企業規模要件とは、短時間労働者を社会保険に加入させる基準となる従業員数の下限のことです。
顧問先の従業員数が、いま何人で、三年後に何人になる見込みか。この問いに即答できる社労士事務所は多くありません。この記事では、年金制度改正法によって企業規模要件が2027年10月から段階的に縮小していくことを踏まえ、顧問先ごとの加入対象者を洗い出し、十年分のロードマップに落とすための手順を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。厚生労働省の資料によれば、企業規模要件は令和9年10月から従業員36人以上へ引き下げられ、以後、令和11年10月に21人以上、令和14年10月に11人以上、令和17年10月に10人以下と縮小していきます(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。
十年かけて段階的に縮小する企業規模要件の全体像
短時間労働者が社会保険に加入する要件は、現在四つあります。所定内賃金が月額8.8万円以上であること、週の所定労働時間が20時間以上であること、勤め先が従業員数51人以上の企業であること、学生でないことの四つです(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。このうち二つが、これから相次いで動きます。
一つ目は賃金要件です。厚生労働省の同資料は、全ての都道府県で令和7年度地域別最低賃金が時給1,016円を超えたことにより、週20時間以上働く方が自動的に加入対象になるため、令和8年10月に賃金要件を撤廃する予定だと説明しています。いわゆる年収106万円の壁の撤廃です。この点は106万円の壁が2026年10月に撤廃 社労士が顧問先へ説明する6工程で扱いました。
二つ目が、本記事の主題である企業規模要件です。厚生労働省の同資料は、現在の従業員51人以上から、令和9年10月に36人以上、令和11年10月に21人以上、令和14年10月に11人以上、令和17年10月に10人以下へと段階的に縮小すると図示しています。ここでいう従業員数は厚生年金保険の被保険者数を指すとの注記が付いています。十年をかけて実質的に撤廃へ向かう設計です(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。
三つ目の動きとして、個人事業所の適用対象の拡大があります。厚生労働省は、現在は常時5人以上を使用する法定17業種の個人事業所が加入対象であるところ、業種を限定せず常時5人以上を使用する全業種の事業所へ拡大すると説明しています。ただし2029年10月の施行時点で既に存在している事業所は当分の間対象外とされています(出典: 厚生労働省 社会保険の加入対象の拡大について)。法定17業種には弁護士・税理士・社会保険労務士等の法律・会計事務を取り扱う士業が含まれており、この点は自事務所の話でもあります。
加入要件そのものの根拠は法律にあります。厚生年金保険の被保険者の範囲は厚生年金保険法第12条が適用除外として定め、健康保険の被保険者は健康保険法第3条が定義しています。改正の具体的な条文の効力発生時期は政令に委ねられている部分があるため、個別の当てはめは有資格者の確認を経る領域です。
顧問先の加入対象者をAIで洗い出す6工程
社労士事務所にとっての作業は、要件の解説ではありません。顧問先ごとに、いつ、誰が、新たに加入対象になるかを特定し、事業主に事前に伝えることです。ここは生成AIが効く領域です。
- 顧問先の一覧に、直近の厚生年金保険の被保険者数の列を足す。段階的な引き下げは被保険者数を基準にしているため、この数字がロードマップの起点になります。従業員数と被保険者数を取り違えると、対象年がまるごとずれます。
- 顧問先を、引き下げの段階ごとに四つの群に仕分ける。36人以上51人未満の群が2027年10月、21人以上36人未満の群が2029年10月、11人以上21人未満の群が2032年10月、10人以下の群が2035年10月に、それぞれ企業規模要件の面から新たに対象になります(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。
- 各顧問先について、週の所定労働時間が20時間以上の短時間労働者を、雇用契約書と賃金台帳から抽出する。賃金要件が2026年10月に撤廃される予定であることを踏まえると、この段階以降は週20時間という一点が実質的な判定基準になります(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。
- 抽出した名簿を、雇用契約書の記載と実際の勤務実績で突き合わせる。契約上は週18時間だが実態は週22時間、というずれが最も見つかりやすいところです。この突合の一次案づくりに生成AIを使い、差異のある行だけを人間が確認する組み立てにすると、確認の密度を落とさずに工数を圧縮できます。
- 事業主に渡す説明資料を作る。対象年、対象人数、概算の事業主負担額、就業調整の相談が増える見込みを一枚にまとめます。厚生労働省は、従業員数50人以下の企業などで新たに加入対象となる短時間労働者のうち標準報酬月額が12.6万円以下である者について、事業主が負担割合を増やせる保険料調整の措置を3年間の期間で実施すると説明しており、この支援策も説明資料に入れる材料になります(出典: 厚生労働省 社会保険の加入対象の拡大について)。
- 顧問先ごとの対応年を、事務所の年間カレンダーに前倒しで登録する。対象年の当月に動くのでは遅く、前年の秋に雇用契約の見直しを提案できる時間の取り方が実務的です。
工程4の突合には、次のようなプロンプトが使えます。個人名や事業所名を入れずに、匿名化した勤務時間データだけを渡す組み立てにしてください。
あなたは労務データの突合を補助するアシスタントです。
以下の2つのデータを突き合わせ、差異のある行だけを抽出してください。
【データA: 雇用契約書上の所定労働時間】
従業員コード, 週所定労働時間
A001, 18
A002, 20
(以下続く)
【データB: 直近6か月の実勤務時間の週平均】
従業員コード, 週平均実労働時間
A001, 22.4
A002, 19.1
(以下続く)
【出力形式】
1. 契約20時間未満かつ実績20時間以上の行を「上振れ」として列挙する
2. 契約20時間以上かつ実績20時間未満の行を「下振れ」として列挙する
3. 各行に、差の大きさ(時間)を添える
4. 判定が微妙な行(差が1時間以内)は「要目視」として別立てにする
※加入義務の有無については判断せず、数値の差異の抽出にとどめてください。
※実在の氏名や事業所名は出力しないでください。
工程5の説明資料づくりには、次のプロンプトが使えます。出力はたたき台であり、数値の妥当性と表現の適否は有資格者が確認します。
あなたは社会保険の実務資料を整える編集アシスタントです。
以下の条件で、事業主向けの説明資料の下書きを作成してください。
【前提】
- 対象企業の厚生年金保険の被保険者数: 42人
- 新たに加入対象となる見込みの短時間労働者: 7人
- 対象となる時期: 令和9年10月
- 想定される論点: 事業主負担の増加、就業調整の相談増、雇用契約書の見直し
【出力形式】
- 「何が変わるか」「いつから変わるか」「自社で何人が対象か」「今から何をするか」の4見出し
- 各見出しは3〜4文の段落で書く
- 制度の可否や義務の有無を断定せず、確認すべき事項として提示する
- 最後に、社労士に確認したい事項のリストを5項目
※数値は仮のものとして扱い、確定値は別途確認する旨を明記してください。
労務相談の一次回答を事務所で回す設計は労務相談のAI一次回答を社労士事務所で回す 精度を担保する7工程で扱っています。
賃金台帳と雇用契約書をAIに渡す前に決めておくこと
この作業で扱うのは、氏名、生年月日、賃金額、勤務時間という、個人情報のなかでも密度の高いデータです。手順の効率だけを見て外部のAIサービスに投入すると、守秘義務と安全管理の両面で説明できない状態になります。
社会保険労務士の守秘義務は、社会保険労務士法第21条が、開業社会保険労務士または社会保険労務士法人の社員は正当な理由なく業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、または盗用してはならない旨を定めています。社労士でなくなった後も同様と定められている点も、退職者の扱いを考えるうえで押さえておく箇所です。社会保険労務士の業務の範囲そのものは同法第2条が定めています。八士業それぞれの根拠条文は士業の生成AIと守秘義務 8士業の根拠条文と入力ルールの作り方にまとめました。
個人データの安全管理という観点では、個人情報の保護に関する法律第23条が、取り扱う個人データの漏えい、滅失又は毀損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じることを求めています。顧問先から預かった賃金台帳を事務所がAIに投入する場合、それが顧問先との委託契約の範囲でどう位置づけられるかは、契約書の記載と実際の運用の両方で確認する領域です。
そのうえで、事務所として決めておきたいのは次の三点です。
第一に、匿名化のレベルです。上のプロンプト例では従業員コードと時間数だけを渡しています。氏名を落とし、生年月日を落とし、事業所名を落とす。この三つを落としても、突合の作業そのものは成立します。逆に、氏名を入れないと作業が回らない工程があるなら、その工程はAIに出さず手元で処理する、という線の引き方になります。
第二に、どのAIサービスを使うかです。入力データが学習に使われるかどうか、保存期間はどれくらいか、日本国内で処理されるかは、サービスごとに異なり、また変更されます。契約プランによって扱いが変わることも多く、無料版と法人向けプランで前提がまったく違う場合があります。事務所として使うサービスを限定し、その設定を定期的に見直す運用が要ります。ツール選定の際の認証の読み方はAIツール選定でセキュリティ認証をどう読むか 士業の9確認手順で整理しています。
第三に、顧問先への説明です。適用拡大の作業は数年にわたって続くため、その間ずっと賃金台帳をAIに通すことになります。単発の作業ではなく継続的な処理になるので、顧問契約の更新時などに、事務所がどの範囲でAIを使っているかを説明しておくほうが後々の説明が楽になります。説明の型は社労士向け生成AI活用ガイドブックを実務検証 就業規則たたき台の7工程でも触れています。
この作業で起きやすい三つの取り違え
一つ目は、従業員数と厚生年金保険の被保険者数の取り違えです。厚生労働省の資料は、企業規模要件でいう従業員数について厚生年金保険の被保険者数であると注記しています。パート・アルバイトを含む在籍人数で数えると、実際より大きい数字になり、対象年を一段階早く見積もることになります。逆に役員を落とすと小さく出ます。この一点で顧問先への説明が全部ずれます。
二つ目は、契約上の所定労働時間だけを見て判定してしまうことです。週の所定労働時間20時間という基準は厚生労働省の資料が示すとおりですが(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)、実勤務が継続的にこれを超えている場合の扱いは、契約書の数字だけでは決まりません。突合の工程を飛ばすと、事業主に対象者はいないと伝えた後で対象者が出てくる、という展開になります。AIに突合させるのは、この見落としを機械的に潰すためです。
三つ目は、AIの出力をそのまま名簿として使ってしまうことです。生成AIは表形式のデータの並べ替えや抽出で取りこぼしを出すことがあります。抽出結果の件数と、元データの件数の内訳が合っているかを毎回確認する工程を入れてください。合計が合わない出力は、中身を見る前に捨てるのが早道です。
費用と工数、そして事務所の体制
追加の費用は、生成AIの利用料が中心です。法人向けプランを一契約で持っていれば、この作業のために追加の投資は基本的に不要です。顧問先数が多い事務所では、突合を繰り返すぶんの利用量が増えますが、料金の桁が変わるほどの負荷にはなりにくい種類の処理です。
工数は、顧問先一社あたりで見ると、被保険者数の確認と群分けに十数分、短時間労働者の抽出と突合に半時間から一時間、説明資料の作成に半時間程度が目安になります。顧問先が五十社ある事務所なら、初回の棚卸しにおよそ二週間から三週間の作業量を見込む計算です。ただしこれは初回だけで、二年目以降は差分の更新になるため、大幅に軽くなります。なお、この目安は編集部が工程を積み上げた試算であり、顧問先の業態や資料の整い方によって上下します。
体制については、群分けと抽出は補助者に任せられる作業ですが、実勤務との突合で差異が出た顧問先の扱いと、事業主への説明の内容は、有資格者が判断する領域です。事務所内でどこまでを補助者に任せるかの線引きは、労務監査の枠組みと合わせて整理すると一貫します。この点は社労士法9次改正で労務監査が明記 AIで作るチェックリスト7項目で扱いました。
十年スパンの制度変更が社労士事務所にもたらす変化
企業規模要件の縮小が十年かけて進むということは、社労士事務所にとって、同じ種類の作業が数年おきに繰り返し発生するということです。これは負担であると同時に、業務の型を作る価値が高いことも意味します。一社ごとに手作業で洗い出す事務所と、顧問先データベースと突合の手順を整えた事務所とでは、三回目、四回目の対応で差が開きます。
もう一つの論点は、顧問先の側の反応です。新たに社会保険の加入対象になる従業員が出るということは、事業主にとって負担の増加であり、従業員にとっては手取りの変化です。制度の説明だけでなく、就業調整をめぐる相談が増えることが予想されます。ここで、制度がそうなっているので仕方がない、と返すのか、雇用契約の設計から一緒に考えるのかで、事務所の位置づけが変わります。前者はAIでも書ける回答で、後者は書けません。
士業事務所自身も、個人事業所の適用対象拡大の議論の中で名前が挙がる業種に含まれています。顧問先に説明する立場でありながら、自事務所の体制を点検していないという状態は避けたいところです。
よくある質問
企業規模要件はいつ完全になくなりますか
厚生労働省の資料は、令和17年10月から従業員10人以下の企業も対象となる旨を図示しており、この時点で企業規模による線引きは実質的になくなる設計です(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。ただし各段階の具体的な施行日は政令で定められるため、直前の公表資料で確認するのが確実です。
従業員数は何を数えればよいですか
厚生年金保険の被保険者数を数えます。厚生労働省の資料に注記があり、在籍している従業員の総数ではありません。パート・アルバイトのうち加入していない者は含まれず、逆に加入している者は含まれます。この数え方を最初に確認しておくと、以降の作業の前提がぶれません。
賃金要件が撤廃されると、月額8.8万円未満でも加入対象になりますか
週の所定労働時間が20時間以上であることなど、他の要件を満たす短時間労働者について、賃金の額による線引きが外れる方向の改正です。厚生労働省の資料は、最低賃金法上の減額の特例の対象となる短時間労働者のうち月額賃金8.8万円未満である方は原則として社会保険に加入しないこととなる旨も注記しており、例外の取り扱いがあります(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。個別の当てはめは有資格者の確認を経てください。
保険料調整の措置はどの顧問先が使えますか
厚生労働省は、従業員数50人以下の企業などで働き、企業規模要件の見直しなどにより新たに加入対象となる短時間労働者であって標準報酬月額が12.6万円以下である者を対象とし、期間は3年間と説明しています(出典: 厚生労働省 社会保険の加入対象の拡大について)。事業主が負担割合を増やし、被保険者の負担を軽減できる仕組みで、追加負担分は制度全体で支援するとされています。
この洗い出しを生成AIに任せてよいですか
洗い出しの機械的な部分、つまりデータの突合と差異の抽出は、AIに任せて成立する工程です。一方で、差異が出た従業員の扱いをどう判断するか、事業主にどう説明するかは、有資格者が担う領域です。AIの出力を名簿として確定させる前に、件数の整合と内容の確認を人が通す工程を組み込む設計にしてください。
顧問先の賃金台帳をそのままAIに入れてよいですか
事務所として決めた入力ルールに沿うかどうかで判断することになります。氏名や生年月日を落とし、従業員コードと数値だけにすれば突合の作業は成立します。守秘義務の根拠は社会保険労務士法第21条にあり、安全管理措置は個人情報の保護に関する法律第23条が求めています。どちらも、投入前に事務所のルールを持っていることが前提になります。
顧問先への説明はいつ始めるべきですか
対象年の前年から始めるのが実務的です。雇用契約の見直しや従業員への周知には時間がかかり、対象年に入ってから動くと、就業調整をめぐる混乱が起きやすくなります。令和9年10月に従業員36人以上の企業が対象になるとされているため(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)、その手前の年の秋には最初の説明ができる状態にしておく組み立てが現実的です。
参考文献
- 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント(令和8年1月作成)
- 厚生労働省 社会保険の加入対象の拡大について
- 厚生労働省 年金制度改正法が成立しました
- e-Gov法令検索 厚生年金保険法第12条
- e-Gov法令検索 健康保険法第3条
- e-Gov法令検索 社会保険労務士法第21条
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律第23条
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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