税務調査の準備とは、指摘され得る論点を先に洗い出して資料を揃える作業のことです。
調査の連絡が入ってから当日までの期間は限られています。その間に、過去の資料を確認し、説明の筋道を整理し、顧問先と打ち合わせる。この準備の下ごしらえに生成AIを使うと、限られた時間の使い方が変わります。この記事では、税務調査の準備でAIが効く場面と、顧問先の情報を扱ううえでの設計を整理します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。生成AIサービスの利用については個人情報保護委員会の注意喚起が判断の出発点になります。
準備の作業を分解する
準備という一言でまとめると、AIの当てどころが見えません。作業を分けます。
第1の作業は、対象期間の資料を集めることです。決算書、総勘定元帳、証憑、契約書、稟議の記録。どこに何があるかを確認する作業から始まります。
第2の作業は、資料の内容を把握することです。期間中に何が起きたか、大きな取引は何か、通常と異なる処理はどこか。担当者が交代している場合、この把握に時間がかかります。
第3の作業は、論点の洗い出しです。指摘され得る箇所を先に見つけ、説明の材料を揃えます。
第4の作業は、想定問答の準備です。聞かれそうなことに対して、どう答えるかを整理します。
第5の作業は、顧問先との打ち合わせです。当日の流れ、資料の場所、誰が答えるかを共有します。
このうち生成AIが効くのは、第2の把握、第3の洗い出しの一部、第4の想定問答です。第1は資料管理の問題であり、第5は人が行う場面になります。
分解して見ると、AIが効く部分と効かない部分がはっきりします。効くのは、量が多くて読むだけで時間がかかる作業と、列挙すること自体に意味がある作業です。効かないのは、判断が要る作業と、相手のある作業です。この区別を持たずに準備全体を効率化しようとすると、判断の部分にまで手を出して、かえって危うくなります。
もう一つ、準備の質を決めるのは平時の積み上げだという点も押さえておきます。調査の連絡が来てから始められることは限られています。日頃から資料の所在が把握できていて、通常と異なる処理に印を付ける習慣があれば、準備の起点が違ってきます。AIの導入は、平時の作業を軽くすることで、この積み上げを可能にする方向に効きます。
なお、調査の枠組みそのものは法令に定められています。質問検査権は国税通則法第74条の2に置かれています。調査手続の実務的な内容は国税庁の税務調査に関する情報で確認します。事務所としての対応方針は、これらの一次情報を踏まえて組み立てます。
事務所全体でのAIの使いどころは税理士のAI活用で扱っています。
資料の把握にAIを使う
第2の作業から見ていきます。ここは効果が出やすい部分です。
対象期間の資料を読み込ませ、何が起きたかを時系列に整理させます。特に、担当者が交代している場合や、期間が長い場合に効きます。人が読むと日数がかかる分量を、下ごしらえとして整理させます。
あなたは会計事務所の事務スタッフです。以下の資料から、期間中の出来事を時系列に
並べてください。
条件:
- 資料に記載がある事実だけを拾い、推測で補わないこと
- 各行は「年月/出来事/出典(資料中の該当箇所)」の形式にすること
- 金額の記載があるものは、そのまま併記すること
- 税務上の評価、判断、助言を書かないこと
- 顧問先は A社、取引先は B社、C社 のまま扱うこと
資料:
"""
(ここに貼り付け)
"""
整理された内容は、そのまま使わず元の資料と突き合わせます。見るのは、日付、金額、取引先の3点です。この確認を省くと、誤った前提のまま準備が進みます。
もう一つ、通常と異なるパターンを洗い出させる使い方もあります。同じ取引先で金額の桁が変わった、初めて出てきた勘定科目がある、同じ内容の取引で処理が分かれている。こうした箇所は、調査で説明を求められやすい部分です。
あなたは経理資料の点検役です。以下の取引一覧について、次の観点で目立つ箇所を
列挙してください。
観点:
- 同じ取引先で金額の桁が期間中に変わっている取引
- 期間中に一度だけ出てくる勘定科目
- 同じ内容と読める取引で、処理が分かれている箇所
- 摘要から内容が読み取れない取引
条件:
- 税務上の判断や評価を書かないこと
- 一覧に書かれていない情報を補わないこと
- 取引先は A社、B社 のまま扱うこと
- 該当がない観点は出力しないこと
取引一覧:
"""
(ここに貼り付け)
"""
出てきた箇所は、あくまで確認の候補です。実際に論点になるかどうかの判断は税理士が行います。列挙されたもののうち、大半は説明が付く通常の取引です。ここで拾いたいのは、説明を用意しておくべき箇所であって、問題のある取引ではありません。
この使い方の利点は、担当者の経験に依存しないことです。ベテランであれば感覚的に気づく箇所を、明示的な作業として洗い出せます。経験の浅い担当者が準備に加わる場面では、この点が効きます。逆に、ベテランが見落としていた箇所が出てくることもあり、二重の確認としても機能します。
なお、この作業を行うためには、取引の一覧が扱える形になっている必要があります。会計システムから出力できる形式であれば、そのまま使えます。紙の帳簿しかない場合、その電子化が前段の作業になります。準備の効率は、この前段の状態に大きく左右されます。
想定問答の作り方
第4の作業です。準備の中で、最も生成AIが向いている部分になります。
想定問答は、経験のある税理士なら頭の中で組み立てているものです。それを明示的な作業に落とすことで、経験の浅い担当者でも準備に加われるようになります。また、ベテランでも抜けが出ることがあり、列挙させること自体に意味があります。
あなたは面談の準備を手伝う役です。
以下の「状況の整理」をもとに、相手から出そうな質問を列挙してください。
条件:
- 質問だけを出力し、回答は書かないこと
- 質問は具体的な場面が浮かぶ粒度にすること
- 答えにくい質問、突っ込まれやすい点も含めること
- 15件以内で、出そうな順に並べること
- 税務上の判断や評価を書かないこと
- 顧問先は A社 のまま扱うこと
状況の整理:
"""
(ここに貼り付け)
"""
出てきた質問に対する答えは、税理士が用意します。ここをAIに書かせると、根拠のない説明が混ざり、当日に使えません。質問の列挙までを任せ、答えは人が作る。この分担が実務に合います。
準備した想定問答は、顧問先とも共有します。当日に顧問先が答える場面があるため、事務所の中だけで持っていても意味がありません。共有する資料も、平易な表現に直す作業で生成AIが使えます。
顧問先と共有するときの粒度も考えておきます。すべての想定問答を渡すと、顧問先が構えすぎてしまう場面があります。当日に顧問先自身が答えることになる部分に絞って渡し、事務所が答える部分は事務所の中に留める。この切り分けをしておくと、打ち合わせが具体的になります。
想定問答を作る過程そのものにも意味があります。質問を並べていくと、答えを用意できていない箇所が浮かび上がります。そこが、資料を追加で確認すべき箇所です。準備の優先順位を決める材料として、この列挙は効きます。時間が限られる場面ほど、どこに時間を使うかの判断が結果を分けます。
守秘義務と規程 調査準備に固有の注意
調査の準備で扱う情報は、通常の業務より密度が高くなります。設計を整理します。
第1に、入力する情報の区分です。調査の準備では、期間全体の資料を扱うことになります。取引先名、金額、取引の内容が具体的に含まれるため、そのまま外部の生成AIに渡すことには慎重な検討が要ります。記号への置き換えを行うか、そもそも外部に出さない設計を選ぶかを、事案ごとに判断します。
第2に、事案の特定可能性です。業種と地域と規模と時期が揃えば、顧問先名を伏せても分かる場面があります。調査を受けているという事実自体が、外に出したくない情報でもあります。この点まで含めて、入力の可否を判断します。
第3に、守秘義務の根拠です。税理士の守秘義務は税理士法第38条に置かれており、正当な理由がなくて税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならないと定められています。税理士でなくなった後にも及ぶ構成です。個人情報の側では、安全管理措置が個人情報の保護に関する法律の個人情報保護法第23条に置かれています。
第4に、顧問先への説明です。調査の準備でAIを使う場合、顧問先に伝えるかどうかを事務所として決めます。通常の業務での利用を説明していても、調査という場面では改めて確認したいと考える顧問先もあります。
第5に、記録です。どの資料をどのサービスに入力したかを記録に残します。調査という場面では特に、後から経緯を確認できる状態にしておく意味があります。記録がなければ、何をどこに入れたのかを事後に特定できません。
第6に、担当者の判断に委ねすぎないことです。調査の準備は時間が限られるため、その場で入力の可否を判断する場面が出てきます。事務所として、調査の場面で使ってよい範囲をあらかじめ決めておけば、担当者が迷いません。決めていない場合は、使わないという判断に倒しておくほうが安全側に立てます。
規程への落とし方は士業事務所のAI利用規程テンプレートで扱っています。入力の線引きは顧客情報を生成AIに入力するリスクと対策で詳しく扱っています。
準備でつまずくパターン
1つ目は、AIが整理した内容を元の資料と突き合わせなかった例です。日付や金額の誤りがあると、誤った前提のまま準備が進みます。
2つ目は、想定問答の答えまでAIに書かせた例です。根拠のない説明が混ざり、当日に使えません。質問の列挙までを任せ、答えは人が作ります。
3つ目は、税法の解釈をAIに尋ねた例です。それらしい説明が返りますが、根拠を確かめる作業が自分で調べる作業と同じ手間になります。取扱いは国税庁の公表資料で確認します。
4つ目は、調査の連絡が来てから準備の仕組みを作ろうとした例です。時間が限られる場面で新しいやり方を試すと、かえって混乱します。平時に型を作っておきます。
5つ目は、資料の所在が把握できていなかった例です。第1の作業で時間を取られると、後の作業に回す時間が減ります。この部分は道具ではなく、日頃の資料管理の問題になります。
6つ目は、顧問先との共有を後回しにした例です。当日に顧問先が答える場面があるため、事務所の中だけで準備しても足りません。
7つ目は、洗い出された箇所をすべて問題として扱った例です。列挙されるのは確認の候補であって、問題のある取引ではありません。すべてに説明を用意しようとすると、時間が足りなくなります。優先順位を付けるのは人の仕事です。
8つ目は、準備の記録を残さなかった例です。次に同じ顧問先の調査があったとき、前回何を準備したかが分からなければ、また一から始めることになります。使った指示文と、洗い出した論点を記録に残しておくと、次回の起点が変わります。
費用と体制、平時の準備
費用は、通常の生成AIのライセンス料の範囲に収まります。調査の準備のために別の道具を用意する必要は、多くの場合ありません。
工数は、平時の型づくりに集中します。参考値として、資料整理と想定問答の指示文を整えるのに1日から2日、所内で共有するのに半日ほど見ておくと、調査の連絡が来たときにすぐ使える状態になります。
体制では、調査に対応する担当者を決めます。あわせて、AIを使う場合の入力の線引きを、その担当者が判断できる状態にしておきます。調査の場面では時間が限られるため、その場で所長に確認する余裕がないこともあります。
平時にやっておくと効くのは、資料の所在を把握できる状態にすることです。事件ごと、顧問先ごとに、どこに何があるかが分かる状態であれば、第1の作業が短くなります。この整備は士業事務所のRAG構築で扱っている考え方と重なります。
もう一つ、平時から通常と異なる処理に印を付けておく習慣も効きます。月次の作業の中で、判断に迷った箇所を一行残しておく。この記録があれば、調査の準備で洗い出す作業の起点になります。記録を残す作業自体は、生成AIを使うまでもない単純な習慣ですが、後から効いてきます。
事務所の中での役割分担も、平時に決めておきます。調査の連絡が入ってから誰が何をするかを決めていると、その調整だけで時間が過ぎます。資料を集める人、内容を把握する人、顧問先と連絡を取る人。人数の少ない事務所では兼務になりますが、順番を決めておくだけでも動きが変わります。
これから変わること
行政手続の電子化が進むほど、事務所が扱うデータの形が変わります。紙の資料を確認する作業より、データを横断して確認する作業の比重が上がります。この変化は、AIの当てどころを広げる方向に働きます。
電子帳簿保存の枠組みは電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律に定められており、実務的な取扱いは国税庁の電子帳簿等保存に関する情報で確認します。保存の形が変われば、調査の準備で扱う資料の形も変わります。
制度面では、個人情報保護法の見直しの議論が続いています。委員会の公表資料は個人情報保護委員会の報道発表で追えます。
もう一点、顧問先の側の変化もあります。顧問先が自社の資料をAIで整理している場合、事務所に届く資料の形が変わります。整理された資料が届く一方で、その整理の正しさを確認する作業が新たに発生する面もあります。整理済みの資料は一見して読みやすいため、警戒が緩みやすいという特徴もあります。元の証憑に戻って確認する工程は、資料の見た目が整っているほど省かれやすくなります。
準備の質そのものは、AIを入れたからといって自動的に上がるものではありません。上がるのは、限られた時間の中で判断に使える時間の量です。資料を読む時間が短くなったぶんを、論点の検討と説明の組み立てに回せるかどうかが、結果を分けます。道具を入れて空いた時間を別の案件で埋めてしまえば、準備の質は変わりません。
よくある質問
調査の資料を生成AIに入力してよいですか
事案ごとの判断になります。調査の準備で扱う資料は取引の内容が具体的に含まれ、調査を受けているという事実自体も外に出したくない情報です。記号への置き換えを行うか、外部に出さない設計を選ぶかを、税理士が判断します。
想定問答の答えもAIに作らせてよいですか
質問の列挙までを任せ、答えは人が作ります。答えを書かせると根拠のない説明が混ざり、当日に使えません。列挙されたものを材料に、税理士が説明の筋道を組み立てます。
税法の解釈を尋ねてよいですか
尋ねる使い方は誤りが混ざりやすくなります。取扱いは国税庁の公表資料で確認します。生成AIに使わせるなら、確認済みの資料を渡して、その中から探させる形にします。
調査の連絡が来てから準備を始めても間に合いますか
指示文の型が手元にあれば、資料の整理と想定問答の下ごしらえは短時間で進められます。連絡が来てから新しいやり方を試すと混乱するため、平時に型を作っておきます。
顧問先にAIの利用を伝えますか
事務所として決めておきます。通常の業務での利用を説明していても、調査という場面では改めて確認したいと考える顧問先もあります。事前に確認しておくと、当日の関係が安定します。
準備の時間はどれくらい短くなりますか
事務所と事案によって変わるため、一般化はできません。効果が出やすいのは、担当者が交代している案件や期間が長い案件です。資料の把握にかかっていた時間が短くなり、その分を論点の検討に回せるようになります。
参考文献
- e-Gov法令検索 国税通則法
- e-Gov法令検索 税理士法
- e-Gov法令検索 個人情報の保護に関する法律
- 国税庁 税務調査手続に関する情報
- 国税庁 電子帳簿等保存制度
- 日本税理士会連合会
- 個人情報保護委員会 生成AIサービスの利用に関する注意喚起等
- 情報処理推進機構 情報セキュリティ関連の各種ガイドライン
※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
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本記事の作成体制について
本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。
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