商標調査にAIを組み込む7工程 弁理士事務所が引く確認と守秘の線

商標調査に生成AIをどこまで組み込めるかを7工程に分解し、検索式づくりと一次スクリーニングの使い方、弁理士が持つ判断工程、守秘義務まわりの運用まで整理しました。

商標調査にAIを組み込む7工程 弁理士事務所が引く確認と守秘の線

商標調査とは、出願前に類似する先行商標の有無を確かめる作業のことです。

AIに任せられるのはどこまでで、弁理士が判断すべきはどこからか。商標調査はこの線引きが特にはっきり出る業務です。検索と一次スクリーニングは機械が得意な一方、称呼や外観の類似判断、指定商品役務との関係の見立ては、条文と審査実務の理解を前提にした判断だからです。この記事では、商標調査の工程を分解し、生成AIを噛ませる箇所と人が持つ箇所を7工程で整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、業界の指針は日本弁理士会の公表資料で確認しています。

商標調査の何が機械化しやすく、何が残るのか

商標調査は、単一の作業ではなく複数の判断が積み重なった工程です。まず、その構造を押さえます。

出発点は、調べる対象の確定です。依頼者が使いたい標章と、それを使う商品または役務を特定します。商標登録の要件は商標法第3条に置かれており、自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、同条各号に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができると定められています(出典: e-Gov法令検索 商標法第3条)。登録を受けることができない商標については商標法第4条に列挙があります(出典: e-Gov法令検索 商標法第4条)。調査は、この2つの条文が想定する論点を、実際のデータベースに当てて確かめていく作業になります。

次に、検索です。国内の先行商標は、特許情報プラットフォームで検索できます(出典: 特許情報プラットフォーム J-PlatPat)。称呼検索、図形等分類、指定商品役務での絞り込みといった機能が用意されており、検索式の組み立て方によって拾える範囲が大きく変わります。ここは、経験のある担当者ほど網羅性の高い検索式を書けるという意味で、暗黙知が効く領域です。

最後に、判断です。ヒットした先行商標のうち、どれが実務上の障害になり得るかを見極め、依頼者に伝える。この判断は、審査基準と過去の審決や判例の理解を前提にしており、条文の当てはめそのものです。ここは弁理士の業務範囲であり、AIに置き換える対象ではありません。

つまり、商標調査の中でAIが効くのは、検索式のたたき台づくりと、大量にヒットした結果の一次スクリーニング、そして依頼者向け報告書の下書きの3か所です。判断そのものではなく、判断の前後にある作業に効く、と捉えるのが実態に近くなります。特許庁は先行技術調査へのAI活用を進めており、この動きは特許庁のAI先行技術調査が導入フェーズへで扱いました。

商標調査にAIを噛ませる7工程

工程を順に並べます。各工程で、何を入力し、何が返り、誰が確認するかを明示します。

工程1は、標章と指定商品役務の言語化です。依頼者から届く情報は、ロゴ画像とざっくりした事業説明であることが少なくありません。まずこれを、称呼、外観、観念、そして想定される区分と指定商品役務の候補に分解します。AIには、事業説明から想定される指定商品役務の候補を広めに列挙させる使い方が向いています。返ってきた候補をそのまま採るのではなく、広すぎるものと狭すぎるものを人が削る前提で使います。

工程2は、検索式のたたき台づくりです。称呼のゆらぎ、表記のバリエーション、外国語表記との対応。この洗い出しをAIに任せると、担当者が思いつかなかった変形が出てくることがあります。ただし、出てきた候補が実在の称呼として妥当かは人が確認します。生成AIは、それらしいが実際には使われない表記を混ぜてくることがあるためです。

工程3は、データベースでの検索実行です。ここは人がJ-PlatPatを操作します(出典: 特許情報プラットフォーム J-PlatPat)。検索そのものをAIに代行させると、どの検索式でどの結果が得られたかの再現性が失われます。調査は後から手順を説明できることに価値があるため、検索実行と結果の保存は人の手元に残す運用が無難です。

工程4は、ヒット結果の一次スクリーニングです。数十件から数百件のヒットを、明らかに関係のないものと検討対象に分けます。AIには、指定商品役務の重なりという観点だけを与えて機械的に仕分けさせ、境界線上のものは検討対象へ寄せる設定にします。ここで大切なのは、AIに落とさせるのではなく拾わせる方向に振ることです。見落としのコストのほうが、確認の手間より大きいためです。

工程5は、類似判断です。この工程はAIに任せません。称呼、外観、観念の類否、指定商品役務の類似群コードの関係、そして実際の取引の実情。これらを踏まえた判断は、条文と審査実務の理解を前提にしたものであり、弁理士が行う領域です。AIの出力を参考として横に置くことはあっても、判断の根拠として使うことはしない、という線を工程図に書き込んでおきます。

工程6は、報告書の下書きです。判断が固まったあと、依頼者向けの説明文を組み立てる作業にAIを使います。この工程は、弁理士が結論と根拠を箇条書きで与え、それを依頼者が読みやすい文章に展開させる形が安定します。逆に、AIに結論から書かせると、根拠のない断定が混ざりやすくなります。

工程7は、確認と記録です。報告書に載せた先行商標の登録番号、出願日、権利者名が、データベースの内容と一致しているかを人が突き合わせます。生成AIは番号や日付を誤って生成することがあるため、外部に出る数値は原典との照合を工程として固定します。あわせて、どの検索式で、いつ、どの範囲を調べたかを記録に残します。

工程2と工程4で使えるプロンプトを2本置きます。1本目は、称呼と表記のゆらぎを洗い出すためのものです。

あなたは商標調査の検索式づくりを補助するアシスタントです。
以下の標章について、検索対象に含めるべき表記のバリエーションを列挙してください。
法的な類否の判断は書かないでください。列挙と分類だけを行ってください。

出力の分類:
A. 同一称呼で表記が異なるもの(カタカナ・ひらがな・漢字・ローマ字)
B. 長音・促音・撥音のゆらぎ
C. 綴りの違いによる同一称呼
D. 意味が対応する外国語表記
E. 分離して観察される可能性がある構成部分

各候補には、その候補を挙げた理由を1行で添えてください。
実在が疑わしい表記は「要確認」と明記してください。

【標章】
(ここに標章を記入。依頼者名や案件名は書かない)

2本目は、ヒット結果の一次スクリーニング用です。判断ではなく仕分けをさせる設計にしています。

あなたは調査結果の仕分けを補助するアシスタントです。
以下の先行商標リストを、指定商品役務の重なりという観点だけで3分類してください。
称呼や外観の類否については判断せず、判断が要る場合は「要検討」に寄せてください。

分類:
1. 重なりなし(指定商品役務が明確に異なる)
2. 要検討(一部でも重なる、または判断が分かれ得る)
3. 重なりあり(同一または近接する指定商品役務)

各件について、分類・重なる区分または商品役務・判断が割れる理由の3点を示してください。
迷った場合は必ず「要検討」に入れてください。落とす方向には寄せないでください。

【調査対象の指定商品役務】
(ここに記入)

【先行商標リスト】
(登録番号・商標・区分・指定商品役務を貼り付け)

この2本で作った素材を持って、工程5の判断に進みます。最終的に依頼者へ出す結論と根拠を確定させるのは弁理士であり、AIの出力はその手前までの素材として扱う。この構図を業務フロー図に明記しておくと、事務所内で工程が崩れにくくなります。

依頼者情報と守秘義務をめぐって先に決めること

商標調査は、出願前の未公表情報を扱う業務です。依頼者がどんな標章で、どんな事業を始めようとしているか。この情報の性質を踏まえた運用設計が要る領域になります。

根拠となるのは弁理士法第30条です。同条は、弁理士又は弁理士であった者は、正当な理由がなく、その業務上取り扱ったことについて知り得た秘密を漏らし、又は盗用してはならないと定めています(出典: e-Gov法令検索 弁理士法第30条)。事務所の職員が調査補助を行う場合も、この枠組みの中で運用を組むことになります。

業界の指針としては、日本弁理士会が弁理士業務におけるAIサービスの利活用に関するガイドラインを公表しています(出典: 日本弁理士会 AIサービス利活用ガイドライン)。同ガイドラインを事務所の運用に落とす具体像は弁理士業務AI利活用ガイドラインを読むで整理しました。

実務で先に決めておきたいのは次の3点です。第一に、プロンプトに入れる情報の粒度です。工程2のプロンプト例で標章だけを入力し、依頼者名や案件名を書かない形にしたのは、この観点からです。標章そのものが未公表情報であるケースもあるため、事務所として、どの段階の案件でクラウドAIを使うかを決めておく形が実務的です。第二に、利用するサービスの条件です。入力内容が学習に使われない設定かどうか、履歴がどこに保存されるか、ベンダーの公表資料で確認し、その確認結果を記録として残します。第三に、報告書に載せる情報の照合工程です。AI生成の下書きに含まれる登録番号や日付は、原典との突き合わせを経てから外に出す運用にします。

事務所規程に落とすなら、運用例として次の形が考えられます。調査工程のうちAI利用を認める工程を工程番号で列挙すること。工程5の類似判断をAI利用の対象外として明記すること。プロンプトに入力してよい情報の類型を定めること。そして、AIを利用した調査案件について、利用工程と確認者を記録に残すこと。いずれも事務所の規模と案件の性質によって適した形が変わるため、そのまま使うのではなく調整する前提で扱ってください。AI利用の権限を階層別に切り分ける考え方は士業事務所のAI権限を階層別に決めるにまとめています。

商標調査でAIがつまずく3つの型

一つ目の型は、存在しない登録番号や出願日が報告書に混ざるケースです。生成AIは、それらしい書式の番号を作り出すことがあります。ここは工程7の照合で止める設計にします。回避策として、報告書に載せる番号はデータベースの画面から転記する、AIの出力から番号を写さない、という運用を徹底する事務所もあります。

二つ目の型は、一次スクリーニングで拾うべきものを落とすケースです。AIに仕分けをさせると、指示の書き方によっては境界線上のものを機械的に除外します。回避策は、プロンプトの設計段階で、迷ったら検討対象に寄せる指示を明示することです。前掲のプロンプト例で落とす方向に寄せないでくださいと書いたのは、この理由によります。

三つ目の型は、AIの出力を類似判断の根拠として引用してしまうケースです。報告書の文面に、AIが述べた類否の見立てがそのまま残ってしまう状態です。回避策は、工程6の下書き作成において、弁理士が確定させた結論と根拠を入力として与え、AIには文章化だけを担当させる構成にすることです。結論をAIに考えさせない。この一点を守るだけで、混入のリスクはかなり下がります。

導入の工数と体制の置き方

AIを商標調査に組み込むときの初期工数は、プロンプトの整備よりも工程の言語化に時間がかかります。いまの調査手順が担当者ごとに違う事務所では、まず手順を1本に揃える作業から始まります。

次の数字は公的な出典があるものではなく、編集部が置いた試算の目安です。工程の棚卸しと手順の統一に2日から3日、プロンプトの整備とテストに1日、事務所内での試行運用に1か月。この程度を見込んでおくと、初期の見立てが大きく外れにくくなります。効果の側は、調査1件あたりの所要時間ではなく、一次スクリーニングにかかっていた時間の減り方で測るほうが実態に合います。判断工程は短縮の対象ではないためです。

体制については、調査を担当する職員と、判断を行う弁理士の役割分担を工程番号で明示するのが早道です。工程1から工程4までと工程6、工程7を職員が担い、工程5を弁理士が担う。この形なら、どこでAIを使い、どこで人が判断したかが後から説明できます。

商標実務でAIの守備範囲が動く先

先行技術調査の領域では、特許庁自身がAI活用を進めています(出典: 特許庁 AI活用アクションプラン)。審査側の調査精度が上がると、出願前調査に求められる水準も連動して動く可能性があります。事務所側が調査の網羅性をどこまで担保するかという論点は、これから議論が深まる領域です。

もう一つの論点は、生成AIによるデザインやネーミングの大量生成です。標章の候補が機械的に大量生成される状況では、調査の対象数そのものが増えます。候補を一つずつ丁寧に見る従来の進め方と、大量候補を段階的に絞り込む進め方では、必要な体制が変わります。どちらの進め方を前提に事務所の工程を組むかは、扱う案件の性質によって分かれてくると考えられます。

よくある質問

商標の類似判断をAIに任せてもよいですか

類否の判断は条文と審査実務の理解を前提にした判断であり、弁理士の業務範囲に属する領域です。商標登録の要件は商標法第3条、登録を受けることができない商標は商標法第4条に定めがあります(出典: e-Gov法令検索 商標法第3条)。AIの出力を参考情報として横に置く運用と、判断の根拠として使う運用は区別しておく形が実務的です。

J-PlatPatの検索そのものをAIに代行させることはできますか

検索実行を自動化すると、どの検索式でどの結果を得たかの再現性が失われやすくなります。調査は後から手順を説明できることに価値があるため、検索実行と結果の保存は人の手元に残す運用を採る事務所が多くなっています(出典: 特許情報プラットフォーム J-PlatPat)。

未出願の標章を生成AIに入力しても守秘義務の問題は生じませんか

情報の性質と利用するサービスの条件によって整理が変わるため、一律には言えません。弁理士法第30条が守秘義務を定めており(出典: e-Gov法令検索 弁理士法第30条)、日本弁理士会もAIサービスの利活用に関するガイドラインを公表しています。入力する情報の粒度と利用サービスの条件を事務所として決めておく進め方が現実的です。

AIが出した検索候補が実在しない表記だった場合はどう扱いますか

候補として採る前に人が確認する工程を置きます。プロンプトの段階で、実在が疑わしい表記には要確認と明記するよう指示しておくと、確認すべき箇所が絞れます。

報告書の下書きをAIに書かせても問題はありませんか

結論と根拠を弁理士が確定させたうえで、文章化だけを担当させる構成にする事務所が増えています。逆に結論から書かせると、根拠のない断定が混ざりやすくなります。載せた番号や日付は原典と照合してから外に出す運用が要点になります。

事務所の職員が調査補助でAIを使う場合に何を決めておきますか

利用を認める工程、入力してよい情報の類型、確認者、そして記録の残し方です。工程番号で線を引いておくと、職員が判断に迷う場面が減ります。

小規模な特許事務所でも導入する意味はありますか

一次スクリーニングに人手をかけている事務所ほど効果が出ます。判断工程は短縮の対象ではないため、いま何にどれだけ時間がかかっているかを工程別に測ってから導入の可否を決めると、投資の見立てがぶれにくくなります。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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