士業事務所のAI導入の進め方 90日で回す6ステップと体制づくり

士業事務所のAI導入を90日で運用に乗せる6ステップを解説。対象業務の絞り方、サービス選定、指示文の型づくり、確認工程の設計まで手順で整理します。

士業事務所のAI導入の進め方 90日で回す6ステップと体制づくり

AI導入の進め方とは、対象業務を絞って試し、運用に乗せるまでの手順のことです。

導入がうまくいかない事務所には共通点があります。全体像を描こうとして、最初の一歩が出ないまま数か月が過ぎることです。この記事では、士業事務所が90日でAIを運用に乗せるための6ステップを、順番と作業内容まで含めて具体的に示します。本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で確認しています。生成AIサービスへの入力については個人情報保護委員会の注意喚起が実務の出発点になります。

導入が止まる事務所と、進む事務所の分かれ目

止まる事務所の典型は、全体設計から入る事務所です。どの業務にどう使えるかを網羅的に洗い出し、ツールを比較し、規程を作り、それから始めようとする。この順番だと、洗い出しの段階で終わりが見えなくなります。士業の業務は幅が広く、全部を並べたら数十項目になるためです。

進む事務所は逆から入ります。一つの業務を決めて、二週間試して、続けるかどうかを判断する。その一回転で分かったことを材料に、次の業務を決める。全体像は、回した結果として後から見えてきます。

この差が生まれる理由は、判断に必要な情報の所在にあります。どの業務に効くかは、実際に試さないと分かりません。事前の検討で分かるのは、どの業務なら試しても安全かという点だけです。安全に試せる業務を選んで回し、効果の有無は実測で判断する。これが最短の順路になります。

もう一つの分かれ目は、決める人が一人に定まっているかどうかです。全員の合意を取ってから進めようとすると、決まりません。所長が方針を決め、実務の担当者が回す。この役割分担が明確な事務所は、規模を問わず立ち上がりが早くなります。

最後に、期限を切っているかどうかです。いつまでに判断するかを決めていない検討は、終わりません。90日という区切りを置くのは、この理由からです。90日あれば、対象業務を決めて、試して、運用に乗せるところまで一回転できます。長すぎず短すぎない期間として、多くの事務所で扱いやすい単位になります。

ステップ1 対象業務を1つに絞る(最初の2週間)

最初にやることは、対象業務を1つに決めることです。複数を同時に動かすと、どれが効いたのか分からなくなります。

選び方の基準は3つあります。1つ目は、出力の正しさを人間が判断しやすいこと。2つ目は、誤りがあっても原文に戻れること。3つ目は、担当者が複数いること。この3つを満たす業務から選びます。

実際によく選ばれるのは、打合せメモの整理と、資料からの情報抽出です。どちらも元の資料が手元にあるため、出力を検算できます。逆に、最初に選ばないほうがよいのが、顧問先に出す書面の作成です。事務所としての文章の品質基準をどう置くかという議論が先に来て、そこで止まる事務所が少なくありません。

対象業務を決めたら、その業務の現状を書き出します。誰が、何を入力して、何を作って、誰に渡しているか。所要時間の感覚も一緒に書きます。この記録が、後で効果を判断するときの比較対象になります。凝った測定は要りません。担当者の感覚で、この作業にどれくらいかかっているかを一行書けば足ります。

あわせて、その業務で扱うデータを3つに区分します。そのまま入力してよいもの、識別できる情報を落としてから入力するもの、入力しないもの。この区分だけは、試す前に決めておきます。区分がないまま試すと、担当者が判断を迫られることになります。

区分を作るときの勘所は、迷ったものを真ん中に寄せることです。そのまま入力してよいものを広く取ると事故の可能性が上がり、入力しないものを広く取ると使える場面が残りません。真ん中を厚くして、匿名化の手順で吸収する設計にしておくと、実務が止まりません。匿名化の作法は、顧問先名をA社、代表者を甲、取引先を乙に置き換える、金額は桁を丸める、日付は年月までにする、といった粒度まで書いておきます。

この段階でよく出る質問が、そもそも匿名化すれば何を入れてもよいのか、というものです。答えは事案によって変わります。資格法の守秘義務の対象は個人情報に限らないため、識別子を落としたから安全になる、という単純な話ではありません。ここは個別の事案で有資格者の判断が要る領域として扱い、迷ったら入力しない、という運用に倒しておくと、試行の段階では安全側に立てます。

ステップ2 サービスとアカウントを決める(2週間目まで)

事務所として使うサービスを1つ決めます。比較に時間をかけるより、データの取扱いを確認して早く決めるほうが、結果として進みます。

確認する観点は4つです。入力が学習に使われるか。データはどれくらいの期間保持されるか。処理はどの地域で行われるか。管理者が利用状況を把握できるか。この4点を、契約しようとしているプランについて公式ドキュメントで確認します。

Anthropicはプライバシーポリシーと商用利用規約を、GoogleはGemini APIの利用規約を、MicrosoftはMicrosoft 365 Copilotのプライバシーを公開しています。無償版と法人向けプランで扱いが異なるサービスが多いため、プランを特定して読みます。サービスごとの比較の考え方はChatGPT・Claude・Gemini比較で整理しています。

既存環境との噛み合わせも見ます。Microsoft 365を基盤にしている事務所なら同じ系統、Google Workspaceならその系統を選んでおくと、アカウント管理と退職時の停止が既存の手続きに乗ります。管理する対象が増えないことは、運用上の大きな利点になります。

アカウントは、事務所名義で取得し、事務所が管理します。担当者の個人アカウントで始めると、退職時に止められません。試す段階であっても、ここは最初から事務所名義にしておきます。

ステップ3 指示文の型を作る(3週目から4週目)

対象業務で使う指示文を1つ作り、事務所の型として固定します。担当者が自由に書いていると、出力の水準が人によって変わります。

型の作り方は、短く始めて足していくやり方が続きます。条件を増やすほど精度が上がるとは限らず、矛盾する条件で出力が不安定になる場面が出てきます。5行から10行程度に抑え、うまくいかない部分だけを足します。

打合せメモの整理で使う型の例を挙げます。

あなたは士業事務所の事務スタッフです。以下の打合せメモを読み、次の3つに分けて整理してください。
1. 決まったこと
2. 宿題になったこと(担当と期限がわかる場合は併記)
3. まだ結論が出ていない論点

条件:
- メモに書かれていない事実を補わないこと
- 判断や評価を書かず、書かれた内容だけを並べること
- 固有名詞は A社、甲、乙 のまま扱うこと
- 各項目は1文で、箇条書きにすること

打合せメモ:
"""
(ここに貼り付け)
"""

資料からの情報抽出で使う型の例です。

あなたは資料から情報を抜き出す役です。以下の資料から、指定した項目だけを抽出してください。

抽出する項目:
- 当事者の表記(A社、甲、乙 などの記号のまま)
- 期間・期限に関する記述
- 金額に関する記述
- 通知や届出に関する記述

条件:
- 資料に書かれていない項目は「記載なし」と出力すること
- 推測で補わないこと
- 抽出した箇所は、資料中の表現をそのまま使うこと
- 各項目は1行で出力すること

資料:
"""
(ここに貼り付け)
"""

型ができたら、担当者全員が同じ型を使う状態にします。テキストファイルに置いて共有するだけで足ります。この段階では、各自が改良することは止めておきます。同じ型で回さないと、比較ができないためです。

型を書くときの共通の作法が3つあります。1つ目は、AIに結論を出させないこと。整理、抽出、列挙までを任せ、判断は有資格者が下す形にします。2つ目は、書かれていない事実を補わせないこと。この一行を条件に入れておくだけで、それらしい作り話が混ざる場面が減ります。3つ目は、固有名詞を記号のまま扱わせること。匿名化した表記を勝手に戻されると、匿名化した意味がなくなります。

改良の提案が担当者から出てきたら、記録だけしておいて、次の振り返りの場でまとめて反映します。その場で個別に直していくと、誰がどの版を使っているのか分からなくなります。型の更新は、月に一度まとめて行う運用にしておくと管理が楽になります。

ステップ4 確認工程を作業フローに書き込む(4週目)

有資格者が出力を確認する工程を、作業フローの中に明示します。ここが士業事務所の導入で最も固有の作業になります。

書き込む内容は3つです。誰が確認するか。どの段階で確認するか。何を見るか。3つ目が抜けている事務所が多く、結果として確認が全文の読み直しになり、時間がかかって形骸化します。

確認の観点は、数値、固有名詞、参照先の3点に絞ると運用が保ちます。数値は元の資料と一致しているか。固有名詞は取り違えていないか。参照先として挙げられた条文や様式は実在するか。この3点だけを見る、と決めておきます。

条文の確認は特に重要です。生成AIは実在しない条番号を、実在するものと同じ文体で出力します。条文はe-Gov法令検索の原文を開いて確認し、確認できなかったものは書かない。この一線を作業フローに固定します。

守秘義務との関係も、この段階で整理しておきます。弁護士は弁護士法第23条、税理士は税理士法第38条、公認会計士は公認会計士法第27条、社会保険労務士は社会保険労務士法第21条というように、それぞれの資格法に秘密を守る義務の規定が置かれています。個人情報の側では、安全管理措置が個人情報の保護に関する法律の個人情報保護法第23条に、第三者提供の制限が個人情報保護法第27条に置かれています。これらはAI利用を直接扱った規定ではないため、条文から可否が一律に決まるわけではありません。事務所として説明できる運用になっているかが実務の分かれ目になります。

ステップ5 二週間から一か月回して振り返る(5週目から9週目)

実際に業務で使います。この段階で決めておくのは、いつ振り返るかだけです。

振り返りで見るのは2点です。良くなった点と、手間が増えた点。手間が増えた部分こそ、次の改善の材料になります。作業時間が減ったかどうかは、担当者の感覚で足ります。厳密な計測を始めると、計測そのものが負担になって続きません。

振り返りの場では、担当者から出てきた困りごとを拾います。この資料は入力してよいのか迷った、出力の確認にかえって時間がかかった、といった具体の場面が出てきます。これが、後で規程に書く内容の材料になります。

続けるか止めるかの判断も、この場で下します。効果が見えなければ、対象業務を変えるという選択もあります。導入そのものを止める判断もあり得ます。判断せずに惰性で続けるのがいちばんよくない形です。

ステップ6 規程に落として次の業務へ(10週目から13週目)

回した結果を、事務所のルールとして文書にします。ここまで来て初めて、規程に書く内容が具体的になります。

書くのは、使ってよいサービス、入力しない情報、出力の確認者と観点、記録の残し方の4項目です。A4で1枚から2枚に収め、更新頻度の高い内容は別紙の手順書に逃がします。条立ての作り方は士業事務所のAI利用規程テンプレートで扱っています。

規程ができたら、次の業務に広げます。同時に複数を動かさず、一つずつ回すところは最初と同じです。二回転目からは、指示文の型も確認工程の作り方も手元にあるため、立ち上げは短くなります。

使わないと決めた業務は、理由を書いて記録に残します。あとから同じ議論を繰り返さずに済みます。

導入でつまずく典型パターン

1つ目は、対象業務を絞らずに全体へ広げた例です。事務所全体で使ってみようという号令だけをかけると、担当者ごとにばらばらの使い方が生まれ、何が効いたのか分からなくなります。

2つ目は、無償版で個人アカウントのまま始めた例です。試す段階だからと個人アカウントで始めると、そのまま定着し、事務所として把握できない利用が広がります。退職時に止めることもできません。

3つ目は、確認工程を書かずに始めた例です。誰がどの段階で見るかを決めないまま運用が始まると、責任の所在が消えます。事故が起きてから決めることになります。

4つ目は、効果の測り方を決めずに導入した例です。何が良くなったか誰も説明できず、更新の時期に契約を切って終わります。対象業務を決めた時点で、見る指標を一行書いておけば防げます。

5つ目は、担当者の善意に任せた例です。事務所として決めるべきことを決めず、各自の判断に委ねると、慎重な人は使わず、大胆な人は何でも入力する、という二極化が起きます。事務所として決めることを決めておけば、担当者は判断を抱え込まずに済みます。ルールは縛るためではなく、迷わせないために置くものだ、と説明すると所内の理解が得られやすくなります。

6つ目は、試す期間に担当者の通常業務を減らさなかった例です。新しいやり方を覚える時間を確保しないまま、通常の業務量のうえに試行を乗せると、担当者は従来のやり方に戻ります。試す期間だけは、担当者の他の作業を少し外す。この配慮があるかどうかで、定着の度合いが変わります。

7つ目は、うまくいったことを所内で共有しなかった例です。担当者の中に成果が閉じたままだと、二回転目の広がりが生まれません。月に一度、短くてよいので共有の場を作ります。うまくいった指示文を持ち寄るだけでも、事務所の型が育っていきます。

費用と体制、補助金の扱い

費用は、法人向けプランのライセンス料が中心になります。一アカウントあたり月額数千円の水準が目安ですが、事業者と契約形態で変わるため、各社の料金ページで確認します。試す段階では、対象業務の担当者だけに配れば足ります。

工数は、初期の設計に集中します。参考値として、対象業務の選定とデータ区分の決定に数日、指示文の型づくりと確認工程の設計にさらに数日を見ておくと、無理のない立ち上げになります。運用が始まってからは、月次の振り返りが中心になります。

体制では、運用を持つ人を決めます。ツールに詳しい人よりも、業務の流れを知っている人が向きます。止める判断を正しく下せるかどうかが分かれ目になるためです。

補助金の活用を検討する場合は、IT導入補助金の公式サイトで対象ツールと申請要件を確認します。登録されたITツールが対象になるため、使いたいツールが登録されているかを先に調べる順番になります。中小企業向けの支援制度全般は中小機構の情報にまとまっています。

90日を回したあとに見えてくること

一回転を終えると、事務所ごとに効く業務が違うことが分かってきます。同じ税理士事務所でも、記帳代行が中心の事務所と、相続や事業承継が中心の事務所では、AIが効く場所が変わります。他所の事例をそのまま持ち込んでも噛み合わないのは、このためです。

二回転目からは、判断が速くなります。試す前に、この業務は効きそうだという見立てが立つようになるためです。見立てが外れることもありますが、外れたときの損失も小さくなります。

制度面では、個人情報保護法の見直しの議論が続いています。委員会の公表資料は個人情報保護委員会の報道発表で追えます。規定が変われば、入力ルールも見直しの対象になります。

事務所内のデータを検索対象にする使い方は、二回転目以降の検討課題になります。外部サービスへの入力とは設計が変わるため、扱いを分けて考えます。誰がどの案件の情報にアクセスできるかという内部の権限設計が、新しい論点として立ち上がります。

よくある質問

どの業務から始めるのがよいですか

出力の正しさを人間が判断しやすく、誤りがあっても原文に戻れる業務から始めます。打合せメモの整理や、資料からの情報抽出がよく選ばれます。顧問先に出す書面の作成から始めると、文章の品質基準をどう置くかという議論が先に来て止まりやすくなります。

90日より短くできますか

対象業務を1つに絞り、判断を一人に定めれば短縮できます。ただし、実際に業務で回してみる期間は二週間から一か月ほど確保したほうが、判断の精度が上がります。短くするなら、選定と設計の期間を圧縮する形になります。

事務所全体に一度に広げてはいけませんか

同時に広げると、何が効いたのかが分からなくなります。担当者ごとにばらばらの使い方が生まれ、規程を作る材料も集まりません。一つずつ回して、型ができてから広げるほうが結果として早くなります。

試す段階でも規程は要りますか

規程という形式は後でよいのですが、入力してよいデータの区分だけは先に決めます。区分がないまま試すと、担当者がその場で判断を迫られることになります。区分は紙一枚で足ります。

効果はどう測ればよいですか

対象業務を決めた時点で、見る指標を一行書いておきます。作業にかかる時間でも、差し戻しの回数でも、担当者の実感でも構いません。厳密な計測を始めると、計測そのものが負担になって続きません。

導入を外部に依頼したほうがよいですか

入力してよいデータの区分と、確認工程の設計だけは事務所の中で決めます。業務内容と顧問先の性質によって変わるため、外から決められる部分ではありません。外部の支援が効くのは、指示文の作り方や他事務所の運用例といった部分になります。

参考文献

※士業のチカラでは、生成AIの導入支援から運用最適化まで、貴事務所の業務に合わせたカスタマイズ提案を行っています。無料相談(30分)も実施中ですので、お気軽にお問い合わせください。
https://shigyonochikara.jp/contact/

本記事の作成体制について

本記事は士業のチカラ編集部が、公表されている一次情報のみを根拠に作成しています。法令の条文はe-Gov法令検索の原文で、行政の見解は各府省庁の公表資料で、それぞれ確認したうえで記載しています。引用元は本文中および参考文献にすべて明示しています。

本記事には特定の資格者による監修は入っていません。個別の事案について法令の当てはめや手続の可否を判断する必要がある場合は、当該分野の有資格者にご相談ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別具体的な法律判断・税務判断・労務判断を提供するものではありません。

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