を扱う場面では、この観点も重なります。
日本弁理士会の公表情報は、所属する団体の考え方を確認する材料になります。規程への落とし方は士業事務所のAI利用規程テンプレートで扱っています。
依頼者が持ち込む下書きへの対応
近年増えているのが、依頼者が自社でAIを使って作った説明を持ち込む場面です。
体裁が整っているぶん、内容の検討が甘くなりがちです。技術的に成立しない記述、実験で確認していない効果、一般論としてもっともらしいが実施できない構成。これらが自然な文章として書かれていると、読み流してしまいます。
対応としては、持ち込まれた資料に対する確認の観点を決めておきます。この記述の根拠となる実験や試作はあるか、この効果はどう確認したか、この構成は実際に作れるか。事実の裏付けを問う質問を、標準の確認事項として持っておきます。
もう一点、持ち込まれた段階で情報がどう扱われたかを、事務所としては把握できません。すでに外部のサービスに入力された後である可能性もあります。この事実を踏まえて、依頼者に対して情報の扱いを説明する場面も出てきます。
事務所として先に説明の型を持っておけば、こうした場面でも落ち着いて対応できます。
もう一つ、持ち込まれた資料の扱いを事務所としてどう決めるかという論点もあります。すでに外部に出た可能性のある情報として扱うのか、依頼者の判断に委ねるのか。実務では、依頼者に事実を確認したうえで、以後の扱いを相談する形が現実的です。事務所が一方的に判断する領域ではありません。
この場面が増えると、事務所の役割も変わります。文章を作る部分より、事実の裏付けを確認し、権利として成立する形に整える部分に重心が移ります。依頼者が下書きを持ってくる時代の事務所の価値は、この確認と整形にあると考えると、道具の使い方も定まってきます。
導入でつまずくパターン
1つ目は、制約を漠然と捉えて、使える場面まで止めた例です。公開文献を扱う作業や、事務所の様式を材料にする作業は使えます。
2つ目は、公開文献を扱う質問に検討中の発明の内容を含めた例です。文献の内容だけを整理させ、対比は人が行います。
3つ目は、依頼者への確認を省いた例です。企業の知財部門では社内規程で禁じている場合があります。
4つ目は、用語の表記をAIが統一してしまった例です。特許の書面では、用語の使い分けに意味があります。指示文で変更を禁じます。
5つ目は、点検に通したから確認が済んだと理解した例です。拾えるのは形式の不整合までです。
6つ目は、依頼者が持ち込んだ下書きを読み流した例です。体裁が整っているぶん、内容の検討が甘くなります。事実の裏付けを問う確認事項を持っておきます。
7つ目は、事務所の中で線引きが共有されていなかった例です。担当者によって扱いが変わると、事務所として説明できません。何を入力してよいかだけでなく、何を書かないかまで含めて共有します。
8つ目は、依頼者ごとの例外を記録に残さなかった例です。特定の依頼者について了解を得た範囲は、案件記録に残しておきます。担当者が変わったときに、了解の範囲が分からなくなります。
費用と体制、進め方
費用は、法人向けプランのライセンス料が中心になります。金額は事業者と契約形態で変わるため、各社の料金ページで確認します。事務所内で完結する仕組みを検討する場合は、費用も手間も大きくなるため、扱う件数との釣り合いを見ます。
工数は、線引きの整理に集中します。参考値として、公開情報と未公開情報の区分を決めるのに数日、事務所の様式を抽出するのに数日を見ておくと、無理なく形になります。様式の抽出は、道具を入れなくても新人の教育に使える資産になります。
体制では、線引きを持つ人を決めます。あわせて、依頼者への確認を誰が行うかを決めます。受任の段階で確認する必要があるため、案件を受ける人が担う形が自然です。
進め方としては、まず第2の工程、つまり先行技術の確認から始めます。制約なく使えるため、道具の使い勝手を確認できます。そのうえで、事務所の様式の抽出に進みます。導入全体の進め方は士業事務所のAI導入の進め方にまとめています。
これから変わること
依頼者の側の情報管理の要求は、厳しくなる方向に働きます。生成AIの利用が広がるほど、自社の技術情報がどう扱われるかへの関心が高まるためです。事務所として、この要求に答えられる運用を持っていることが、選ばれる条件になっていきます。
事務所内で完結する仕組みの費用は、下がっていくことが見込まれます。費用が下がれば、未公開情報を扱う作業にも使える範囲が広がります。この動向は、中期の検討課題として見ておく価値があります。
制度面では、個人情報保護法の見直しの議論が続いています。委員会の公表資料は個人情報保護委員会の報道発表で追えます。知的財産に関する制度については、所管する行政機関の公表資料を追う体制が要ります。
もう一点、AIが関わって生成された技術的な内容の扱いという論点も立ち上がっています。この領域は議論が進行中であり、公表された一次情報を追いながら判断していく段階です。
よくある質問
明細書の作成にAIを使えますか
扱うのが出願前の発明の内容であるため、外部のサービスを使える範囲は限られます。事務所の様式を材料にした作業や、公開文献を扱う作業には使えます。未公開情報を扱う工程については、事務所として原則を決めておきます。
何から始めるのがよいですか
先行技術の確認、つまり公開文献を扱う作業からです。未公開情報を扱わずに済む唯一の工程であり、制約なく道具の使い勝手を確認できます。そのうえで、事務所の様式の抽出に進みます。
公開文献を扱う作業なら何を聞いてもよいですか
質問に検討中の発明の内容を含めると、未公開情報を渡すことになります。この文献は自社の発明とどう違うか、という聞き方は避けます。文献の内容だけを整理させ、対比は人が行います。
依頼者への確認は何を聞きますか
情報管理の規程で外部のAIサービスの利用について定めがあるか、定めがある場合はその内容はどうか、定めがない場合は事務所の運用を説明して了解を得られるか。この3点です。受任の段階で確認します。
依頼者が持ち込んだ下書きはどう扱いますか
体裁が整っているぶん、内容の検討が甘くなりがちです。この記述の根拠となる実験や試作はあるか、この効果はどう確認したか、この構成は実際に作れるか。事実の裏付けを問う確認事項を、標準として持っておきます。
事務所内で完結する仕組みは要りますか
扱う件数と、依頼者からの要求の水準によって判断が変わります。費用と手間がかかるため、当面は公開情報を扱う作業に限定し、中期の検討課題として置いておく判断も現実的です。
参考文献
- e-Gov法令検索 特許法
- e-Gov法令検索 弁理士法
- e-Gov法令検索 不正競争防止法
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- 日本弁理士会
- 日本弁理士会 弁理士について
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等
- 情報処理推進機構 情報セキュリティ関連の各種ガイドライン
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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