監査業務へのAI導入 先に整理しておく6つの論点

監査業務にAIを入れる前に整理する6つの論点を解説。監査証拠としての扱い、記録の設計、被監査会社の情報、品質管理との整合、現場への周知まで整理します。

監査業務へのAI導入 先に整理しておく6つの論点

監査業務のAI導入とは、手続と証拠の扱いを先に整理する設計作業のことです。

監査の現場で生成AIを使いたいという声は増えていますが、他の業務と同じ感覚で始めると後戻りが必要になります。監査は第三者への意見表明を伴う業務であり、手続と証拠の関係が厳格に問われるためです。この記事では、監査業務にAIを入れる前に整理しておく6つの論点を、順番に沿って書きます。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。生成AIサービスの利用については個人情報保護委員会の注意喚起が判断の出発点になります。

監査が他の業務と違う理由

出発点を整理します。監査業務でAIの扱いが慎重になるのは、業務の建て付けそのものに理由があります。

公認会計士法第2条は、他人の求めに応じ報酬を得て財務書類の監査又は証明をすることを業とすると定めています。監査意見は、被監査会社ではなく、その財務諸表を利用する第三者に向けられます。この構造から、意見の根拠となる手続と証拠には、外部から検証できる形が求められます。

生成AIの出力には、この形と噛み合いにくい性質があります。同じ入力に対して同じ出力が返るとは限らないこと、判断の過程を追えないこと、根拠として示された内容が実在するとは限らないこと。いずれも、監査証拠として扱う際に整理が要る性質です。

一方で、監査の現場には、手続そのものではない事務作業も多く存在します。会議の記録、資料の受領一覧、進捗の管理、被監査会社とのやり取りの整理。これらは意見の根拠に直接関わらない部分であり、他の業務と同じ感覚で扱えます。

したがって、監査業務へのAI導入は、この線引きから始まります。手続に関わる部分と、周辺の事務作業を分ける。混ぜて議論すると、事務作業まで止まるか、手続の部分にまで踏み込むかのどちらかになります。

考え方の枠組みは、日本公認会計士協会の専門分野に関する情報や協会の公表情報で確認します。金融庁の公表資料は金融庁のサイトにあります。非監査業務での使いどころは公認会計士のAI活用で扱っています。

論点1 監査証拠としての扱い

第1の論点です。ここが監査に固有の中心的な検討事項になります。

手続の一部を機械に任せた場合、その結果をどう位置づけるかが問われます。たとえば、大量の取引データから異常な項目を抽出させたとして、その抽出結果を監査証拠として扱うのか、それとも人が行う手続の入口として扱うのか。

現時点で実務的に成り立ちやすいのは、後者の位置づけです。機械の出力を証拠そのものとせず、確認すべき箇所を絞り込む入口として使う。抽出された項目について、人が従来どおりの手続を実施し、その結果を証拠とする形です。

この位置づけであれば、機械の出力に誤りがあっても、手続の結果に直接は影響しません。抽出漏れが生じる可能性は残るため、機械だけに依存しない設計が要ります。

事務所として決めるのは、どの手続で、どういう位置づけで使うかを明示することです。曖昧なまま現場の判断に委ねると、監査調書に何を残すべきかが人によって分かれます。

論点2 記録として何を残すか

第2の論点は、監査調書への記載です。

道具を使ったこと自体を記録するのか、どういう入力を与えたかまで記録するのか、出力をそのまま残すのか。この判断は、第1の論点での位置づけによって変わります。入口として使うのであれば、その後に実施した手続の記録が中心になります。

いずれにせよ、後から経緯をたどれる状態にしておく設計が要ります。誰が、どの段階で、どの道具を使ったか。この情報が残っていなければ、品質管理のレビューや、外部からの検証に答えられません。

記録の粒度は、細かくしすぎると運用が続きません。既存の調書の様式に一項目足す形から始め、必要が見えたら詳しくする。この順番が現実的です。

もう一点、記録を残す目的を現場に説明しておきます。監視のための記録だと受け取られると、使ったことを書かない動きが出ます。後から経緯を説明できるようにするための記録である、という位置づけを共有しておけば、記載の抜けが減ります。

記録の保存期間についても、既存の調書の扱いに合わせるのが素直です。別建てで管理すると、廃棄の手続きが二重になり、抜けが生じます。既存の枠組みに寄せられる部分は寄せる、という考え方で設計します。

論点3 守秘義務と規程 被監査会社の情報の取扱い

第3の論点は、情報の扱いです。ここは他の業務と共通する部分もありますが、監査に固有の重みがあります。

公認会計士の守秘義務は公認会計士法第27条に置かれています。正当な理由がなく業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならないと定められており、公認会計士でなくなった後にも及ぶ構成です。

監査で扱うのは、被監査会社の未公表の財務情報です。開示前の数値、進行中の取引、経営陣の見立て。上場会社が関わる場面では、未公表の重要事実の扱いという別の論点も重なります。

決めるのは、入力してよい情報の区分です。公表資料と事務所の汎用文例はそのまま、被監査会社の資料は識別できる情報を落としてから、未公表の財務数値は入力しない。この3段階が出発点になります。

匿名化の水準も検討します。会社名を記号に置き換えても、業種と規模と時期が揃えば特定できる場面があります。上場会社や、業界で数が限られる会社を扱う場合は特に注意が要ります。

個人情報の側では、安全管理措置が個人情報の保護に関する法律の個人情報保護法第23条に置かれています。ただし、資格法の守秘義務の対象は個人情報に限られません。被監査会社の財務情報の大半は個人情報には当たらないため、個人情報保護法の枠組みだけで線引きを作ると、守るべき範囲が狭くなります。

事務所の規程には、使ってよいサービスの指定、入力しない情報の列挙、出力の確認者、記録の残し方の4項目を書きます。監査業務については、これに手続との関係の整理を加えます。条立ての作り方は士業事務所のAI利用規程テンプレートで扱っています。

退職時の扱いも設計に含めます。公認会計士法第27条は、公認会計士でなくなった後にも義務が及ぶ構成を採っています。事務所を離れる人のアカウントを止める手順を、入退職の手続き一覧に組み込んでおきます。監査法人では人の異動が多く、この手続の抜けが起きやすくなります。

論点4 被監査会社の理解を得るか

第4の論点は、相手方との関係です。

被監査会社の資料を外部のサービスに入力する場合、被監査会社の側の理解が要る場面があります。近年、企業の側でも社内規程で外部のAIサービスへの情報の提供を制限している例が増えており、事務所が問題ないと判断しても、相手方の規程と衝突する可能性があります。

確認の方法としては、監査契約の締結や更新の段階で扱いを整理しておく形があります。資料を受け取るたびに個別に確認するより、あらかじめ枠組みを決めておくほうが実務が回ります。

説明する内容は3点で足ります。何に使っているか、何を入力しないか、誰が確認するか。相手方が知りたいのは技術の中身ではなく、自社の情報がどう扱われるかだからです。

説明を避けたがる事務所もありますが、実務では逆に働く場面が増えています。被監査会社の側も社内でAI利用のルールを整えている最中であることが多く、事務所の運用が整っていること自体が安心材料になります。聞かれてから答えるより、先に説明の型を用意しておくほうが、結果として関係が安定します。

論点5 品質管理の仕組みとの整合

第5の論点は、既存の枠組みとの関係です。

監査法人には、品質管理の仕組みがあります。誰がどの段階で確認するか、記録をどう残すか、判断が分かれた場合にどう処理するか。AIの利用は、この既存の仕組みの中に位置づける作業になります。

順番として大事なのは、現場で使い始めてから組織として整理するのではなく、使ってよい範囲を先に決めることです。すでに広がった使い方を後から止めるのは、負担が大きくなります。

個人の事務所であっても、同じ考え方が当てはまります。組織の規模にかかわらず、誰がどの段階で確認するかを決めていない運用は、後から説明できません。

あわせて、独立性への影響も検討の対象になります。導入する道具の提供元と被監査会社の関係によっては、検討が要る場面が生じ得ます。

論点6 現場に何をどう伝えるか

第6の論点は、周知です。ここを省くと、決めた内容が守られません。

伝える内容は3つです。使ってよい範囲、入力してはいけない情報、記録の残し方。この3点を、担当者が現場で判断できる粒度まで具体化します。

抽象的に注意を促すだけでは足りません。生成AIの出力が誤り得ることを知らない担当者が、そのまま監査の作業に使う状態がいちばん危険です。実際に誤りが出た例を共有する形が、伝え方としては効果的です。

周辺の事務作業で使う場合の指示文の型を、事務所として用意しておく方法もあります。担当者が自分で書くのではなく、用意された型を使う形にすると、想定外の使い方が減ります。

あなたは会議の記録を整理する役です。以下のメモを読み、次の3つに分けて整理してください。
1. 決まったこと
2. 宿題になったこと(担当と期限がわかる場合は併記)
3. まだ結論が出ていない論点

条件:
- メモに書かれていない事実を補わないこと
- 会計上・監査上の判断や評価を書かないこと
- 会社名は A社、担当者は 甲、乙 のまま扱うこと
- 数値・日付は メモのまま変更しないこと
- 各項目は1文で、箇条書きにすること

メモ:
"""
(ここに貼り付け)
"""

資料の受領状況を一覧にする作業でも、同じ形の型が使えます。

あなたは資料の受領状況を整理する役です。以下の一覧を読み、次の観点で整理してください。

観点:
1. 受領済みの資料の種類と件数
2. 期間の抜けがある資料
3. 記載が読み取れない項目がある資料

条件:
- 一覧に書かれていない資料を補わないこと
- 会計上・監査上の判断や評価を書かないこと
- 会社名は A社 のまま扱うこと
- 各項目は1行で出力すること

一覧:
"""
(ここに貼り付け)
"""

導入でつまずくパターン

1つ目は、手続と周辺の事務作業を分けずに議論した例です。手続の論点の重さに引きずられて、事務作業での利用まで止まります。

2つ目は、現場で使い始めてから組織として整理しようとした例です。すでに広がった使い方を後から止めるのは負担が大きくなります。

3つ目は、被監査会社への確認を省いた例です。相手方の社内規程で外部のAIサービスへの情報の提供が制限されている場合があります。

4つ目は、記録の設計を後回しにした例です。品質管理のレビューの段階で、経緯をたどれないことに気づきます。

5つ目は、機械の出力を証拠として扱ってしまった例です。位置づけを明示していないと、現場の判断が分かれます。

6つ目は、担当者への周知を省いた例です。生成AIの出力が誤り得ることを知らないまま使う状態が、最も危険になります。

7つ目は、道具の性能が上がったことを理由に、位置づけの整理を省いた例です。誤りが減っても、判断の過程を追えないという性質は変わりません。位置づけの整理は、精度とは別の問題として残ります。

8つ目は、周辺の事務作業と手続の境界が現場で曖昧になった例です。事務作業で使い慣れると、その延長で手続の部分にも使われます。どこまでが事務作業かを具体例で示しておくと、境界が守られます。誤りの防ぎ方そのものは生成AIのハルシネーション対策で扱っています。

費用と体制、進め方

費用は、法人向けプランのライセンス料が中心になります。金額は事業者と契約形態で変わるため、各社の料金ページで確認します。既存の情報システムの枠内で使える選択肢を優先すると、管理の負担が増えません。

工数は、論点の整理に集中します。参考値として、使ってよい範囲の決定と記録の設計に数日、担当者への周知にさらに数日を見ておくと、無理のない進め方になります。品質管理の担当部門との調整が入る場合、これより長くなります。

体制では、整理を持つ人を決めます。監査の現場を知っている人と、品質管理を担当している人の双方が関わる形が現実的です。片方だけで決めると、現場で回らないか、組織として説明できないかのどちらかになります。

進め方としては、周辺の事務作業から始めます。手続に関わらない部分であれば、論点1と論点2の検討を深く進めなくても着手できます。そこで道具の使い勝手と、担当者の理解の程度を確認してから、手続に関わる部分の検討に進みます。

これから変わること

監査に関する基準や実務指針の枠組みは、技術の進展に応じて議論が続いていきます。日本公認会計士協会と金融庁の公表資料を追う体制が要ります。

被監査会社の側でもAI利用が進むため、受け取る資料の性質が変わります。整理された資料が届く一方で、その整理の正しさを確認する作業が新たに発生します。整った資料ほど警戒が緩みやすい点は、注意しておく必要があります。

制度面では、個人情報保護法の見直しの議論が続いています。委員会の公表資料は個人情報保護委員会の報道発表で追えます。

現時点で言えるのは、監査業務へのAI導入は、道具の選定より論点の整理が先に来る領域だということです。整理を済ませた事務所から、使える範囲を広げていくことになります。

よくある質問

監査手続にAIを使ってよいですか

手続としての位置づけを整理する必要があります。実務的に成り立ちやすいのは、機械の出力を証拠そのものとせず、確認すべき箇所を絞り込む入口として使う位置づけです。抽出された項目について人が従来どおりの手続を実施し、その結果を証拠とする形になります。

何から始めるのがよいですか

手続に関わらない周辺の事務作業からです。会議の記録の整理、資料の受領一覧、進捗をまとめる文書の作成といった業務であれば、意見の根拠に直接関わらないため着手しやすくなります。

監査調書には何を残しますか

位置づけによって変わります。入口として使うのであれば、その後に実施した手続の記録が中心になります。いずれにせよ、誰がどの段階でどの道具を使ったかを後からたどれる状態にしておきます。

被監査会社の資料を入力してよいですか

被監査会社の側の理解が要る場面があります。企業の側でも社内規程で外部のAIサービスへの情報の提供を制限している例が増えているためです。監査契約の締結や更新の段階で扱いを整理しておく方法が実務的です。

個人の事務所でも同じ整理が要りますか

組織の規模にかかわらず、誰がどの段階で確認するかを決めていない運用は後から説明できません。品質管理の枠組みの形は違っても、記録と確認の設計は要ります。

現場への周知はどう行いますか

使ってよい範囲、入力してはいけない情報、記録の残し方の3点を、現場で判断できる粒度まで具体化して伝えます。抽象的な注意より、実際に誤りが出た例を共有する形が効果的です。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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