監査調書のAIレビューとは、調書の不整合をAIに一次点検させる工程のことです。
主査が調書のレビューに費やす時間は、繁忙期にどれだけ膨らんでいるでしょうか。この記事では、監査調書の一次点検をAIに任せ、判断と結論の部分を会計士が持つ形の組み立て方を6工程で整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政や職能団体の見解は公表資料で確認しています。日本公認会計士協会は2024年8月13日に、テクノロジー委員会研究文書第11号として監査におけるAIの利用に関する研究文書を公表しています(出典: 日本公認会計士協会 テクノロジー委員会研究文書第11号の公表について)。
監査調書のAI利用が研究文書で整理された地点から見る
出発点として押さえたいのは、AIの監査利用が個別の事務所の工夫ではなく、職能団体の整理対象になっているという事実です。日本公認会計士協会の研究文書第11号は、監査で利用されるAIに関する理解を更新し、具体的な活用方法及び課題について改めて整理するとともに、AIが公認会計士の業務及び役割にもたらす変化についての展望を示すことを目的として取りまとめられたと説明されています(出典: 日本公認会計士協会)。同協会は公認会計士業務とAIに関する情報を専用ページにも集約しています。
この整理が出てきた経緯も、事務所の判断材料になります。テクノロジー委員会は2019年1月に研究報告第4号として次世代の監査への展望と課題に係る研究文書を公表し、その時点でもAIが今後の監査に与える影響を扱っていました。その後、大手監査法人を中心にAIを利用した監査ツールの開発が進み、監査実務の現場への導入も進んだことが、研究文書第11号の取りまとめの背景として挙げられています(出典: 日本公認会計士協会)。つまり、現場が先に動き、整理が後から追いついた形です。中小規模の事務所がいま設計するなら、この順序を逆にできる立場にあります。
同研究文書は海外向けの発信を目的として英訳も公表されています(出典: 日本公認会計士協会)。監査でのAI利用が国内固有の論点ではなく、国際的な文脈の中で語られる主題になっていることの一つの表れです。
研究文書そのものの読み方は、士業のチカラでも監査におけるAI利用の研究文書を事務所規程に落とす手順で扱いました。本記事はその先、日々の調書レビューという最も工数が積み上がる工程に絞って組み立てます。
調書の位置づけは、監査基準報告書230「監査調書」に定められています。同報告書では、監査ファイルの最終的な整理を、通常は監査報告書日から60日程度を超えない期限内に完了する扱いが示されています(出典: 日本公認会計士協会 監査基準報告書230「監査調書」)。この期限の内側で、記載の整合、証憑との対応、結論と手続の紐づけを確かめる作業が集中します。AIの一次点検が効くのはまさにこの区間です。
制度面では、監査法人の業務管理体制について公認会計士法第34条の13が定めを置いており、同条第2項第2号は業務の品質の管理の方針の策定と実施を掲げています。AIを調書レビューに組み込むということは、この品質管理の方針の中にAIの使い方を書き込むということでもあります。ツールを先に入れて方針を後から追いかける順序にすると、審査の場面で説明が組み立てにくくなります。
監査調書の一次レビューをAIに任せる6工程
想定するのは、被監査会社が十数社、主査クラスが数名という中規模の監査事務所です。判断が要る箇所は会計士が持つ形で工程を追います。
第1工程は、AIに見せる調書の範囲を決めることです。調書には被監査会社の非公開情報が濃く入るため、全部を一律に投入する組み立てにはしません。実務では、勘定科目別の増減分析や手続実施結果のように定型度が高い部分から始め、経営者との協議記録や不正リスクの評価のように機微度が高い部分は後回しにする分け方が扱いやすくなります。分けた結果は文書に残し、担当と更新日を記録します。
第2工程は、点検してほしい観点をチェック項目として言語化することです。AIに「レビューして」と丸投げすると、指摘が発散して読む時間のほうが増えます。実務で効くのは、記載の空欄、日付の前後関係、金額の桁と単位、参照先の調書番号の実在、結論と実施した手続の対応、この5点のように、機械的に確かめられる観点へ絞ることです。判断を伴う観点は工程5で会計士が持ちます。
第3工程は、投入形式の統一です。調書のフォーマットが担当者ごとに違うと、AIの指摘精度が安定しません。見出し、科目名、金額欄の並びをそろえるだけで、指摘の再現性が上がります。ここは技術ではなく事務所内の様式統一の話なので、AI導入の前段として先に着手できます。
第4工程は、一次点検の実行です。AIには指摘だけを出させ、調書の書き換えはさせません。書き換えまで任せると、どこがAIの手によるものか後から判別できなくなり、品質管理の観点で説明が難しくなります。出力は、調書番号、該当箇所、観点、指摘内容の4項目に固定します。
第5工程は、会計士による評価です。AIの指摘を、対応する、対応しない、判断を要するの3つに仕分けます。対応しないと決めた指摘についても、理由を1行残しておくと、審査の場面で説明が通ります。ここが有資格者の判断が入る中心で、AIの出力をそのまま調書に反映する運用は採りません。
工程を回す順序にも注意点があります。第1工程から第3工程までは、AIを一度も動かさずに進む準備の工程です。ここを飛ばして第4工程から入る事務所が多く、その場合は指摘の質が安定せず、数週間で使われなくなります。逆に、様式統一と観点定義が終わっていれば、実行そのものは短時間で回ります。準備に時間をかけ、実行を軽くする配分が、この取り組みでは効きます。
第6工程は、記録の残し方です。どの調書に、いつ、どのモデルで一次点検を行い、何件の指摘が出て、そのうち何件を採用したか。この履歴を残すと、AIレビューが品質管理の手続として説明できる形になります。記録の設計思想は、会計事務所の内部統制を扱った記帳を担うAIエージェントの権限をどう分けるかの考え方と重なります。
プロンプト例を2つ挙げます。1本目は形式面の一次点検です。
あなたは監査調書の形式点検を補助するアシスタントです。
以下の調書テキストについて、次の観点だけを点検してください。
観点:
1. 空欄・未記入の項目
2. 日付の前後関係の矛盾(実施日が調書作成日より後、など)
3. 金額の桁・単位の不整合(千円表記と円表記の混在など)
4. 参照している調書番号が本文中に定義されているか
5. 記載された結論と、実施したと書かれている手続の対応関係
出力形式: 調書番号 / 該当箇所 / 観点番号 / 指摘内容 の4項目のみ
制約:
- 調書の文章を書き換えない。指摘の列挙だけを行う
- 会計基準の適否や監査意見に関わる判断は書かない
- 判断がつかないものは「要確認」と記す
2本目は、前期調書との比較です。
前期と当期の同一科目の調書を比較し、次の点を一覧にしてください。
1. 当期に新設された手続、当期に削除された手続
2. 前期と当期で結論の記載ぶりが変わっている箇所
3. 金額の増減率が前期比で大きく動いている項目(数値はそのまま転記)
出力: 項目 / 前期の記載 / 当期の記載 / 差分の要約
制約:
- 増減の理由を推測して補わない。記載されている事実のみ
- リスク評価や追加手続の要否は書かない(主査が判断するため)
- 転記した数値には出所の調書番号を必ず添える
どちらも、AIの役割を形式点検と差分抽出に限定しています。監査上の判断をプロンプトの外に置くことが、この使い方の前提になります。
調書をAIに読ませる前に決めておく守秘と品質管理の線
最初に確認するのは、利用するAIサービスが入力を学習に使うかどうかです。監査調書には被監査会社の未公表情報が含まれるため、事務所として法人向けプランの設定を確かめ、その確認結果を日付とともに残しておく運用が実務では定着しつつあります。ベンダーの公開ドキュメントを根拠として保存し、契約更新のたびに読み直す形にすると、後の説明が楽になります。
守秘義務の根拠は公認会計士法第27条にあり、公認会計士は正当な理由がなく業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らし、または盗用してはならないと定められています。AIサービスへの入力がこの条文との関係でどう位置づけられるかは、サービスの契約条件と事務所の運用によって変わるため、一律の答えを置かずに事務所ごとに整理する論点になります。
品質管理の側面では、公認会計士法第34条の13が監査法人の業務管理体制について定めを置き、業務の品質の管理の方針の策定と実施を掲げています。AIレビューを組み込むなら、その方針の中に、対象範囲、指摘の採否を誰が決めるか、記録の残し方の3点を書き込む形が整理しやすくなります。方針に書かずに現場の工夫として広がると、審査の場で誰も全体像を説明できない状態になります。
被監査会社への説明も論点です。監査人がAIを使うこと自体を逐一開示する定めが置かれているわけではありませんが、調書に含まれる情報が外部サービスに送られるかどうかは、被監査会社の関心事になり得ます。事務所内で完結する構成なのか、クラウドに送るのか、送る場合に学習利用がないのかを、聞かれたときに即答できる形にしておく実務が広がっています。
個人データが混ざる場面では、個人情報保護法第27条の第三者提供の制限が関係します。給与や人事に関する調書のように個人が特定できる情報を扱う調書は、第1工程の仕分けで別扱いにしておくと、後から論点が噴き出しません。同条第5項は、利用目的の達成に必要な範囲内で取扱いの全部または一部を委託することに伴って個人データが提供される場合について定めを置いており、委託の構成で整理するのか本人の同意を得るのかで、準備する書面が変わります。
事務所内の規程に落とす際に迷いやすいのが、AIの位置づけの書き方です。ツール名を列挙する書き方にすると、モデルやサービスが切り替わるたびに規程の改定が要ります。実務では、ツール名ではなく、入力してよい情報の種類、学習利用の有無を確認する手順、指摘の採否を決める者、という機能で書いておき、具体的なツール名は別紙で管理する構成を採る事務所があります。この形にすると、ベンダーの入れ替えが規程の改定に直結しません。
もう一つ決めておきたいのが、審査担当や外部の検査で問われたときの答え方です。AIレビューを入れた調書について、どの範囲をAIが点検し、どの指摘を誰が採用しなかったのかを、記録から再現できるかどうか。この再現性が確保されていれば、AIを使ったこと自体が論点になる場面は減ります。逆に記録がなければ、使っていないと言うか、説明できないと言うかの二択になります。
監査調書のAIレビューで起きた3つの失敗
1つ目は、指摘が多すぎて誰も読まなくなった場面です。観点を絞らずに投げた結果、1つの調書に数十件の指摘が出て、主査が全部を読む時間のほうが従来のレビューより長くなりました。回避策は工程2の観点の絞り込みで、機械的に判定できる5観点程度に固定することです。
2つ目は、AIが調書を直接書き換えてしまった場面です。修正提案の適用まで自動化した結果、どの記載が人の手によるもので、どこがAIの提案かが追えなくなりました。監査ファイルの整理は監査報告書日から60日程度を超えない期限内に完了する扱いが示されており(出典: 日本公認会計士協会 監査基準報告書230「監査調書」)、この期限の直前に追跡不能が発覚すると復旧の余地が狭くなります。回避策は工程4の指摘のみ出力です。
3つ目は、AIが指摘しなかったことを根拠に手続を省いた場面です。AIが何も言わなかったから問題なしと扱う運用は、点検の観点に入っていない論点を素通りさせます。回避策は、AIの一次点検を従来のレビューの置き換えではなく前段として位置づけ、会計士のレビュー項目は減らさない設計にしておくことです。
費用・工数と、誰が運用を持つか
費用は、AIサービスのライセンス費と、様式統一や観点設計にかかる内部工数に分かれます。ライセンス費は各社の公開価格で見積もれますが、効果を左右するのは第3工程の様式統一にどれだけ手が入っているかです。ここが整っていない事務所では、ツール代よりも整備の工数が大きくなります。見積もりの根拠は、対象とする調書の種類数と、様式のばらつきの程度に置くことになります。
体制は、観点設計を主査クラスが持ち、運用の維持を事務所内の別の担当が持つ形が回ります。観点は監査手続の理解がないと書けないため外注しにくく、一方で日々の実行や記録の管理は定型化できるためです。
投資判断は、レビュー時間の総量ではなく、差し戻しの回数で見るほうが実感に近いところがあります。形式面の不備で調書が往復する回数が減れば、繁忙期の負荷は目に見えて変わります。開示対応の工程設計についてはSSBJ基準の適用開始は2027年3月期 会計士がAIで組む開示対応の6工程でも扱いました。
AIが調書に入ることで問われはじめた論点
今後の論点は、AIの一次点検を品質管理の手続として説明できるかどうかです。研究文書は、監査に関連する大量のデータを活用した分析や、自動化による手続の効率化、生成AIによる調書作成の補助などを整理していますが、事務所ごとの運用設計はそれぞれが引き受けることになります。監査業務へのAI導入の全体像は監査業務へのAI導入で会計士が押さえる論点にまとめています。
もう一つは、大手と中小の差の付き方です。大手監査法人はAIを活用した監査ツールの開発を進めており、内製の度合いが違います。中小事務所が同じ土俵で内製を狙うより、市販ツールと自前の観点設計を組み合わせる形のほうが現実的な選択肢になります。観点設計は事務所の知見そのものなので、そこは外に出さずに持つという考え方です。
よくある質問
AIに監査調書を読ませること自体に問題はありますか
適否は事務所の運用と契約条件によって変わるため、一律には言えません。確認する順序としては、まず利用するAIサービスが入力を学習に使うかどうか、次に公認会計士法第27条の秘密を守る義務との関係を事務所としてどう整理するか、という流れになります。
AIの指摘をそのまま調書に反映してよいですか
反映の判断は会計士が行う運用が広く採られています。AIの出力を指摘の列挙にとどめ、採否と理由を人が記録する形にすると、後の審査で経緯を説明できます。
どの調書から始めるのが現実的ですか
定型度が高く、判断の要素が薄い調書からです。勘定科目別の増減分析や手続実施結果のような部分は観点を機械的に定義しやすく、指摘の再現性も取りやすくなります。
品質管理の方針には何を書けばよいですか
対象範囲、指摘の採否を決める者、記録の残し方の3点が最小の構成になります。公認会計士法第34条の13は業務の品質の管理の方針の策定と実施を掲げており、AIの利用もその方針の中で位置づける整理が扱いやすくなります。
被監査会社に説明する義務はありますか
一律の定めを本記事では確認できていないため、この点は要確認としておきます。実務では、調書に含まれる情報が外部サービスに送られるかどうかを聞かれた際に即答できるよう、構成と設定を文書化しておく事務所が増えています。
記録はどこまで残しますか
対象調書、実施日、利用したモデル、指摘件数、採用件数の5項目が最小です。監査ファイルの整理は監査報告書日から60日程度を超えない期限内に完了する扱いが示されているため(出典: 日本公認会計士協会 監査基準報告書230「監査調書」)、この期限に合わせて記録の締め方を決める形になります。
参考文献
- 日本公認会計士協会 テクノロジー委員会研究文書第11号の公表について(監査におけるAIの利用に関する研究文書)
- 日本公認会計士協会 公認会計士業務とAI
- 日本公認会計士協会 監査基準報告書230「監査調書」
- e-Gov法令検索 公認会計士法第27条
- e-Gov法令検索 公認会計士法第34条の13
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律第27条
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