賃金要件の撤廃とは、月額賃金で加入可否を分ける社会保険の基準の廃止のことです。
顧問先のパート比率が高い業種ほど、この改正の説明を後回しにできません。この記事では、2026年10月に予定されている賃金要件の撤廃について、厚生労働省の資料で確定している事実と、顧問先への説明資料に落とすまでの6工程を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。厚生労働省は、賃金要件を令和8年10月に撤廃する予定であると案内しています(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。
賃金要件の撤廃で、加入判定の要件はどう変わるか
結論から言うと、加入判定の軸が賃金から労働時間へ一本化されます。厚生労働省の広報資料は、短時間労働者が社会保険に加入する要件として、所定内賃金が月額8.8万円以上であること、週の所定労働時間が20時間以上であること、勤め先が従業員数51人以上の企業であること、学生ではないことの4つを挙げています(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。このうち賃金要件が外れるため、実務上は労働時間の管理が判定のすべてに近づきます。
撤廃の背景として示されているのは、最低賃金の水準です。同資料は、賃金が時給1,016円以上になった場合に週20時間以上働くと月額賃金が8.8万円以上となり、自動的に賃金要件を満たすと説明し、令和7年度地域別最低賃金が全ての都道府県で時給1,016円を超えたことを撤廃の理由として挙げています(出典: 前掲 厚生労働省 広報資料)。つまり、要件が実質的に空文化したので条文から落とす、という整理です。顧問先に説明するときも、この順序で話すと納得が得やすくなります。
同時に押さえておきたいのが企業規模要件の段階的な縮小です。同資料によれば、現在の従業員51人以上から、令和9年10月に36人以上、令和11年10月に21人以上、令和14年10月に11人以上、令和17年10月に10人以下へと対象が広がります(出典: 前掲 厚生労働省 広報資料)。今回の賃金要件撤廃は入口で、規模要件の縮小が本番だと捉えたほうが、顧問先の中期の人件費計画に合います。
例外もあります。同資料は、最低賃金法に一定の場合に最低賃金の減額を許可する特例があり、この特例の対象となる短時間労働者のうち月額賃金8.8万円未満である方は原則社会保険に加入しないこととなる、と注記しています(出典: 前掲 厚生労働省 広報資料)。障害者雇用などで減額特例を使っている顧問先には、この注記を個別に伝える必要があります。
保険料の負担軽減にも仕組みが用意されています。企業規模要件を満たさない企業でも従業員の2分の1以上の同意があれば任意で加入でき、令和8年10月以降に任意加入をする場合、短時間労働者の保険料の一部を事業主が負担すると3年間の制度的な支援(保険料調整制度)を受けられると説明されています(出典: 前掲 厚生労働省 広報資料)。任意適用を検討している顧問先には、この支援の存在が判断材料になります。
顧問先への説明資料を6工程で組み立てる
社労士の実務でボトルネックになるのは、資料作成そのものより、顧問先ごとに影響人数が違う点です。生成AIは、この個別化の前段までを速くできます。
- 一次情報を固定します。厚生労働省の広報資料と、社会保険の加入対象の拡大に関する案内ページを事務所の共有フォルダに保存します。解説記事ではなく行政資料を土台にすると、後で顧問先から根拠を聞かれたときに即答できます。
- 説明の骨子を作らせます。保存した資料のテキストを生成AIに読ませ、変わること、変わらないこと、まだ日付が確定していないことの3分類で骨子を出力させます。この段階では顧問先名も人数も入れません。
- 影響人数の抽出条件を決めます。賃金台帳と勤怠から、週の所定労働時間が20時間以上で、月額所定内賃金が8.8万円未満の従業員を抜き出す条件です。抽出そのものは事務所の給与システムか表計算で行い、個人データを生成AIに入れずに済ませます(出典: 要件は前掲 厚生労働省 広報資料による)。
- 負担増の試算を作ります。抽出した人数と標準報酬をもとに、事業主負担と本人負担の増加額を計算します。ここも計算はシステム側で行い、生成AIには計算結果の説明文だけを書かせます。
- 説明資料に落とします。顧問先の経営層向けには人件費インパクト、現場責任者向けにはシフト設計への影響と、読み手を分けた2種類を用意すると会議が短くなります。
- 有資格者が最終確認します。数字の妥当性と、制度の説明が断定になっていないかの2点を見ます。社会保険の適用判断は個別事情に左右されるため、資料には前提条件を明記します。
骨子づくりのプロンプトは次の形です。
あなたは日本の社会保険実務に詳しい調査アシスタントです。
以下に貼り付けた厚生労働省の公表資料だけを根拠にしてください。
資料に書かれていない事項は「資料に記載なし」と明記し、推測で補わないこと。
出力形式(3分類):
A 2026年10月から変わること
B 変わらないこと
C 日付や運用がまだ確定していないこと
各項目に、資料のどの記述に基づくかを一言で添えてください。
【資料】
(ここに厚生労働省の資料テキストを貼る)
顧問先向けの説明文は、次のプロンプトで下書きします。
以下の骨子と試算結果をもとに、顧問先(業種: ○○、パート比率: 約○割)の
経営層向けに説明文を作成してください。
条件:
- 個人が特定できる情報は含めない。人数と金額の合計のみを扱う
- 「違法」「適法」などの評価を書かない。制度の内容と手続の説明に徹する
- 数字には、試算の前提(対象者の抽出条件)を必ず併記する
- 1文は60字以内
- 最後に「決めていただきたいこと」を3件、箇条書きで
【骨子】
(手順2の出力)
【試算結果】
(手順4の集計値のみ。個人データは貼らない)
生成AIに任せてよいのは、ここまでです。適用の可否判断と、顧問先の就業規則やシフト運用への当てはめは、有資格者が行う工程として資料の作成フローに明示しておきます。最低賃金の改定と絡めた試算の考え方は、最低賃金の目安1176円 社労士が発効前に組む影響試算6手順でも扱っています。
賃金台帳を生成AIに入れる前に決めておくこと
守秘義務の観点で最初に線を引くのは、賃金台帳と勤怠データの扱いです。今回の説明資料づくりでは、制度説明の部分は公表資料だけで完結し、個別の試算は集計値だけで足ります。つまり、氏名や個人別の賃金額を生成AIに入力する必要がある場面は、ほとんど発生しません。
社労士の守秘義務は社会保険労務士法第21条が定めており、開業社会保険労務士または社会保険労務士法人の社員は、正当な理由がなくてその業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、または盗用してはならないとされ、社員でなくなった後も同様とされています。条文は生成AIへの入力について直接の記述を置いていません。だからこそ、入力の可否を条文から演繹するのではなく、事務所として運用ルールを決めて顧問先に説明する形になります。
決めておく項目は3つです。1つ目は、使用するツールと契約プランです。OpenAIは、APIおよびビジネス向けプランについて既定では入力を学習に使わない方針を公開しています(出典: OpenAI Enterprise privacy)。Anthropicもプライバシーポリシーでデータの取扱いを示しています(出典: Anthropic Privacy Policy)。確認した日付を残しておくと、方針が改定されたときに差分を追えます。
2つ目は、入力してよいデータの区分です。公表資料はそのまま、集計値は匿名化された形であれば可、個人別データは不可、という3段階が実務では扱いやすい形です。3つ目は、顧問先への説明の方法です。顧問契約の範囲で生成AIを補助的に使う可能性があることを、契約更新時や年度初めの面談で伝えておく事務所があります。個別案件ごとに都度確認する運用を採る事務所もあります。どちらであっても、伝えた事実と日付を記録に残している点は共通しています。
規程に落とすなら、ツール一覧、データ区分表、出力の確認者、そして顧問先への説明記録の保管場所の4項目です。制度改正が続く領域では、規程本体ではなく別紙を更新できる構造にしておくと維持が楽になります。責任の分界という論点の整理は、税理士業務の無償独占とAI出力の最終承認 責任分界を引く6つの線も参考になります。
説明の現場で起きやすい3つの失敗
1つ目は、130万円の基準と混同させてしまうことです。今回撤廃されるのは、短時間労働者の加入要件のうち月額賃金8.8万円以上という賃金要件です(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。被扶養者認定の基準は別の枠組みで動いており、顧問先の従業員向け説明では、この2つを同じ資料に並べないほうが混乱を招きません。
2つ目は、企業規模要件の縮小スケジュールを飛ばしてしまうことです。顧問先が現時点で規模要件を満たさない場合、2026年10月時点では強制適用の対象になりません。ところが説明資料が賃金要件の話だけで終わっていると、顧問先は自社に無関係だと判断して、令和9年10月以降の段階的な拡大に備えないまま時間が過ぎます(出典: 前掲 厚生労働省 広報資料)。規模別のスケジュール表を資料の後半に入れておきます。
3つ目は、生成AIが出した施行日や金額をそのまま資料に載せてしまうことです。この領域は改正が続いており、学習データの時点によって古い内容が混ざります。回避策は、数字と日付を含む文だけを抜き出して、厚生労働省の資料と1つずつ突き合わせる工程を作業手順に組み込むことです。確認済みの箇所に印を付けてから資料化すると、確認漏れが可視化されます。
対応にかかる工数と、事務所内の分担
工数は、共通部分と顧問先ごとの部分に分けて見積もると立てやすくなります。制度の骨子づくりと説明資料の雛形作成は事務所で一度だけ行う共通コストで、生成AIを使えば半日程度の作業量に収まります(根拠: 参照する一次情報が厚生労働省の広報資料と案内ページに限られるため)。顧問先ごとの部分は、対象者の抽出と試算に時間が寄ります。
分担は、抽出と試算を担当者、制度説明と最終確認を有資格者に置く形が素直です。抽出条件を事務所で標準化しておくと、顧問先が増えても手戻りが減ります。説明の実施は、業種や規模が近い顧問先をまとめて行う方法もあります。
システム面では、給与計算ソフトの改正対応を待つ判断も入ります。市販の給与計算サービスは制度改正に合わせた更新を行うため、事務所側で個別に計算式を作り込む前に、提供元の告知を確認したほうが二度手間になりません。
撤廃後に残る論点と、次に来る改正
賃金要件が外れたあとに残る実務論点は、労働時間管理の精度です。加入判定が週の所定労働時間の線だけで決まるため、所定労働時間の設定と実態の乖離が、これまで以上に直接的な影響を持ちます(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。顧問先の勤怠運用を点検する動機がここにあります。
次に来るのは企業規模要件の縮小です。令和9年10月の36人以上への引き下げから始まり、令和17年10月には10人以下の企業まで対象が広がる予定と示されています(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。顧問先の従業員数が境界付近にある場合、いつ自社が対象になるかを先に把握しておくだけで、採用計画の立て方が変わります。
もう1つの論点は、保険料調整制度の使い方です。任意加入の際に事業主が保険料の一部を追加負担すると3年間の制度的な支援を受けられる仕組みが用意されています(出典: 前掲 厚生労働省 広報資料)。制度の詳細な運用は今後の周知で明らかになる部分があるため、顧問先に提案する際は、現時点で確定している範囲と未確定の範囲を分けて伝えることになります。
よくある質問
賃金要件が撤廃されるのはいつですか
厚生労働省は、令和8年10月に賃金要件を撤廃する予定であると案内しています(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。同資料は、令和7年度地域別最低賃金が全ての都道府県で時給1,016円を超えたことを理由として挙げています。
撤廃後の加入要件はどうなりますか
賃金要件が外れると、短時間労働者の判定は週の所定労働時間が20時間以上であること、企業規模要件、学生ではないことで行われます(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。実務では、労働時間の設定と管理が判定の中心になります。
従業員数が50人以下の顧問先も対象になりますか
現在の企業規模要件は従業員数51人以上とされており、これが段階的に縮小されると案内されています。令和9年10月に36人以上、令和11年10月に21人以上、令和14年10月に11人以上、令和17年10月に10人以下へと広がる予定です(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。
最低賃金の減額特例を使っている従業員はどうなりますか
厚生労働省の資料は、最低賃金法の減額特例の対象となる短時間労働者のうち月額賃金8.8万円未満である方は原則社会保険に加入しないこととなり、申出により任意で加入することは可能である、と注記しています(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。該当者がいる顧問先には個別の説明が要ります。
賃金台帳を生成AIに読ませてもよいのですか
事務所ごとの運用ルールで決める領域です。社会保険労務士法第21条は、業務に関して知り得た秘密を他に漏らし、または盗用してはならないと定めていますが、生成AIへの入力について直接の記述はありません。実務では、制度説明は公表資料だけで作り、試算は集計値のみを扱う運用にすると、個人データを入力せずに済みます。
顧問先にはいつ説明すればよいですか
対象者が発生する顧問先ほど早い時期の説明が向きます。撤廃は令和8年10月の予定であり、シフト設計や人件費予算に影響するため、年度や期の切り替わりに合わせて伝える事務所があります(出典: 厚生労働省 短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント)。
生成AIが出した金額や日付をそのまま使ってよいですか
そのままは使えません。この領域は改正が続いており、学習データの時点によって古い内容が混ざります。数字と日付を含む文を抜き出し、厚生労働省の公表資料と1つずつ突き合わせる工程を、資料作成の手順に組み込む方法が確実です。
参考文献
- 厚生労働省 短時間労働者の社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入拡大のポイント
- 厚生労働省 社会保険の加入対象の拡大について
- 厚生労働省 年金制度改正法が成立しました
- e-Gov法令検索 社会保険労務士法
- OpenAI Enterprise privacy
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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